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「08年を振り返るとキーワードは「自殺幇助」と「無益な治療」」

児玉 真美 200902 介護保険情報 2009年2月号

last update: 20110517

2008年世界の介護と医療のニュースを振り返るキーワードは「自殺幇助」と「無益な治療」
 この連載のお陰で、英語ニュースのチェックが日課となって久しい。世界は驚きと発見に満ちており、いまだにパソコンの前で「え?」とか「げっ」など、毎日いろんな音声を発している。興味深いニュースを全てこの連載で紹介するわけにはいかないけれど、07年3月号の当欄で紹介した米国の“Ashley療法”論争をきっかけにブログを立ち上げたので、最近は注目ニュースはそちらで逐次紹介している。するとブログがそのままファイリングの役目を果たし、いつでも自在に振り返ることができるので、たいそう便利にもなった。そこで年末に、この1年間の当欄とブログ記事をざっと振り返って2008年のあれこれを概観してみた。
 残念ながら心が重くなったり憤りを覚える話題が多かった。2008年1年間の英米を中心にした世界の高齢者や障害児・者を巡るニュースを振り返ると、特に目立った大きな動きは、まず自殺幇助の合法化を求める声の高まり。そして、生命維持装置、栄養と水分の供給までを含め、重症障害児・者への医療を資源の無駄遣いだとする「無益な治療」論の急速な広がり。その2つだったような気がする。

世論は自殺幇助合法化へ
 自殺幇助を巡る夏までの動きは9月号の当欄で簡単に紹介したが、その後11月に米国ワシントン州が住民投票によって自殺幇助を合法化した。オレゴン州に続き米国では2番目。
12月11日には英国のテレビが、「妻を介護から開放してやりたい」と語る米国人の高齢男性がスイスのDignitasクリニックで幇助自殺を遂げる場面を放映し、論争となった。ブラウン首相は合法化に否定的だが、同クリニックに中途障害の息子を連れて行って死なせた両親に対して、裁判所は罪に問わないとの判断を下した。英米両国とも世論は合法化へと傾斜しつつある。

「無益な治療」拒否、報道は氷山の一角?
「無益な治療」関連事件で最も大きく報じられたのはカナダのGolubchuk氏(84)のケース。重症障害のある同氏の治療は「無益」だとして生命維持装置の取り外しを決めた病院側と、続行を求める家族が対立。2月に家族が訴訟を起こした。裁判所が当面の続行を命じ、諸々の手続きが行われていた6月、Golubchuk氏は人工呼吸器を装着したまま亡くなった。
 類似の事件は英米でも相次ぐ。米国では少なくともカリフォルニア、テキサス、ヴァージニアの3州が、家族の意向とは関りなく「無益な治療」を拒否する法的権利を病院側に認めている。しかし病院と家族が対立し訴訟に至らない限りコトが表面化しないことを考えると、メディアが報じるケースは氷山の一角に過ぎす、「無益な治療」の拒否・停止・差し控えは慣行化しているのではないだろうか。

救急隊まで「この人は蘇生に値しない」
 そんな1年間を振り返っていた大晦日、英国Times紙にショッキングなニュースがあった。「救急隊員、瀕死の男性を『救命に値しない』と」Ambulancemen ‘decided dying man not worth saving’。事件は11月29日に遡る。自宅で心臓発作を起こして救急車を呼んだ独り暮らしのBarry Baker氏(59)は、救急車の到着時には既に意識を失っていた。ところが2人の救急隊員は、杖歩行のBaker氏は蘇生には値しないと、救急隊員としての義務を放棄したばかりか、到着時に既に死んでいたことにしようと口裏合わせを相談したのだ。かなり口汚い会話だったらしい。実はこの時Baker氏の電話は救急センターと繋がったままだった。電話口で聞いたセンター職員はショックを受けて上司に報告。上司が警察に通報して、2人は12月に入って逮捕された。まさに、この1年間を象徴するかのような大晦日のニュースだった。

「死ぬ」だけが選択肢の「自己選択」
 日本では「終末期医療は自己選択だ。自分の意思でよく考えて決めておけ」と我々は現在しきりに言い聞かされている。しかし上記2つの動きを合わせると、もはや英米加で認められるのは「死ぬ」という自己選択のみとなりつつあるようだ。「生きたい」と選択したところで病院から「でも、あなたの治療は無益です」と拒まれるのだから、「生きる」という自己選択は事実上、存在しない。
 そういえばオレゴン州では、抗がん剤治療のメディケア支給は不可だが、医師による自殺幇助については可とする通知を受け取るがん患者が増えているそうだ。
日本の我々も自分の終末期医療について早まった「自己選択」をせず、これからの世界の動向をとくと見据えて考える方がよいかもしれない。


*作成:堀田 義太郎
UP:20100212 REV: 20110517
全文掲載  ◇児玉 真美
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