HOME >

「タルドとデュルケムにおける分業と協同――集合性をめぐって」

中倉 智徳 20081018 日仏社会学会大会 シンポジウム「タルド/デュルケムの現在」 報告

日仏社会学会大会 2008年10月18日(土) 13:00〜16:00  於:専修大学生田キャンパス9階 92b号教室

「タルドとデュルケムにおける分業と協同――集合性をめぐって」配布レジュメ

0. はじめに 
 ・タルドとデュルケムとの論争の端緒としての1893年『社会分業論』の発表とそのタルドによる書評「社会問題論」を中心に、分業をめぐっての両者の議論を比較する。
 ・1902年に刊行された、デュルケム『社会分業論』第二版序文におけるコルポラシオン論と、同年に刊行されたタルド『経済心理学』におけるアソシアシオン論とを比較する。


1. 『社会分業論』と「社会問題論」における分業をめぐる議論
(1)デュルケム『社会分業論』におけるタルド模倣説批判
・デュルケム『社会分業論』におけるタルドへの言及と批判
 ・少なくとも11点以上ある。だが、『比較犯罪学』と『模倣の法則』がその中心であり、タルドがそれ以前に書いた、古典派経済学批判、社会主義批判の論文への言及はまったくない。
なかでも、「拘束的分業」におけるタルドに対する模倣批判が最も激しい批判として読まれてきた。
 
   「実をいえば、模倣でさえも、それだけでは何ものをも説明することはできないのである。なぜなら、模倣はそれ自体以外のものを前提としているからである。模倣は、ただ既に互に類似している諸存在間においてのみ、そして彼らが互に類似している程度においてのみ、可能である。相異なる諸種族または諸変種の間では、模倣は起らない。物理的伝播と同様に道徳的伝播でもそうである。模倣は、あらかじめ準備された地盤の上にのみ現われるにすぎない。欲望が一階級から他階級へとひろまるためには、最初これらの諸階級を互に引離していた諸差異が消滅しているか或は減少しているか、いずれかが起こっていることが必要である。」(Durkheim [1893] 1960: 368=1989: 228)

・模倣説批判は、この「拘束的分業」つまり「労働の配分様式」という、「完全な経済的平等」を実現しても残るような社会学的な問題を論じる箇所でなされていた。
 
(2) タルド「社会問題論」におけるデュルケム『分業論』批判 
・デュルケムからの模倣説批判に対する応答
  「デュルケム氏は偶然的なもの、非合理的なもの……天才の偶然すらもまったく重視しなかった。……発明から模倣が流れ出てくるというにも関わらず、彼は、発明はまったく論じず、模倣ばかりを論じている」(Tarde 1893: 625) 

・Miletによる紹介の偏り
 タルドからのデュルケム批判の重要な論点を挙げている。
ただ、タルドとデュルケムを、「気質、形而上学、方法、些細な観察、すべての水準において明らか」 (Milet 1970: 255) に対立すると評価していた。タルドを「観念論」とし、またデュルケムを「唯物論的功利主義」(Milet 1970: 254) と極端な仕方で対比させたことには、若干偏りがある。



・タルド「社会問題論」におけるデュルケム『分業論』への批判
少なくとも、以下の四点を挙げることができる。a. 環節社会から分業に基づく組織的社会への移行の否定、b. 機械的連帯から有機的連帯への移行という主張の否定、c. 分業が道徳化するものであるという主張の否定、d. 分業の原因としての人口の増加と人口密度の増大という主張の否定。

a. 環節社会から分業に基づく組織的社会への移行の否定
  「先ず、環節型が、生まれたばかりの社会にだけふさわしいということは不正確である。あらゆる社会がこの環節型の上に築かれている。相似的な環節だけが、増大し続けるのである。はじめは氏族や部族、我々の時代には、国民である。」(Tarde 1893: 626)

b. 機械的連帯から有機的連帯への移行という主張の否定
  「二種の社会的連帯のあいだの対立や、その一方が他方に必然的に置き換えられるだろうといったことは、私には幻想であるように思われる」(Tarde 1893: 628)

  「模倣的な感染による個人の同化と、労働の協働 coopérationによる個人の差異化――本・新聞・衣類・食物・同じ快・何かの満足の消費者としての同化と、生産者としての差異化――は、平行して進展していくのであって、一方が他方を犠牲にするのではない」(Tarde 1893: 629)

  「もっとも萌芽的な社会においても、ある種の一方的な分業が存在している……。それは、主人と奴隷といった……経済的な形態だけではなく、宗教的には、司祭と信者の分業が、政治的には、統治する者と統治される者の分業がある」(Tarde 1893: 629)

c. 分業が道徳化するものであるという主張の否定 
「実際、分業は、高度の道徳化、強度の社会化を幾つかの社会では達成する、あるいは達成しうると思われるが、けっしてすべての場合においてではない。この違いの理由を探してみよう。明らかに、分業は、それが極端に推し進められたときには、社会化 socialisanteするものでも、道徳化するものでもない。極端に推し進められた分業は、職業的階級の間で、観念や風習、言葉においてさえも共通性 communion をすべて消失させ、職業的階級を、深く分断されたカースト制へと強化するのである。この純粋な状態、まったく同化 assimilationの混ざっていない完全な分化の状態において、分業と比較可能なのは、蝶と花、動物と別の動物といった二つの生物種が、お互いにめざましいサーヴィスを与え合うような、相互寄生 mutuel parasitisme の事例である。相互寄生が生物種のあいだに、有機的な連帯 solidarité organique を創りだすものであることを私は喜んで認めよう、だが、その連帯は社会的な連帯や道徳的な連帯ではまったくないのである。」(Tarde 1893: 628-629)

d. 分業の原因としての人口の増加と人口密度の増大という主張の否定
「常に、新たな活動の分枝を生じさせる発明が、分業に新たな前進の一歩を踏み出させる。経済的な意味だけではなく、芸術的、司法的、科学的な意味においても、同様である。人口増大は、……それが発明性に由来する場合にのみ、分業の進歩を伴って前進していく」(Tarde 1893: 628)


2. コルポラシオンとアソシアシオン

(1) デュルケムにおけるコルポラシオン (同業組合)
・デュルケム『分業論』第二版序文の同業組合 (corporation) 論。中間集団としてのコルポラシオン
・ここでコルポラシオンが担っているのは、個人を社会に組織すること。
「各職業において、労働量、種々の職能者の公正な報酬、彼ら相互に対する義務と彼らの共同体に対する義務等々を規定する諸規則の体系が構成されることが必要である」(Durkheim [1893] 1960: xxxiv =1989: 66)

「人びとが共同生活を実践するに際して自ら形勢しうる唯一の環境が国家である場合には、人びとは国家から離れ、人びとは互いにばらばらとなり、そしてそれと同じ程度に社会も解体することはさけられないのである。
一つの国民は、国家と諸個人との間に、一連の第二次的集団の全体が挿入されて始めて、維持されうるのである。そしてこれらの第二次的集団……職業的集団がこの役割を果すのに……あらゆる点において運命付けられているということは、すでに説明したとおりである」(Durkheim [1893] 1960: xxxiii =1989: 63) 
    
(2) タルドにおけるアソシアシオン
・1902年時点でのタルドにおける分業論について論じていく。
・タルドが分業についてもっとも集中的に論じているのは、『経済心理学』第三部「経済的適合」第六章「アソシアシオン」においてである。

・分業の三つの段階
「分業には三つの段階がある。1.一人の労働者が作り上げていたものを、同じ工場内の多数の労働者の間で分割して行うこと。それぞれの労働者は、同じ労働のさまざまな断片を行う。2.一つの工場あるいは家庭その他で行っていたことを、多数の工場の間で行うようになること。例えば、ある工場で製糸に関するあらゆる労働がなされ、別の工場で織物に関するあらゆる労働がなされているといったように。だが、このときはどちらも同じ国家(部族、都市、国民)の一部である。3.同一の国民において作り上げていたものを、多数の国民の間で分割して行うこと。例えば、一方が鉄や石炭の採掘、綿花の栽培などを独占化し、他方がそれらを原材料として用いるといったように。――このように、分業の領域は拡大していく。そして平行して交換の領域も拡大している。無限に遠い未来のなかで、一方で分業はアソシアシオンの進歩へ、そして他方で交換はその無償性の進歩へとそれらが吸収されていくのを待っている。」(PE. III-6-I)

「いまでは、工場において集められた非常に多数の人びとでさえも、遠く離れたアソシアシオンの不可視の絆のなかに緊密に結び付けられた人口の、極めてわずかな一部分でしかありえない」(PE. III-6-I)

・市場の三つの段階
「経済的な観点においては、とくに、この歴史は以下のように三つに分解される。すなわち、無数の小さな閉じた市場の現在の時代、――より少なくなり、一つ一つがより広大になっていく開かれた市場の時代、――そして世界的 mondial と表現される唯一で全体的な市場の時代である。」(PE. III-6-I:)

・発明とアソシアシオンの関係性
「創造されるべき新たなアソシアシオンの観念、あるいは新たな環境において打ち立てられる既知のアソシアシオンは、すべて発明としての特徴を有している」(PE. III-6-I)
「すべてのアソシアシオンは、一人の脳から飛び出てくる」(PE. III-6-V)

*経済心理学における社会の定義
「社会はひとつの体系であるのだが、それを構成する心的諸状態がひとつの同じ脳の中に集まっておらず、個別の多数の脳の間に分散されているという意味で、哲学的体系とは異なる体系である」(PE. 0-1-I)

・国家によって強制され行政的加入させる場合
「義務的な形態の性向が、自由なアソシアシオンの萌芽、つまりあらゆる進歩の源泉である個人の創意を踏み潰してしまうまでに至るなら、それは人類の死である」(PE. III-6-VI)

・結合したアソシアシオン:アソシアシオンの体制
「将来は、調和的な多様性に、アソシアシオン同士がいわば結合 associéされたような、アソシアシオンの連帯的な多数多様性にある。……多数で多様なアソシアシオンの組織と交錯とが成し遂げられたとき、個人による連合の国民的な束が、封建体制が崩壊して以降に現われたなかでも、もっとも平等化され、もっとも天才的で、同時に、その複雑性においてもっとも単純な社会システムを構成するだろう。」(PE. III-6-VI)

3. おわりに

分業をめぐるタルド=デュルケム論争においては、単純にすべての点において対立的というだけではなく、極端な専門化に関する議論など、共通する部分もあった。ただし、分業の原因をめぐる議論では、発明と人口増大・密度の増加にみられる社会関係の増大という議論においては対立的であった。
またこの対立は、両者の集合性理解の相違、すなわち、デュルケムのコルポラシオン論における組織化としての集合性と、タルドのアソシアシオン論における発明としての集合性理解のうちに、ふたたびみられるのではないか。


<参考文献>

Barry, Andrew & Thrift, Nigel 2007 "Gabriel Tarde: imitation, invention and economy," Economy and Society 36(4): 509-525.
Besnard, Philippe [1995] 2003 "Durkheim critique de Tarde, " Études durkheimiennes, Geneve: DROZ: 65-86.
Durkheim, Émile [1893] 1960 De la division du travail social, Paris: P.U.F. (=1989 井伊玄太郎訳 『社会分業論』,講談社) .
―――― [Mauss, Marcel éd.] 1928 Le Socialisme: sa définition, ses débuts, la doctrine saint-simonienne, Paris: Alcan (=19770625 森博訳 『社会主義およびサン=シモン』,恒星社厚生閣) .
―――― 1950 Leçons de sociologie: Physique des moeurs et du droit, Paris: P.U.F. (=1974 宮島喬・川喜多喬訳 『社会学講義――習俗と法の物理学』,みすず書房) .
小泉義之 2006 「脳の協同――ガブリエル・タルド『経済心理学』を導入する」『Mobile Society Review 未来心理』 8: 40-49.
Latour, Bruno & Lépinay, Vincent Antonin 2008 “L’économie, science des intérêts passionnés: Introduction de l’anthropologie économique de Gabriel Tarde,”
Lazzarato, Maurizio 2001 "La psychologie économique contre l'économique politique," Multitudes 7: 193-202.
―――― 2002 Puissance de l'invention: La psychologie économique de Gabriel Tarde contre l'économie politique, Paris: Les empêcheurs de penser en rond.
Milet, Jean 1970 Gabriel Tarde et la philosophie de l’histoire, Paris: Vrin.
中倉智徳 2008 「ガブリエル・タルド『経済心理学』における労働概念について」『コア・エシックス』 4: 227-235.
Schérer, René 1999 "Homo ludens: des stratégies vitales," in Tarde, Gabriel 1999 La logique sociale, Paris: Institut Synthélabo: 15-56.
高村学人 2007 『アソシアシオンへの自由――〈共和国〉の論理』,勁草書房.
Tarde, Gabriel 1893 “Questions sociales,” Revue philosophique de la France et étranger 35: 618-638.
―――― "Revue générale: Études sur le socialisme contemporain," Revue philosophique de la France et étranger 18: 173-192.
―――― [1890] 1895 Les lois de l'imitation: Étude sociologique, Paris: Félix Alcan (=2007 池田祥英・村澤真保呂訳 『模倣の法則』,河出書房新社) .
―――― 1902 Psychologie économique, Paris: Félix Alcan.


UP:20081024 REV:
中倉 智徳  ◇全文掲載  ◇ARCHIVES
TOP HOME (http://www.arsvi.com)