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「英国終末期医療戦略・自殺幇助合法化議論」

児玉 真美 200809 介護保険情報 2008年9月号

last update: 20110517

英国政府、終末期医療戦略を発表

ニーズと希望をアセスし個別プランでケア
 英国政府は7月16日に英国で初となるEnd of Life Care Strategy − promoting high quality care for all adults at the end of life(終末期医療戦略: 終末期のすべての成人のために質の高いケアを推進する)を発表した。対象は成人。
 近年、平均寿命の延びと死因となる病気の変化から医療機関で不本意な死を迎える人が増えつつあることから、2009年からの2年間に2億8600万ポンドを当て緩和ケアと地域ケアの拡充を図る。何を「よい死」と考えるかは人によって違うが、多くの人の望みだと考えられる@個人として尊厳をもって遇されること、A苦痛その他の症状を取り除いてもらうこと、Bなじみのある場所で過ごすこと、C家族や友人と過ごすことを実現すべく、プライマリーケア・トラストと地方自治体とが共同で個別プランの立案、契約、モニタリングに責任を負う。個別ケアプラン作成時には個別ニーズと本人の希望のアセスメントが行われ、その際に終末期の延命治療拒否希望のある人には事前意思表示が作られる。介護者支援も個別プランに含まれる。また個別プランで終末期の医療と福祉がトータルにコーディネイトされるためには地域サービスの質の向上が不可欠であり、既存スタッフへの緩和医療を中心とした職員研修にも予算が振り割られている。

一方で高まる自殺幇助合法化の声
 一方、欧米では「死の自己決定権」、「自殺幇助の合法化」を求める声が高まっている。ここ数ヶ月の事件だけを拾ってみても、3月にはフランスで鼻腔癌の女性(52)が耐え難い苦痛を理由に医師による自殺幇助を求めた。世界中のメディアが注視する中、裁判所は訴えを却下。その数日後に女性は自宅で死んでいるのが見つかった(BBC,3月17日他)。5月にはNZで薬物中毒とウツ症状のある女性が商業的“闇の安楽死”を利用して自殺(TV3,5月17日)。7月にはドイツで大物政治家が自殺幇助合法化キャンペーンの一貫として、老人ホームに移ることが不安だという概ね健康な女性(79)の自殺を幇助したと発表する騒ぎもあった(The Times, 7月2日)。
 その他にも自殺幇助関連の事件や動きは各国で相次いでおり、英国も例外ではない。現在、積極的安楽死を合法化しているのはスイス、オランダ、ベルギー、米国のオレゴン州。スイスには公然と自殺幇助を行うクリニックが2つあるが、特に外国人を対象とするその1つDignitas Clinicで幇助を受けて自殺した英国人は既に95人に上る。6月には、症状が進んだら同クリニックで幇助を受けて自殺したいと考えている多発性筋硬化症の女性が、その際に夫が自分に協力することで罪に問われるのではと英国検察局長に法律の明確化を求めたばかりだ。高等裁判所が女性の訴えを認め、審理が行われることになっている(The Telegraph,6月13日他)。

認知症患者とりこぼすとの懸念も
 一部で「死の文化」とも称される、こうした自殺幇助容認への動きを考えると、英国政府が緩和ケア重視の終末期医療戦略を発表したことの意味はたいへん大きいと思う。ただ気になるのは、地域での認知症ケア支援を専門にする看護師集団であるAdmiral Nursesから、大筋で同戦略を評価しつつも懸念の声が上がっていること。終末期にさしかかった認知症患者とその介護者の支援に必要な認知症特有の専門知識と配慮がこの戦略では認識されていないために、このままでは終末期の緩和ケアから認知症患者が取りこぼされてしまう恐れがあるというのだ(Medical News Today, 7月20日)。
 この指摘は確かに終末期医療議論における盲点を突いて鋭い。ネットでさまざまな記事を読んでいると、「死の自己決定権」の背後から「認知症や重度障害になったら死んだ方がマシ」という声が聞こえてくることがある。認知症や重度障害の現実を知り、きちんとした知識に基づく不安ではなく、勝手なイメージだけで悲惨だと短絡する声。そこには「生命の質」の評価を公然たるものとし、ひいては「質の低い生命」の切り捨てに繋がっていく危うさが潜んでいる。いつのまにか重症の認知障害や植物状態と脳死との線引きが曖昧にされていく危うさを感じることもある。
 そんな時いつか聞いたホスピス医の「痛みをとってあげたら患者さんは死にたいと言わなくなる」という言葉を思い出す。一番悲惨なのは本当は痛みや苦しみや、分かってもらえないこと、尊重してもらえないことの方ではないのか。それを放置したまま命を「自分の勝手」にしたり「どうせ何も分からない」「どうせ治らない」と安易に切り捨てるのは、順序が逆というものだろう。

 ちなみに英国政府は今年10月にthe National Dementia Strategy(全国認知症戦略)の発表を予定しており、6月19日から9月11日まで意見聴取を実施中。

 終末期医療戦略
 http://www.dh.gov.uk/en/Publicationsandstatistics/Publications/PublicationsPolicyAndGuidance/DH_086277

 全国認知症戦略について
http://www.dh.gov.uk/en/SocialCare/Deliveringadultsocialcare/Olderpeople/NationalDementiaStrategy/index.htm

 全国認知症戦略コンサルテーション
 http://www.dh.gov.uk/en/Consultations/Liveconsultations/DH_085570

 アドミラル・ナース
 http://www.fordementia.org.uk/admiral.htm

 ※ URLリンクは掲載時のものです。


*作成:堀田 義太郎
UP:20100212 REV: 20110517
全文掲載  ◇児玉 真美
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