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(通訳)感情労働とケアの技法―証拠は何か?

 有馬 斉的場 和子 2009/03/19
立命館大学グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点 20090319
安部 彰有馬 斉 『ケアと感情労働――異なる学知の交流から考える』
立命館大学生存学研究センター,生存学研究センター報告8,248p. ISSN 1882-6539 pp.28-33



[*講演中に使われたスライドは(# 番号)というかたちで本文中に示した。スライドの内容は原文の終わりにまとめて収録してある]

 ああ、これが録音機ですね、ありがとう。ありがとう。このスライド(#1)にあるのが、今日の午後お話しするトピックの全てです。まず感情労働の定義をみて、それから感情を理解するために集めなければならない事実を紹介します。また、感情労働に関する最近の研究の動向についてお話しします。さまざまな職種や組織のなかにおけるさまざまなタイプの感情労働が注目されています。そのあと、こうした研究が、実践や教育におよぼす影響についてお話しします。
 これ(#2)はただの要約です。今日はこれから、感情や情緒、感情労働と感情的知性といった概念、それからこれら二つの概念がどう関係しあうのか、といったことについてお話しします。このスライド(#3)は、ケアの存在を実証する証拠について、つまり、これからすぐにお話しする三つのEについてです。すなわち、効果(effectiveness)、効率(efficiency)、そして公平性(equality)の三つです。これらの事実の質をみていくと、そこに感情があることが分かります。
 この引用は、みなさんも面白いと思われるのではないでしょうか。これ(#5)は、早い時期に感情労働についての革新的な仕事をした社会学者のアーリー・ホクシールド(Arlie Hochschild)の言葉です。
 ヒラリー・グラハム(Hilary Graham)というのは、イングランドのやはり社会学者ですが、とくに女性が家庭や職場で行う仕事に注目した人です(#4)。このヒラリー・グラハムからの引用がとくに興味深いのは、ケアについて語るということは感情や情緒について語ることでもあるということを伝えているからです。
 そして次のスライド(#6)で紹介しているのは、飛行機の客室乗務員や借金の取り立て人といった人々について研究したアーリー・ホクシールドの仕事です。彼女は、商業的な場面で、感情の労働にはお金が支払われうることを示しました。商品を生産するために、労働者は自分の感情を引き出したり抑えたりすることによって、なんらかの表面的な態度を保っているようにしなければならない。たとえば笑顔であるとか、幸せそうな表情であるとか、元気いっぱいであるとか、あるいは借金の取り立て人の場合なら、相手にある感情を経験させるために、怒ったり、恐ろしそうにみせたりするわけです。客室乗務員の場合であれば、他人に居心地の良い安全な場所で自分はケアされているのだという感覚を引き起こすために、そういうことをします。そして、居心地の良い安全な場所、あるいはケアといった事柄は、私にとっても、看護師の仕事を理解するために非常に大切なことでした。
 次のスライド(#7)は、職場における感情労働のメカニズムと、感情労働を引き出す際に組織が果たす役割の重要性について説明しています。その次のスライド(#8)は、労働者が実際にそれをどのようにして行うかを説明しています。組織の中には、ある感情規則があって、これに従わなければなりません。ここでとくに重要なのは、深層演技と表層演技と呼ばれるものです。これがどのように認識されるか、ということも、文脈に応じて、さまざまな場合があります。がん患者の看護の場合、ふたつのタイプの感情労働が要求されます。治療を必要とするがん患者には、救急処置的なケアが必要になります。回復することのない患者には、本人が死に向き合うことを助けるための緩和ケアが必要になります。
 さて、では証拠はどこに見つければよいのでしょうか。救急処置的なケアを必要とする人と、死に向き合うためのケアを必要とする人とを例にとって、効果と効率と公平性に注目したA・コクラン(A. Cochran)の仕事はよく知られています(#8)。これらふたつはおそらく非常に異なるタイプの感情労働ですが、どちらにおいても、アプローチのなかに人間的なものがなくてはなりませんし、また、優しさやコミュニケーション能力が技術的なケアの土台を成しています。
 次のスライド(#9)は、この考えかたを、とくに看護とのかかわり、また、患者との治療上の関係を発展させることの重要性とのかかわりにおいて、さらに展開させたものです。つまり、証拠を見つけるためには、そうした関係における感情労働を調べなければならないということです。
 しかし、個人がそれぞれに行うだけでは十分ではありません。感情と組織がどのように機能するのかを見なければならないのはこのためです(#10)。組織の中において感情がどのように機能するのかをみることによって、ケアの質を描きだすことができなければなりません。誰がリーダーであり、職場の士気を高めたり支えたりするのか、を見つけられるのでなければなりません。さらにそこから、スタッフや学生や患者といった組織の中のすべての人に及ぼされる良い影響を理解することが可能になるはずです。
 このスライド(#11)は、組織の中における感情の要素や、非常に複雑な活動におけるリーダーシップの重要性を要約しています。このスライド(#12)は、何度も行われてきた幾つかの非常に重要な仕事の内容を要約したものです。組織において士気というものがどれほど重要か、また士気の高さがスタッフの質や患者の容体を改善することにどれだけ役立つか、ということを示しています。これは、士気の重要さをあきらかにした初期の非常に重要な研究のひとつにすぎません。こうした研究から、ケアの質やスタッフの働く環境の質をよくする、組織の中の感情労働について、理解することができるでしょう。
 つぎのスライド(#13)に移りましょう。これをみなさんにお見せしたかったのです。感情労働について研究する中で、私は、さまざまな職種や異なる組織が行う感情労働について、映像や写真から何が学べるかということに、関心をもってきました。これ(#13, 写真)は、1970年のイギリスにおける看護の様子です。非常にフォーマルな制服を着ていて、婦長は看護学生に指示を出すことができていました。学生は指示をもらってはじめて何をするべきかを理解していたのです。
 これ(#14, 写真)は、非常に異なるイメージです。ここにリーダーを見つけることはできません。おそらくすべての看護師がリーダーなのです。ここには患者とのコミュニケーションがあることがわかります。看護師と患者の家族のあいだにもコミュニケーションがあります。帽子は被っていません。つまり、ここにはちがうタイプの感情労働があるということなのでしょう。そのことがこの写真のなかに現れています。
 これ(#15)はただひとつ例を挙げてみるだけですが、イギリスの国民保健サービス(National Health Service:NHS)は、世界でおそらく2番目か3番目に大きな雇用を抱える組織で、2003年から現在まで毎年、全国的な調査を行っています。それによると、ここのスタッフ──つまり先の写真の中で見たようなスタッフですが──は、NHSで働いていることを非常に誇りに思っています。彼らは、一生懸命に働いており、幸せなのですが、同時にまた、ストレスがあったり、酷使されていたり、またいじめにあっていると感じていたりします。いじめの問題は、すぐあとでヘレン・カウイ先生からお話があると思います。
 これ(#16)は、私の1992年の研究からの引用です。この研究では、ケアのある病棟のことを書いています。また、この引用と次の引用をみれば、NHSのパラドックスのことが理解してもらえるかもしれません。つまり、これは、リーダーの感情労働が学生をケアし、それによって学生も他人をケアすることができるというアイデアです。つぎのスライド(#17)は、その逆、パラドックスを示しています。つまりこれは、リーダーが学生を脅えさせ、看護師を脅えさせるような環境の中のことです。看護師は、これは学習するのによいあり方ではないといっています。これはおそらく否定的な感情労働です。人は自分が脅えていては他人をケアすることはなかなかできません。このスライド(#18)が示しているのは、もっと最近の研究成果です。スタッフのあいだの士気が高いことは、患者にとって非常に重要だということです。そして、チームワークは、仕事の関係を良くするために非常に重要だということです。
 このスライド(#19)は、もう今日の発表のほとんど終りに近いですが、看護の仕事において感情の役割や、安全な環境といったもの―─繰り返しますが、これはカウイ先生の研究があきらかにしたことです―─が、がどれだけ重要なものかということを示しています。また最近、私たちは海外の看護師に関する研究に参加しました。この研究によれば、海外の看護師は、ときに非常に厳しい環境で仕事をするために感情労働をしなければなりません。
 最後の二つのスライドは、ここまでの要約です。NHSでは2008年、そこではパラドックスが起こってはいますが、良いコミュニケーションを促すことを最優先にしています(#20)。最後のスライド(#21)ですが、これからは、共感的なケアや、ケアの効果、また安全な職場環境といったものの存在を示す指標を見つけるための研究が行われていくことになるでしょう。最後に、共感的なケアや、効果の高いケア、またケアが行われるための安全な環境などを、評価するために、感情労働という概念を用いることができるかもしれません。

◆編者註
(1)NHSはイギリスの国営保健サービス制度。ここではとくに当制度によって運営されている病院等の医療施設を指す。



崎山:スミス先生、研究報告どうもありがとうございます。先生の研究報告のなかから、おそらくまずは大きく三つほど、感情労働という点について考えていくうえでの示唆を受けたと思います。
 まず、感情労働を分析する際には、個々人が感情労働をいかにするかということだけではなくて、組織とどのようにかかわっているのかという点が実に重要だということ。これが一つ目のポイントかと思います。
 第二点目には、特に感情労働が対象に与える影響について、特に組織のなかでのリーダーシップも重要だというお話だったかと思います。つまりは、そのリーダーの人々が看護師の雰囲気であるとか、モラルといったものに注意を払うことによって、看護師のみならず患者にもよい影響を与えるということです。逆にいえば、それがなされなければ、感情労働は非常に悪い影響を与えてしまうという側面が存在しているということかと思います。
三つ目には、特に感情労働が否定的に働くあり方といったものを特に分析していく必要があるということ。これが特にイギリスのNHS、国民保健制度のなかで取り組まれている課題であり、特に否定的な作用として、職員間での虐待であるとか、いじめというものについては現在進行形でイギリスの研究者のなかで取り組まれております。
 その一側面として、次にヘレン・カウイ先生から、組織内での感情労働のあり方や、それにまつわるさまざまな否定的な効果について研究報告をいただければと思います。スミス先生、どうもありがとうございました。


有馬 斉的場 和子 20090319 (通訳)「感情労働とケアの技法―証拠は何か?」 安部 彰有馬 斉 『ケアと感情労働――異なる学知の交流から考える』,立命館大学生存学研究センター,生存学研究センター報告8,pp.28-33.



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