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「啓蟄の北京を訪ねて」

青木 慎太朗 2009/02/25 「国際研究調査報告」 『生存学』1: 396-398



1 訪問の背景
 二〇〇七年一二月二八日、日本政府は中華人民共和国政府との間で「「日中青少年友好交流年」の活動に関する覚書」を交わしました。両国民の相互理解と友好的感情を促進させ、両国の間に「戦略的互恵関係」を築くことを主眼としたものです。立命館大学からは、二〇〇八年三月一〇日〜一六日にかけ、文化交流や研究交流を目的として、上海市と北京市に三〇〇人を超える学生が訪問しました。私は立命館大学訪中団の一員として、研究者交流に参加し、一三日〜一六日にかけて、北京市を訪問しました。
 北京では、北京大学と北京航空航天大学において、テーマ別のセッション、およびポスター発表が行われ、両国の若手研究者による交流が図られました。
 私は、大学で学ぶ障害のある学生に対する支援に興味をもち、研究を進めてきました。とりわけ、障害のある人たちがともに研究に参画できる環境を整えるために、何が必要なのか、大学の問題にとどまらず社会の問題とも合わせて検討しているところです。今回、日中両国が青少年の交流を掲げていますが、こうした活動が盛んなEUでは、エラスムス計画が一九八七年から始動し、年間約一〇万人の留学、累計約七五万人の学生と一万二〇〇〇人以上の教員の交流が実現されました。そして、そこでは障害のある学生・教員の交流が課題とされ、どこでどういった支援が受けられるかという情報を網羅したデータベースが一三ヶ国語の翻訳機能付きで提供されています。支援が提供されること、その情報が提供されることは、障害のある学生や研究者が交流する上で不可欠です。
 残念なことではありますが、日本国内においても、これらの情報は不十分です。私はメディア教育開発センターのウエブサイトに日本の障害学生支援に関するデータベースを作成しましたが(1) 、日本と中国が今後、東アジアにおける学術交流を活性化しようとするのであれば、互いにこれらの情報を集約し整理し、発信していくことが重要なのではないかと感じました。
 そこで、私は自分が調査した日本の現状を報告し、中国の学生たちと情報交換・意見交換を行うことを通して、障害学生支援に関する情報発信の必要性と意義を考えてみたいと思ったのでした。

2 そこには期待と裏腹の現実があった
 
 三月一三日、関空発北京着。北京の空はスモッグでかすんでいると聞いていましたが、滞在中はすっきりと晴れ渡っていました。自転車が行き交う市街の面影はどこにもなく、至る所で自動車の渋滞が起きていました。信号のルールは日本と異なり、歩行者が安心して横断できる状態ではありません。視覚障害者はどうやって外出しているのだろうと疑問が湧いてきましたが、私も一人では外出しないよう心がけることにしました。
 三月一四日、北京大学との交流会が行われました。私はポスター発表の行われる場所でスタンバイして待っていましたが、北京の学生たちは皆、テーマセッションが行われている会場に収まってしまい、ポスターの前で私たちは待ちぼうけを食うことになりました。いろいろと意見交換をしたいという期待と希望は裏切られ、ただ時間が過ぎていくばかりでした。予定時間が終わろうとしたころ、一人の中国人男性がポスターを見に来てくれました。彼は北京大学の学生ではなく、近くの外国語大学で日本語を専攻している学生で、日本のことに興味があるということで、またポスターは英語でしたが日本語の方が分かりやすいということで、私は彼に日本語で説明しました。彼は興味深そうに聴いてくれました。説明が終わり、私は彼に中国の大学における障害者支援の現状について質問をしました。しかし、彼の口から出された答えは、意外というか、拍子抜けするものでした。中国の大学に障害者はいない。そういう人たちは専門の学校(日本でいうところの特別支援学校に相当すると思われる)で勉強している、というのです。これでは、話が発展しません。
 結局この日はポスターを見に来てくれたのは彼一人で、予定時刻を終了しました。翌日は北京航空航天大学において同様にポスター発表が行われましたが、学生たちにはポスターの前を素通りされ、興味を示してくれる人はとうとういませんでした。しかし、前日のやりとりを考えれば、そしてそれが北京の実態であるとすれば、誰も足を止めないというのも無理のないことかも知れません。東アジアで研究者が交流し、障害のある人たちもそれに参加する…というのは、まだまだ先の話かも知れません。私は遠い先の蜃気楼を見ていたのでしょうか?

3 もうひとつ、がっかりしたこと

 すぐに実現できなくとも、この先どうなるかは分かりません。そして私の研究が役立てられるような時代が来ることを期待したいと思います。そんなことを、北京のホテルで考えていました。ホテルにはテレビが備え付けられており、日本のNHK衛星放送が受信できました。日本のニュースを見ていたときのことです。三月一四日にチベットのラサで起きた僧侶らによるデモが報じられました。自分が今ちょうど北京にいるということもあって、注目してニュースを見ていたところ、突然テレビの電源が切れてしまいました。何か触った記憶もなく、コードが外れるような音もしなかったので、不思議に思っていたところ、テレビの電源がいつの間にか入り、元の状態に戻りました。その時、画面の向こうでは日本国内で起きた事件が報道されていました。
 噂には聞いていましたが、こういう事なのかと身をもって体験しました。事の詳細を知ったのは、三月一六日に帰国してからでした。

ポスター発表について
“Supporting Students of Disabilities in Participating in Research Activities : How to Access Necessary Information”, Peking University/Ritsumeikan University Research Exchange Joint Symposium, Poster presentation, Peking University, March 14, 2008
“Supporting Students of Disabilities in Participating in Research Activities : How to Access Necessary Information”, Beihang University/Ritsumeikan University Research Exchange Joint Symposium, Poster presentation, Beihang University, March 15, 2008

■註
1 http://ship.nime.ac.jp/~disable/database-university1.htm*

(*右記にURL変更http://www.nime.ac.jp/~disable/database-university1.htm



*作成:野崎 泰伸
UP:20091111
全文掲載  ◇『生存学』1  ◇青木 慎太朗 
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