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「「寝たきり老人」と/のリハビリテーション――特に1990年以降について」

第76回 SPSN(Social Polcy Studies Network)研究会報告論文 20090131
『生存学』1:308-347 20090225
田島 明子


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0.はじめに
 筆者はこれまで、1970年代、1980年代におけるリハビリテーション雑誌における「寝たきり老人」に関する言説を追ってきた(田島他[2007]、田島他[2008])。その理由として、日本において誰もがよく知る「寝たきり老人」という言葉は、1990年以降、高齢者の医療・福祉の諸制度の方向性を占うための1つの重要なキーワードとして位置していること、そして、その方向性は、必ずしも「寝たきり老人」を存在・生存を肯定的するものではなく、むしろ、社会から消去しようという方向性として受け取れるものであり(例えば、天田[2008a]、立岩[2008]、向井[2008])、なぜ「寝たきり」の状態を呈する「老いた人」の存在・生存が否定的に見なされがちとなるのかという素朴な疑問と同時に、「寝たきり老人」という言葉の定着には少なからずリハビリテーションが関与していることが想定されたことがあげられる。
 また、近年の高齢者リハビリテーションにおいて大きなインパクトを与えたものとして、2006年4月の診療報酬改定にて導入されたリハビリテーション算定日数制限がある。これは、いわば「寝たきり老人」が対象として含まれることが想定される維持期・慢性期のリハビリテーション医療を医療保険の範疇から介護保険において行おうとする財源的誘導が意図されたものであったが、リハビリテーション診療報酬改定を考える会(会長=多田冨雄東大名誉教授)とそれを強力に支援したリハビリテーション関係者・保険医協会等の運動によって、2007年4月より、算定日数上限の除外対象患者の範囲が拡大されるとともに、医療保険でも維持期リハビリテーションが実施できることとなった。この一件で明らかになったことは、一言で「リハビリテーション」と言っても、特に高齢期のリハビリテーションにおいては、その保険形態によって、リハビリテーションの質・量において大きな落差が存在しており、現状のままでその移行を行おうとすれば、多数の「リハビリ難民」が存在してしまうという事実である。端的に言えば、介護保険領域で行われる維持期・慢性期のリハビリテーションは、医療領域で行われるリハビリテーションに比べ、質・量ともに十全ではないのである。何故そのような断裂・乖離が生じるのだろうか。
 そして、リハビリテーション領域の言説空間において(も)「寝たきり老人」の存在・生存が肯定的にみなされてはこなかったことと維持期・慢性期におけるリハビリテーションが質・量ともに十分な進展がなされてこなかったことには何らかのつながりがあると筆者には思われるのである。維持期・慢性期におけるリハビリテーションとは、いわば明確な回復・改善が見込みづらい人たちへのリハビリテーションである。つまり、端的に言って、そうした人たちへのリハビリテーションを多くのセラピストは担おうとせず、技術・理論的な進展がなされてこなかったということである。リハビリテーションの理念は回復・改善可能性の乏しい人にはリハビリテーションを行う必要はないとは言っていない(例えば、上田[1984]、カナダ作業療法士協会[2000])。ではなぜ、そのような現実になっていったのだろうか。 本稿では、このような問題意識から、特に1990年以降における高齢期(特に「寝たきり老人」)に対するリハビリテーションの諸様相を、1.制度・政策、2.リハビリテーションの医療経済、3.リハビリテーションにおける言説、の3つの視点とその連関から整理し、当事者からの批判的論点を押さえつつ筆者の評価を行い、今後の方向性について規範的主張を行うことを目的とする。
 これら3つの視点は、昨今の高齢者リハビリテーションにおける変遷を評価するためには欠かすことのできない視点であると考える。まず、1990年以降、高齢者医療に対する1の制度・政策が大きく変化したことは周知の事実であるが、そうした変化の背景には、無論、変化の正当化を示す経済的根拠や医療的根拠が存在する。それらを提示するものが3つの視点のうちの2、3である。また、制度・政策的な大きな流れは、臨床現場においても大きな影響を与え、現実をみると、「医療難民」「リハビリ難民」「介護難民」というような事態が生じていることがある。そうした事態を招く1つの大きな要因として、筆者は、制度・政策とリハビリテーションの実践・理論との接合の問題を考える。そうした意味においても3の視点は検討に値すると考えた。

1.制度・政策
 「寝たきり老人」をめぐる1990年以降の制度・政策の動向を把握するために、『厚生(労働)白書』等における「寝たきり(老人)」をめぐる記述を調査した註1)。調査の方法・対象であるが、「白書等データベースシステム」<http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wp/index.htm>より、キーワードを「寝たきり」として簡易検索を行ったところ、112件ヒットした。その112件を、1)高齢に関する内容であること、2)1990年以降であること、の2つを条件設定し、さらに絞り込みを行ったところ、各年版における件数は表1のとおりとなった。合計67件であるが、これらが本調査の対象である。また、これらについてはデータ番号を付し、基礎データ化した。基礎データについては<http://www5.ocn.ne.jp/~tjmkk/hakusyo-netakiri-1990ikou.htm>にて誰もが閲覧できるようにした。なお、文章中にある()内の番号は、データ番号である。
 まず、平成3年版(1991年)を見てみよう。「寝たきり老人」については、認知症高齢者とならび、今後の高齢化に伴い、大幅な増加が見込まれ、いかにその新規発生をなくすかが問題の焦点となっていた。そのために、「寝たきりは予防できる」という意識を国民に浸透させること、脳卒中等の寝たきりの原因となる病気の予防、適切なリハビリテーションによる予防、在宅の保健・医療・福祉サービスを円滑に提供する情報網(脳卒中情報システム)の整備等を内容とする「寝たきり老人ゼロ作戦」を展開していると紹介されていた(1991-10)。
 また、「寝たきり老人」に関する制度・施策としては、21世紀の超高齢社会を見定めた要援護高齢者への福祉サービスの計画的な量的整備を目的として1989年に厚生省(現在の厚生労働省)が制定した「高齢者保健福祉推進十か年戦略(ゴールドプラン)」に基づくものとして、「在宅福祉対策の充実」が紹介されていた。つまり、「ホームヘルプサービス事業」「デイサービス事業」「ショートステイ事業」の3つであるが、その目的は、住み慣れた地域社会で暮らすことを希望する多くの高齢者の要望に応えるための体制づくりとある(1991-7)。
 その一方で、高齢者が「寝たきり」の状態となり、家庭事情により家族から必要な介護を受けることができない場合も想定し、特別養護老人ホーム、養護老人ホーム、経費老人ホームなどの老人福祉施設の整備も必要であるとし、「高齢者保健福祉推進十か年戦略(ゴールドプラン)」に基づき、平成2年度からの10年間に特別養護老人ホームやケアハウスなどを大幅に整備することも目標に掲げている(1991-6)。
 平成5年版(1993年)を見ると、総務庁の「長寿社会における男女別の意識の傾向に関する調査」(平成元年)の結果より、「国民の約80%が老後生活に不安を感じており、また、国民の約半数が不安の内容として、寝たきりや痴呆になることをあげている」ことを紹介している。続けて、「今や要介護状態となることは、国民の老後生活に対する不安感のうち最大のものといってよい。要介護になった場合に保健・福祉サービスの供給体制を整備しておくことは、高齢社会を明るく活力に満ちたものとしていくために、欠かすことのできないものである。また、従来高齢者の介護はともすれば家庭内で家族のみの負担の下に行われてきたきらいがあるが、介護を必要とする高齢者の増加、同居率の低下、女性の社会進出による家庭の介護力の低下により、[略]高齢者介護についても、社会的に援助する必要性が増大している」と言及しており、「寝たきり老人」となることは、国民の老後に向けた最大の不安であると同時に、昨今の家族介護力の低下から、高齢者介護を社会的に支援することの必要性を指摘していた(1993-1)。
 また、「長寿科学総合研究の推進」として、「寝たきり」については、その原因となる骨粗しょう症・廃用性症候群等の研究を進めることを緊急の課題としていた。「高齢者保健福祉推進十か年戦略(ゴールドプラン)」の一環として平成2年度から高齢者の心身の健康の確保、生活の質の向上を目的とした「長寿科学研究推進十か年事業」を実施しているが、この事業は、基礎老化、ヒトゲノム、老年病、認知症のほか、リハビリテーション・看護・介護、支援機器開発、社会科学、東洋医学・漢方薬の研究分野に対する支援を行うものであるとしている(1993-2)。
 平成7年版(1995年)では、「疾病予防と健康づくり」の重要性が強調されていた。つまり、後期高齢者の増加に伴い、寝たきり予防などの第3次予防の重要性が高まっていること、従来の医療における疾病の治療という概念は、介護を受けながら医療を受けるという高齢者が増え、ニーズが変化していく中で相対的に小さくなっていることが指摘されていた(1995-1)。
 また、「ゴールドプランの5年間」として、国民不安を解消するためにも総合的な施策が求められるとし、高齢者の現況がまとめられていた。1)約12%の高齢者が何らかの介護を受けている、2)都市部に多い高齢者、3)高齢者の7割は在宅生活を希望している、4)家族の絆を保つ上でも必要な介護サービス、という項目立てであった。1)については、昭和40年代には死亡率の高かった「脳血管疾患」だが、現在は死亡率が激減し、むしろ「寝たきり老人」(の31.7%)の大きな要因となっていること、4)については、寝たきり期間の半数近くが3年以上であること、介護者の8割以上が同居女性であることが指摘されていた(1995-3)。
 平成8年版(1996年)には、平成7年版(1995年)以上に、高齢者の現況、要介護高齢者の状況が比較的詳細に描かれていたことが特徴的である。最後に、公的介護保険制度創設に高まる世論として、「公的介護保険制度」の創設は多くの賛成を得ている、とまとめている(1996-2)。
 平成9年版(1997年)になると、「「健康」と「生活の質」の向上をめざして」という大見出しが現れ(1997-1)、「要介護高齢者の自立支援」として、寝たきり予防に力を入れるとともに、高齢者自身の希望が尊重され、その人らしい、自立した生活が送れるような、「生活の質(QOL:Quality of Life(英語は筆者追記))」の維持・向上を目指した施策が求められるとしていた(1997-3)。
 一方、介護者にも着目し、総務庁「就業構造基本調査」(平成4年)の結果から、離職者のうちの8万人が介護・看護を理由として離職していることが新たに指摘されていた(1997-5)。
 平成10年版(1998年)は、介護保険制度創設の2年前であるが、「介護保険制度創設のねらい」として、高齢者介護サービスが、現行体系では、老人福祉(サービス選択の自由が制限)と老人保健(長期入院など医療サービスが非効率的に提供されている)の2つが異なる制度下で、利用手続き、利用者負担で不均衡があったことが指摘され、「介護保険制度は、これらの両制度を再編成し、国民の共同連帯の理念に基づき、給付と負担の関係が明確な社会保険方式により社会全体で介護を支える新たな仕組みを創設し、利用者の選択により保健・医療・福祉にわたる介護サービスが総合的に利用できるようにするものである。また、介護保険制度の創設は、介護を医療保険から切り離すとともに、医療については、治療という目的にふさわしい制度として、医療提供体制を含む総合的かつ抜本的な医療制度の改革を実施する前提をつくるなど、社会保障構造改革の第一歩として位置付けられる」としていた(1998-2)。
 平成11年版(1999年)には、「介護保険制度の円滑な施行に向けての準備」という章が設けられ、「介護保険制度の概要」として、1)高齢者介護をめぐる状況、2)介護保険制度創設のねらい(1)給付と負担の関係がわかりやすい社会保険に仕組みとすることにより、増加する費用を社会全体の連携によって、安定的に賄うことができるようにする、2)高齢者介護サービスが福祉と医療に分かれており、利用手続きや利用者負担が異なるため、利用しにくくなっている現行制度を再編成し、必要なサービスを総合的・一体的に受けられる利用者本位の仕組みとする)、3)介護保険制度の概要、について述べられていた(1999-1)。
 また、医療制度の抜本改革の1つとして、高齢者医療制度の見直しをあげている。老人(70歳以上)の1人当たり医療費が若年者(70歳未満)の1人当たり医療費の5倍であり、高齢者の進展により、2025年頃には国民医療費の2分の1になると予想している。そうなると、若年世代の負担の増大が懸念されるので、若年者と高齢者の負担の均衡を図る必要があるとする。また、制度企画部会は、1998年(平成10年)5月から高齢者医療制度等に関する検討を行い、同年11月9日に意見書「高齢者に関する保健医療制度のあり方について」を取りまとめた。その意見書において、寝たきり等にならないで健康な高齢者医療制度の姿として、高齢者全体の医療を他の医療から区分し独立した仕組みとすべきとする考え方と、被用者保険・国民健康保険のグループごとに高齢者の医療費を負担すべきとする考え方の2つの方向が示されたことを紹介していた(1999-2)。
 平成12年版(2000年)は、介護保険制度施行の年であり、介護保険制度の必要性、ねらい、取り組み状況などについて述べられていた(2000-7、2000-8)。
 その他、単なる寿命の延長だけでなく生活の質も重視する視点から、米国の研究者によって「日常生活に介護を必要としない、心身ともに自立した活動的な状態で生存できる期間」として「活動的平均余命」あるいは「健康寿命」という考え方が提唱されており、そうしたなか、健康寿命に関係する指標として、生活の質と量を統合した概念であるQALY(Quality Adjusted Life Year:生活の質を調整した生存年)という指標を用いた研究がさかんになってきているが、QALYは生活の質の程度と時間経過から計算されるものであり、疾病の予防や治療などの効果を客観的に判断する指標として有効とされていることが紹介されたり(2000-3)、「長寿科学」研究の重要性をあげ、これまでの成果として、「寝たきり」の大きな原因である転倒の原因とその防止法の検討などをあげている。さらに、WHO(World Health Organization:世界保健機関)の支援の下、各国の整形外科学会が国際的に連携して取り組んでいるプロジェクトである「骨と関節の十年」に呼応し、また、寝たきりの原因にもなっている大腿骨骨折の発症防止の観点から、厚生省としても長寿科学総合研究事業に新たに骨・関節の分野を設け、積極的に取り組むとしていた(2000-4)。
 また、「老人医療費無料化政策の功罪」として、高齢者の健康への自覚を弱め、行き過ぎた受診を招き、「必要以上に受診が増えて病院の待合室がサロン化した」「高齢者の薬漬け、点滴漬けの医療を助長した」との問題を指摘し、高齢化の進展とともに、老人医療費が著しく増大し、各医療保財政を圧迫したという指摘もなされている(2000-6)。
 介護保険制度が創設された翌年の平成13年版(2001年)には、「医療保険制度の現状」として、高齢化が急速に発展している中、老人保健制度発足当初に比べ、老人医療費拠出金が急増しており、各医療保険制度の老人医療費拠出金への支出割合は平均35%であり、発足当初の約2倍であることが言われ、組合健保では年間2000億円の赤字、国民健康保険も年間3000億円の赤字、政府管掌健康保険も赤字が続いており、このまま推移すれば、2002(平成14年)年度には積立金が枯渇し、医療費の支払いに欠けるおそれがでてくるなど、良質な医療を国民に提供する医療保険の責任が果たせなくなるおそれがあるとし、平成11年版(1999年)頃より見られるようになった高齢者医療費の増加に伴う窮状がさらに具体的な数字で示されている(2001-1)。
 また、2000年(平成12)年10月19日の経済対策閣僚会議で、「日本新生のための新発掘施策」が決定され、「メディカル・フロンティア戦略」を前倒し実施することとなったと紹介している。「メディカル・フロンティア戦略」は、2001年から2007年までの5か年計画で、豊かで活力ある長寿を創造することを目指し、働き盛りの国民にとって2大死因であるがん、心筋梗塞、要介護状態の大きな原因となる脳卒中、認知症および骨折について、地域医療との連携を重視しつつ先端科学の研究を重点的に振興するとともに、その成果を活用し、予防と治療成績の向上を目的としている。特に「寝たきり」に関連する概要としては、質の高い心筋梗塞・脳卒中の早期治療体制の推進、骨折による寝たきり予防対策の充実などがある(2001-2)。
 平成17年版(2005年)は、「地域」がキーワードとなっていた。例えば、「地域とともに支えるこれからの社会保障」として「地域の特性に応じた保健医療に関する取組み」という項目があり、そのなかで、東京都台東区では、高齢化率が23区内で最も高いことから、「高齢者を支える地域社会づくり」として、「家に閉じこもりがちな高齢者に対し、交流を深め、寝たきりを防止する」介護予防の推進のため、地域コミュニティ支援事業を2004年度から実施しているとの紹介がなされていた(2005-1)。
 市町村の取り組みとして、介護保険制度とは別に、介護予防・地域支えあい事業や、老人保健事業として生活習慣予防・健康づくりを通した介護予防が行われていることが紹介されていた。介護予防・地域支えあい事業では、高齢者に対して「寝たきり」予防のための知識の普及啓発等を進めていくとしている(2005-3)。
 また、「地域における介護施設等の整備の促進」として、高齢者が住み慣れた身近な地域で暮らし続けることを目的として、「地域空間整備等交付金」が創設されたことが紹介されている。本交付金の交付にあたっては、市町村が小規模多機能型居宅介護などの地域密着型サービスや介護予防拠点等の整備を盛り込んだ「市町村整備計画」を、都道府県は特別養護老人ホームなどの広域的な施設の整備を盛り込んだ「施設生活環境改善計画」を策定する必要があるとしている(2005-4)。
 さらに、「健康日本21」に基づき、2005年度より、国民の健康寿命を伸ばすことを目標に、働き盛り、女性、高齢者の国民各層を対象に、「生活習慣病予防対策」、「女性のがん緊急対策」、「介護予防の推進」に係わる施策を進めるとともに、それらを支える科学技術の振興を図るため、「健康フロンティア戦略」を推進していると紹介をしていた(2005-4)。
 平成18年版(2006年)には、2005(平成17)年に成立した「介護保険法等の一部を改正する法律」において、軽度者向けのサービス内容を状態の改善・悪化防止につなげるため予防重視型システムに転換するなど、制度の持続可能性の確保や明るく活力のある高齢化社会の構築に向けて制度全般にわたる見直しが行われたことが述べられていた。介護予防を通じて、高齢者の自立した生活が可能となることに加え、介護費用の抑制につながることも期待されており、その効果を確実に上げていくことが重要であるとしている(2006-3)。そして、「介護予防10ヵ年戦略」として、軽体操や知識の普及を目的としたビデオ学習、講話などを実施する転倒・骨折予防教室(寝たきり防止事業)を、介護予防・地域支え合い事業のメニューに設け、2005(平成17)年度には全国の約7割の市町村に対し助成を行い、活動の普及を図ったことを紹介している(2006-4)。
 平成19年版(2007年)では、「保険基盤の安定化と保険者機能の発揮による医療費適正化」として、「新たな高齢者医療制度の創設(後期高齢者医療制度の創設)」の紹介がなされている。「75歳以上の後期高齢者医療については、2008(平成20)年度から都道府県単位で全市町村が加入する広域連合が運営主体となることにより、都道府県単位で保険料を決定する仕組みとなった」とすること、また、被保険者の範囲や財源構成、後期高齢者を被保険者として保険料を徴収して医療給付を行う独立した医療保険制度であるなどの説明もなされていた(2007-4)。
 これらの結果は「寝たきり」をキーワードに抽出されたデータであるため、必ずしも、各データがその年版に最初に現れた言説とは限らないが、そうした限界はあるにせよ、ある程度、時間の流れに応じた動向を探ることはできていると考える。以上の流れをわかりやすく理解できるように図1にまとめてみた。

 図1 厚生(労働)白書1990年以降の図式化(省略)

 1991年には、「寝たきり老人」をキーワードとして、「予防」(寝たきり老人ゼロ作戦)、「サービス基盤の整備」(ゴールドプラン)の2軸が大枠の課題として提示されていることがわかる。この2軸は、例えば「予防」なら、「寝たきり」が「骨粗しょう症」「廃用性症候群」などの具体的疾病名称に変容したり、「転倒」などに着目して予防法を検討したりするなど、当初掲げられた理念が具体的な対策検討に移行してきたことがわかる。さらには、働き盛りの人・女性などにも、その予防対策は拡大し、2007年には、軽度者を対象とした「予防重視型システム」の構築を謳うところまで連綿としている。また、「サービス基盤の整備」については、1991年当時も、そして、2005年にも、「住み慣れた地域で暮らす」ことを目的としたサービス基盤の整備をあげているが、後年では、特に、区市町村レベルの「予防的取り組み」「地域の介護施設整備」の促進をあげている。
 そして、3つめの軸として、大きな財源的転換を背景とした介護保険制度、後期高齢者医療制度の創設の流れがあげられるが、それら制度創設前には、必ず創設に向けた伏線的言説が散見される。介護保険制度創設前には、家族介護の脆弱化、国民の「寝たきり」に対する不安、生活の質・本人の希望の尊重などである。そして、後期高齢者医療制度前には、医療保険破綻への危惧、老人医療費無料化の功罪などがある。
 ここで1つ注目されるのは、「寝たきり(老人)」という言葉は、1990年以降の制度・政策的誘導に大きく貢献をしていたということである。「寝たきり」になってしまうことへの国民の不安的心情は事実あり、また、介護の大変さも事実あり、「寝たきり(老人)」をめぐる言説は、上記3軸の制度・政策に対して、国民の肯定的感情・支持を得やすくした作用があったものと考える。

2.リハビリテーションの医療経済
 こうした制度・政策的変動があったなかで、リハビリテーションをめぐる1990年以降の医療経済はどのように動いていったのであろうか。ここでは、主に二木立の研究に依拠して、リハビリテーションの医療経済の動向を確認していくことにする。
 まず、1990年以前の動向として「国民医療総合対策本部中間報告」を確認しておきたい。「国民医療総合対策本部中間報告」は、厚生省の公式文書として初めて「発症早期のリハビリテーション」の推進を打ち出したものだが、これには、二木他[1987]が参考とされたとある(二木[2008]:237)。
 1987年6月の「国民医療総合対策本部の中間報告」註2)では、「質の良い」医療サービスを「効率的に」供給していくためのシステムづくりを今後の医療改革の基本に据えるとともに、セルフ・ケアの重視、現行の出来高払い方式を堅持しつつ医療の質と効率性を重視した診療報酬の改革、患者サービスの選択の幅の拡大が重要であると指摘している。具体的には、1)老人医療の今後の在り方(老人にふさわしい施設ケアの確立と在宅ケアの充実,老人医療のガイドラインづくり、脳卒中リハビリテーション・マニュアルの作成等)、2)長期入院の是正(入退院判定委員会の設置、病床過剰地域における病床の規制等)、3)大学病院等における医療と研修の見直し(卒後研修・医師国家試験の改善,大学病院等高度専門病院に対する診療報酬の在り方の見直し等)、4)患者サービス等の向上(患者に対する情報提供機会の拡大,病院給食の改善等)の4点について改善方策を提言している。
 この「国民医療総合対策本部中間報告」を受けた1988年の診療報酬改定では、「急性発症した脳血管疾患の患者」に対する「早期運動療法加算」と「老人早期運動療法科」が新設された。
 また、1990年の診療報酬改定では、承認施設の「複雑」な療法の引き上げ、1992年は、リハビリテーション総合基準の全面改正が行われ、リハビリテーション承認施設が新設され、同承認施設の理学療法・作業療法の「複雑なもの」が従来の345点から580点へと引き上げられ、また、一般の承認施設(理学療法・作業療法)でも、345点から480点へと引き上げられた。これにより、承認施設の理学療法、作業療法は、医師以外の技術料として飛び抜けた高水準となった。(二木[2008]:237
 しかし一方で、1992年改定では、理学療法士・作業療法士の扱う人数制限の強化(1人当たり15人→12人)や、脳血管疾患発症後6ヶ月を越えた患者に対する理学療法・作業療法の併用禁止も新たに導入された。(二木[1992]
 2000年は、介護保険制度が開始された年だが、診療報酬を見ると、回復期リハビリテーション病棟(入院料)が新設された。回復期リハビリテーション病棟は医療法上の規定はないが、実態的には急性期と慢性期の中間の「亜急性期病床」の制度化といえる。回復期リハビリテーション病棟は急速に増加し、2007年7月には42107床に達している。この回復期リハビリテーション病床の新設は、リハビリテーション医師の石川誠が最初に提唱し、その後、1995年〜1996年に日本リハビリテーション病院・施設協会の粘り強いロビー活動によって実現したものである(二木[2008:236]
 しかし、2002年の診療報酬改定以降は、二木が「恣意的」で「根拠に基づかない」と評する、1990年代のリハビリテーションバブルの反動・見直しともうつる改定が進行した。(二木[2008]:237
 2002年の改定について、二木[2004:198]は、「ゼロサム」改定と評価している。つまり、1990〜2000年の10年間で、理学療法の施設基準適合施設、理学療法(T)の入院6か月以内の患者に対する「複雑なもの」(345点→660点)、は大幅に診療報酬が引き上げられたが、「単純なもの」「簡単なもの」については据え置きか、その引き上げはわずかなものであり、「早期の濃密なリハビリテーションへの誘導・シフトが徐々に」(二木[2004:199])行われている。とはいえ、リハビリテーション医療費の医科医療費総額に対する割合をみると、わずか0.19%ポイントしか増えていないからである(二木[2004:199])。一方で、慢性期リハビリテーションの点数は大幅に引き下げられている。
 また、個別の理学療法・作業療法・言語療法を合わせ、患者一人・一日あたりの単位数の上限がさだめられたことにより、上限を超えるリハビリテーションは全額自費で認めるという、公私混合医療化の布石がうたれたと二木[2004:201]はその時点で分析している。こうした公私混合化の動きに対して、高山[2003:511]は、「社会保険で給付すべき医療サービスは、有効性や安全性が医学的に妥当であり、広く国民に給付されるべきと確認されたものであるため、開発途上の治療法や医薬品といった先端的な医療技術や、あるいは生活習慣改善薬や美容整形など、主として患者側の意思によって開発される治療に関しては、私費ないし私的保険との供用もありうると思われる。ただし、医学的に成果が確認された後には社会保険を通じて給付されるべきであり、社会保険を最低限度に圧縮して私的保険に軸心を移そうとの議論は、やはり逆立ちした議論である」と指摘している。しかし、公私混合化の動きは、後に記述したように、2006年4月の改定で棚上げされた。
 もう1点、2002年の改定における特徴として、「規制が一段と強化された」(二木[2004:202])ことがあげられる。つまり、「リハビリテーションの「通則」において、「リハビリテーションは、適切な計画の下に行われるものであり、その効果を定期的に評価し、それに基づき計画を見直しつつ実施されるもの」」(二木[2004:202])という規定がわざわざ盛り込まれたのである。それに基づき、厚生労働省は、「リハビリテーション(総合)実施計画書」を設定し、その中には、ICF(International Classification of Functioning,Disability and Health:国際生活機能分類)にある「心身機能・構造」「活動」・「参加」などの分類を適用している。(二木[2004:202]
 一方、介護保険制度は、市町村の保険事業運営期間(3年)のサイクルに合わせて、事業者に支払う報酬を改定することとしており、制度施行後初めての改定が2003年4月に行われたが、その内容を見ると、介護保険下のリハビリテーションにおいて、個別リハビリテーションを推進する観点からの評価の充実が行われている。具体的には、訪問リハビリテーションでは、退所(退院)6か月以内の利用者に対して、具体的なリハビリテーション計画に基づき、ADL(Activities of Daily Living:日常生活活動)の自立性の向上を目的としたリハビリテーションについて、1日当たり50単位の加算を設けるとともに、提供元として、従来の病院・診療所のほか、介護老人保険施設を追加した。また、通所リハビリテーションについては、身体障害や廃用性症候群等の利用者に対して、個別リハビリテーション計画に基づき、理学療法士・作業療法士・言語聴覚士が個別にリハビリテーションを行った場合に、退院・退所日から1年以内の期間は1日130単位、1年を超えた期間は1日100単位の加算を新設した。加えて、介護老人保健施設での個別的なリハビリテーションについても評価の充実を行っている(成松[2003:1021-1022])。
 2004年における診療報酬改定時には、「亜急性期入院医療管理料」が新設された。二木[2007:65-66]は、この新設について、一般病床が急性期病床だけではなく亜急性期病棟も含まれたことが明解となったこと、また、回復期リハビリテーション病棟の入院料の施設基準と異なり、疾患が限定されていなかったり、点数が高いことなどから、民間中小病院を中心に急速に普及すると予測している。
 小泉政権下における医療改革において、混合診療化の方向が示され、リハビリテーションにおいても、2005年10月には、回数の上限設定がなされ、保険給付は上限以下に厳しく抑制する反面、上限を超えるリハビリテーションは全額自費で認めるという、リハビリテーション医療の公私2階建て医療(公私混合医療)が認められたが、これは、2006年4月に行われた診療報酬改定において棚上げされている。(二木[2007]:52
 2006年4月には、改正された介護保険制度がスタートし、国は「介護保険においては維持期の状態に対応し、主として身体機能の維持および生活機能の維持・向上を目指したリハを行う」ものであり、介護保険におけるリハビリテーションは在宅生活を支援するサービスの要であるとし、医療の急性期化・回復期化を受け、施設サービス(入所)、居宅サービス(通所・訪問)においても、これらを具現化する仕組みとして「短期集中リハ」という介護報酬上の加算が設定された。これは、短期集中でADLIADL(Instrumental Activity of Daily Living:手段的日常生活動作)等の応用的・社会的適応能力の向上に結びつく効果を示すよう求めたものである。また、2でも触れたが、予防重視型システムへの転換として、予防給付の見直しと地域支援事業が創設されている。
 また、診療報酬改定では、急性期・回復期リハビリテーションの回数制限が従来の1日最大6単位(2時間)から最大9単位(3時間)に引き上げられ、また、リハビリテーションの算定日数制限を超える慢性期・維持期の患者に対する自費でのリハビリテーションの実施が禁止された。つまり、上で述べたように、事実上、リハビリテーション医療における公私混合医療化は消滅したということである。
 さらに詳しくみると、4種類の疾患群別に日数制限の上限が導入されることになった。もっとも長いのは「脳血管障害等リハビリテーション」だが、それでも「発症、手術又は急性憎悪から180日」である。これには、失語症や高次脳機能障害者等のいくつかの適用除外が設けられたが、高齢障害者に多い、脳血管障害による後遺症を持つ人の多くは、医療保険でのリハビリテーションを180日以上は受けられないことになった。
 それと同時に、慢性期医療については、リハビリテーション医療を含めて大幅に切り捨てられるか、介護保険給付へ移行することになった。(二木[2007])
 2007年4月からは、算定日数上限の除外対象患者の範囲が拡大されるとともに、「リハビリテーション医学管理料」の新設により、医療保険でも維持期リハビリテーションが実施できるようになった。この変化について、二木[2007:149]は、「リハビリテーション診療報酬改定を考える会(会長=多田冨雄東大名誉教授)」とそれを強力に支援したリハビリテーション関係者・保険医協会等の運動の大きな成果」としている。また、「この見直しを決めた3月14日の中医協総会で、土田武史会長は、「48万人の署名が厚生労働大臣に出されるなど、国民の関心は高い。現場への周知が行き届かず、混乱しているとの報道もあり、私も強い関心を持ってきた(『週間社会保障』2425号)」と言及している。  また、この揺り戻しについて、二木[2007:150]は、「このことは、小泉政権末期に実施された一連の医療・介護・福祉費抑制政策が、各政度と患者・利用者の実態を無視した、いかに乱暴で残酷なものであったかをも明らかにしている」としている。また、「土田中医協会会長は、上述したリハビリテーション料の緊急改定に際して、「介護保険がどういう状況なのか事前に分かっていれば、問題はある程度避けられた」と、厚生労働省に苦言を呈した(『日本医事新法』4325号)」ことも紹介している。
 2008年の診療報酬改定では、「生活の質(QOL)を高める医療」、「生活を重視した医療」、「医療機能の分化・連携」、「重点的に対応すべき領域の評価(がん、脳卒中等)」、「医療費配分の効率化」、「後期高齢者医療制度」の6つの項目に整理され改定が行われた。これらは、一般医療・精神医療も含め、地域移行支援・地域療養支援に重きを置き、介護保険・自立支援法領域との連携を視野に入れた取り組みを求めるものである。
 また、2009年の介護保険制度の見直しを控え、施設系サービスは介護療養病床が2012年度までに全廃になり、2008年度より新たに設けられた介護療養型介護老人保健施設への転換が進められている。制度改定の方向性は居宅(特定施設等を含む)系サービスの充実であり、リハビリテーション関連では、通所リハビリテーションの短時間型等の時間枠検討、訪問リハビリテーションの普及にむけた仕組みの検討が行われている。((社)日本作業療法士協会[2008:441]
 以上のまとめをしておこう。まず、1において確認したことだが、介護保険制度が創設された2000年以降、高齢者の医療費の抑制が大きな課題となっていたことを再度確認しておきたい註3)。上記の1990年以降のリハビリテーション医療経済の動向からわかることは、まず第1に、医療費財政から、リハビリテーションにおける「医療」の範疇が定まってきているということである。逆に言えば、「医療」の範疇は確定的なものでもなく、時代の様々な力学により変動する可能性を内在しているものだということである。このことは、日本における作業療法の初期の時代を調べた田島[2007]をみてもわかる。つまり、日本において新たな医療職として誕生した作業療法であったが、当時、作業療法の領域の広さを、医療職としての独自性としていかに表していくかは大きな課題であった。
 そして、1990年以降のリハビリテーション医療経済の動向は、急性期・回復期を「医療」圏内に、維持期・慢性期を「医療」圏外である介護保険サービス下に位置付けたと概ね捉えて間違いないだろう。この区分をさらに具体的にみるなら、1つは、発症からの日数、もう1つは、身体の制御能力あるいは自立能力の回復・改善の可能性、である。「寝たきり老人」は、発症後の日数、回復・改善の可能性を鑑みても、概ね後者に含まれることが想定される。
 また、リハビリテーション医療の公私混合化の動きについては、小泉政権下においてその方向性が検討されたが、2006年の診療報酬改定におけるリハビリテーション算定日数制限の設定により事実上消滅し、2008年に行われた診療報酬改定において、介護保険制度下におけるリハビリテーションサービスへの円滑な「移行」に力点がシフトしていることがわかる。

3 リハビリテーションにおける言説
 本項では、1990年以降における「老い」にまつわるリハビリテーションにおける言説をみていくが、その前に、先行研究(田島他[2007]、田島他[2008])にて調査した1970年代、1980年代のリハビリテーション雑誌のなかの「寝たきり老人」をめぐる言説の紹介を行うことにする。その後、1990年以降についての調査の結果を紹介したい。そうすることで、リハビリテーションに関わる職種である理学療法士、作業療法士が法律上誕生した1965年以降、現代までの「寝たきり老人」をめぐるリハビリテーションにおける言説の全体像を俯瞰することができる。しかし、各調査における調査対象が限定されていること、また、1970年代・1980年代と1990年以降では、調査対象に異なりがあるため、それらの安易な比較が困難であることは、これら研究の限界であると言える。今後の課題である。

1)1990年以前
(1)1970年代 註4)
 田島他[2007]は、リハビリテーションの学術雑誌から、「寝たきり老人」に関する記載のある文献を対象として、「寝たきり老人」に関する記述を調査し、「寝たきり老人」をめぐりどのような言説が生成されてきたのかを探ったものである。
 対象とした雑誌は『理学療法と作業療法』(医学書院)である。選定理由は、次の2つであった。1つは、本雑誌は、理学療法士及び作業療法士法が制定(1965年)された翌々年(1967年)に創刊されている、2つめは、1983年までリハビリテーション職種である理学療法、作業療法に関する唯一の専門誌であったからである。創刊(1967年)〜1970年代までの文献から、タイトルに「老人」が含まれる33文献を収集し、調査の対象とした。
 分析対象の特定と分析方法であるが、まず、対象とした33文献から「寝たきり老人」の記載のある文献を捜したところ、17文献があった。これら17文献を分析の対象とした。さらに、それら17文献から、「寝たきり老人」の記載のある文章を抜粋し、前後の文脈が失われないよう、なるべく単一の意味内容となるよう分節化したところ、59カードが作成された。そして、59カードを内容の類似性でグルーピングを行った。
 結果は以下のとおりとなった。13グループが生成された。それらのグループにグループの内容を代表できると思われるグループ名をつけた。以下、13グループにおける「寝たきり老人」をめぐる言説を整理したものである。
1 寝たきり老人に関する統計調査の紹介
 当初は、大規模な統計調査の結果が紹介されている。その内容は、大括りに見て、年代ごとに、寝たきり老人の多さ、寝たきり老人となった原因疾患(脳卒中)、寝たきり老人の数が増加していること、より小規模地域での寝たきり老人の実態、の順で明らかとなっていた。
2 寝たきりの原因・要因
 寝たきり状態は、脳卒中後、地域で放置されたり、骨折後の放置、人工骨頭置換術後の再脱臼が起因して生じた、と述べられていた。
3 「寝たきり老人」の表現
 「寝たきり」は、老年の意義や健全さを失った状態である、また「寝たきり」は、弱者としての身障老人の不安・孤独感を生じさせる状態である、そして、「寝たきり」は、なってしまえば、サービスも半減するので、いかにしないかが大切であると述べられ、活動性ゼロで達磨のよう、または人間の最終状態で、あとは死のみと記述されていた。
4 リハビリテーションの意義
 すでに1960年代に、リハビリテーションの意義についての言説が存在していた。それらの言説が増えたのは、1975年以降である。寝たきり老人への訓練は、離床させ、1日30分でも座位を取らせるなど、1歩前進をめざすものであり、知能の低い人ほど訓練の必要がある、訓練そのものが寝たきり老人の支えになると述べられていた。
5 理学療法の役割・6 作業療法の役割
 「寝たきり老人」をめぐる取り組みの言説は、理学療法より作業療法の方が早かった。理学療法では、訪問活動のなかでの理学療法について言及されているが、それは難問であるともされる。作業療法では、日中活動の提供を通して、心理的な部分にも着目しながら、ベットから離れさせることの意義が述べられていた。
7 看護師の役割
 施設サービスでも、在宅サービスでも、看護婦は、チームリーダーとなって、寝たきり老人へのアプローチで多くの役割を担うと述べられていた。
8 特養ホームでの寝たきり老人
 特養ホームでの寝たきり老人の実態については、「ほとんどが寝たきりの生活をしている」という言説がある一方で、「千差万別である」、「本当の意味での寝たきりは少ない」など、多様な記述のなされ方をしていた。
9 特養ホームにおけるリハ効果
 1970年代後半には、施設内における「寝たきり老人」に対するリハ効果が指摘されるようになった。また、施設環境が問題となり、環境設定の工夫がなされることによる効果が指摘されていた。
10 寝たきり老人に対する訪問事業
 すべて1979年であった。寝たきり老人に対する訪問事業、デイホスピタルなど、具体的な事業の展開の紹介、そのための人員などの具体例が述べられていた。
11 地域活動・地域サービスへ
 在宅の寝たきり老人の掘り起こしなくして地域サービスはありえない、地域サービスを行うために、PT・OTの養成、活動パターンの開発は急務であるとしていた。また、経験者が、その難しさを語っていた。
12 家族が作る寝たきり老人・13 家族の介護負担
 家族の思い込み、過保護、諦め、が人為的に寝たきり状態を作ることがあるとされ、一方で、居宅の寝たきり老人の問題は、家族の問題でもあり、寝たきり老人の介護負担は、家庭崩壊にまで至るケースも少なくないとしていた。
 これら13グループのつながりについて考えたところ、次の4つに整理できた。1)寝たきり老人をめぐり、実態や原因が明らかとなったり、否定的イメージが生成されるような言説が現れたり、それと同時に、寝たきり老人に対するリハビリテーションの関与の可能性も言われるようになってきた、2)そうした言説とともに、特別養護老人ホームなどの施設における寝たきり老人の実情が記述されるとともに、70年代後半には、リハビリや環境設定の工夫によって、寝たきり化を改善できたとする報告が見られるようになった、3)一方で、家族が寝たきりを作る、寝たきり老人の世話をする家族の介護負担について懸念がなされるようにもなり、地域サービスや訪問事業の具体化や課題についての記述も見られるようになった。4)そうした流れのなかで、理学療法、作業療法、看護師の担うべき役割についても記述されるようになってきた、である。
 また、最後に、得られた知見を次の3点に集約した。1)「寝たきり老人」に関する記述は、1975年以降に急増していた、2)「寝たきり老人」については、その実態や要因、否定的イメージを生成するような言説とともに、リハビリテーションを行う意義が強調されていた。また、家族については、家族崩壊の懸念とともに、家族が人為的に寝たきり老人を作ることが指摘され、地域サービスや訪問事業の意義が指摘されていた、3)施設(特別養護老人ホーム)の寝たきり老人化が指摘される一方、施設には本当の寝たきり老人は少ないことも指摘され、施設の寝たきり老人に対する環境の工夫、リハビリテーションの効果が指摘されていた、である。

(2)1980年代 註5)
 田島他[2008]では、1960年代〜1970年代における「寝たきり老人」をめぐるリハビリテーション研究における諸言説が、1980年代のリハビリテーション研究のなかでどのように展開し、また、1990年代以降の高齢者の医療や保健福祉における「寝たきり老人」をめぐる諸言説に接合していくのか、そして、「寝たきり老人」とリハビリテーションとの接合について考察をするために、1980年代におけるリハビリテーション雑誌のなかの「寝たきり老人」言説について明らかにした。
 対象は、リハビリテーション雑誌として『理学療法と作業療法』(医学書院)を選定した。選定理由としては、1970年代の調査において選定した雑誌が本雑誌であり、前回調査との連続性を持てることがあげられる。しかし、1970年代においては理学療法や作業療法における学術誌はこれが唯一といってよかったが、1980年代には、他にも『作業療法』や『理学療法学』などが出版されるようになっており、本雑誌に限定したことが必ずしも適切であるとは言えない。今後の課題である。また、本雑誌は1989年に『理学療法ジャーナル』『作業療法ジャーナル』と分かれたため、1989年の『理学療法ジャーナル』と『作業療法ジャーナル』も対象に含めた。1980〜1988年の『理学療法と作業療法』と1989年の『理学療法ジャーナル』『作業療法ジャーナル』のなかから、タイトルに「老い」に関連する「老人」「高齢」「痴呆」などを含む文献を探したところ、79文献あり、それらを対象とした。
 分析対象の特定と分析方法であるが、対象とした79文献のなかから「寝たきり(老人)」について記載のある文献を捜したところ、全部で42文献あった。さらに、それら42文献から、「寝たきり老人」の記載のある文章を抜粋し、前後の文脈が失われないよう、なるべく単一の意味内容となるよう分節化したところ、108カードが作成された。そして、108カードを内容の類似性によりグルーピングを行った。
結果は次のとおりである。12グループが生成された。それらのグループにグループの内容を代表できると思われるグループ名をつけた。以下は、12グループにおける「寝たきり老人」をめぐる言説を整理したものである。
1 寝たきり老人の実態調査
80年代全般を通して、寝たきり老人の生活状況についての調査報告結果が見られた。特に中盤から後半にかけては、各地域レベルで、様々な組織による、より詳細な実態調査がなされるようになってきたことが伺われる。
2 寝たきり老人は失禁患者になる
入院や施設入所の際の介護力不足によるおむつ使用が、寝たきり患者の失禁化を助長と述べられていた。
3 寝たきり老人からサービスが遠のく
 機能回復を主眼におくリハビリテーションは、その可能性の少ない寝たきり老人を放置しがちであり、聴力や会話能力の低下した寝たきり老人は、意思疎通が困難なことから、職員の足が遠のきがちになるが、しかし本来であれば、そういう人たちこそ職員の積極的処遇が必要であると述べられていた。
4 同じ寝たきりでも重症度により身体相に異なりがある
 一口に「寝たきり」と言っても、その病態の種類と程度には、法的にも臨床的にもかなりの様相の違いがあると指摘し、「寝たきり」状態を運動機能、ADL機能などで、軽症、中症、重症の3相に分けていた。
5 家族との関わり
 「寝たきり老人」にとって、家族の「生きてほしい」という思いは生きる支えになる一方、家族が施設入所の決定者となり、生活の主体性を奪ったり、寝たきりを助長させる存在となりうることも指摘されていた。一方、家族にとっては、ストレス・負担な存在であるとともに、自分達で在宅ケアを作ろうと思うきっかけとなったことが述べられていた。
6 認知症と寝たきりの関連
 認知症の人の身体機能の維持がリハビリテーションの重要な課題となることが言われる一方で、認知症の悪化が寝たきり化を作ることや、認知症がリハビリテーションの阻害因子となることも指摘されていた。また、認知症の人への処遇の方法論の進展や事業が寝たきり老人に比べて遅れていること、寝たきり化した認知症高齢者の処遇が職員にとって過度な負担であることも指摘されていた。
7 寝たきりになる原因
 骨折や廃用性、疾患では、脳卒中、パーキンソン症候群、交通災害などにより寝たきりになることが多いとの指摘がなされていた。
8 寝たきりになるとは本人にとってどういうことか
「寝たきり」になるとは、目的を放棄せざるを得ない、主体的に生きられない苦悩があり、寝たきりを防ぎいかに主体的に生きるかが大切である、動く意欲が失われた状態、「寝たきり」になることの不安、という記述がある一方で、「寝たきり」であっても、投薬をやめ、意識が清明になり、穏やかな日々を過ごしている、という記述もあった。
9 老人をめぐる様々な諸相の問題
 「寝たきり」も、一人暮らし、認知症とならぶ、老人問題の1つととらえられる。その内実としては、介護力の脆弱化、社会関係の希薄化、世帯員の生計維持の困難、家族関係の不調、などである。
10 (特老・老人保健施設などの)施設のあり方について
 介護・看護・医療・機能訓練を併せ持った施設の必要性が言われたり、各地域レベルでの独自の先駆的な取り組みが紹介されたりしているが、一方で、施設が「寝たきり生産工場」となっているや、寝たきりになってからの施設替えは本人にとっての負担となること、施設職員の不慣れな対応が、施設・家族ともに不安を呼び起こすなどの指摘がなされていた。
11 寝たきりに対するリハ・工夫
 日中の座位時間の延長・確保が全身耐久性の向上につながること、また、リハの目的としては、可能な限り参加を促し、心身の活性化、介護の必要度を減らすこと、作業療法アプローチとしては、その人らしく過ごす時間の提供、生活のリズム作り、介護負担の軽減、日常生活能力の維持、離床を図ることなどがあげられていた。福祉機器については、寝たきり老人の足としてのケア車の紹介、寝たままの便器の活用が歩行機能の低下を招く怖れがあるとの指摘などがなされていた。
12 地域・保健サービスの充実
1つには、老人保健法に基づく「予防」「自立」をキーワードとした保健事業の目的や、保健事業の1つである、「機能訓練」の目的・意義、「老人健康審査」の効果、老人福祉法制定後20年における「家庭奉仕員の派遣」や「老人クラブへの助成」などの地域サービスの充実、「訪問指導」については、看護師だけでなく、理学療法士、作業療法士、栄養士など、多職種の連携の必要性などが記述されていた。
以上の結果をまとめると、次の3点に整理された。
1 「寝たきり」をめぐる3者の視点
本人にとって:家族の愛情は生きる支えになる。目的を放棄せざるを得ない。主体的に生きられない苦悩。
家族にとって:「寝たきり老人」は、ストレス・負担な存在、「寝たきり老人」の主体性を奪ったり、寝たきりを助長させたりする。
職員・セラピストにとって:機能回復を主眼に置くリハビリテーションは、回復可能性が少ない寝たきり老人を放置しがち。
2 「寝たきり」のリハビリテーションについて
寝たきり状態の病態像の分類。認知症がリハビリテーションを妨げ、認知症の悪化が寝たきり化を作ることの指摘。寝たきりの原因の究明。「寝たきり老人」のリハビリテーションについて、全身耐久性向上や、介護負担の軽減、自己能力の最大限の発揮など、機能回復とは異なる次元の目標が設定されたりしていた。
3 行政主導によるサービスの充実
各県・区市町村における「寝たきり老人」に対する独自の調査についての紹介。各地区の施設や地域・保健サービスにおける独自の取り組み、その効果の紹介、あるべき形について。
 以上が1980年代の結果であったが、1970年代の言説との比較、1990年代の言説との接合について考えてみた。
 まず、1970年代に比べると、対象文献数、「寝たきり老人」を含む文献数とも倍増しており、「老い」「寝たきり老人」に関する問題関心は深まっていることがわかった。また、1970年代は、「寝たきり」は作られたもの、リハビリテーションを行う意義・効果はあるという論調であったが、それに比べると、1980年代は、回復可能性の低い「寝たきり老人」のリハビリテーションは放置される、という指摘もあるように、そのトーンが落ちた印象がある。
 ちなみに、リハビリテーションの仕事を担う一職種であり、筆者の職業でもある作業療法の分野についてみると、1990年時点の日本作業療法士協会協会員数が4000名程度(加入率83.3%)((社)日本作業療法士協会[1991:24])、その人たちの働き場所の7割半が、病院などの医療機関であることがわかる。一方、老人保健・福祉施設関連は2.6%((社)日本作業療法士協会[1991:33])であり、1990年時点では、ほとんどの作業療法士が医療機関にいたことがわかる。また、2において確認したように、1987年には、厚生省の報告で、脳卒中の早期リハビリテーションの推進が言われている。脳卒中は、「寝たきり」の1番の要因となるものである。そして、1992年には、承認基準を満たした施設における早期リハビリテーションに多くの診療報酬がいくように点数操作されている。そうした事実を考えあわせると、リハビリテーション従事者の関心の多くは、機能回復の見込める医療機関における脳卒中の早期治療に向き、そちらが1990年代以降の「寝たきり老人」をめぐる予防をキーワードとする諸言説に影響を与えたのではないかと考えられた。
 さらに、1990年代以降の「寝たきり老人」をめぐる言説との接合について考えてみると、1の「寝たきり老人」をめぐる3者の視点については、身体を制御し意思的に行動が行えない「寝たきり」状態を不幸とする言説が見られるが、そうした言説は、多くの身体制御の自由を持つ人たちの気分とも同調しており、1990年代以降の「寝たきり」に対する延命措置の是非の議論(例えば、大塚[1990]、天本[1999])を、延命措置否定に言説を傾かせる影響力を持った可能性があると考える。また、家族の愛情のみが「寝たきり老人」にとって支えになるという言説がある一方、「寝たきり老人」は家族にとって負担であるという言説も見られ、家族の愛情を得られない「寝たきり老人」は、本人にとっても家族にとっても、生きる価値を見出せない生として暗に位置付けられており、こうした言説構造は、1990年代以降言説を「寝たきり」状態の生を否定する方へ傾斜させる影響力を持ったと考えた。
 また、2の「寝たきり老人」と「リハビリテーション」との接合については、「寝たきり老人」をリハビリテーションの対象として設定し、機能回復とは異なる次元を設定している(せざるを得ない)ことは、早期治療に比べてその言説数は少ないとはいえ、その後のリハビリテーションの理念的な―例えばQOL―「職域拡大」に結びつく萌芽的言説であると考えた。
 さらに、3の行政主導によるサービスの充実については、1980年代は、1983年に老人保健法が施行され、リハビリがその眼目の1つとしてあることの紹介や、老人福祉法制定(1960年)と老人保健法制定(1983年)の20年間に、地域でのサービスが展開したことを指摘する言説、老人保健法における訪問指導の枠で、多職種に混じり、理学療法士・作業療法士も介入する必要があるという言説など、医療機関を出てリハビリテーション従事者が広がること、いわばリハビリテーションの担う領域的な「職域拡大」を期待・鼓舞する言説と受け取れた。
 以上より、1980年代のリハビリテーション雑誌における「寝たきり老人」言説から、次の3点が考察されたことになる。1)1990年代以降の「予防」をキーワードとする「寝たきり老人」をめぐる政策的言説には、早期リハビリテーションに関する言説が大きく影響していたのではないか。2)1980年代における言説には、「寝たきり老人」を否定的にみなす言説構造が含まれており、1990年代以降の「寝たきり老人」を否定する言説に影響を与えたのではないか。3)一方で、「寝たきり老人」は、機能回復を主眼としたリハビリテーションにとって新領域であり、「寝たきり老人」をリハビリテーションの対象に包摂することで、仕事領域的・リハ理念的な双方の「職域拡大」の路線が拡がってきたのではないか、である。
2)1990年以降
 1990年以降の高齢者リハビリテーションにおける言説の特徴や変容を探るために、『総合リハビリテーション』(医学書院)というリハビリテーションに関する学術雑誌を対象とすることにした。なぜなら、本雑誌の創設の目的が、リハビリテーション医学だけでなく、パラメディカルスタッフ、社会、福祉、職業、工学、教育、行政など、リハビリテーションに関連するあらゆる業種の知識・技術を集結し、リハビリテーションの総合的な知識・技術力を向上させようとしたもの(土屋[1973])であり、高齢者リハビリテーションにおける多様な言説を調査できると考えたからである。しかし、1970年代、1980年代の調査対象とは異なるため、それらの安易な比較が困難であることは、本調査の限界であり、今後の課題である。調査目的、対象文献、分析方法についての詳細は以下のとおりである。

(1)調査目的
 本研究では、次の2つの調査目的を設定した。
1 1990年以降の「老い」をめぐるリハビリテーションにおける言説を把握すること
2 1990年以降の「寝たきり(老人)」についての言説を把握すること
 である。1970年代、1980年代の調査に比べ、分析対象を「老い」をめぐる言説全般に拡大したことで、1990年以降の「老い」をめぐる言説のなかでの「寝たきり(老人)」についての言説の位置を、より複眼的・構造的に確認できるものと考えた。

(2)対象文献
1990年〜2005年までの『総合リハビリテーション』誌から、タイトルに「老い」に関連する「老人」「高齢」「痴呆・認知症」などのキーワードがあるものを対象文献とした。対象文献の各年代の文献数は表2のとおりである。全部で155文献であった。なお、これら155文献の著者名・タイトル・巻号頁数については、<http://www5.ocn.ne.jp/~tjmkk/netakiririha-seizongaku2008-taisyoubunken.htm>にて閲覧できるようにした。1991年の文献数が極端に多いが、これは、この年に「老年者とリハビリテーション」と題して増大特集が組まれていたためである。なお、本対象文献の範疇にはないが、「介護保険」「介護」「地域リハビリテーション」「廃用性症候群」など、高齢者リハビリテーションに関係が深いと思われるキーワードを持つ文献も散見されたが、他項目の内容と重複するものも多いと判断し、本研究の対象からは除外した。

(3)分析方法
 次の2点に着目し、文献内容を抜き書きし、基礎データ化した。1点目は、「寝たきり(老人)」についての記述がなされている箇所について、2点目は、その文献の概要・結論、新たな知見が含まれている箇所についてである。基礎データについては、<http://www5.ocn.ne.jp/~tjmkk/netakiririha-seizongaku2008-kisodeta.htm>にて閲覧できるようにした。
 調査目的1については、155の対象文献を、【年―番号】とデータ番号を付してカード化し、155カードを内容の類似性でグルーピングした。
 調査目的2については、155文献のなかから、さらに「寝たきり(老人)」の記述のあった42文献に分析対象を絞った。各文献内には「寝たきり(老人)」の記載のある文章が複数あるものもあり、内容を精査したところ、同一文献内に意味内容が異なると判断される箇所があったため、その場合は【年―番号―頁数】とデータ番号を付し、データを分割し、カード化した。意味内容は概ね同一と判断したものについては、【年―番号】とデータ番号を付した。カード枚数は、45枚となった。45カードを内容の類似性でグルーピングした。

(4)結果
A) 「老い」をめぐるリハビリテーションにおける言説
a-1 結果1
 14グループが生成された。それらのグループにグループの内容を代表できると思われるグループ名をつけた。以下は、14グループにおける言説を整理したものである。なお、各グループのデータ数、データ番号については、<http://www5.ocn.ne.jp/~tjmkk/netakiririha-seizongaku2008-bunseki1.htm>にて閲覧できるようにした。
1 加齢による身体変化の特徴
 筋肉の老化現象(巧緻性が衰え、持久力は比較的維持される、トレーニング効果は有効であり、タイプUをタイプTへ戻せる・温存できる可能性があるなど)について、高齢者では尿失禁などの蓄尿障害や排尿(リズム)障害が生じ易く、また歩行不能者ほど尿路感染が多いとする文献、脳卒中の嚥下障害に対する新治療法の紹介、嚥下機能と生活習慣の関係についての調査、特に脳血管障害における誤嚥・肺炎の対策について書かれてある文献があった。また、加齢による心疾患や関節可動域、末梢・中枢神経、呼吸器疾患の特徴、高齢者の姿勢の特徴、老人性難聴、加齢によって減衰しやすい知的機能とそうでない知的機能、加齢に伴う口腔における特徴(口腔乾燥、自浄作用の低下など)と口腔衛生管理法についての文献を含めた。
2 加齢に特有の疾患やそれに伴う身体変化の特徴、リハビリテーション治療のポイント
 高齢の脳卒中者の病態特徴・記憶訓練の方法・機能回復の特徴、脳性麻痺・関節リウマチ・重症ハイリスク疾患・腰痛など加齢による心身機能の低下に伴いさらに注意を要する疾患についてのリハビリテーション治療上の注意点、高齢脊髄損傷の特徴・リハビリテーションプログラム・社会的問題、四肢多発外傷や重複障害についての症例紹介や対応方法、血管原性切断者のリハビリテーションについての課題・義足適応の可能性について、また、大腿骨頸部骨折に関係する文献が多く散見されたが、大腿骨頸部骨折おける問題点、歩行能力の再獲得とその時期に関わる因子、骨折の原因となる転倒に対する「転倒恐怖」の発生状況・要因、転倒・骨折状況とその大きな要因となる骨粗鬆症の関係、深部静脈血栓症のリスク管理、高齢者に特有な薬物動態や、転倒予防に配慮した薬物投与の方法などについての文献があった。
3 移動能力・下肢筋力・転倒
 歩行速度・能力、椅子からの立ち上がり動作時間と下肢筋力との関係、皮膚冷刺激を用いた低負荷筋力トレーニング効果、3肢障害高齢者の装具歩行自立への援助、移動能力と脳波の関係、背臥位から立ち上がり動作パターンの年齢的推移、加齢によるバランス機能の低下と歩行の安定性・転倒との関連についてなど、起居・移動能力や下肢筋力についての文献を集めた。
4 日常生活能力・生活体力
 FIM(Functional Independence Measure:機能的自立度評価表)による高齢者のADL能力を決定する因子や「できるADL」と「しているADL」の差に影響する心理・環境要因について検討がなされているもの、高齢者の「生活体力(予備力)」の現状、関連要因、またそれを維持することが老化予防、QOLを良好に保つとする一方、自宅生活は活動性を低下させやすいとする文献などを含めた。
5 高齢者の心理と生活適応に向けたアプローチ法
 高齢者の心理・精神に着目し、生活の適応に向けた療法として行動療法についての紹介や、身体機能が心理面に与える影響に着目し、ディスアビリティの代償アプローチが心理面への対応としても見直されるべきという指摘もなされていた。
6 社会参加
 職業復帰、セクシャリティ、スポーツ、街づくり、コンピューター使用の際の高齢者が見えやすいCRT(cathode-ray tube:陰極線管)註6)についての検討、社会的に独立した生活を営む能力やその評価法、社会参加の際のポイント(生活の質、機能低下の予防)などについての文献を含めた。
7 抗加齢医学(アンチエイジング)・予防
介護予防事業に寄与する意義と課題、骨折予防策としての徘徊の有無と骨量の関係についての調査、認知症予防プログラムの意義、老化予防のための身体活動能力の維持増進の研究成果の概略など「予防」的観点を含む文献や、健康長寿をめざす抗加齢医学(アンチエイジング)についての紹介、中枢神経系、骨・関節の老化とその予防法、加齢と動脈硬化の関係と抗加齢のアプローチについて紹介している文献を含めた。
8 早期リハビリテーションの効果
早期リハビリテーションには移動能力の改善について有意な効果があったとする文献があった。
9 評価法
 認知症の評価法の紹介や高齢者のADL機能評価スケール作成の試みの紹介や高齢者の主観的QOLの評価法の検討がなされた文献を含めた。
10 (認知症高齢者に対する)在宅ケア・介護家族への支援の方策
各地域拠点における連携システムと在宅ケアの実際の紹介、認知症高齢者に対する在宅ケアのあり方、機能訓練事業参加者の活動能力とQOLの推移について、また、介護家族への支援の方策として、重度視覚障害を伴う重度認知症高齢者に対する擬似会話システムの考案、福祉機器の適用、認知症高齢者を介護する家族の負担とデイケアの有効性、介護者の主観的負担と介護継続意思との関連についての文献があった。
11 老人保健施設の目的・現況・問題点
 老人保健施設におけるリハビリテーションサービスの現況・問題点・効果、家庭復帰に関わる要因、入所者の実態やその目的などについて書かれた文献を含めた。
12 特別養護老人ホームのサービス提供のあり方を検討
 特別養護老人ホーム入所者のコミュニケーション能力の調査、施設職員の介護負担感と入所高齢者の身体・精神能力との関係、寝たきりの原因調査、地域生活に戻すことの必要性を強調する文献、リハビリテーションサービスの現状と問題点についての文献を含めた。
13 認知症に関わる諸文献
 脳の老化や認知症における脳の画像診断、アルツハイマー病の遺伝学的要因、認知症者に対しては従来のリハビリテーション医療と異なり施設入所への生活適応やその都度の適切な指示・介助など生活の質を維持できるよう対応することが大切とするもの、脳活性化訓練や認知訓練の効果、リアリティ・オリエンテーションや回想法、芸術療法、音楽療法など各種療法の紹介、認知症症状への対応について概説的に書かれてあるもの、認知症の重症度とADL能力との関係について検討したもの、その他、認知症におけるコミュニケーションについて、認知症と情動失禁の関係、デイケアでの問題行動の減少したピック型の症例の紹介をしている文献があった。
14 高齢者の実態把握や法制度・政策の動向とその批判
 地域での認知症・認知症促進因子の疫学調査や将来の予測、高齢者の実態、患者に占める高齢者の割合、高齢者の疾病構造や、今後の老人保健福祉政策、老人保健法・老人福祉法・特別養護老人ホームの法的側面や機能、訪問指導、高齢者ケアプラン策定指針、成年後見制度、地域福祉権利擁護事業についての説明、高齢者リハビリテーション研究会の中間報告「高齢者リハビリテーションのあるべき方向について」をめぐる中村秀一厚生労働省老健局長と研究会座長であった上田敏との対談などを含めた。また、高齢脳卒中者に対し、リハビリテーション・カンファレンスや早期リハビリテーションから退院までの移行援助がしっかり行われ、医療費総枠拡大を行ってきたイギリスの様子を紹介し、日本におけるリハビリテーション医療の質の低さ、低医療費政策批判を行う文献もあった。
a-2 結果2
 次に各年代ごとの文献数からみた文献内容の特徴と推移を見てみる。表3は、14グループにおける各年代ごとの文献数を表にしたものである。グループ1、2、13の文献数が20台と多く、次いで、3、10、14の文献数も比較的多いことがわかる。グループ1、2は、1991年に増大特集が組まれた影響が考えられるが、いずれにせよ、リハビリテーションに関わる支援者にとって、1990年以降、「老い」に関連するトピックスとして、加齢による身体変化の特徴、加齢に特有の疾患やそれに伴う身体変化の特徴、リハビリテーション治療のポイント、移動能力・下肢筋力・転倒、(認知症高齢者に対する)在宅ケア・介護家族への支援の方策、認知症に対する支援のあり方、高齢者の実態把握や法制度・政策の動向などは、大きな関心を寄せるものであったと言えるだろう。
 また、グループ4、7は、2000年以降、文献数の増加が見て取れるものである。つまり、日常生活能力・生活体力、抗加齢医学(アンチエイジング)・予防であるが、特に前者については、「生活体力(予備力)」は、そのほとんどが2000年以降の文献である。2において、「長寿科学研究」「メディカル・フロンティア戦略」「健康日本21」など2000年以降にさらに予防施策が強化されてきたことを確認したが、そのことと連関していると考える。逆に、11、12は2000年以降、文献が減少したものである。つまり、老人保健施設、特別養護老人ホームに関する文献であるが、これらは2000年以降、介護保険制度下におけるサービスとなったため、それら単独で検討を行った文献は消滅したものと考える。
B)「寝たきり(老人)」についての言説
 8グループが生成された。それらのグループにグループの内容を代表できると思われるグループ名をつけた。以下は、8グループにおける言説を整理したものである。なお、各グループのデータ数、データ番号については、<http://www5.ocn.ne.jp/~tjmkk/netakiririha-seizongaku2008-bunseki2.htm>にて閲覧できるようにした。さらに、それら8グループは、4つのテーマ群に分類できたので、【】内にはそのテーマを説明できると思われるタイトルを表記した。
【「寝たきり」の原因と予防】
1 「寝たきり」の原因
 脳性麻痺者で、25歳頃より四肢麻痺増強し45歳頃より「寝たきり」となった症例の紹介、脳血管障害、パーキンソン病、転倒による骨関節疾患などによる日常生活の不活発化、退院後の活動性低下、長期臥床により「寝たきり」になる、大腿骨頸部骨折から「寝たきり」になる症例は多い、また骨折のリスクを高める骨粗鬆症も活動性低下や「寝たきり」により生じやすくなるなどの記述があった。
2 認知症と「寝たきり」の相互関係
 認知症の進行の様態の1つに「寝たきり」状態がある、認知症者を「寝たきり」にしない工夫が必要、「寝たきり」になっても日中ベットで起座を保つことで認知症の予防になるなどの記述がなされていた。
3 「寝たきり」を予防するためには
 「寝たきり」予防を目的として厚生労働省は「介護予防・支援事業」を2000年度から展開しているが、予防のためには、筋力の改善、寝かせきりにしない在宅ケア、効加齢医学(アンチエイジング)の実践、脳卒中の予防、趣味や生きがい活動、集団活動を行う(わせる)こと、早期リハビリテーションなどが必要との記載があった。
【「寝たきり老人」に対するリハビリテーション・ケア】
4 「寝たきり老人」のリハビリテーション・ケア
 「寝たきり」が生じてからは口腔ケアが精一杯、「寝たきり者」には尿失禁・オムツ使用例が多いという記述や、「寝たきり老人」は、まずは起き上がることが大切で、一時的には介護量が増すが、呼吸器や尿路の感染症、筋萎縮の廃用症候群を防ぎ、介護を容易にすること、家族指導・環境整備・本人の生きがいの確保、ベッドサイドでの関節可動域訓練などが必要であるなどの記述があった。
【地域・在宅での「寝たきり老人」とその家族へのサービス】
5 「寝たきり」高齢者の介護者のストレス
 認知症のない「寝たきり」高齢者の介護者のストレスは介護保険以後軽減しているという内容であった。
6 地域の「寝たきり」の実態とサービス展開
 「寝たきり老人」は老人保健法、老人保健施設の対象者、しかし老人保健施設には実際は軽度者が半数以上を占めていたとの記載もあった。また、訪問指導・訪問看護は在宅の「寝たきり老人」を対象としたサービス、地域(佐久地方、宮城県の農村地帯にあるO町)の「寝たきり」高齢者の実態・割合、「寝たきり」の高齢者は地域福祉権利擁護事業の対象者、などをまとめた。
【高齢者問題としての「寝たきり」とその実態】
7 高齢社会問題としての「寝たきり」
 年寄りは「寝たきり」になっても仕方がない、「寝たきり」は高齢社会が直面する大きな問題の1つ、リハビリテーションが「寝たきり」老人対策の切り札として注目されているなどの記述をまとめた。
8 「寝たきり老人」の生存期間
 退院時に「寝たきり」であった人のその後の生存期間は短い、施設入所者の「寝たきり」期間の長期化は「何らかの要因をもっている特殊集団」であるという記載があった。

(5)考察
A)「老い」をめぐる言説のなかの「寝たきり(老人)」についての言説の位置
 まず「老い」をめぐる155文献中、「寝たきり(老人)」が出現した文献数は42であり、3割弱(27%)という結果であった。ちなみに1970年代は33文献中17文献で半数程度(52%)、1980年代も79文献中42文献で半数程度(53%)である。上述したが、1970年代、1980年代と1990年以降では対象とした雑誌が異なっており、単純に比較はできないが、「寝たきり(老人)」という用語の使用は1990年以降減少してきたと見てよいと思われる。「老い」をめぐる文献はむしろ増加しており、特に、加齢による身体変化の特徴、加齢に特有の疾患やそれに伴う身体変化の特徴、リハビリテーション治療のポイント、移動能力・下肢筋力・転倒、生活体力(予備力)、抗加齢医学(アンチエイジング)・予防などについての文献数が多い、増えてきていることを見てきた。それらはどれも、「寝たきり」という表現はなされていないが、身体や精神、生活についての制御能力をいかに維持し、喪失への変化を予防するかという点に関心が持たれており、当然、「寝たきり」の状態を予防するという意図が含まれていると想定される。つまり、これまで「寝たきり(老人)」という一元的な状態像として集約されてきた言葉が、原因究明と予防的観点から、さらに細分化・具体化した多様な言説に変容していったということであろう。また、そうした原因究明と予防的観点からの言説が圧倒的な数を占めるなかで、「寝たきり」の状態を呈した人に対するリハビリテーション・ケアについての言説が少数ながら存在するが、むしろその少数性に注目すべきであると考える。
B)1990年代以前の「寝たきり(老人)」言説との(非)接合
 1970年代、1980年代の大きな流れとして、1970年代には、「寝たきり」は作られたもの、リハビリテーションを行う意義・効果はあるとされていたものが、1980年代は、回復可能性の低い「寝たきり老人」のリハビリテーションは放置されるという指摘もあるように、そのトーンが落ちた印象があると述べ、リハビリテーション従事者の関心の多くは、機能回復の見込める医療機関における脳卒中の早期治療に向き、そちらが1990年代以降の「寝たきり老人」をめぐる「予防」をキーワードとする諸言説に影響を与えたのではないかと考察を行ったが、確かに、2における1990年以降のリハビリテーションの医療経済を見ても、質の良い回復期リハビリテーション(早期リハビリテーション)に対して、日数、疾患(このなかに脳血管障害は含まれる)を限定して高い診療報酬点数が付与されてきた経緯があり、このことはリハビリテーションの大きな潮流の1つとして捉えることができるものと考える。
 また、1970年代、1980年代には、「寝たきり(老人)」に対して否定的イメージを喚起する言説や、あるいは本人や家族にとっても苦悩や負担・ストレスであるというような「寝たきり(老人)」に対する否定的言説が生成されていたことを確認したが、1990年以降の「寝たきり(老人)」の言説にはほぼ存在しなかった。雑誌の特性の違いがあり、安易な比較はできないものの、1990年には、「寝たきり老人ゼロ作戦」の推進が謳われるようになり、国家的施策として「寝たきり(老人)」の予防・否定は決定的なものとなったことが影響しているものと考える。その代わりに、「寝たきり(老人)」についての原因究明と予防的観点から、さらに細分化・具体化した多様な言説に変容していったことをA)において確認した。
 さらに、1980年代には、リハビリテーションの理念的・担う領域的な「職域拡大」に結びつくような言説が見受けられたが、少なくとも担う領域としての「職域拡大」については、2000年以前に老人保健施設、特別養護老人ホームなどにおけるサービス提供のあり方を検討した文献は散見されたもの、1990年以降、それを期待・鼓舞するような言説は、調査した範囲内においてはほとんど見当たらなかった。その理由として、こちらも雑誌の特性の影響は考えられるが、現実的なサービス検討に関心が移行していたこと、2000年以降は介護保険サービスにおいてリハビリテーションが位置付けられており、制度・政策的枠組みにおいてある程度具現化されたこと、1990年以降の関心の多くは、身体や精神、生活についての制御能力をいかに維持し、喪失への変化を予防するかという点にあったことなどが影響していたと考える。
 リハビリテーションの理念的な「職域拡大」については、1980年代には、「寝たきり老人」をリハビリテーションの対象として設定し、機能回復とは異なる次元を設定していたことから、その萌芽を見たが、1990年以降の言説をみると、QOLというキーワードは様々な文献に散見されたもの、それらは、身体や精神、生活についての制御能力の維持・予防(することがQOLにつながる)と連結しており、必ずしも機能回復とは異なる次元を設定する必要からQOLという概念が用いられているわけではないことがわかる。1の制度・政策をみても、1997年、2000年の文章中にQOLが使われているが、自立した生活が送れることがQOLを維持することとしており、暗に、自立的に生活が困難な「寝たきり」の状態は生活の質が低い状態と規定する概念として用いられ、「寝たきり」の予防・否定する言説を補強・補完する役割を果たしていると考える。「寝たきり」の状態を呈した人に対するリハビリテーション・ケアについての言説数は少数であることをすでに確認したが、1990年以降の言説におけるQOLという概念の用いられ方は、「寝たきり老人」をリハビリテーションの対象として設定し、機能回復とは異なる次元を設定したからではなく、むしろこうした政策的な言説と結びついたものであると考える。
C)今後の高齢期における制度・政策、リハビリテーションの医療経済に関わる重要ポイント−『高齢者リハビリテーションのあるべき方向』
 2003年7月に、高齢者介護研究会(座長:堀田力)の後を受けて厚生労働省老健局内に設置された高齢者リハビリテーション研究会(座長:上田敏)は、介護・医療双方に跨って今後の高齢者リハビリテーションのあり方を検討しており、その研究会において示された『高齢者リハビリテーションのあるべき方向』註7)は、その直後に行われた2006年の診療報酬、介護報酬の改定にも大きな影響を与えている(中村・上田[2004:691])。本研究の対象文献には、当時の老健局長であった中村秀一と研究会の座長であった上田敏との対談があるので(データ番号【2004-6】=中村・上田[2004])、対談の内容から、今後の高齢者リハビリテーションの方向性を確認し、本項の総括としたい。
 まず中村は対談の冒頭、本研究会の立ち上げの経緯・背景について次にように述べている。

「いくつかの背景がありますが、1つは、2000年にスタートした介護保険制度が見直しの時期に入っているということです。2005年には介護保険法の改正法案を国会に提出しなければなりませんし、2006年4月には介護報酬と診療報酬が同時に改定となります。研究会がはじまった2003年7月がリハの見直しに向けたギリギリのタイミングでした。2つ目は、介護保険制度実施後3年半を経過して課題が明確になってきたことです。予想以上に要介護認定に該当する方が増えて、開始時は65歳以上の方の10人に1人が要介護認定者という割合でしたが、今日では7人に1人と上昇しています。特に軽度の要介護の方が非常に増えています。介護保険の理念・目的には「自立支援・介護予防・リハ」がありますが、これらが実際に達成されているかどうかを検証しなければならない時期にきていました。3つ目として、2003年3月に高齢者介護サービスのあり方の方向性を探る「高齢者介護研究会」(座長:堀田力氏)をつくり、その報告書がまとめられました。そこでは、2015年の高齢者介護を考える際の最大の課題として介護予防・リハの充実があげられ、「今後精査・研究が必要である」と指摘しています。」(同、p691)

 また、その目的を次のようにも語っている。

「報告書をとりまとめていただく時にお願いしたのは、リハの現状と課題についてのレビューでした。しかも、私ども老健局は介護を整備する立場ですが、介護だけ論じるのは意味がないので、医療と介護双方におけるリハの現状と課題について、総合的にレビューしていただきたかった。老健局は介護保険を実施している立場なので「高齢者リハ」といわざるを得ないのですが、理念としては「高齢者」を取って「リハ」の研究会と思っていただいて構いませんということでした。報告書はかなりの分量になりましたが、ある意味で「リハ白書」とも言うべきもので、現状分析とともにリハのこれからの方向性も明示されました。これから先、介護保険制度の改革、あるいは介護報酬・診療報酬の改定が待っているなか、提示された方向性をできるだけ具体化し、政策化していくことが、われわれに課せられた使命だと思っております。」(同、p692)

 それに対して上田は、以下のように、本研究会の成果として「廃用症候群モデル」の呈示を挙げており、軽度の要介護者を対象として生活機能の低下をいかに防止するかという観点を呈示できたことの重要性を強調している。つまり、急性期・回復期リハビリテーションと維持期のリハビリテーションを同列化、また、軽度の要介護者への対応策を明確化し、介護保険後の需要に呼応している点が伺われる。

「研究会の最初のプレゼンテーションで、私は2つのタイプのリハ・プログラムがあるということを言いました。1つは、脳卒中のように急激に悪くなってその後回復していく時に、それをさらによくするかたちのリハです。もう1つは、廃用症候群や変形性骨関節症のように、徐々に生活機能が低下していくのをいかに早く気づいて食い止めるかという、これまで注目されてこなかったリハです。後者の対象は高齢者に多く、また軽度の要介護度者への取り組みとして重要なのに、いままでリハの対象外におかれていました。こういうことを研究会の最初から説明はしていたのですが、議論をしていくうちに次第に整理されて、「高齢者リハには脳卒中モデルと廃用症候群モデルがある」とはっきり記述するところまでいったのは大変よかった」(同、p694)

 またそれは、2001年5月22日、WHOの第54回世界保健会議(The 54th World Health Assembly)において採択された新しい国際障害分類であるICFとも呼応する考え方であるとし、リハビリテーションに積極的にICFを取り入れ(ようとし)ている点も、2000年以降の高齢期リハビリテーションの理念、医療経済等に大きな影響を与えていることとして特筆すべきことである。

「リハというのは、ICF(国際生活機能分類)のいう生活機能全体、つまり生命・生活・人生のすべてを重視する立場にたたなければいけないのだということが打ち出されました」(同、694)

 と上田は言及しているが、ICFに基づいた「リハビリテーション(総合)実施計画書」の作成は、2002年の診療報酬改定(二木[2004:202])、2003年の介護保険報酬改定(中村・上田[2004:695])の際にリハビリテーションの効果的な取組みを目的として導入されている。それは、2002年の診療報酬改定において規制強化として機能していたことはすでに述べたが(二木[2004:202])、2003年の介護報酬改定においても、介護老人保健施設におけるリハビリテーション機能強化加算として機能しており、リハビリテーションの医療経済に少なからず影響を与えている。また、こうした「廃用症候群モデル」「ICFモデル」を広く一般に広めることに貢献した書籍として大川[2004]上田[2005] などがある。
 ここで確認・強調しておきたいことは、この2004年の『高齢者リハビリテーションのあるべき方向』によって、高齢期における維持期・慢性期リハビリテーションの、急性期・回復期に劣ることのない重要性が、制度・政策に反映される場において大きく取り上げられたことである。逆に言えば、そのことは、リハビリテーション業界内においてさえ、十分な認識がなされていなかったということである。もう1つ注目しておきたいことは、維持期・慢性期の重要性は指摘されたものの、それは昨今増加している軽度の要介護者の「寝たきり」予防として維持期・慢性期リハビリテーションを想定していることである。つまり、ここで掲げられている維持期・慢性期リハビリテーションの内実には、「寝たきり」の状態にある重度の障害者は対象として想定されていないのである。

(6)まとめ
 1990年代のリハビリテーション雑誌における「寝たきり老人」言説から、1980年代との比較を含め、次の5点が特徴として見出された。
1 これまで「寝たきり(老人)」という一元的な状態像として集約されてきた言葉が、原因究明と予防的観点から、さらに細分化・具体化した多様な言説に変容していた。
2 「寝たきり」の状態を呈した人に対するリハビリテーション・ケアについての言説はごく少数であった。
3 1970年代、1980年代には、「寝たきり(老人)」に対して否定的イメージを喚起する言説や、あるいは本人や家族にとっても苦悩や負担・ストレスであるというような「寝たきり(老人)」に対する否定的言説があったが、1990年以降の「寝たきり(老人)」の言説にはほぼ存在しなかった。
4 1980年代には、リハビリテーションの理念的・担う領域的な「職域拡大」に結びつくような言説があったが、1990年以降、それを期待・鼓舞するような言説は、調査した範囲内においてはほとんど見当たらなかった。
5 リハビリテーションの理念的な「職域拡大」については、1980年代には、「寝たきり老人」をリハビリテーションの対象として設定し、機能回復とは異なる次元を設定していたことから、その萌芽を見たが、1990年以降の言説では、QOLというキーワードは様々な文献に散見されたもの、それらは、身体や精神、生活についての制御能力の維持・予防(することがQOLにつながる)と連結しており、必ずしも機能回復とは異なる次元を設定する必要からQOLという概念が用いられているわけではなかった。

5 全体考察
 本項では、本稿における全体の考察として、まず、これまで見てきた、1.制度・政策、2.リハビリテーションの医療経済、3.リハビリテーションにおける言説から、1990年以降における高齢期(特に「寝たきり老人」)のリハビリテーションの諸様相をごく簡単に概略し、次に、当事者からの批判的論点を抽出し、最後に、1990年以降の諸様相についての評価と今後の方向性について規範的主張を行うことにする。

1)1990年以降の高齢期(特に「寝たきり老人」)リハビリテーションの諸様相
 各項においてそれぞれの簡単なまとめを行っているので、ここでは、それら全体を俯瞰し、特徴となるポイントをいくつか抽出した。
1「寝たきり(老人)」をキーワードとした予防的施策の推進。
2 主に財源的根拠を背景としたリハビリテーションにおける「医療」の範囲の確定。大枠の位置付けは、急性期・回復期を「医療」圏内に、維持期・慢性期を「医療」圏外である介護保険サービスへ。「医療」であることのポイントは、1)発症からの日数、2)身体の制御能力あるいは自立能力の回復・改善の可能性。「寝たきり老人」は両者を鑑み「医療」圏外に含まれることが想定される。
3 リハビリテーション医療における公私混合化の動きは消滅。
4 医療から介護保険サービス・地域生活へのスムーズな「移行」へ重点がシフト。
5 「寝たきり(老人)」をめぐるリハビリテーション言説は、これまで「寝たきり(老人)」という一元的な状態像として集約されてきた言葉が、原因究明と予防的観点から、さらに細分化・具体化した多様な言説に変容していた。
6 「寝たきり」の状態を呈した人に対するリハビリテーション・ケアについての言説はごく少数であった。

2)当事者である人たちからの批判
 以下は、社会科学者の鶴見和子が生前に作られた短歌(鶴見[2006:2-3])である。

 政人いざ事問わん老人われ生きぬく道のありやなしやと
 
 ねたきりの予兆なるかなベッドより
 おきあがることできずなりたり

 鶴見和子は、1995年に脳卒中で左片麻痺となり、その後10年以上リハビリテーションを行い、著作活動も行ってきたが、2006年の診療報酬改定後、リハビリテーションの打ち切りの宣言を受け、まもなくベッドから起き上がることができなくなり、持病の大腸癌が悪化し、2006年7月30日に他界された。
 また、鶴見和子は、短歌が掲載された同じ雑誌に、次のような文章を寄せている(鶴見[2006:5-6])。

 「私のような条件の老人は、リハビリテーションをやっても機能が全面的に回復するのは困難である。しかし、リハビリテーションを続けることによって、現在残っている機能を維持することができる。つまり、老人リハビリテーションは、機能維持が大切なのである。もしこれを維持できなければ、加齢とともに、ますます機能は低下する。そして、寝たきりになってしまう。」(同、p5)
 
「戦争が起これば、老人は邪魔者である。だからこれは、費用を倹約することが目的ではなくて、老人は早く死ね、というのが主目標なのではないだろうか。老人を寝たきりにして、死期を早めようというのだ。したがって、大きな目標に向かっては、この政策は合理的だといえる。そこで、わたしたち老人は、知恵を出し合って、どうしたらリハビリが続けられるか、そしてそれぞれの個人がいっそう努力して、リハビリを積み重ねることを考えなければならない。」(同、p6)

 また、世界的な免疫学者であり、ご自身も2001年に脳卒中に見舞われ、以後リハビリテーションを継続されてきた多田富雄は、冒頭にも述べたように、2006年4月の診療報酬改定に対して、最弱者の生存権に関わる重大な問題であるとして朝日新聞に投書し、その後、リハビリテーション推進機構(CRASEED)註8)などの団体を中心としてリハビリテーション診療報酬改定を考える会が立ち上がり、リハビリテーション医療の打ち切り制度撤廃運動を展開し、48万人もの署名を集めて厚生労働省に提出することとなった。
多田富雄は、多田[2007]において、次のように書いている。

「リハビリは無限に機能回復を期待するものではない。障害を負った患者の残存機能を維持すること、それ以上の機能低下を予防し、寝たきりの廃人となることを防ぐことも重要な役割である。筋肉の拘縮や、廃用性症候群のような悲惨な転帰を防ぐこと、障害の苦痛を少しでも軽減し、生活の質(QOL)を高めるにも、リハビリの大切な目的である。それを制限すると、障害者、患者の社会復帰を阻害し、ひいては寝たきりになり、命を縮めることになる。リハビリを奪うことは、患者の生存権まで侵害する行為となる」(同、pp115-116)

「介護保険の通所リハビリに、多くの脳血管疾患の患者が移行できるのだろうか。私は区役所に電話をして聞いたが、答えは否であった。介護保険の通所リハビリは、主に認知症を予防するための老人相手のレクリェーションのようなものであり、お絵かきや唱歌の時間が中心で、リハビリの訓練は10分程度しか取れないのである。医療リハビリとは根本的にレベルが違う。」(同、p118)
 
 鶴見和子、多田富雄は、リハビリテーションの何を批判しているのだろうか。大きく2点の指摘をしていることがわかる。リハビリテーションの対象とリハビリテーション医療の範疇についてである。しかもそれらは生存・生命を守るという水準から一矢を貫かれていることが、それら主張の生命だとも筆者には感じられる。
 つまり、リハビリテーションはこれまで、機能や自立的能力の復元を目的とする医療とされてきたが、そうではないところにリハビリテーションの意義があることをお2人はまず主張している。それは持っている機能を維持し、寝たきりを防止することだと言うが、その連続線上にあるのは命が縮まることであると言う。あるいは、鶴見和子は、それをご自身の身体を持って体現してしまわれた。
 そしてもう1つは、リハビリテーション医療の範疇について、である。端的に言えば、機能を維持するリハビリテーションは生存・生命を維持するためのリハビリテーションであり、それも歴とした医療であるという主張である。それが2006年4月の診療報酬改定において介護保険のサービスと位置付けられたことから、上述した痛烈な批判がなされたのである。また、それによりリハビリテーションの現実的な問題も顕在化した。つまり、介護保険サービス下のリハビリテーションでは、急性期・回復期と同様の水準のリハビリテーション医療を行える十分な質・量が確保されていない、進展がなされてこなかったという問題である。
 ここで1つ考えたいことは、お2人の主張には「寝たきり」化を予防したいという切実なる思いが書き記されているが、それはこれまで見てきた制度・政策、あるいはリハビリテーションにおける「寝たきり」予防言説と同一のものであるのだろうかということである。筆者が決定的に異なると思われる点は、予防の先の世界の想定である。つまり、お2人は、今の自分の身体の連続線上に起こり得る身体世界として「寝たきり」を捉えているのである。だから、さらにその線の先にある自分の身体に生じる生命・生存の危機をも予見している。身体の行く先を見つつ、死に至る病の諸相を見定めつつ(多田[2008])、生きようとしておられる。そして、お2人の文章から、リハビリテーションによって昨日と同じ身体を生きられることが、その次の時間を生きることの希望になっていると筆者には感じられた。お2人にとって「寝たきり」予防とは、生きることへの衝動に応答する何か、を言葉にしたものと言えるのではないか。それに対して、これまで見てきた「寝たきり」予防言説は、あえて端的にいうなら、「寝たきり」を予防することにのみ注意が払われていた。その状態は不幸であるという否定的前提と、そこから派生する様々な客観的問題―医療財源、介護負担など―を想定してのことである。
 もう1つの大きな違いは、それらは希望と絶望というまさに対極的な現実をもたらしたという事実である。上に紹介した鶴見和子の短歌や文章は、彼女の絶筆となった。癌を患ってもおられ、リハビリテーションの打ち切りが死の直接の原因かはわからないと言う人がおられるかも知れないが、ここで重要なのは、死に至った真実ではなく、上のような文章を残され、亡くなられたという事実である。つまり、ご自身が置かれた現実に絶望し、そして衰弱し、亡くなられたということである。「寝たきり」予防言説と連綿を成す諸制度・施策は、「寝たきり」を身近に生きる人たちに絶望を与え、死に任せた(天田[2008a])と言えるのではないか。しかし、鶴見和子が「寝たきり」予防で得たかったものは、むしろその対極にあるもの、生きることへの衝動に応答し希望に変換する力だったのではないかと思われる。

3) 1990年以降の諸様相についての評価と今後の方向性についての規範的主張
 最後に、1)における1990年以降の高齢期(特に「寝たきり老人」)リハビリテーションの諸様相の特徴となるポイント6点をさらに、(1)リハビリテーションの「寝たきり(老人)」の予防言説について、(2)リハビリテーション「医療」の範疇化について、(3)医療から介護保険サービス・地域生活への「移行」支援について、の3点に整理・集約し、2)における当事者の論点から評価を行い、規範的な主張を行う。

(1)リハビリテーションの「寝たきり(老人)」予防言説について
1)おいて、高齢期(特に「寝たきり老人」)リハビリテーションの諸様相の特徴として、「寝たきり(老人)」をキーワードとした予防的施策を推進してきたこと、「寝たきり(老人)」をめぐるリハビリテーション言説は、これまで「寝たきり(老人)」という一元的な状態像として集約されてきた言葉が、原因究明と予防的観点から、さらに細分化・具体化した多様な言説に変容していたこと、一方で、「寝たきり」の状態を呈した人に対するリハビリテーション・ケアについての言説はごく少数であったことなどを挙げたが、そうした「寝たきり(老人)」の予防言説について、多田富雄、鶴見和子らの上述の論点から評価を行い、リハビリテーションの内在価値について規範的な主張を導出する。  まず確認しておきたいことは、先に述べたように、2004年の『高齢者リハビリテーションのあるべき方向』において「廃用性症候群モデル」が呈示されていたように、ごく最近の方向性として、機能を維持するリハビリテーションの重要が強調されたことである。つまり、特に高齢期の分野において、維持期のリハビリテーションが、理念として急性期・回復期リハビリテーションと同等であることがリハビリテーション業界において正式に認知されたのが、わずか4年前のことだったということである。多田富雄が上述の文章において、介護保険サービスにおける維持期・慢性期のリハビリテーションの質・量のレベルについて批判を行っていたのが2006年11月のことであるから、その批判は、まさに維持期・慢性期のリハビリテーションの実状を示すものであったと考える。しかもそれは昨今増加している軽度の要介護者を対象としたものであり、「寝たきり」の状態にあるような重度の高齢障害者が想定されているわけではないことも既に確認をした。
 さらに興味ある調査の結果を紹介する。須川他[2008]は、作業療法士の養成教育において、寝たきり高齢者に対する実践の指針が示されておらず、それが臨床現場においてジレンマになるのではないかと考え、新人作業療法士に「寝たきり高齢者とのかかわり」についてインタビュー調査を行った。その結果、寝たきり高齢者とのかかわりは、効果や変化がとらえづらいため、自己有能感が得られづらく、悩み・不安・ジレンマに結びつきやすいが、これまで教育課程においても触れられることがなかったことを明らかにした。この結果は、4の2)の1980年代の言説調査の結果における、回復可能性の低い「寝たきり老人」のリハビリテーションは放置されるという指摘、そして、1990年以降において「寝たきり」の状態を呈した人に対するリハビリテーション・ケアについての言説はごく少数であったことと一脈通じるものがあると考える。つまり、急性期・回復期のリハビリテーションのみならず維持期・慢性期のリハビリテーションにおいても「寝たきり(老人)」は想定されていないし、実践・理論も極めて貧困であるということだ。
 ここで考えたいことは、それらは、多田富雄、鶴見和子らが望んだリハビリテーションの姿だろうかということである。筆者は、お2人がリハビリテーションに望んだことは、生存・生命を守り、生きることへの衝動に応答し希望に変換する力であると理解をしたが、それはつまり、「寝たきり」という身体能力や状態像を対象から排除するものではなく、生存・生命を水準とした老い衰えゆくあらゆる身体を包摂するリハビリテーションを望んでいるということではないだろうか。
 筆者は、田島[2005]において、リハビリテーションは人の能力に働きかける仕事であり、存在価値と能力価値を倒錯しやすい危険があることを指摘したが、ここでも同様の指摘ができると考える。つまり、昨今の「寝たきり」予防言説が、その状態は不幸であるという否定的前提と、そこから派生する様々な客観的問題―医療財源、介護負担など―を想定し、予防にのみ注意を払っていることを指摘したが、それはいわば能力を維持することに焦点化がなされているということであろう。すると、すでに維持する能力が残されていない状態像としての「寝たきり老人」については、効果や変化も見えずらく、また、セラピストにとって自己有能感が得られずらいことも助け、リハビリテーションから排除することに正当性が与えられることにもなる。筆者は、そうした倒錯について、「何が、支援の目的の上位の概念にくるかによって、支援の様相はまったく異なってくる。以上の結果から少なくとも言えることは、存在の価値より上位に「能力主義」を肯定し、「できること」をよいとする価値の位置を持ってきてはならず、その位置関係はどうしても確保しておかなければならないということだ。もし、「できること」が対象者の「価値」であると倒錯し、「できないこと」による対象者の価値の劣位や排除を正当化し、その地平から「できること」に向かうための支援であったなら、それこそ対象者にとっては悲劇である」(田島[2005:346])としたが、ここでも同じことを繰り返すことになる。つまり、こうした存在価値と能力価値の倒錯したリハビリテーションの内在価値は、リハビリテーションの対象となる当事者に、絶望を与え、死に任せることになる、ということではないだろうか。しかし、老い衰えゆく対象者に、希望や生を与え、生存・生命を水準とした老い衰えゆくあらゆる身体を包摂するリハビリテーションを提供しようとするなら、存在価値と能力価値の倒錯は許容されないし、そもそも、人を支援する仕事は、対象とする人の存在の肯定という命題をいかに実現するかが課題のはずであるから、それは当然のことと言えよう。むしろ問題の焦点は、その当たり前のことが、なぜたやすく能力価値とすり変わってしまうか、である。

(2)リハビリテーション「医療」の範疇化について
 ここでは、リハビリテーション「医療」の範疇化の経緯を踏まえ、それに対する多田富雄、鶴見和子らの論点からそうした経緯を評価し、規範的主張を述べる。
 まず、リハビリテーション「医療」の範疇化については、特に2000年以降、リハビリテーションにおける「医療」の範疇が定まってきており、具体的には、急性期・回復期を「医療」圏内に、維持期・慢性期を「医療」圏外である介護保険サービス下に位置付けたこと、さらにこの区分を具体的にみるなら、1つは、発症からの日数、もう1つは、身体の制御能力あるいは自立能力の回復・改善の可能性であったことを既に確認した。
 また、「医療」の範疇化の背景要因として、介護保険制度が創設された2000年以降、医療費の抑制が大きな課題となっており、大きくは、医療費財政からリハビリテーションにおける「医療」の範疇が定まってきていることも既に確認している。
 さらに、「医療」の範疇は確定的なものでもなく、時代の様々な力学により変動する可能性を内在している。例えば、日本における作業療法の初期の時代を調べた田島[2007]をみると、日本において新たな医療職として誕生した作業療法であったが、当時の医師にとっては、作業療法を「医療」の範疇に位置付けることに相当の違和感があったのだ。今でこそ当然のこととして受け入れられているが、リハビリテーションの職種が誕生する以前には、日常生活動作の自立を目指すアプローチが「医療」の範疇に入るとは考えも及ばなかったことだろう。
 そして、多田富雄、鶴見和子らの主張の主要な論点の1つが、リハビリテーションの「医療」の範疇についてであった。つまり、お2人は、機能を維持するリハビリテーションは生存・生命を維持するためのリハビリテーションであり、それも歴とした「医療」であると主張しているのである。
 この主張の正当性・妥当性を問うなら、それが、当事者の実感から発せられたものであること、また、事実、鶴見和子は、リハビリテーションを打ち切られた後、すぐに、衰弱し、亡くなられたことを見逃すわけにはゆかず、(1)で述べたように、生存・生命に価値を置くリハビリテーションであるならば、発症からの日数や身体の能力あるいは自立能力の回復・改善の可能性の区別なく、「医療」としてのリハビリテーションとして位置付くことに正当性・妥当性を有すると考える。
 このように、「医療」の範疇は確定的なものではなく、そのように過去から成り立ってきていることを考え合わせると、時代の生存・生命を守るあり様に応じて「医療」の内実の方が変容していくべきであると考える。しかし、昨今は、医療費財政からリハビリテーションにおける「医療」の範疇が定まってきており、むしろ、こうした事態は、「医療」の内実を歪めかねないと考える。そして、そのしわ寄せは、取りも直さず、私たちすべての国民にやってくるのである。
 そうは言っても、維持期リハビリテーションが、すぐさま「医療」に範疇化されるとは到底思われない。現実を動かすことは容易ならざるものがあるが、それでも押さえておくべきことは、多田富雄、鶴見和子らのような、ご自身の身体から根ざした、現在の「医療」の範疇に対する批判が呈示されたこと、「医療」の範疇は、自明性を持つものではなく、時代の様々な力学によって変容してきたし、今後もそうであろうということ、そしてそれは、そもそも「医療」の役割である生存・生命を守るという観点からではなく、もっと周辺的な財政的問題やその時代の様々な力学などによって生じている可能性があり、そのことによって、むしろ生存・生命は危ぶまれることがあるかも知れない、ということである。

(3)医療から介護保険サービス・地域生活への「移行」支援について
 最後に、医療から介護保険サービス・地域生活への「移行」支援について、関連団体や最近の動向を紹介し、多田富雄、鶴見和子らの論点から評価を行い、規範的な主張につなげたい。
 関連団体については、紙数の都合もあり、筆者の所属する作業療法士の職能団体である日本作業療法士協会の動向を紹介するに留める。その他に、高齢者リハビリテーションのあり方を構想したものに、日本リハビリテーション病院・施設協会編[2008]などがある。
 日本作業療法士協会は、2008年6月19日付で、「作業療法5ヵ年戦略」を策定した。これは、「昨今のめまぐるしく変化する医療保険制度改革、介護保険制度改革、並びに作業療法の対象となる領域の拡大等に迅速に対応するべく」((社)日本作業療法士協会[2008:440])策定されたとある。
 作業療法士数は、21世紀に入った後に急速に増加しており、2008年現在は4万人強であるが、この戦略期間が終了すると予定される2012年には、6万人となると見込まれている。そうしたなか、「地域生活移行」という国の施策の方向性に対して、日本作業療法士協会として、積極的に取り組む姿勢をアピールするものでもある。日本作業療法士協会が重点的に取り組むべき課題として、「地域生活移行支援の推進〜作業療法5(GO)5(GO)計画〜」というスローガンを掲げている。現在は、入院医療に偏在している作業療法士を、2012年には、医療の領域と保健・福祉・教育等の領域を含めた身近な地域生活の場に同程度の割合で配置することを目標としているのである。((社)日本作業療法士協会[2008:442])
 例えば、「維持期への対応」として、2007年時点で、介護保険3施設(指定介護老人保健施設、指定介護老人福祉施設、指摘介護療養型医療施設)に勤務する作業療法士は、会員の20%強を占めているが、介護老人保健施設においても、訪問リハビリテーションにおいても、その配置基準は維持期リハビリテーションを担うには極めて薄い基準が取られている。そこで、2009年度の改定に向け、人員配置の引き上げ、報酬単価の引き上げ、訪問リハステーション創設の要望を行っている。((社)日本作業療法士協会[2008:444])
 また、「医療から地域生活への移行」についても、「医療から地域生活移行の推進に向け、地域連携クリティカル・パスの導入が進んでいるのに合わせ、地域生活移行に向けたケースマネジメントモデルを提示し、作業療法の役割を明示する必要がある」としている。((社)日本作業療法士協会[2008:443-444])
 クリティカル・パスは、医療の質を標準化する目的で策定されたもので、様々な疾患に対して波及しているが(栗原他[2008:206])、地域連携クリティカル・パスは、急性期、回復期、維持期などの連携を強化し、効率的で質の良いサービスを提供しようという意図がある。各期では、同じ脳卒中の患者を対象とするにしても、介入の目的は異なるため、情報交換のミスマッチが生じることがよくある。地域連携パスでは、情報交換のツールを協議し、全体的な視野でサービスの質を評価できるシステムづくりを行い、サービスの質を安定化することが求められる。(栗原他[2008:208、212])。
 日本作業療法士協会のこの動向は、2008年6月であるから、つい先日のことである。2004年の『高齢者リハビリテーションのあるべき方向』、2006年4月の診療報酬、介護報酬改定による、急性期・回復期、維持期における財源区分の明確化、そして、2008年における地域移行支援・地域療養支援の重点化という流れに対応するものと思われるが、しかし多田富雄の朝日新聞への投書(2006年4月8日付朝刊「私の視点 ウィークエンド」)は、2006年4月の診療報酬改定の直後になされたものであり、一連の動向は、まさに後追い的なものである。
 先に、2006年4月に行われた診療報酬、介護報酬改定に対する、「このことは、小泉政権末期に実施された一連の医療・介護・福祉費抑制政策が、各政度と患者・利用者の実態を無視した、いかに乱暴で残酷なものであったかをも明らかにしている」という二木[2007:150]の発言や、「介護保険がどういう状況なのか事前に分かっていれば、問題はある程度避けられた(『日本医事新法』4325号)」とする土田武史中医協会会長による発言を紹介したが、多田富雄や鶴見和子のような明解な主張が行える高齢障害者がいたから、これまで述べてきたような維持期におけるリハビリテーションの問題が顕在化されたものの、そうでなければ多数の高齢障害者が「リハビリ難民」として放置されていたかも知れない。それを想像すると恐ろしい思いがする。
 こうした動向によって、多田富雄、鶴見和子らの論点は、いくつかは、実現化の方向に向かい、いくつかは実現化の方向には向かっていないと考える。実現化の方向に向かっていると思われるのは、維持期リハビリテーションにおいて人材の増加、サービスの多様化の方へ展開することが期待されていることである。今後、維持期リハビリテーションへ、リハビリテーションに従事する人材は向かい、多くの高齢期にある人たちが、身近にリハビリテーションを受けやすくなる基盤は整備されていくだろう。
 しかし、(1)、(2)で確認してきた多田富雄、鶴見和子らの重要な論点は、この動向のなかには含まれてはいない。多田富雄、鶴見和子らが望むリハビリテーションは、一言で言い表せば、生存・生命を水準とした老い衰えゆくあらゆる身体を包摂するリハビリテーション、ということになろうかと筆者なりに咀嚼をした。そうすると、現在の関連団体などの動向は、維持期リハビリテーションの量的拡充に着目しており、多田富雄、鶴見和子らは、質の問題を指摘しているとも受け取れようが、筆者は、多田富雄、鶴見和子らの論点を、質という一言には納め難い、もう少し深い位相を持ったものであると捉えている。
 生存・生命を水準とした老い衰えゆくあらゆる身体を包摂するリハビリテーションとは、要するに、揺らぐことのない存在の肯定を基盤としたリハビリテーションということになろうか。筆者は、田島[2008:459]において、「(リハビリテーションの理論に:筆者追記)むしろ私が問題だと感じるのは、能力主義的な障害観(感)に対抗し、その人が感受する障害(身体)世界を肯定できる明確な基準線がリハビリテーションの理論にはないことです」と指摘を行ったが、ここでも同様の指摘ができるように思われる。多田富雄、鶴見和子らの指摘は、なにも維持期のリハビリテーションのみに通用するものではない、リハビリテーション全体に求められるものであると考える。つまり、お2人の主張は、存在価値が能力価値に揺らぐことのない基準線を迫っているのではないか。そしてまた、存在の肯定が基盤となるリハビリテーションは、現在とは別様のリハビリテーションの姿を導くはずである。

6.おわりに
 本稿は、高齢期における維持期・慢性期のリハビリテーションは、急性期・回復期におけるリハビリテーションに比べて、何故、質・量ともに十全ではないのか、という問題意識から出発し、1990年以降の高齢期における制度・政策、リハビリテーションの医療経済、リハビリテーションの言説の変容を追い、高齢期リハビリテーションの現状について、当事者の視点から規範的な主張を行ったものである。
 問題意識に対する答えとしては、1つには、1990年以降のリハビリテーションの医療経済を見ても、質の良い回復期リハビリテーション(早期リハビリテーション)に対して、日数、疾患(このなかに脳血管障害は含まれる)を限定して高い診療報酬点数が付与されてきた経緯がリハビリテーションの大きな潮流としてあり、多くのリハビリテーション従事者が早期リハビリテーションに向ったこと、もう1つは、高齢期において、急性期・回復期リハビリテーションに劣ることのない維持期・慢性期リハビリテーションの重要性が認識されたのは、2004年に示された『高齢者のリハビリテーションのあるべき方向』であり、つい最近のことであったことが指摘できるだろう。つまり、高齢期における維持期・慢性期のリハビリテーションは、(1965年に理学療法士法及び作業療法士法が成立して以来、40年以上経過しているにも関わらず、だが)まさにこれからの領域なのである。
 そして、筆者は、「寝たきり老人」の存在・生存が肯定的にみなされてはこなかったことと維持期・慢性期におけるリハビリテーションが質・量ともに十分な進展がなされてこなかったことが関係しているのではないかと仮説を立てたが、維持期・慢性期のリハビリテーションは、「寝たきり」予防という政策的・(リハ)医学的・経済学的な諸言説とその有用性が結びついたからこそ進展を始めたとも言える。言うなれば、医療費や人手のかからない安上がりな身体でいるためのリハビリテーションの拡張である。ということは、仮説ははずれていたと言わざるを得ない。維持期・慢性期のリハビリテーションが質・量ともに進展してこなかったのは、維持期・慢性期において、「寝たきり老人」の存在・生存の否定を肯定できる有用な諸言説が育っていなかったから、ということになる。

<註>
1 <http://www.gioss.or.jp/clip/hakusyo4.htm>によると、白書とは、一般に、府省庁が、その所管する行政分野の現状と施策の推進状況を、厖大な量の統計分析と調査研究等をもとに報告するとともに、今後の課題等をまとめたものである。白書をまとめあげていくにあたって必要となる府省庁間の調整による記述内容の抽象化・平板化、あるいは、政治経済社会の実態を国民に周知させることを主眼とするものである。
2 <http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wpdocs/hpaz198701/b0058.html>にて、「国民医療総合対策本部の中間報告」を閲覧できる。
3 リハビリテーション業界内からも、こうした医療費抑制政策に対する批判の声はあがっている。例えば近藤[2001:1158-1159]は、「日本は、イギリスと並んで先進諸国の中ではGDPに占める医療費割合が低い国である。それにもかかわらず、さらに医療費の(特にリハビリテーション対象患者の多い高齢者医療費の)抑制を図ることが「構造改革」と称して検討されている。現状でも、地域の要介護高齢者の半数しかリハビリテーションを受けた経験がないことに象徴される質の低さがあるにもかかわらずに、である。イギリスの長期にわたる低医療費政策が「医療の貧困」を招いたこと、その対策として医療費総枠拡大という(日本と正反対の)「構造改革」路線が選択されたことも、今後の日本の医療政策で、大いに参考にすべきであると強調したい」とし、日本の医療費抑制政策に警鐘をならしている。
4 <http://www.arsvi.com/2000/0709ta2.htm>にて、田島他[2007]の詳細を閲覧できる。
5 <http://www.arsvi.com/2000/0806ta.htm>にて、田島他[2008]の詳細を閲覧できる。
6 電気信号を光に変換し、人間の目に見える像を発生させる装置。「ブラウン管」とも呼ばれる。
7 <http://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/03/s0331-3.html#mokuji>にて、『高齢者リハビリテーションのあるべき方向』の全文を閲覧できる。
8 当該組織のホームページ<http://www.craseed.net/>にて上記の一連の経緯が確認できる。また、多田富雄らの主張についての論考に天田[2008b]がある。

<文献>
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*作成:石田 智恵
UP: 20090212 REV:
◇井口高志 田島明子「「寝たきり老人」と/のリハビリテーション――特に1990年以降について」へのコメント  ◇老い  ◇「寝たきり老人」
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