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極小的影像劇場(ミニミニシアター)上映会資料

種村 剛 20080720

last update: 20151225


1)時:2008年7月20日(日)13時開場、13時30分から上映開始。終了は15時30分ぐらいを予定。
2)場所:玲玲(薬膳料理屋)、府中市国際通り 電話:042‐366‐3008
3)費用:1人1000円(お茶と簡単なおつまみが出ます)

 本日、東京都府中市にある小さな料理屋で、フィルムの上映会の上映会を開催することになりました。上映にあたり、立岩真也先生(立命館大学大学院)をお招きいたしました。上映するフィルムは、ご主人の赤羽敬夫氏が演出・構成をおこなった作品です。上映会の企画等は種村剛(中央大学他非常勤)が行いました。フィルムを見て、皆さんとその感想を語り合うことができれば幸いです。

上映作品紹介 
1)東京レポート「はばたきたい」(15分) 作品No.640 1972年5月 TBS TV放送
企画:東京都広報室、制作:東京都映画協会、企画担当:小俣欣司、製作:後藤和夫、伊藤照夫、演出構成:赤羽敬夫、撮影:藤田定一、音楽効果:白井多美雄、解説:小野碩(早稲田小劇場)、協力:重稲圭子(青い鳥ホーム)、平向信雄(訓練士)、寺田純一(青い芝の会)

江東区四肢不自由児訓練施設「青い鳥ホーム」での脳性マヒ児の訓練の様子

寺田純一氏へのインタビュー
――現在とられている教育のあり方について
「親が脳性マヒの子どもに対して期待するということというのは、まあ少し、なんとか人に迷惑をかけないで生きていくこと。あるいは、なんとか…自分で仕事ができるようにということで叱咤激励するわけですね。ところがその、僕らは、前にもいったように、多少特殊な技能があったとしても、それだけで、その、メシが食えるようにはならないということで。だけど、今の養護学校とか特殊学級という、健常者と隔離する、された教育体系の中では、なかなか、自分が世の中でどういう位置におかれているかということを知らないで育ってしまうし、脳性マヒでない人たちも、その脳性マヒの人たちが普通の学校にはいないもんだから、知らないで育ってしまうと。これは、今の教育が知識を詰め込むことを主眼にしているというところに、問題があるのではないかのように思うんです」

――脳性マヒの子ども達に対し寺田さんはどのようなことを望みますか
「まあ、あの、親が子どもに世の中に、他人に迷惑をかけてはいけないというふうにしきりに教えてますけども、僕ら[…]世の中に積極的に迷惑をかけてでも生きるんだという人間になっていくことが必要だという気がする。今の世の中全体が、まあ家の構造から、あるいは交通機関にしても、駅、いろんな社会的な設備にしても、時間割りにしても、からだが不自由な人たちのことを計算に入れないで、つまり、その、からだが不自由でない人が社会人であって、からだが不自由なうちら脳性マヒのような人間は社会の一員でないかのごとくにつくられてうごいていると。やっぱりそのことは、その、大部分の人は、知らず知らずのうちにそれをやっているわけです、教育の結果だと。私たちは、それは、どんどんと自分独特の動き、行動のしかたによって、どんどん出ていくと。街の中でも、はいずってでも、歩いていろんなところへいくというなかで、世の中の認識を少しずつ変えていくと。のちに自分に[自身が]どういう位置におかれているかということを、知っていくと、いうことが必要だ」

2)東京レポート「子にとって親とは…」(15分) 作品No.692 1973年5月 12ch TV放送
企画:東京都広報室、制作:東京都映画協会、企画担当:小俣欣司、製作:後藤和夫、鈴木照夫、演出構成:赤羽敬夫、撮影:多田和夫、音楽効果:園田芳伸、解説:小野碩(早稲田小劇場)、協力:横塚晃一(青い芝の会)

横塚晃一さんとご家族の日常生活の様子

「親はエゴイストだ。やっぱり抑圧者ですね。たとえば性のことでも、あれやっちゃいかん。それから女を、女のことを考えちゃいかん、次に結婚しちゃいかん。それでもまた、それを振り切って結婚すると、結婚はいいけど、子どもをつくるのはいかんと。子どもをつくってしまうと、こんどは一人はいいけど、二人目はいかんと、こうくる。いつでもこうおさえつける役をするわけですね」
  □[ほぼ同様の発言を横田弘がおこなっている。(『さようならCP』 『母よ!殺すな』p.362)]

「うちでごろごろしていた時ですけどね。やっぱり、たとえばまあよく来る親戚の人なんかだと、まあそうでもない。あまりにもめずらしいお客さんやなんかの場合、また親父の仕事やなんかの関係でくる場合。やっぱり奥へいってろというようなことで、奥へひっこんでたり。僕やなんかの場合だとこう、いわゆるお茶のみ話の場合。なんていうかな。ようするに、自分の子どもの自慢話になります。そういった場合、他の兄弟たちは成績がいいということで、いい学校に入ったとかなんとかいうことを話すわけですけど。そういった場合、僕の立場からいうと、ほんとはそこにいてはいけないような、そこに出てきてはいけないようなかたちになってくる。そういったかたちで、親というのは、知らず知らずのうちにコンプレックスをうえつけないこと、まず最初に子どもが差別をうけるのを、親がですね…」

「昔は、自分の責任だけでなんでも解決しようという姿勢がありましてね。それが、こう建ててくれとか、施設をつくってくれとかいわずに、自分が責任をもつということで。ところが、どっちみち親というのは子どもより、先に死んじゃうということが、親がその体力がおちてくると、感じるわけですね。それで、これはオレにまかせておけばいいんだといいながらも、オレが死ぬときはこいつも殺して死ぬんだということになってきて。僕の子どものころも、そんなこといわれて。殺されたらたまんないということでね。やっぱり自分の生活をつくらなくちゃならんと。親の都合でもって生かされたり殺されたりしたらたまりません。これはもう逃げ出すということになったわけ」

「僕はこんど親になったとき、健全者といわれる子どもをもったことで、こんどは立場が逆になる。例えば、子どもが大きくなっていくというような問題が起きるだろうと。あれが結婚の問題で、好きな人にフラれたとか、そういった場合に、すべて悪の[悪の]根元は、親にあるというかたちになってくると思います。
僕は、子どもにできる[できる]ことといえば、自分の立場、自分の存在を、精いっぱい[精いっぱい]生きたという事実だけだと思います。つまり、自分の生きざまを、[自分の生きざまを]子どもによって問われたときに、自分の親父もあんなふうだけども、あいつはあいつなりに精いっぱい生きたんだということで理解してくれると思います」
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 「子供のない私が言うのはおこがましい次第であるが、脳性マヒ問題という観点から敢えて言わせてもらえば、そこで問題になるのは親(こんどは脳性マヒ者)の生活態度である」(『母よ!殺すな』p.26)
「そこでは「うちのお父ちゃんはダメ(脳性マヒ)だから、あんた、しっかりするんだよ」ということ、つまり父親はその子が生まれた時からダメな見本として子供の目の前におかれ、親から無視された脳性マヒ者の人格はこんどは我が子から否定されようとするのである」(『母よ!殺すな』p.26)
  引用は『母よ!殺すな』(生活書院、2007)からおこなった。

□言及

◇立岩真也 2009/**/** 「もらったものについて・3」『そよ風のように街に出よう』77:


UP:20080702 REV:20080725,29, 20090305
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