>HOME >全文掲載
「フランスで学ぶということ」

山本 由美子 GCOE生存学創成拠点「国際研究調査報告」



 私は、今秋、「二〇〇八年度生存学若手研究者グローバル活動支援助成金」を受けて、一ヶ月間、フランス共和国における高等教育研究機関にて調査研究をさせていただく機会に恵まれました。オフシーズンでさえも郵便事情その他手続きに時間のかかるフランスで(例えば、速達よりも普通郵便の方が早く配達されるのは稀ではありません)、折しもバカンスシーズンにかかった研修依頼には大変労力を要しましたが、二〇機関ほど依頼したうち、運よくひとつが私の研修受け入れを受諾してくださいました。生殖を研究領域とする私の研究テーマのひとつである、「医学的理由による人工妊娠中絶胎児の処遇をめぐる議論」にかんして、L’Université Paris Descartes(通称パリ第五大学、一七九五年創立)の医学部医療倫理研究所(二〇〇四年創立)にて調査することができました。大学都市でもあるパリ市に位置するこの研究所は、国立衛生医学研究所(INSERM)をネットワークにもち、同時に、フランスおよびフランス語圏医療倫理学会(SFFEM)の拠点ともなっています。修士および博士課程の倫理研究コース養成と合わせて、医療倫理について学際的に研究しようと、各界著明人を日常的に(空気のように)招いており、例えば、ヴェイユ法で有名であり時の保健相・欧州議会議員であったSimone Veil(シモーヌ・ヴェイユ)や遺伝学者で時の国家倫理諮問委員会委員・国民議会議員であったJean-François Mattei(ジャン=フランソワ・マティ)が学生と同じ階段教室に座っていたりもします。

 ところで、フランスで学ぶということは、当然、フランス語で学ぶということですが、同時に、フランス(語圏)を学ぶということでもあります。フランスおよびフランス語圏の人々は、本当に、常に、よく喋ります。日常生活が議論の場であり、毎日が「口頭弁論」である彼らにとって、沈黙は美徳でも金でもありません。「Pourquoi ? なぜか」と「Parce que なぜなら」のセットで始まる挨拶がわりの議論には、慣れるのに相当の忍耐と時間がかかります。例えば、空港で、出口を間違え別の出口はどこかと尋ねようものなら、「なぜ間違えたのだ、理由を言ってみろ」と始まり、「それはあなた、なぜなら、フランスの空港は高い税金とる割に古くてしかも複雑なつくりだから、誰だって間違えるでしょう!(つまり、私のせいではない)」とでも言わなければ相手は納得してくれません。「間違えたから間違えたのだ、余計なお世話だ、早く出口を教えろ」ではすまされないのです。そして、フランスの日常生活はといえば、弁論術でよく言われるように、「Vrai(e) 真実で」あるかどうかはさほど問題ではありません。「Vraisemblable 真実らしい」のであればよしとする「処世術」は、そのまま「処仏術」でもあったりします。そうはいっても、やはりフランスは「人権の祖国」、かの大統領が失言でもしようものなら、その週末にはすぐ、市民による「Manifestation 意思表明」・「Association 市民活動」のための大規模なデモ行進が行なわれます(お上りさんよろしく私も参加しました)。もちろん、公的に許可を受けてデモは行なわれるわけですが、総動員される警察がデモ隊を日常的に厚遇してくれるところは感慨深くありました。

 さて、研修内容に戻りますと、本来であれば私のような非正規の外国人学生(フランスの大学の学生証を持たない)は、大学関連機関に参入どころか図書館さえも使用させてもらえないのですが、今回は思いがけず研修生用のパスを作っていただき、多くの著書や文献を手にすることができました。おかげで、中期中絶の具体的な技術から、中絶胎児の「胎児病理・解剖学」、中絶胎児の処遇をめぐる医療系・非医療系での議論まで幅広く触れることができました。

 ところで、フランスは一九七五年の中絶合法化に向けて歴史的な役割を果たし、現在は、妊娠一四週未満の中絶(IVG; Interruption volontaire de la grossesse)が理由の如何を問わず認められています。対して妊娠一五週以降の中絶(IMG; Interruption médical de la grossesse)は、「二人の医師が、妊娠の継続は女性の健康に重大な危機をもたらすこと、あるいは、生まれてくる子どもが診断時に不治と認められる特別に重篤な疾患に罹患している可能性が強いことを証明した場合、妊娠のすべての時期に、この中絶を行なうことを可能」としたものです。しかしながら、当然、「診断時に不治と認められる特別に重篤な疾患」とは何かの規定はなく、「女性の意思」と医師の裁量にまかされているのが現状といえます。こうした背景における、あらたなキーワードとして、医学的な「le fœticide(胎児殺し)」、流早産児を民事登録する場合の「l’état civil(民事身分)」をとりあげながら、研究成果として近日のうちに論文を書きたいと思っております。

 医学部の医療倫理研究所ですから、教員の半数が医療者であり、「医師が何をどう言っているのか」を研究するにあたり大変よい環境であったように思います。また、大学間の交流が自由であり、文系・理系を問わず、市内の大学すべてがひとつの大学として連携していることは、現地の正規大学生にとっても有利であると思います。英米のみならず欧州の思想体系に直に触れることは、日本を思考するうえで大きな示唆をもたらすと考えられますので、先端総合学術研究科の皆様もぜひ一度、欧州なかでもフランスへ足を踏み入れてみてください。

渡航先
フランス共和国

研修機関
Laboratoire d’éthique Médical, Médecine Légale, Droit de la Santé et de Santé Publique /Réseau INSERM “recherche en éthique” / Faculté de Mélecine Paris5, Université Paris-René Descartes.
パリ第五大学医学部
国立衛生医学研究所倫理研究ネットワーク
医療倫理・法医学研究所(共同研究所INSERM)

研究期間
二〇〇八年九月中旬から一〇月中旬まで



UP:20091110(安部 彰) REV:20091110
全文掲載  ◇山本 由美子 

TOP HOME(http://www.arsvi.com)