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同和対策終焉以降の地区在住高齢者の生活変化とその困難

大阪市内住吉地区を事例に

矢野 亮(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
200806**  福祉社会学会第6回大会 於:上智大学

last update: 20151225

◆要旨
◆報告原稿


□1.はじめに
 本報告では、タイトル通り、同和対策終焉(2001年度)以降の同和地区在住の高齢者の生活変化とその困難について、2001年1月〜2007年10月28日まで実施してきた継続的な高齢者へのインタビュー調査を通じて明らかになってきた事柄について報告する。
 これまでの調査・研究では、主として、1970年以降に部落解放運動が主導してきたエリア――大阪市内住吉地区――において「老人」と「障がい者」をインフォーマントとするインタビュー調査を実施してきた。ここでの問題意識は、一貫して、当該エリアに向けて注がれる眼差しと言葉が、「いま-ここ」で生活している人々の「老い」と「障がい」に様々な困難や葛藤などをもたらしてきたのかという点である。報告者は、以上の視座から、修士論文『被差別部落のまちづくり――まちづくりが高齢者福祉に与えている影響について』(矢野:2004)、『まちづくりのなかで「老い」と「障害」を生きる』(矢野 2004/山田富秋編『老いと障害の質的社会学』世界思想社、第3章所収)、『次世代へのメッセージとしての解放運動の語り』(矢野 2005/山田富秋編『ライフストーリーの社会学』北樹出版社、第8章所収)、『被差別部落における同和対策終焉以降の高齢者の生活変化――大阪市内住吉地区における高齢者への聞き取りから』(矢野 2008:『解放社会学研究21号』所収:近刊)を報告している。また、現在でも同地区在住の高齢者に継続的な調査を実施している。
 概して、1970年代以降の一連の同和対策特別措置法から地域改善対策特定事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律(地対財特法)に基づく、いわゆる同和対策諸事業を活用した部落解放運動の「まちづくり」によって、当該エリアの住・環境整備はハード面において一定の成果をみたと評されている(内田:1998)、しかしながら、とりわけ女性・高齢者・障がい者と呼ばれる人々の視点から「まちづくり」を捉え直してみた場合、部落解放運動が描いてきた「まちづくり」のモデル・ストーリーには回収されない別様な複数の〈生〉が存在すること、更には、語ること/語らないことを生成している《磁場》があることを、これまで発表者は調査・研究を通じて明示してきた。

□2.住吉地区の概況
 上記を踏まえた上で、最新の調査(2007年9月16日〜10月28日)から得られたインタビュー・データを基に、今回は(時間の関係上)主題に即してその一事例のみを取上げ報告する。
 はじめに、調査対象地区の概況を簡潔に説明しておく。2003年に住吉人権協会によってまとめられた『住吉地区協五〇年の歩み』の「2000年部落実態調査の概況」で示されたデータによると、住吉地区の世帯数は、10年前(1990年調査時)で478世帯、人口1,343人(平均世帯員数は2.81人)だったのに対して、2000年には517世帯、人口1,255人(平均世帯員数2.42人)と推移し、世帯規模の縮小が目立つ。またそれは大阪府の平均世帯員数(2.65人)と比べても核家族化の傾向が顕著に現れている。その年齢別人口構成比をみると1990年からの10年間で老年人口比が3.9パーセント増加しており、高齢者世帯の構成比も大阪府のそれを大きく上回っている。さらに、高齢者単身世帯も多いが、母子世帯・父子世帯の構成比も高く、母子世帯で大阪府平均の2倍以上、父子世帯で4倍以上となっている。なお、住吉の教育実態の特徴として、女性の「不就学」が大阪府下の部落平均の約2倍近くあり、地区男性と比べても同値の格差がみられる。また、現在、就労にも教育課程にもない若年者のその前身として、地区では20歳代の7人に1人が高校中退を経験している。そして地区の女性にあっては比較的高い就労意識が伺えるものの、20から40歳代全体で失業率が大阪府の2倍以上もある。10年以上前から指摘されてきたが障がいをもつ人の数も多く、とりわけ障がい者手帳をもつ人の数は2000年においては大阪府平均の2倍にも昇り、その人びとのほとんどが年間総収入200万円未満に集中している。

□3.「語り」にみる高齢者の生活変化の実情
 こうした「住吉地区」の実態の中、報告者は2001年のインタビュー調査結果から、当該地区在住の高齢者が「まちづくり」を通じて積極的な「老い」の意味を創出している側面を報告してきた(矢野 2004/山田富秋編『老いと障害の質的社会学』世界思想社、第3章所収)。しかし、以降、継続的な調査を通じて明らかとなってきたのは、内田雄造が指摘してきたとおり、公営住宅の家賃体系(応能応益家賃体系へ)の変化に伴い「被差別部落」と呼ばれるエリアから若年層と中高年層の流出が加速しており、エリアには「高齢者と障害者、低所得者等の社会的困難を有する住民のみが取り残される」という事態が生じている。また、高齢当事者は「老い」や「障がい」への積極的な意味を結実してきた、生活や人間関係づくりに直結した「語り合いの場」(矢野:2008)の激減と喪失を経験している。このことは具体的な「語り」から明らかとなっている。結果、別紙の「語り」に伺えるように、当該エリア在住高齢者は「老い」や「障がい」、「病」のみならず「被差別」、「低所得」、「非識字」といった諸経験について積極的な意味を結実することをも困難な事態に直面している。この事態は、モデルストーリーを逸脱して可能となった「語り合いの場」がモデルストーリーと同様のものとして一括され、別様の力動によって、モデルストーリーごと根こそぎ回収されてしまったというしかない。

□4.重要な諸課題
 今回事例とした住吉地区にあっては、1970年以降の解放運動の開始時において、労働市場から排除された人々を中心に「仕事要求者組合運動」を組織し、非正規雇用であれ、生活保護を受給するよりも、公的年金保険のある仕事に就くことが目指されてきた。それは労働市場と市民社会への積極的な参加を促進する取り組みだった。そのため、現在の60歳以上の高齢者の公的年金(老齢年金)の加入率は大阪市内の他の同和地区と比べて高く60〜69歳で88.8%、70歳以上で87.0%。受給状況をみると、老齢年金の月平均受給額は85,348円(中央値が70,000円。受給額が、30,000円未満の者、30,000円以上60,000円未満の者、60,000円以上100,000円未満の者、100,000円以上の者が、それぞれ受給者数の25%を占めている(同報告書:2003年)。「市民」にとっても「部落民」にとっても、両者の接触と交流を妨げてきた同和対策の特別措置というバリアがなくなったことはよいことだった。にもかかわらず、現在、2008年4月より開始された「後期高齢者医療制度」に係る負担の問題は、地区で生きる高齢者にこそ、その負担がもろに直撃している。これこそが差別をめぐる政治的・社会的諸困難を表している。報告者は現在、差し当たり、地区高齢当事者の所得状況、家計状況を生活実態とパネル調査を通じて早期に把握する予定である。さらに、「老い」や「障がい」、「病」のみならず「被差別」、「低所得」、「非識字」を経験している高齢当事者がいかにして積極的な《生》を結実することが可能となるような諸実践を模索し展開することが、報告者の重要かつ緊急の課題である。当該地区では2008年3月だけで3名の自殺者が出ているのが実情である。彼・彼女らに、おそらく、なんらかの生活における《困難》や《受苦》があった事は間違いないのだ。あらかたの抵抗の歴史があるが故に、その逆説性について深く考察することこそが社会学の重要課題なのである。


UP:20080425 REV:
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