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「Ruger報告に対するコメント(後藤)」

後藤 玲子(立命館大学大学院先端総合学術研究科教授)
松田 亮三棟居 徳子 編 20090220 『健康・公平・人権――健康格差対策の根拠を探る』
立命館大学生存学研究センター 生存学研究センター報告7, pp. 41-54.

last update:20100618

1.はじめに

 啓発的で刺激的な報告をありがとうございました。実のところ、最初にあなたの論文を見たとき、私は、大変親しみを覚えました。Ruger先生、あなたは、まさしく、伝統的な学術的思考と現代の緊迫した社会政策とを結び付けようと真摯に努力されている、きわめてまれな研究者の一人であると私は信じます。あなたがかくも深くアマルティア・センの仕事の本質を深く理解し、健康の倫理をめぐる諸議論、ならびに、健康への権利を促進する社会政策への適用をはかっていることは、決して偶然のことではないと思われます。
 論題に入る前に、私自身のこととテーマに関連する日本の状況について、簡単に紹介したいと存じます。私もまた、倫理と経済学と厚生政策の間を行き来している「学際的研究者」の一人です。私の専門は規範的経済学の1つである社会的選択理論であり、グローバルな文脈のもとでの公的扶助システムです。前者の関心については、後に述べることとして、はじめに後者の関心について簡単に述べたいと存じます。
 2008年、新年の幕開けとともに、新しい社会政策が続々と提案されました。例えば、基礎年金を全額国庫(税金)負担にしようという提案、パート・非正規雇用の正規化を促進する政策の提案などです。これらの提案に共通する特徴は、提案理由の一つとして、「生活保護受給者を減らすために」という言葉が添えられる点にあります。
 もしも、その意図が、現行の生活保護の改悪、すなわち、給付水準の切り下げや受給資格の厳格化、政府予算の縮小を伴うことなく、ただ、生活保護受給者数の自然な減少を期待するだけであるとしたら、何ら問題はありません。むしろ、生活保護以外の日本の社会政策で、従来、手薄だった部分を充実させるものとして、大いに歓迎できるかもしれません。
 なぜなら、これらの提案には、次のような可能性が含まれているからです。何らかの理由で経済的・社会的不利性をおっている人々に対して、不利性にいたった理由やプロセスを尊重しながら、また、追加的に必要とされる財やサービスに留意しながら、所得補填を行う可能性です。それは、誰でも、いつでも、困窮しているときには、「健康で文化的な最低限度の生活」が保障される現行の生活保護制度─それは世界的にもまれな優れた特性をもつ─とならんで、個々人の基本的福祉を保障する公的扶助とみなされます。
 例えば、全額税負担にもとづく基礎年金は、高齢者の所得補填に、その目的を特化した公的扶助とみなすことができます。人びとが、それまで生き続けてきたことに誇りをもちながら、あるいは、生き続けてこられたさまざまな偶然に感謝しながら、人生の晩年を安心してくらせるように、所得の一部を補填する、そのような仕組みと解されます。これは、これまで日本が採用してきた年金保険の考え方、すなわち、就労期に稼得した賃金所得(あるいはそれを比例して収められた保険料)をその人自身の社会貢献とみなし、その貢献量に応じて(つまり賃金率の一定割合として)、異なる年金額を支払う〈所得代替としての年金保険〉とは、別の考え方にもとづくものです1)。
 けれども、このような解釈は楽観的にすぎるようです。実際には、これらの政策が公的扶助の思想を否定しながら実現されるおそれ、現行の生活保護の縮小と引き換えに実現されるおそれが多分にあります。本題に移行する前に、社会福祉をめぐる現代日本の問題状況について、簡単に紹介したいと存じます。
 

2.自立支援サービスの導入と所得保障の縮小

 日本では、2002年、居住支援と就業支援を2つの支柱とするホームレス自立支援法が成立したことを皮切りに、多くの福祉分野において、自立支援政策が導入されました。同年、母子及び寡婦福祉法、児童扶養手当法等の改正とともに施行された「就業・自立に向けた総合的な支援」、2003年、「母子家庭の母の就業の支援に関する特別措置法」、2005年、身体障害者、知的障害者、障害児に対する「支援費制度」(2003年実施)に代えて制定された「障害者自立支援法」(2006年より実施)など、これらの自立支援政策は、例えば、ホームレス自立支援法に「民間団体の能力の活用」が明記されているように、営利企業との連携を意識しながら、推進されていく点に特徴があります。
 このような政策が矢継ぎ早に導入された背後には、個人における〈自立〉の重要性に関する認識はもとより、市場的交換や私的契約という関係性において実現される個人間の〈対等性〉、さらには、選択の自由を行使する個人の〈主体性〉に対する高い評価があった、と推察されます。また、財政的には、自立支援政策の進展は、福祉受給者の労働市場への参入をうながし、所得保障政策への支出を抑制する効果をもつと期待されたのでしょう。
 だが、その後の歴史が示した事実は、所得保障政策への支出の抑制が期待にとどまらず、立案当初より意図された目的に他ならなかったこと、自立支援政策は、まさに所得保障政策を代替するものとして位置づけられていた点です。
 2006年、生活保護見直し委員会で提案された「生活保護受給母子世帯に対する自立支援サービス」は、この辺りの事情をよく物語ります。この自立支援サービスは、結局、翌年より母子加算の減額・廃止とともに施行されることになりました。背後にある考え方は、2002年から実施されていた「児童扶養手当中心の支援」から「就業・自立に向けた総合的な支援」への転換と整合的です。そこでは、例えば、自立支援教育訓練給付金が母子世帯の世帯主に支払われる仕組み、あるいは母子世帯の世帯主を新規にパートタイムとして雇用し、OJT実施後、常用雇用(一般)労働者に雇用転換した事業主に対して奨励金を支給するなどの施策がとられる反面2)、児童扶養手当の受給要件が厳しく制約されました(所得に応じた減額、受給期間が5年を超える場合の減額・支給停止)。
 生活保護法が掲げる2つの目的、「健康で文化的な生活水準の維持」と「自立の助長」をどのようにバランスづけるかという問題は、生活保護法制定当初から課題として意識されていました3)。今回の見直し論議でも、このような流れの中で、委員から「補足性の原理」にある個人的能力の優先的適用の規定を弱め、生活保護制度を「入りやすく出やすい制度」とすることが提案されました。すなわち、生活保護の受給にあたって一定の資産の保持を認め、私的扶養義務の範囲を狭め、労働能力活用の要件を弱めようという提案です4)。このような提案の背後には、次のような人々の存在が想定されていました。
 例えば、一定の資産を残して所得扶助を受けるとしたら、いつかその資産を元手に個人事業を起こす力をもった人、あるいは、養育サービスと技能訓練を受けながら所得扶助を受けるとしたら、いつかその技能を生かしてより高い収入をえる力をもった人など、部分的な困難を抱えながらもそれを公的給付によって克服すれば、市場に参入する力をもった人々です。自立の基盤を完全には失っていない人々に、早期に生活保護を適用することによって、困窮を未然に防ぎ、自立を促進させたいというのが、最大の提案理由でした。
 「加算制度」の廃止と「自立支援サービス」の創設を組み合わせる事務局案と委員たちの提案との考え方の相違は明らかでした。事務局案は、「自立」を普遍的な価値規範として掲げる一方で、それを、生活保護制度を通じて実現すべき目的とは考えていません。むしろ、生活保護制度は、「自立」の規範を切り崩すおそれがあるために、内容的にも、適用範囲においても縮小されるべきだという考えがありました5)。ここに見られるのは、まさに市場の論理と福祉の論理の対立とその背後にある思想の相違です。
 上述したように、「(誰であれ)余裕のあるときは資源を提供し、(誰であれ)困窮しているときは資源を受給する」というルールを介して実現される公共的相互性は、市場的衡平性とは別の論理で、人々の間に〈対等性〉を築きます。このようなルールの存在と意味を理解し、承認することは、そして、いま、ここで困窮しているから、福祉を受給しようとする本人の行為は、選択の自由とは異なる〈主体性〉を実現します。そして、何より重要であるのは、委員たちが指摘するように、自立するためには、自立を支える社会的基盤が必要だという点です。
 「自立」は、その社会的基盤として、安全でディーセントな生活、心身の健康の他に、安定した生活設計、生涯的なプランニング、リスクに対処する活動や将来に対する投資活動、さらにはさまざまな人間関係を通して展開する社会活動を必要とします。必需品の消費以外の活動を抑制されがちな生活保護世帯の現況は、社会活動や将来設計を行うための初期条件の不足─補足性の原理のもとで消費し尽すことを要求された資産・労働能力・私的扶養─を挽回するどころか、加速していく結果になりかねません。
 それに対して、低所得でありながら生活保護を受給しない母子世帯は、就労できる環境的・身体的・精神的条件を辛うじて保っている、と推測されます。親族や職場の同僚、近隣の人々との人的ネットワークなど、手元に残された個人的資源を大事にしながら社会活動や将来設計にいそしむことが、決定的な困窮を回避させたケースもあるでしょう。けれども、彼女たちが食事や衣服や住居の消費を極端に切り詰めていること、厳しい就労条件や職場環境、不安的な収入のもとで、物価や労働市場のわずかな変動に翻弄され、心身の緊張がぎりぎりまで高まっていることも確かです。
 限られた資源のもとで、社会活動や将来設計にいそしむ低所得世帯も、家族のディーセントな生活を図ろうとする生活保護世帯も、それぞれ理由のある選択をおこなっています。そこでは、自立の意欲や能力が十分に発揮されています。だが、両者はいずれも、自立のための社会的基盤を十分にもつとは言いがたい状況にあります。たとえば、低所得非受給世帯の予算制約がもう一回り大きくなるとしたら、現在のように、社会活動や将来設計に勤しみながら、同時に、消費水準を上げることができるはずです。そうであるにも関わらず、生活保護を選択しない理由が、自立の社会的基盤を失うことへのおそれにあるとしたら、自立支援政策が取り組むべき問題は、まさにここにあるのではないでしょうか。
 2007年日本で起こった「反貧困」運動、ならびに、現在、進行しつつある「障害者自立支援法」の見直し作業は、このように、所得保障政策と自立支援政策を代替的にとらえる発想を根本から問い直す動きといえるでしょう。
 今回、私はあなたの報告をこのような日本の状況を念頭に置きながら聞きました。それでは、本題に入ります。

3.「不完全な性質をもった合意」のアイディアについて

 この論文は、著者自身が述べているように、「アリストテレスの政治理論と潜在能力アプローチ、さらには、不完全な性質をもった合意として知られている社会的選択パラダイムの理論的枠組に依拠し、それらを統合するという」きわめて野心的なものです。私は、著者がこれらの3つの異なる理論を内的に結合しようと努めた、その方法について質問をし、コメントをしたいと存じます。
 著者は、機能と潜在能力に関するマーサ・ヌスバウムの解釈に賛同しています。それは、基本的に「人類の繁栄」に関するアリストテレスの概念の観点に立つものです。著者によれば、「アリストテレスの潜在能力的見解」は、健康関連財やサービスへの権利のみならず、健康への権利それ自身をも支える哲学的根拠を提出します。著者がこれら2つの形態の権利を区別し、後者を前者よりも高く評価する理由は、「異なる個々人は、たとえ健康サービスに対して等しいアクセスをもつとしても、それらを変換して異なる健康状態と自由を達成する」ことがあるからです。
 しかしながら、かならずしも著者は、潜在能力に関する普遍的リストを作ろうというマーサの志向性を共有しているわけではないようです。むしろ、著者は、センがそのようなリストを作成することをためらった理由、そして彼がその問題を公共的討議と推論に委ねた点に注目します。その理由は、著者によれば、普遍的リストに関する完全な合意を達成することの困難さ、ならびに、異なる社会の異なる文脈を考慮しつつ、不完全な合意を形成していくことの必要性を、センが認識していたことにあります。私は、このような著者の理解にまったく賛成します。
 問題をより明確にするために、著者は、3つ目の理論、「不完全に理論化された合意として知られている社会的選択パラダイム」に移行します。そして、主として、キャス・サンスタインが展開している「不完全に理論化された合意」理論にもとづいてその意味を分節化しようとします。Ruger先生に対する私の疑問はここにあります。
 サンスタインの理論とセンの社会的選択パラダイムの間にはどのような関係があるのでしょうか。もし、あなたがサンスタインはセンの社会的選択パラダイムに関する具体的な例示を提供しているとお考えであるとしたら、両者の関係をもう少し具体的に説明していただけないでしょうか。例えば、合意を高位レベル、中位レベル、低位レベルに分けようというサンスタインの理論は、センの潜在能力アプローチとどう関係するのでしょうか。センの潜在能力アプローチにおける機能リストに関する合意の問題は、どのレベルに対応するとお考えですか。
 ご存知のとおり、ケネス・アローによって創始された社会的選択理論は、他の新古典派経済学と同様に、合理性の要求に対する強い忠誠心をもちます。私の理解では、完備性(completeness)を避けようというセンの構想は、合理性に関する伝統的経済学の理解を広げようという試みにほかなりません。この点について、少し丁寧に説明しましょう。
 完備性は、所与の環境条件によってさまざまな形で制約される、いかなる選択肢集合に対しても、最適解の存在を保証しようというきわめてテクニカルな要請です。もし、私たちの目的が、そのようなオールマイティな評価を形成することではなく、ただ「社会政策Aはその他の政策よりも明確に悪いとはいえない」といった判断を形成することにあるとしたら、完備性の要請を課す必然性はありません。ただ、完備性の要請を棄てて、非循環性の要請(推移性よりも弱い要請)のみを残すことが可能となります。

4.不完全な社会的選択手続きの定式化:試論

 著者が指摘するように、完備性の要請を棄てることは、倫理的な配慮において重要な意味をもちます。いま多元的な倫理的基準が存在するとしましょう。それらは互いに非通約的であり、代替的社会政策の評価において矛盾をもたらす可能性があるとします。完備性と推移性を厳格に要請する経済学的合理性の観点を貫こうとしたら、たとえそれが恣意的な方法であったとしても、いずれかの基準を放棄しなければならないことになります。
 けれども、経済学的合理性とは独立に、倫理的基準を内的に評価するような観点を私たちが採用したとしましょう。このとき、私たちは、ただ完備性の要請を満たすだけの理由で、ある倫理的基準を無視することができないことになります。それに対して、センによって再定義された広義の合理性、すなわち思考の規律としての合理性であれば、こういった推論を許容します。また、倫理的配慮を真剣に考慮することを可能とします。
 残りの時間、社会的選択理論の枠組で非完備性を取り入れる方法について例示することで、この意味をより明確にしたいと思います。
 倫理的観点から厚生政策を考察する場合、少なくとも次の2つの点に留意する必要があります。第一の不利性は、戦争や犯罪など過去に為された不正義が作為的あるいは不作為的に放置されたことに由来する不利性であり、第二の不利性は、性・年齢・国籍・身体的・精神的特性など個々人の自然的・社会的属性の差異に対する制度的な扱いがもたらす不利性です。最後は、先の2つに分類しきれないものの、個人が現にいま被っている不利性です。それらは互いに通約不可能な意味をもち、それらに対応して補償を要求する正義概念も異なってきます。例えば、原爆被害後、深い心の傷を抱えている人、特定疾患と苦闘し続けている人、現にいま住まいをもたない人の不遇さを相互に比較することはきわめて困難です。
 したがって、これら3つの不利性にわたって最も不遇な人々を特定化しようという試みは失敗に終わるでしょう。ただし、不利性を被っている当事者グループごとであれば、最も不遇な人々がおおよそ特定化できるかもしれません。定義より、あるグループで最も不遇な人々に基本的潜在能力を保障する政策は、そのグループの成員すべてにそれを保障することになります。以下では、グループごとに最も不遇な人々を特定化したうえで、それぞれの政策は彼らに基本的潜在能力を保障するものであるかどうかが、1つの重要な評価基準とされます。
 ここで留意すべきは、通約不可能性の問題です。3つの不利性と各々に対応する正義概念が通約不可能性をもつとしたら、それぞれのグループに対して社会的に保障すべき行いや在りようの具体的内容も、それぞれのグループの特殊性に応じて異なってくる可能性があります。そうだとしたら、基本的潜在能力の内容は、それぞれのグループごとに、人々の被った不利性の意味と対応する正義概念を考慮しながら決定されることが望ましいです。しかも実践的には、それは、異なる複数の政策候補のもとで実現する最も不遇な人々の境遇が基本的潜在能力を下回らないかどうかをチェックするプロセスに、先行して確定されるというよりも、それらの作業と並行して確定され、修正される可能性があります。
 これらの点を考慮するとき、代替的な政策に対する社会的評価を形成するにあたっては、─例えば投票プロセスのように─すべての社会構成員を形式的に等しく扱うのではなく、まずもって不利性を被ったグループの利益と意思を反映した、いわばローカルな評価を形成し、それらを整合化しながら、社会的評価を形成する手続きが重要であることに気づきます。次に紹介する2ステージ型社会的選択手続きは、このような観点から構想されたものです(詳細についてはGotoh, 2008、後藤2008a, 2008b参照のこと)。

【すべての人に基本的潜在能力を保障する社会的選択手続き】

 第一ステージは、3つの不利性グループの情報に基づくローカル評価を形成するステージであり、評価の情報的基礎は、それぞれのグループの最も不遇な人々の潜在能力に対する査定であり、それは次の手順でなされる。
1.異なる複数の政策候補に関して、各々のもとで実現される、最も不遇な人々─それぞれのグループで確定される─の潜在能力が「基本的潜在能力」─それぞれのグループで確定される─を下回らないかどうかを査定する。
2.1.の比較の結果、基本的潜在能力を下回る潜在能力をもたらす政策候補に関しては、各政策候補のもとで実現する最も不遇な人々の潜在能力を、相互に比較し、完全に順序づける6)。
 これらの査定は、序数的評価である(差や比率など基数的評価を必要としない)点に特徴がある。それは「少なくとも同じくらい大きい」、「より大きい」、「同じくらい」といった二項関係(反射性・推移性を満たす)で表されるものとします。
 これに対して、代替的な政策に対する「評価」は、「少なくとも同じくらい正義に適っている」、「より正義に適っている」、「同じくらい」といった二項関係(反射性・推移性を満たす)で表されるものとする。各不利性グループの「ローカル評価」に対しては、次の3つの条件を満たすように要求します。
1.基本的潜在能力条件:ある社会政策xのもとで実現する最も不遇な人々の潜在能力が基本的潜在能力以上であり、他の社会政策yのもとで実現するそれが基本的潜在能力未満(あるいは、比較不能)である場合は、社会政策xは社会政策yよりも正義に適っていると判断すべし(ある社会政策xのもとで実現するそれが基本的潜在能力と比較不能であり、社会政策yのもとで実現するそれが基本的潜在能力以上である場合も同様)。
2.リフレイン条件:2つの社会政策のもとで実現する最も不遇な人々の潜在能力が共に基本的潜在能力以上である場合には、どちらがより正義に適っているかという判断を控えるべし。
3.限定された単調性条件:2つの社会政策のもとで実現する最も不遇な人々の潜在能力が共に基本的潜在能力未満である場合は、彼らに、少なくとも同じくらいの潜在能力をもたらす社会政策を、少なくとも同じくらい正義に適っていると判断すべし。
 第二ステージは、第一ステージで形成された3つのグループのローカル評価、ならびに、すべての社会構成員の潜在能力に関する査定を情報的基礎とし、次の2つの条件を満たす手続きのもとで、社会的評価を形成するステージです。
1.グループ間無矛盾性条件:あるローカル評価が社会政策xは社会政策yより正義に適っていると判断し、どのローカル評価もその逆を主張しないとしたら、xはyより正義に適っていると判断すべし。
2.弱潜在能力基底的パレート条件:どの社会構成員に関しても、xのもとで実現する潜在能力がyのもとで実現する潜在能力よりも大きい場合には、xはyよりも正義に適っていると判断すべし。
 以上の2つのステージから構成される社会的選択手続きは、一般に、完全な社会的評価をもたらさないので、「最適な」政策の存在を保証できません。けれどもそれは、任意の潜在能力プロファイルおよび任意のローカル評価プロファイルに対して、整合的(反射性と推移的を満たすという意味で)な社会的評価をもたらすので7)、任意の選択肢集合に対して、センのいう「最大」の政策(より正しい政策が他に存在しないような政策)を特定化することを保証します8)。さらにそれは、あるグループの最も不遇な人々の潜在能力を「基本的潜在能力」未満にとどめるような政策はいずれも「明白な不正義」だといった判断の形成を可能とする一方で、それらの政策間で、当該グループにより大きな潜在能力をもたらす政策を「明白な不正義」ではあるが、「より正しい」と評価することをも可能とします。このような評価は、他に実行可能な政策がある場合には、もちろん「明白な不正義」を退けるけれども、そうでない場合には、いま実現することのできる「よりましな」政策として、ある「明白な不正義」を選択する、といった判断をも可能とします。
5.結びに代えて
 最後に、3点、質問を追加して結びに代えたいと存じます。倫理的要求は「健康への権利を国際的な人権政策と法において遵守するために、個人、国家、非政府アクターに、公共的倫理規範を内面化することを要請するだろう」と主張されるとき、まず第一に、公共的倫理規範の内容として何を具体的に想定しているのでしょうか。第二に、国際的な人権政策と法とは何を意味しているのでしょうか。第三に、公共的倫理規範に関して、どのレベルでの合意を想定しているのでしょうか。あなたは、健康への権利に関連する具体的政策よりも公共的倫理規範の方が、合意がしやすいとお考えなのでしょうか。
 日本には、1960年代にユニバーサルな医療保険システムがつくられました。また、特定の疾患、難病と呼ばれるものは、国または地方自治体による公的援助の対象ともされてきました。これらのシステムは、「診療報酬」に対する政府の統制と同様に、社会全体で、個々人の発病リスクならびに罹病による損失を広く再分配することに貢献してきました。
 さらに、医療支出が家計をひどく圧迫する場合には、「健康で文化的な最低限の生活水準の維持」を目的とする生活保護が医療費のみならず、生活費をも援助するように機能してきました。これらのシステムは、日本国憲法第25条に明記された生存権のもとに確立されています。そして、多くの解決すべき問題を残しながらも、「すべてのひとに基本的潜在能力」を無条件に保障するという社会政策の基本ラインを形作っています。私たちは、これらを手がかりとして、実際にそれがすべてのひとに適用されるように、闘いを進めることができます。
 それに対して、周知のように、高度な医療技術をもつ一方で、アメリカ合衆国は、高齢者と貧困者を対象とするメディケアとメディケイド以外の普遍的な健康保険システムをもちません。また、公的扶助は適用者の範囲においても給付レベルにおいても、他の産業化された国々と比べてとても低い状況にあります。アメリカ憲法にはもともと生存権の規定がなかったわけですが、1996年の福祉改革以降は、公的扶助への権原すらも失われてしまいました。
 あなたの主張される健康への権利を具現化するためには、はたしてどのような社会システムと法をつくるべきだとお考えですか?また、この問題に関連して、非政府系組織の存在を強調されましたが、具体的にはそれらがどんな役割をはたすことを期待されているのでしょうか。健康への権利を促進するにあたって、連邦政府、地方政府、非政府系組織の間にどのような協力関係が生まれることを構想されていらっしゃるのでしょうか。

〈参考文献〉

Gotoh, R (2008): A Note on Capability Comparison and Social Evaluation, Multiculturalism and Social Justice Working Paper Series, No.4.
Sen, A. K (2002): Rationality and Freedom, Cambridge: Harvard University Press.
厚生労働省「社会保障審議会福祉部会「生活保護制度の在り方に関する専門委員会」報告書。
後藤玲子(2008a)「格差論議の方法的省察─〈正義〉の観点と経済学的思考様式─」、『社会政策研究』、No. 8、特集「格差論再考」、pp.9─33。
後藤玲子(2008b)「〈社会的排除〉の観念と〈公共的経済支援政策〉の社会的選択手続き」、武川・埋橋・福原編『社会政策の新しい課題と挑戦』第3巻、法律文化社、pp.43-62。

1)就労期に稼得した所得代替としての年金の考え方は、自ずと、賃金率に比例して年金額を支払う仕組みに帰着する。現在、各国が多く採用している比例報酬制度である。それに対して、厳密な所得代替とはみなさないものの、―したがって、一律な給付という形態もとりうるものの―あくまで、就労期に人びとがなした貢献に対する報酬として、年金をとらえる考え方の起源は古い。たとえば、トマス・ペインは、その著『人間の権利』(1792)の中で、高齢者が生前に支払ってきた税への見返りとしての国家給付という考え方を提出している。それらはここでいう、公的扶助の考え方とは異なる。
2)2004年には、都道府県、市及び福祉事務所設置町村の10.4%で実施。また、継続して雇用する事業主に対し、賃金相当額の4分の1を雇い入れ後、6ヶ月ごとに2回支給する仕組みもある(2003年実績は約53億円)
3)小野(2001)、小山(1951)参照のこと。
4)今回の報告書では、資産の保有条件と扶養関係を緩めることが提案として記されている。また、第14回資料3では「所得調査(ないしは資力調査の緩和)」のみを要件として、生活扶助を除く各種扶助の併給あるいは単給を行う仕組みが提案されている。
5)専門委員会で配布された資料の中に、「母子世帯の保護受給期間別に見た保護廃止世帯率」というタイトルのグラフがあり、「保護受給期間別の保護廃止世帯率は、受給期間が2〜4年が最も高く、これ以降、受給期間が長くなるにつれ廃止率が徐々に低下している」という説明が付けられている。グラフは、平成12年、平成14年の被保護者全国一斉調査(個別)を出典とする。
6)例えば、個人の潜在能力をm次元の機能(functionings)空間で定義し、集合間の支配‐被支配関係にあるペアに関しては、「より大きい」-「より小さい」という評価を与え、任意の2つの機能項目がトレードオフ関係にあるペアに関しては、「同じくらい」という評価を与えることによって、完全な評価が形成される。基本的潜在能力を下回る場合に限って、完全な順序を要求するのは、「限定された単調性条件」と「無矛盾性条件」のもとで、推移性が満たされなくなることを避けるためである。
7)基本的潜在能力条件、リフレイン条件、限定された単調性条件、グループ評価無矛盾性条件、弱潜在能力基底的パレート条件から構成される社会的選択手続きが、任意の潜在能力プロファイルとローカル評価プロファイルに対して、反射性と推移性を満たす社会的評価を特定化しうる点については、Gotoh、2008参照のこと。
8)政策集合が有限であるという仮定より、社会的評価が反射性と推移性を満たす限り、任意の部分集合に対して最大集合が非空となることは、明らかである。Sen, 2002、p.183参照のこと。



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