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「パナマにおける権利主体としての先住民の動向」

近藤 宏 20090531
第43回日本文化人類学会研究大会・報告 於:大阪国際交流センター


■報告レジュメ doc版 http://www.arsvi.com/2000/0905kh.doc


■報告原稿

 今回の報告のタイトルは「パナマにおける権利主体としての先住民の動向」です。

◆目的
 現在パナマには7つの先住民グループが居住し、コマルカと呼ばれる先住民の特別行政区が5つ認められています。コマルカとは、先住民の土地を保証し、独自の文化の維持・発展を目的に創設されました。  [コマルカとグループの分布の説明・ヌゴベ・クナ・]

 今回の報告ではそのうち、パナマ東部ダリエン地方のコマルカ=エンベラ・ウォウナンに焦点を当て、コマルカの特徴を考察します。

 より具体的には、コマルカの法文上の規定を考察します。コマルカを設立する法律は、それぞれのグループごとに、異なる時期に発布され、法文の構成・内容も異なっていますが、共通点としては、境界を確定された土地に対して、集合的な所有・使用権が譲渡・売却不可の形で認められていること、また、現在ではコマルカを管轄する先住民自身の組織の権限が国家によって承認されていること、があげられます。今回の報告の目的は、先住民の権利を保護するコマルカの法的規定が、同時にどのような組織を先住民にもたらしているのかを考察することです。

◆背景Aダリエン
 コマルカ・エンベラ=ウォウナンは、パナマ東部、コロンビアとの国境近くのダリエン地方に広がっています。熱帯林が広がるダリエンは、パナマ国内でも、「辺境」とみなされ、1970年代後半に、南北アメリカ大陸をつなぐパン・アメリカンハイウェイの建設が進むまでは、こちらの湾岸・河口付近の黒人の集落と、河川の上流に先住民が居住するだけでした。
 しかし、70年代の道路建設以降に、他県からの農民の入植がすすみ、人口が大幅に増加しました。レジュメ2pにありますように、センサスによれば、80年から90年にかけて、ダリエンの人口は大幅に増加を示しています。これら、他県からの農民は、主に道路沿いに農地を展開していきました。ダリエンの人口が大幅に増加している時期に当たる、83年にコマルカ=エンベラ・ウォウナンは創設されますが、道路わき、黒人人口が多い一帯、さらにパン・アメリカンハイウェイの建設予定区域の周辺は、その対象地から外されています。人口増加に伴い、国土内における先住民の「位置」を明確にすることが、同時代的な問題となっている時期にコマルカ・エンベラ法は発布されました。その、国土における先住民の位置の確立、という主題はコマルカ・エンベラ法の条文にも表れています。

◆コマルカ・エンベラ法
 1983年に発布されたコマルカ・エンベラ法は、全22条から構成されています。その中身ですが、先住民が排他的・優先的に使用できる土地の区画の確定、他の選挙区との関係や、その土地の権限の規定のように国土におけるコマルカの位置を確立する条文が多くありました。  しかし、こうした地図上で表現できるような、国土の分割に関する規定だけではなく、コマルカの運営に関する枠組みもこの法律では規定されています。
 例えば、コミュニティの開発・発展に関しては、16条では「コマルカ内の開発プログラムは、先住民当局と政府機関の協同作業で練られた計画に従う」こと、17条では、「共同体の開発のためにコマルカが開発計画を企画し、実行すること。そのために、政府に対して技術および資金の上での援助を求めることができる」と、規定されています。
 そして、この政府と協働する先住民組織とは、コングレソ・ヘネラルという先住民の意志決定の組織であり、10条では、「エンベラの人々の意思決定と表明の伝統的に最高位にある機関として」それを国家が承認しています

 エンベラは3つのレベルの異なる政治組織を持っています。上位から、General ,Regional 、Localと区別され、最も下位のLocalは共同体レベルにあたります。コマルカ・エンベラは空間的には二つの地区に分かれており、それぞれの地区全体をRegionalが統括し、コマルカ全体をGeneralが統括します。それぞれのレベルには、リーダーがいて、彼を中心に物事が決定されます。コングレソ・ヘネラルでの決定は、共同体のリーダーを介して、共同体にも伝達されます。コマルカ・エンベラ法では、コングレソ・ヘネラルが対外機関に対して、先住民の意見を代表する機関として位置づけられています。一方、Cacique General, Cacique Regionalなどの役職については、その存在についての条文はあるものの、役割に関しては、「カルタ・オルガニカ」によって、規定される、と記載されています。

◆カルタ・オルガニカ
 「カルタ・オルガニカ」とは、コングレソ・ヘネラルをはじめとするコマルカの組織の構造や役割をはじめ、コマルカを運営上の諸規則が定められている法令です。1983年以降のあらゆるコマルカは、先住民が中心に草案をつくったカルタ・オルガニカを内閣が認定する、というプロセスを伴っています。そのため、カルタ・オルガニカは、共和国憲法、及び効力のある共和国法の枠組みに従う条文で構成され、またコマルカ法は、カルタ・オルガニカという別の文章とペアになって機能することになっています。
 そのために、「カルタ・オルガニカ」では、コングレソの運営を助ける様々な機関が設立され、国家に対する意思決定機関だけではなく、国家からの承認を得た役割・施策によって地域の生活を管理する組織という一面を、その組織ははっきりと持つようになります。


◆カルタ・オルガニカ・エンベラ=ウォウナン
 エンベラのカルタ・オルガニカは1999年に、法令として発布され、122にも及ぶ条文が掲載されています。そこでは、首長のほかにコングレソ・ヘネラルの運営の責任を負う執行機関、6つの専門部局をそなえるアドミニストラシオン・ヘネラルという組織が設立されています。
 60条では、これらの専門機関の設立の目的は、コングレソ・ヘネラル・リージョナルによる計画の実行」とそのための「公的機関との効果的な連携」を実現することにあります。
 特に後者が問われるのは、コマルカ内で展開する開発計画の企画や実行の場面であり、開発計画をデザインする立案局 は財務省と、資源利用を管理する環境・資源局が環境省と共同しながら、コマルカ内の自然資源を利用した開発を進めていく、という方策が規定されています。さらに、森林資源を利用する際には、環境保護・生物多様性保護という目的に従った範囲で、計画を実行するという旨が+、コマルカの役割として、カルタ・オルガニカの前文に、コングレソ・ヘネラルの役割として、+それを規定する条文に、それぞれ記載されています。

 つまり、コングレソ・ヘネラルが行う意志決定の方向性が、国家機関との連携の強化によってもたらされる市民社会的な価値に規定されることになっています。ここにはカルタ・オルガニカの前年、1998年に発布された、パナマ国内の自然資源利用の枠組みを規定した「環境法」からの法的な拘束力をみることができます。その法律では、コマルカ内部での自然資源の利用は、「共和国憲法、本法律、及び以後の共和国法によって確立される、環境保護・環境保全の目的にしたがって、使用されなければならない」ということが明記されています。「カルタ・オルガニカ」はその役割を担う組織の設計図となっている、と言えます。
 さらに、「カルタ・オルガニカ」は、コマルカ内行政機関としての役割も同時に規定するので、こうした価値は、組織の目的だけではなく、共同体レベルでの実践を規制する方策にも反映されています。それがはっきり現れるのは、コマルカ内の土地分配の調整機構である「土地と境界」局の活動に関連して示された、土地カテゴリーに関する条文です。 ここでは、用途と使用する主体に応じて、コマルカ内の土地が6つのカテゴリーに分けられています。

 従来、エンベラでは森林を切り開くことで、当人の使用できる土地が獲得される、という土地分配のルールがあったため、土地を利用した経済活動の主体は主に世帯主でした。それはaのとおりです。さらに共同体、集団という別の活動主体として想定されています。D,E,Fと続くのですが、特に、Fの項目では、森林再生という目的に従えば、エンベラ=ウォウナンではない組織でも、コマルカの土地を活用できる可能性が指摘されています。このように、土地の分配というコマルカ内での生活の基盤となる規則までも、カルタ・オルガニカは規定しています。それは、コングレソ・ヘネラルの周辺に布置された行政組織により、環境・生物多様性の保護という規範が、コマルカ内の生活にまで及びうる可能性を示しています。


◆今回の報告では、パナマ共和国におけるコマルカに関する法的規定をみることで、一定の土地を与えられた「集合的な法的主体」としての先住民が、同時にどのように組織として規定されているのかを検討しました。コマルカ・エンベラ法の段階では、コングレソ・ヘネラルが集合的主体の意思決定組織かつ、国家などの機関と交渉する組織として規定されるだけでしたが、「カルタ・オルガニカ」の発布によってその組織のありかたはより複雑になっています。そこでは、コングレソ・ヘネラルの周辺に、政府組織との連携の強化とコマルカ内の生活を統括する機能を備えた専門的な行政組織が布置されることになりました。そのために、現在では集合的な法的主体としての先住民エンベラは、森林資源を、環境保護・生物多様性保護という枠組みの下で管理・使用する、組織として自らを規定し、新たな価値や規範が共同体の内部にも拘束力をもってもたらされる枠組みが準備されています。
 2000年には、伝統的な生態学的知識・文化的産物などに対して、集合的な知的所有権を認める法律が発布され、コングレソがその権利主体として規定されています。つまり、有形の森林資源だけではなく、それらを利用する無形の「知識」にまで、法的主体が関わる領域が広がることとなりました。
 近年、法的主体の文脈から生まれてきた、資源管理組織を、経済的な主体として発展させていく動きがあります。コマルカ内のある河川の流域では、木材を中心とした森林資源の商品化を目的とした、持続可能な森林利用プログラムがWWFといった国際機関との連携の下に進められています。このプログラムでは、流域の5つの共同体からなる、共同生産組合が組織されています。それはコマルカの他の地域に対し、新しい森林資源利用のモデルケースであり、また、同時に森林資源を使った法人格を持つ、企業の創設に向けた一つの重要なステップとして位置づけられています。 このように、現在のエンベラには、集合的な法的主体の展開に伴い、環境利用の実践に対する価値や規範の枠組みや新たな組織がもたらされ、エンベラの人々はそれを受け入れ、活動し始めています。つまり、83年からのエンベラの集合的な法的主体の確立と展開とは、先住民居住地帯に、国土の一区画として限定を与えた上で、その地の資源管理という役割を先住民に与えることで、先住民居住地帯を合法的な国内・国際経済の枠組みが及ぶ空間へと変容させていく試みとして理解できるでしょう。
 今後の研究の展望として、この30年ほどの法文脈を中心に進行している先住民の主体性の形成の意味を考察するために、まず、土地・森林資源、つまり自然環境との関係が問題になっている、という点に注目しようと思います。そして、これまでの人類学が構築してきた、自然環境と社会の関係を考察するパースペクティブ、たとえば、そのひとつに「野生の思考」があると思いますが、それらを活用し、法的主体の展開が自然環境と先住民社会の関係の現状に何をもたらしているかを考察していこうと考えています。
 ご清聴ありがとうございました。


*作成:西嶋 一泰
UP:20090626 REV:
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