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「独居での在宅生活が困難となったALS療養者の事例検討――ナラティヴアプローチを用いた支援の在り方―」

西田 美紀 第13回日本難病看護学会発表抄録

last update: 20151225

「独居での在宅生活が困難となったALS療養者の事例検討
−ナラティヴアプローチを用いた支援の在り方―」


立命館大学大学院・先端総合学術研究科・博士課程
○西田美紀(にしだみき)


【研究目的】2006年の医療制度改革により、特定疾患患者が入院を継続できず、生活の場が地域医療や福祉へと移行しつつある。しかし、地域社会の中で暮らす療養者の生活環境の充足にはほど遠く、根治療法のない進行性の病いを抱えながら、将来の不安や苦悩の中で、生存の危機にさらされながら過ごしている者も少なくない。療養者が安全・安楽に生活していくには、当事者のナラティヴ(語り・物語)を手がかりに、現実世界の再構成に向けた支援が必要となる。本研究では、病状の進行に伴い、独居での在宅生活が困難となった一事例の語りに着目し、療養者がどのように現実世界を構成してきたのか分析し、ナラティブアプローチによる支援の在り方について検討することを目的とした。
【研究方法】対象者がどのように自己の生活や出来事を解釈し、経験の流れに秩序づけているのか分析するために、ナラティヴアプローチを行った。医療現場の中で語られる療養者の語りを傾聴,記述し、医療・福祉従事者との相互交流的な関わりや生活環境の中でどのようにナラティヴが構成されてきたのか分析した。調査対象者:60歳男性(以下S氏),病名は筋萎縮性側索硬化症(以下ALS)を対象とした。調査期間:2008年4月〜7月に実施した。倫理的配慮:病院に倫理審査申請書を提出し承諾された。調査対象者には、研究目的・方法・倫理的配慮についての説明を行い、自署が困難であったので代筆者により署名を得た。
【結果・考察】S氏が抱えていた「生存への」あきらめは、"短期間での進行に伴う身体的・精神的不安"と、"ALSは家族がいないと難しい""お金がないので難しい"といった消極的な相互交流的関わりの中で、"事前指示書"や"生活プラン"において"本人の意思決定"が委ねられ、"正当化"され、消極的支援体制へと繋がり、生活・生存意欲が減退し「生存のあきらめ」が構成されたのではないかと考える。しかし、S氏の身体的・精神的苦痛・不安を受け止め、選択肢の幅やその可能性を探していくといった積極的な相互交流的関わりの中で、"本人の意思"と"語り"は変容したのではないだろうか。療養者(語り手)は、自らの体験を社会的・対人的相互交流の中で、また認められているある形式に経験を注ぎながら語っている。その中においてドミナントストーリーに縛られ生存の危機にさらされていることもある。療養者にとって望ましい新たな物語(オールタナティヴストーリー)の書き換えには、語りの事実よりもその背景にある気持ちに理解を示し、どのように現実世界を構成し解釈しているのか、「物語への構造理解と尊重」が必要であると考える。また、進行の早さや社会的資源の乏しさにより心理的負荷が強い場合、一対一の治療構造の枠組みに加え、療養者のナラティヴを多種職と共有・連携し周囲が抱えるナラティヴの理解やすり合わせが必要であるが、周囲のナラティヴは時に変容し、各個人が抱えていた「ALS生存ナラティヴ」は、個人的価値観やイメージを超え「尊厳死」など社会的問題に纏わることもあり、当事者不在の場面で実際にそのようなことが多く語られ、時には直接本人に語られることもあり、療養者の精神面に大きく影響していた。ナラティヴのすり合わせには対等な関係性が不可欠であり、まず援助者自身の物語の見直し、書き換えへの支援も必要ではないかと考える。ただ、療養者の体が刻々と進行している場合、周囲のナラティヴや書き換えを待つ時間的余裕はない場合もある。そういった際に、どのような支援が有効なのかは今後の課題とする。


*作成:近藤 宏
UP:080902
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