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「トランスジェンダー及び性同一性障害医療の現状」

田中 玲 2008/10/10
山本 崇記・北村 健太郎 編 20081010 『不和に就て――医療裁判×性同一性障害/身体×社会』
生存学研究センター報告3,199p. pp.24-32

last update:20111001
報告2 田中玲(フリーランスライター)

トランスジェンダーとの出会い
 まず、自己紹介も兼ねて、私がどのような経緯で、トランスジェンダーとしての活動を始めたか、トランスジェンダーとしてどのような問題に出会ってきたかをお話しします。
 先ほどポリガミーでパンセクシャルのFTM(Female to Male)TXジェンダークイアと紹介されましたけど、それだけ言われても、全然わかんない人が多いんじゃないかと思います(*9)。私は幼稚園に上がる前から、女じゃないという意識があって、でも自分が男だという確信はなかったんですね。幼稚園がカトリック系で、紺色のスカートに白いタイツ、ピンクのスモックという制服でした。それで自分が女と決定付けられるんだと思って、「僕」という一人称をそれまで使っていたんですけど、使えなくなりました。小学生のときに、たまたまインターセックスのマンガを読んで、インターセックスは半陰陽、身体的に男と女の中間にいる人のことですが、直感的に自分はインターセックスなんだと思いました。それで、インターセックスと思っていたんですけど、初潮が高校一年生の時に来て、本当に女ということが決定付けられて、ショックでした。
 それで、25歳のときに、MTF(Male to Female)TS(男から女に性転換する人)レズビアンの麻姑仙女さんという人と、たまたま会いました。その時、私はバイセクシャルの彼女と一緒にいたんですが、麻姑仙女さんは襟にレズビアンマークのバッチをつけていて、私に「あなたこちらの人ですか」と聞いてこられたので、「いちおうそうです」と答えたんです。女の子も好きだったんで、レズビアングループに参加するようになって、でも自分がレズビアンとは思えなかったんですね。
 20代後半のとき、KENNさんという、MTFになりたいけど、でもゲイとして24時間男装をして生活しているという人がいて、その人の影響もすごく受けました。それでこういう人たちがいるなら、とトランスを始めました。

ドメスティック・バイオレンス
 ちょうどその時に、同居していた元恋人から酷いドメスティック・バイオレンスを受けたんですね。殴ったり蹴ったり足を引きずりまわしたりとか。その上、バイセクシャル女性の彼女は、私にクリニックとトランスジェンダーの自助グループを紹介しろと脅してきました。そして男性ホルモンを打ち始めたんです。男性ホルモンを打ったら、筋肉がつくに決まっているじゃないですか。自助グループも行き始めたんですけど、2、3回で飽きてやめてしまって、どうするのかなと思っていました。その時ちょうど大家さんから建替えるから引っ越してって言われたんですね。引っ越すのがちょうどいいチャンスやと思って、別れたいと思ったんです。
 そしたら、「もう絶対殴らんへんから許して」と言って、「ほんまか、絶対嘘やろ」と言ったんですけど、「ほんまに殴らへんから」と言うから、一緒に部屋を探したんです。それで今の家に移るんですけど、落ち着いたらまた暴力。冬に裸足で逃げるほどひどい暴力を振るわれて、近所の新しい恋人の家をシェルター代わりにして2、3ヶ月逃げました。そしたらお昼でも晩でも何十回も携帯に電話が入って、飼い犬を殺すとか、家に火をつけるとか、ずっと留守番電話に入っていて、でも気が済んだのか、家から出てくれました。私の家が大阪の中ア町で、その人の会社と自宅の通過点なんですよ。ストーカーみたいにごく最近までうろうろされていました。
 例えばカフェに入っていたら、自転車で通りかかってぱっと入ってきたんです。私は友だちといたんで、お茶を飲み終わっていたからすぐに出たんですけど、その友だちがあの子おかしかったねと言っていました。私が運営しているFTMとFTX自助グループにも、厚顔無恥にもずっと来ていました。私がやっとの思いでドメスティック・バイオレンスのことをメールで指摘すると、謝りのメールが来たんですけど、信用できないからもうネットに会議の日時を表示しないようにして、メールでみんなにお知らせするようにし、やっと完全に排除しました。
 
病院体験
 このような度重なる頭部への暴力が原因になって、4年前に私はクモ膜下出血と脳梗塞と水頭症で倒れました。天の橋立の方に今のパートナーと友だちと3人で旅行に行っていて、パートナーが、いびきがおかしいって言ってすぐに救急車で運んでくれたんですけど、救急車で運ばれた先でもう意識がないんですね。それで、パートナーが私の好きな音楽を耳元でずっとかけてくれていたんです。他にも体操やマッサージをしてくれたり。1ヶ月半経った時にちょっと動いたんです。救急で入った病院は、リハビリの機能がちゃんとしていなかったので、大阪市内に転院したいと言って、友だちが代わりに電話をかけてくれました。そしたら何十件も断られて、なぜかというと、トランスジェンダーの入院というのは、「前例がないから受けられません」「会議にかけないと」「院長に聞かないと」と言われ断られました。電話をかけてくれた友だちはあまりのことに泣いたと言っていました。
 それでも、一つだけ受け入れてくれた病院があって、「ボバース記念病院」といって、京橋の近くにある病院なんですが、リハビリ施設がすごくちゃんとしていて、3人の療法士がついてくれた。それでここまで回復することができて、医療側から排除されたことを中心に『トランスジェンダー・フェミニズム』(インパクト出版会、2006年)を書きました。

QWRC(クィア・アンド・ウィメンズ・リソース・センター)
 また、私は、「QWRC」という大阪市北区中ア町にある団体に設立から関わることになりました(*10)。QWRCというのはクィア・ウィメンズ・リソース・センターといって、クイアと女性のためのセンターです。クィアというのは直訳すると「変態」ですが、LGBTI(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー・インターセックス)をすべて括る意味で使っています。最初の立ち上げに関わったのがレズビアンとかゲイとかトランスジェンダーで、他のグループで活発に活動していたんですけど、場所がない。だから、立ち上げようという話になって、立ち上げました。なぜ、ウーマンをつけたかというと、ウーマンリブの影響を受けたくて、クィアとフェミニスト女性でお互いに影響を与えたかったんでそういうふうにつけました。でもなかなか資金がうまく行かなくて。だから今会費を3万円にしているんですね、高いですけど。それで年間予算120万円をなんとかしています。

GID医療の現状
 今日のテーマに入っていきたいと思いますが、日本のGID医療、ジェンダークリニックっていうのは技術的にまだまだ遅れているという印象をもちます。私は倒れるまでの3年間の記憶が真っ白になったんですけど、でも一つだけはっきり覚えていることがあって、五年前に岡山であった「GID研究会」、性同一性障害研究会(*11)です。そのときにジェンダークリニックを日本で最初に始めた埼玉医科大のリーダーの原科さんという人が壇上に立っていて、会場の産婦人科医から質問があったんです。どんな質問かというと、「FTMが手術をした場合、液がでて危ないからすぐに膣を閉鎖したらいけないのではないでしょうか」と。そしたら「そんなこと考えていませんでした」と言うんですよ。そのときは、すごい衝撃でした。その記憶だけ残っているくらいの衝撃で、日本の医療水準に驚いてしまったのです。
 実際に、私は埼玉医科大で失敗したという当事者の話をいっぱい聞いています。死にかけた当事者ももちろんいます。でもなぜ訴えないかというと、訴えたらその病院で診てもらえないし、通院が不可能になるからです。「お医者様」扱いなんです。性同一性障害が強い基盤になって運動が動いているのは日本の特殊性で、諸外国はトランスジェンダーが強い力をもっています。だからそれだけ日本は医療にべったりってことなんです。たとえば、1年前に子宮を取るために岡山大学に予約していたFTM当事者の人がいて、子宮筋腫ができていて、救急車で運ばれたんです。そしたら400グラムの筋腫が発見されて、多発性卵巣脳腫と診断されました。そこでジェンダークリニック、倫理委員会を通してサポートできるかと聞いたんですけど、性同一性障害治療では保険が効きませんので、「無理」と回答されました。だけど泌尿器科では保険で160万円返って来たそうです。つまり性同一性障害治療は全額自己負担しなければならないのです。
 あるFTMの人が胸と下半身の手術を岡山大でして、戸籍変更のために病院で診断書を発行してもらおうとしたら、どの人が担当か分らなかったので、ある医者が担当して今申請中ということなんです。いいかげんですよね。けっこう怖い話がいっぱいあって、岡山大の胸の手術は60万円らしいですけど、右胸と左胸を違う医者が担当して、片方は乳腺を取っているけど、片方は取っていないという人が、個人的に聞いただけでも3人はいます。さらに4人は血栓ができ、壊死して乳首が落ちた人もいます。その場合もう一回自己負担で手術です。医者の責任は追及されずに、再度60万いるんです。
 では、海外だったらいいかというと、タイの病院を紹介してくれる斡旋会社があるんです。そこは美容整形とか性転換手術が売りなんですね。ネットで検索したらすぐヒットします。なんでも簡単に請け負うんですけど、病院の滞在費を倍近く取り、入院前に危険だからといって現金とパスポートを渡すように言ってくるんです。でも病院に入ったら金庫があり、すごく安全なんです。通訳を付けるといって付けないことも多くて、手術できずに帰る当事者もたくさんいるんです。私のパートナーもFTMで、アメリカ人なんですが、現地で英語でサポートしたときの話を聞かせてくれました。自分もしんどいのに朝から晩まで通訳しつづけたそうです。3年前に私のパートナーが現状を病院に伝えたんですね。すると病院の人は何も知らなくて、なぜか、いい業者やと思われていたんです。

「性同一障害者の性別の取扱いの特例に関する法律(特例法)」について
 先ほども触れましたが、性同一性障害が基盤になって運動しているのは日本に特殊な状況です。性同一性障害者の特例法というのができましたけど、20歳以上であること、子どもがいないこと、結婚していないこと、生殖機能がないこと、外性器が異性のものに似ていること、とひどい要件なんです。イギリスはホルモンを打っているだけでパスポートの性別変更ができます。なんでそんなひどいのをつくったのかなと思ったら、東京の方でいわゆる「中核群」と呼ばれる人たちがいて、中核群とはどういう人たちかというと、男は「自分は生まれたときから女やと思っていた」、女は「自分は生まれたときから男やと思っていた」と主張する人たちで、結婚するとか子どもを産むとか、そんなん考えられない。生殖機能もなくすのは当たり前、性器も変えるのが当たり前と言っている人たちです。私は、そういうものは優生思想に繋がる部分があると強く思っています。
 かつて、障害者は介護のために不妊手術を受けさせられた、ハンセン氏病の人は、生殖機能を無くさなければ結婚できなかったと当事者から直接聞いています。性同一性障害特例法は、こういった優生の感覚と通底していると思うんです。現に、性同一性障害の人の中にも結婚したり、子どもを産んだりしている人たちがいて、その人たちは制度的には排除されることになるんです。
 私の友だちにも子宮と卵巣はとったけれど性別変更できないFTMの人がいて、パートナーとお互いそれぞれ3人の子どもを産んでいます。その人は、パートナーが子どもを産んだ病院の産婦人科に紹介してもらって、保険を使って子宮と卵巣を取りました。それでも性別変更ができない。別のFTMの友だちを紹介したんですが、そのFTMの子は、子宮と卵巣をとってスムーズに性別変更できたんですね。そしたらその人が恨んでね、俺ができないのになんでだと。毎日酔っ払って飲んだくれて、電話とかメールとかいっぱい来るんです。私が引き合わせたFTMの子はすごく悩んでいました。
 中核群と周辺群という区別はおかしいと思います。当事者の間で分け隔てられてとても厳しい状態になる。そんなのはなくして欲しいと思います。だいたい戸籍制度とかおかしいと思いませんか。住民票があったら行政のサービスは充分でしょう。戸籍が日本にはある。戦争に勝って押し付けたから、韓国と台湾にもあるんですけど、2008年に韓国は廃止するらしいです。戸籍制度は天皇制とも連動していますし、根が深い話です。大変ですね、ほんとに(笑)。


山本
 ガイドラインに基づく正規医療とそうではない非正規医療がありますが、後者の現状はどのようなものでしょうか。

田中
 闇の医療の方がこなしている件数は多いですね。私も闇の医者でホルモン治療したんです。8年前かな。すごく簡単なんです。1回診察を受けて受付にいったら何本ですかと聞かれて、男性ホルモン1本ですと言うと、そのまま奥で打たれるから5分で済む。
 手術の件数が違うというのはありますね、圧倒的に。普通のジェンダークリニックが一桁のところを、二桁三桁。日本や諸外国からいっぱい行っているので、タイとかならたぶん三桁くらいある。性同一性障害という診断がいらなかったら別にジェンダークリニックに通わなくてもいいんですけどという感じです。

高橋慎一
 性同一性障害、トランスジェンダーの特殊性に関して、たとえば就労問題などに顕著にあらわれますが、性に関連した外見の特徴が変化していき、それが社会的に受容され難いということがあるように思います。被差別部落で生まれ育ったという人、同性愛者である人などは、ぱっと見て識別されることがありません。しかし、パス(望む性別の外見で周囲に受容されること)、リード(望む性別の外見で周囲に受容されないこと)という語が規範的意味合いをもって語られているように、トランスの場合は、ぱっと見られて違和感をもたれるところからスタートし、美容外科や、女性らしい身体所作の講座などを利用して、違和感に満ちた視線を回避することに力が注がれています。この性別移行に関連して、カミングアウトが必要になったり、医療との接点で色々と不具合、不利益、不満が出てくるようにも思うのですが、いかがでしょうか。

田中
 カミングアウトについて言えば、戸籍上の性別変更してしまったらカミングアウトしないのが普通になります。そうでなくても、日常で、カミングアウトが必要にならない場合ももちろん多くあります。たとえば、パスポートセンターに行ったとき、私は髭が生えているのですが、すごく丁寧でした。戸籍の上では女なので、「女」と書いた大きな紙を見せられて「あなたこっちですか」って言われて、「はいそうです」って言ったらそのまま通ったしね。ところが、私の入院のときには事情が複雑になって、両親がお見舞いに来てくれたとき、病院に事情を話して男性部屋に入れてもらっていたんです。ホルモンとか打って外見がこんなんで、女性部屋にいるわけにもいかないじゃないですか。いちおう髭は剃ってはいたんですけど、周りが気にするかなと思って、あえて男性部屋に入っていたら、父親は何も気がつかなかったんですけど、母親だけがそれに気づいて、実は男性ホルモンを打ってると言ったら、うわーっと泣かれて、「打たんといて」と言われて、カミングアウトすることになってしまいました。

上瀧浩子
 トランスだから入院できないとか、うちでは経験がないとか、トランスだから拒否されるということはそのとき予測されておられたんですか?

田中
 全然していませんでした。そういった条件が当事者への圧力になって、自分から医者にかからず癌になって死んだ人も知っています。

上瀧
 医療関係者にトランスだと言いにくいというのが加わって、医療関係者の間でどう扱ったらいいのか分らないということでしょうか?

田中
 そうですね。たぶん不勉強なんです。私が窓口で保険証を出したら女性と書いているじゃないですか。元の性別が戸籍票に書いてあるんで、避けることができません。病院側は、どういうふうに対応したらいいか分からないということが問題でしょう。病院の設備としては、障害者用トイレはあるし、介護の人と二人が入れる風呂とかはあるんです。ただ単に分からないもの、ややこしいのは嫌ということだと思います。


■註
*9 セクシャル・アイデンティティ、あるいは性に関する類型には、大別すると、性自認と性指向によるものとがある。性自認は、自分の認識する性別にかかわる類型であり、性指向は、自分の性対象の性別にかかわる類型である。性指向による分類としては、同性愛、異性愛、両性愛などがある。性自認による分類としては、男性、女性、トランスジェンダー、トランスセクシャルなどがある。トランスジェンダーとは、生まれながらの性の身体と性自認とに齟齬がある人を広くさし、トランスセクシャルは、その中でも医療行為のニーズをもつ人である、という定義が一般的である。また、インターセックスは、男女両方の身体的特徴を備えている人である。
*10 「QWRC」のHPは、http://www.qwrc.org/(2008年5月3日アクセス)。「QWRC(くぉーく)は、2003年4月、大阪市北区にオープンした、LGBTI(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、インターセックス)等、多様な性を生きる人々のためのリソースセンターです。フェミニズムの視点を重視しながら、セクシュアリティを自由に表現できる社会の実現をめざし、講座の開催や電話相談などを実施しています。同時に、セクシュアリティやジェンダーをテーマとして活動する個人や団体の活動をサポートするよう、事務所やミーティングのスペースを提供しています。」
*11 1998年に第一回「GID研究会」が開催され、後に2007年「GID学会」と名称を変更し、回を重ねている。このほかにも運動を推進する領域横断的な学術と当事者の交流の場としては、「性同一性障害と法研究会」(石原明、大島俊之、森野ほのほ、針間克己ほか参加)、「第六回アジア性科学会議」(山内俊雄、東優子、針間克己ほか参加)などがある。

■注釈
 このページは2007年12月8日に行われた研究シンポジウム「性同一性障害×患者の権利──現代医療の責任の範域」の記録をもとに編集しました。(http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/2007/1208.htm


*作成:山本 崇記
UP: 20100607 REV: 20111001
全文掲載 ◇トランスジェンダー/トランスセクシャル/性同一性障害/インターセックス  
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