「公共と「私」の倫理学――私企業が担う公共性についての試論」

髙田一樹　20081003-05　日本倫理学会　於：筑波大学

要旨

本報告のねらいは、企業倫理学の一研究として、私企業が担う公共性の概念を新たに構想することにある。
　従来、公共性は私的な主体が担いえず、また私的な領域に対比される概念として構想されてきた。たとえばＨ・アレントは、公共性を私的(private)なものとの対比で語る。彼女が歴史的な叙述にもとづき紡ぎだしたのは、私有化によって衰え、失われ、奪われる(de-prived) 概念としての公共性であった。公共性は、家族(oikos)的な紐帯、あるいは非・家族的な親密さ(intimacy)によって支えられ、仕事(work)や活動(action)から労働 (labor)が明瞭に区別される。なぜ労働が仕事や活動から切り離されるのか。それは労働が個の生存のため私有、つまり賃金の所有を究極の目的とするのに対し、仕事や活動は必ずしもそうではなく、公共性を伴う人間の営みだからである。
　またＪ・ハバーマスは、相互に交流する市民間のダイアローグ（討議）として公共性の概念を構想する。市民を公共の担い手とする彼の着想は、抑圧や統制を含意する国家のモノローグとしてではなく、公共性が私的な主体によって担われることを認めるかのように読み取ることもできる。だが、彼が大衆の消費的な言動に市民的公共性の「転換」を見出すとき、その論調はむしろアレントの議論に共鳴する。なぜなら彼が語る市民的公共性もまた、個人化と私有化によって脅かされる概念として構想されるからである。
　だが私はそうした語り方とは一線を画して、公共性の概念を構想したい。なぜなら公共が「私」と並存しえないとすれば、公共性は滅私の主体に支えられ、無私の領野でしか成り立ちえなくなるからである。近代以降の社会において、公私の関係はそのように布置され、また規範として布置されるべきなのだろうか。
　たとえば公人と私人とのあいだに区別を見出す議論がある。主体として同一人物であっても、文脈に照らして主体に帰属する性質に異なりが見出される。人はある文脈で公共性を帯び、別の文脈では私的な主体に転化する。また公企業と私企業という区別もある。一般に公企業は政府の政策に従い、国税が投じられる企業形態であるのに対し、私企業は私有財産を元手に、自由な経済活動を営む存在として描かれてきた。
　公私の区別は、その必要性が指摘されながらも、それほど簡明に線引きできない。それは公私の区別が「私的」な性質を差し引くと、公共性が現われる図式では説明できないからではなかろうか。むしろ公共と「私」の関係は、対比的にではなく、私的な主体に支えられる公共性として布置しなおすことができると私は考える。私的な領域が有り、私的な主体が在ることを所与として、公共性の概念を描きなおしてみたい。本報告では、私的な主体が公共を担い、支え、しかし脅かすおそれも見据えながら、企業倫理学の研究として、十九世紀に成立した近代会社制度のもとでの私企業の意味について再考する。
　公共と「私」の概念をどのように論じ分け、私企業の社会的責任論において公共性をどのように布置すべきか。齋藤純一の議論を手がかりにすると、公共性に内在する概念を三つの特徴に整理することができる。その特徴とは、国家に関する公的な (official)こと、すべての人に共通する(common)こと、誰にでも公開される (open)ことである。
　本報告のねらいは、公共性のすべてを論じるのではない。齋藤のこの整理を手がかりとして、私的な主体が担い、支え、あるいは脅かす公共性について規範的に検討する。とりわけ市場と政府からなる混合経済体制のもとで、私企業は能力として公共を担いえず、また規範として支えるべきではなく、ただ公共性を脅かすだけの存在であるのか。企業倫理学のこれからを見据えた一試論として、私の研究の着想を報告する。

Ｈ・アレント、志水速雄訳 (一九五八) 『人間の条件』、　中央公論社、一九七三年
Ｊ・ハバーマス、細谷貞雄　訳　(一九六二) 『公共性の構造転換』、未来社、一九七三年
齋藤純一 (二〇〇〇) 『公共性』、岩波書店

本報告は、科学研究補助費（特別研究員奨励費19．4630）による成果の一部です。研究への助成に、お礼を申し上げます。

＊作成：石田智恵

UP：20080925　REV:

◇全文掲載

TOP　HOME (http://www.arsvi.com)◇