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「〈老い〉をめぐる政策と歴史・素描――なぜゆえに高齢者を生かそうとしてきたのか」

第7回福祉社会学会当日配布資料
於:日本福祉大学 2009/06/07
天田 城介


福祉社会学会第7回大会シンポジウム「『共助』の時代・再考」(天田メモ)
2009年6月7日(日)13:30〜16:30 於:日本福祉大学名古屋キャンパス

〈老い〉をめぐる政策と歴史・素描
――なぜゆえに高齢者を生かそうとしてきたのか――

天田 城介(立命館大学大学院先端総合学術研究科)

0.〈老い〉をめぐる政策と歴史において問うべきこと
◆1970年代以降の老いをめぐる政策と歴史のダイナミズムを素描する。
◆輻輳する力線の全体を考慮すると、更に事態は複雑に映るががゆえに、「基本」への立ち返りを難しくさせ、その実現可能な政策への「着地」への困難を招来させていること。
◆そして、「難問」はなぜ/いかにしてそうした政策と歴史が駆動されてきたのかである。

1.経済が事態を現実させている複雑さが現実を厄介にしていること
 立岩真也は1980年代以降の老いをめぐる歴史を下記のように言及する(立岩2009:99-223)。【T】老人医療費無料化のもとで1980年代「悪徳老人病院批判」がなされ、その結果、1983年の老人保健法をはじめ、様々なことが講じられたが、結果、供給すべき(受けるべき)医療(の一部)がなされなくなるという現実が現出したと語られた。【U】それと同時に/あるいはその後に、「寝たきり」が克服すべきであり、克服可能な事態であること――そして、広く知られたわけではないが「寝たきり老人」のいない北欧では「延命治療」がなされていないこと――が語られてきたのだ。そして、【V】「寝たきり老人」をめぐってなぜか「自分の身体を動かすこと」が強調されるが、「他の手段を使うこと」が同じ位置で論じられず、またそのことの本人あるいは周囲の利得と損失も語られないことで問題の全体を取り損なってしまってきたのではないかということ、更には、【W】「福祉のターミナルケア」をめぐる批判などに端的に見られるのは「医療から福祉への移行」(医療の撤退)という事態の只中において、当事者は医療を受ければ生きられるのに「末期」とみなされる可能性が高いこと、それは西欧諸国では行われているが認めるべきではないこと、そしてそれは医療費・社会保障費との削減とともに語られてきた言説であったこと――そのような「差し控え/尊厳死」の「裏舞台」を語る言説が事実としてあったこと――を論じる。そのようにして、【X】「医療の過剰」が言われることによって「撤退」が現実に起こり、「社会的入院」が言われることで「医療から福祉への移行」が目指され、「寝たきり」が克服すべきものとしてのみ語られることで――そこでの手段と損得や負担は語られず――、現実に「治療の中止・差し控え」の事態が現出していったこと、と同時に、【Y】そのような力線のもとで、長生きする「私たち」の「老後」の不安である「介護」を「誰も」が可能な負担の範囲で、有限な資源の範囲で、合意可能な範囲で、公的に保障する制度として「共助」という仕組みが作られてきたのではないか、と論じるのである(立岩 2009)。
 要するに、【「『過剰な医療』『社会的入院』という80年代的状況から老人保健制度、そして介護保険制度が創設されてきた」という単純なお話として私たちは理解してはならず、問うべきは、@なぜゆえに「全体の一部」のみが取り上げられ、「裏舞台」が不可視とされてきたのか――問題は「全体問題」であること――、Aそんな力学のもとで「備えあれば憂いなし」といった具合に、私たち誰もが「私の老後」のために担うべき/担い得る負担を担い、有限な資源を使い、合意可能な形で「共助」の仕組みとしての公的介護保険制度(とそこへの移行)が推進されてきたが、やはりそもそもの「基本」をはっきりさえるべきであること――問題は「分配問題」であること――、である】と主張しているのだ。
 上記の意味において、この指摘は正しい。だが、現実に「経済が事態を現出させている」として、事態は更に複雑である。むしろ、複雑であるがゆえに、「基本」に立ち返ることを困難とさせ、そのことが逆に更なる事態の複雑を出来させているのである。

※下記に当事者を中心とする家族・医療・福祉・年金・生活保護の力学の図を表示。
――――――――――――――――――――――――――――――――
ケア(医療・介護)の社会化

◇過剰/過少⇒「撤退」のもとでの「裏舞台」での「治療の中止・差し控え/尊厳死」

当事者→支払→医師・医療専門職
当事者←供給←医師・医療専門職
⇒供給内容と量の決定
供給機関(病院)
◇利害

利益
(出来高⇒定額制)
医療業界
◇利害

診療報酬
財源
◇利害
保険機構
医療保険機構

1948年 医療法制定
1950年代 様々な高齢者実態調査の実施
1958年 国民健康法建法制定(1961皆保険化)
1961年 岩手県沢内村で老人医療費無料化
1968年 寝たきり実態調査(全社協調査)
1973年 老人医療費無料化
1982年 三郷中央病院事件
→「悪徳老人病院批判」言説
1983年 老人保健法(定額一部負担へ)
1984年 特例許可老人病棟(「老人診療報酬」)
1986年 老人保健施設の創設
1990年 介護力強化病院(「定額支払制度」)
2000年 介護保険法施行(介護保険へ移行)
2001年 健康保険法改正(定率1割負担へ)
2006年 医療制度改革関連法(「後期高齢者医療制度」の創設・療養病床の廃止など)
↓↓
↓↓
【移行】
◆「社会的入院」
◆「医療から福祉へ」
◆「病院から地域へ」
◆「短縮化/早期退院」
◆介護保険への移行・統合化
↓↓
↓↓
当事者→支払→ケアマネージャー・医療専門職
当事者←供給←ケアマネージャー・医療専門職
⇒供給の限定的決定
★要介護認定/介護給付限度額
供給機関(サービス提供機関)
◇利害

利益
出来高+包括制
福祉業界
◇利害

介護報酬
財源
◇利害
保険機構
介護保険機構

1950年代 老人福祉法試案
1950年代 様々な高齢者実態調査の実施
1963年 老人福祉法
1972年 東京都などで「福祉手当」開始
1981年 第二次臨時行政調査会(土光臨調)
1984年 一人暮らし老人100万人の発表
1990年 ゴールドプラン
1991年 福祉八法改正
1994年 高齢者介護自立支援システム研究会報告(選択型と社会保険方式の提言)
1997年 介護保険法案成立(2000施行)
2000年 介護保険制度創設
2006年 介護保険法改正(介護予防)


当事者←給付←保険機構
財源
△00年代の税制改革⇒老年者控除の廃止

1959年 国民年金法(国民皆年金)
1965年 厚生年金法改正(「1万円年金」提唱)
1973年 各地で「年金スト」などが行われる。
1973年 賃金再評価制+物価スライド制→「5万円年金」(「大盤振舞いスキーム」)
1985年 基礎年金導入
1989年 国民年金基金創設・学生強制加入
1994年 「高齢者金持ち論」→国庫負担を2/1へ引き上げ議論→消費税引き上げ論
2004年 マクロ経済スライド調整率の導入

当事者←給付←生活保護
財源

当事者←ケア←家族(女性・男性)
◆負担
◆犠牲
◆感情
◆情報 etc.
利害

----------↑------------
〈経済〉が事態を現出させること

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図のjpg版は以下↓
当事者を中心とする家族・医療・福祉・年金・生活保護の力学の図

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2.老いをめぐる政策と歴史の「大きな話」を述べることは難儀であること
◆「後期フーコー」の「統治性governementalit?」からの解読。
◆〈経済〉を通じて「人口」に内在する「社会の自然性」――「世界の本性という意味に理解されるような自然自体のプロセスではなく、人間どうしの関係に特有の自然性、人間たちが共住したりいっしょにいたり交換したり労働したり生産したりするときに自発的に起こることに特有な自然性」(Foucault 2004b=2008:432)――の自然的な調整を遂行することでの「統治」の目的たる「国力増強と秩序増強」「国力の基礎としての富の増大」(Foucault 2004b=2008:18)という解釈はいかほどの説明を与えるのか。
◆「私たちは、なぜゆえに/いかにして、老いゆく人々を生かすのか、死ぬに任せるのか」という問題を論考すること。
◆上記の視座を前提にするのであれば、一つには、老い衰えゆく人々を生かし、保護する対象と範域を拡大していく「ケアの社会化」は広義の「国力の増強と秩序維持」を可能とするものとして、あるいは「国力の増強と秩序維持」とは別の〈何か〉を生み出していると論考することができる。であるとすれば、その「ケアの社会化」はいったい何を生み出しているのであろうか。もう一つには、そこには回収されない〈何か〉であるのかを考えることである。財政・金融・保険・市場・労働における「集計量」としての〈人口〉から合理的に判断して、あるいは「社会の自然性」を可能とする「調整」の観点からして、「ケアの社会化」の「特段の効果」「決定的な強い理由」はあるのかないのか。あるとすれば、それは何か。更には、そこには到底収まらない〈何か〉を生み出しているのか。あるとすれば、それは何か。解読することが困難な問いがここにある。

【文献】
安部彰・有馬斉編.2009.『ケア倫理と感情労働』(生存学研究センター報告8).立命館大学生存学研究センター.
天田城介.2003.『〈老い衰えゆくこと〉の社会学』多賀出版.
――――.2004.『老い衰えゆく自己の/と自由――高齢者ケアの社会学的実践論・当事者論』ハーベスト社.
――――.2007.「死に放擲される老い――事態の深刻さに対する倫理」『医学哲学 医学倫理』第25号.131-136.
――――.2008a.「死の贈与のエコノミーと犠牲の構造――老い衰えゆく人びとの生存という戦術」『現代思想』第36巻3号.82-101.
――――.2008b.「〈ジェネレーション〉を思想化する――〈世代間の争い〉を引き受けて問うこと」.
東浩紀・北田暁大編.『思想地図 vol.2(特集・ジェネレーション)』日本放送出版協会.203-232.
――――.2009a.「脆弱な生」の統治――統治論の高齢者介護への「応用」をめぐる困難」『現代思想』第37巻2号.156-179.
――――.2009b.「労働の分業/労働を通じた統治――感情労働の位置について」.
安部彰・有馬斉編『ケアと感情労働――異なる学知の交流から考える』(生存学研究センター報告8).立命館大学生存学研究センター.164-192,
――――.2009c.『〈老い衰えゆくこと〉の社会学〔増補改訂版〕』多賀出版.【刊行予定】
――――.2009d.『「承認」と「物語」のむこう(仮題)』医学書院.【刊行予定】
――――.2009e.『死に放擲される老い(仮題)』ハーベスト社.【刊行予定】
――――.2009f.『〈社会的なもの〉の社会学(仮題)』【刊行予定】
天田城介・大谷いづみ・立岩真也+小泉義之・堀田義太郎.2009.「生存の臨界V」(座談会).立命館大学生存学研究センター編『生存学』生活書院.239-262.
有吉玲子.2009.「医療保険制度―― 1972 年・1973 年の政策からみるスキーム」.立命館大学生存学研究センター編『生存学』生活書院.293-307.
有吉玲子・北村健太郎・堀田義太郎.2008.「1990年代〜2000年代における「寝たきり老人」言説と医療費抑制政策の接合」.福祉社会学会第6回大会配布資料.http://www.arsvi.com/2000/0806ar.htm
東浩紀・北田暁大編.2008.『思想地図 vol.2(特集・ジェネレーション)』日本放送出版協会.
Foucault, Michel.2004a.S?curit?, territoire, population:Cours au Coll?ge de France(1977-1978).ed. Michel Senellart.Gallimard/Seuil.=高桑和巳訳.2007.『安全・領土・人口 コレージュ・ド・フランス講義 1977-1978年度[ミシェル・フーコー講義集成Z]』筑摩書房.
――――.2004b.Naissance de la biopolitique;Cours au Coll?ge de France (1978-1979).Gallimard/ Seuil.=慎改康之訳.2008『生政治の誕生 コレージュ・ド・フランス講義 1978-1979年度[ミシェル・フーコー講義集成[]』筑摩書房.
仲口路子・有吉玲子・堀田義太郎.2007.「1990年代の「寝たきり老人」をめぐる諸制度と言説」障害学会第4回大会ポスター発表配布資料.http://www.arsvi.com/2000/0709nm1.htm
仲口路子・北村健太郎・堀田義太郎.2008.「1990年代〜2000年代における「寝たきり老人」言説と制度――死ぬことをめぐる問題」.福祉社会学会第6回大会配布資料.http://www.arsvi.com/2000/0806nm1.htm
立命館大学グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点院生プロジェクト「ケア研究会 」資料.http://www.arsvi.com/o/c05.htm
立命館大学グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点院生プロジェクト「老い研究会」.2007-.http://www.arsvi.com/d/a06.htm
立命館大学生存学研究センター編.2009.『生存学 Vol.1』生活書院.
アマルティア・セン/後藤玲子.2008.『福祉と正義』東京大学出版会.
田島明子.2009.「「寝たきり老人」と/のリハビリテーション――特に1990 年以降について」.立命館大学生存学研究センター編『生存学』生活書院.308-347.
田島明子・坂下正幸・伊藤実知子・野崎泰伸.2007.「1970年代のリハビリテーション雑誌のなかの「寝たきり老人」言説」.障害学会第4回大会ポスター発表配布資料.http://www.arsvi.com/2000/0709ta2.htm
田島明子・坂下正幸・伊藤実知子・野崎泰伸.2008.「1980年代のリハビリテーション雑誌のなかの「寝たきり老人」言説」福祉社会学会第6回大会配布資料.http://www.arsvi.com/2000/0806ta.htm
立岩真也.2009.『唯の生』筑摩書房.

*作成:天田 城介
UP: 20090612
全文掲載  ◇第7回日本福祉学会  ◇「共助」の時代再考(福祉社会学会第7回大会シンポジウム)
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