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新聞記事「森崎和江の世界:著作集『精神史の旅』全5巻完結/上 女であることを手がかりに」

『毎日新聞』東京夕刊 20090525


■森崎和江の世界:著作集『精神史の旅』全5巻完結/上 女であることを手がかりに

 福岡県で炭鉱や朝鮮半島について記してきた詩人、作家の森崎和江さん。初の著作集『森崎和江コレクション 精神史の旅』全5巻(藤原書店)が完結した。森崎さんは、雑誌『サークル村』、ウーマンリブの先駆者としての評価、朝鮮半島へのこだわりなど、多様な側面がバラバラに読まれてきた。著作集は、それらが一貫した問題意識に基づいていたと気付かせる。本人の言葉や著作集の抜粋で、森崎さんの道のりを振り返る。【鈴木英生】

 ◇朝鮮から筑豊炭鉱へ 女であることを手がかりに

 森崎さんは、戦前の朝鮮半島で育った。それが、「原罪」となった。「朝鮮の風習や大自然が本当に好きでした。おばあちゃんたちは、『アイゴー』って頭をなでてくれた。私は、人並み以上に大地や自然や人々を尊敬し愛した。その自分が(戦後は)本当につらかった。なぜなら、(朝鮮を愛した日本人の)私の代わりに何千何万という(朝鮮の)人が亡くなったり、よそで働かされた。だから、原罪としか言うよりほかはない」
 教師だった父親は、朝鮮人生徒に好かれるリベラルな人で、森崎さんも女性であることの被抑圧感を感じずに育った。全国から人が集まり、標準語を使った日本人社会は開明的だった。
 日本に帰ると、そうはいかない。<当時、もっとも気にかかった挨拶(あいさつ)に、「あなたのおくにはどちらですか」というものがあります。(略)出身地を問うて、さて、何にしようとしているのかがわからないのです>(第1巻)。個人を個人として見ない社会。「こんなところが日本……。どうやって生きていこうかと思ってねえ」
 1952年に福岡県久留米市で結婚して翌年、出産。間もなく、東京で大学生だった弟がひょっこり現れた。<和んべ、甲羅を干させてくれないか><ぼくにはふるさとがない。女はいいね、何もなくとも産むことを手がかりに生きられる。男は汚れているよ>(第5巻)。弟は翌月、自殺した。森崎さんは、同じ植民地育ちの弟に居場所を与えてやれなかった。それも、いわば原罪となった。
 逆に、女であることは、日本で生きる唯一の手がかりだった。<植民者二世である自分の正体も日本の庶民の本質も見えないが、(略)戦争・敗戦という民族的経験を経て根っこからくつがえったはずの、この私が、女の性という生物的条件の部分が、まるきり昆虫のように無傷だった>(第1巻)。「一人前の日本の女」になって朝鮮半島に謝りたい、という思いが形作られてゆく。
 5年後、詩人で活動家だった谷川雁と筑豊へ越し、九州、山口県の労働者文芸交流誌『サークル村』を刊行する。『サークル村』は、さまざまな人々の共同性を組織する運動体でもあった。<資本主義によって破壊された古い共同体の破片が未来の新しい共同組織へ溶け込んでゆく段階であって、そのるつぼであり橋であるものがサークルである>(第2巻)
 死と隣り合わせの労働を強いられる炭鉱労働者には、普通の地方とも植民地とも違う連帯感があった。「人のもんは我がもん、我がもんは人のもんばいって(笑い)」。その連帯感が、森崎さんに「日本」になじむ糸口を与えた。<心は炭坑の人たちにつきっきりになっていた。そうやって、すこしずつ、すこしずつ、日本への警戒を自信へと転していったのだ。日本への、とは自分の中の日本人への、と言っていい>(第4巻)
 当時は、戦後最大の労働争議、三井三池闘争なども起きた。森崎さんは、それらの運動でも置き去りにされる女性の問題を語る場、雑誌『無名通信』を始める。創刊宣言は、こう書き出した。<わたしたちは女にかぶせられている呼び名を返上します。無名にかえりたいのです>(第2巻)。妻や母、主婦や夫人、娘として以前に、一人の人間としてありたい。ウーマン・リブやフェミニズムの先駆けともされる宣言である。
 他方、ある労働者が運動仲間の妹を強姦(ごうかん)して殺した。<このことは私の心とからだを芯まで凍らせました。(略)私は、たとえ今ここで一時的に後退してもかまわぬから、人間にとって根源的な地点でのたたかいの思想化をはかりましょう、と彼(注:谷川)へ言いました。彼は、(略)涙を流しながら、それが正しいけれども彼らにそれをわからせる力がない>(同上)
 炭鉱労働運動が沈静化した後の65年、谷川は筑豊を去った。残った森崎さんも、転機を迎える。

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 ■人物略歴
 ◇もりさき・かずえ
 1927年、現韓国大邱市生まれ。福岡県立女専卒。50年に詩誌『母音』同人。58年から筑豊の炭鉱町で谷川雁、上野英信らとサークル交流誌『サークル村』など刊行。その後は、戦前に海外へ売られた女性を描いた『からゆきさん』(76年)などを著し、「女」「朝鮮」「いのち」といったテーマにこだわり続けてきた。他の著書に『まっくら』『第三の性』『慶州は母の呼び声』『草の上の舞踏』など多数。

┃2009/05/25『毎日新聞』東京夕刊
http://mainichi.jp/enta/art/news/20090525dde018040068000c.html


*作成:村上 潔
UP: 20091109 REV:
全文掲載  ◇森崎 和江
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