HOME >

1980年代のリハビリテーション雑誌のなかの「寝たきり老人」言説

田島 明子・坂下 正幸・伊藤 実知子(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
野崎 泰伸(立命館大学衣笠総合研究機構GCOE生存学研究拠点ポストドクトラルフェロー)
200806**  福祉社会学会第6回大会 於:上智大学

last update: 20151225

◆要旨
◆報告原稿
資料
 資料1 79文献の年代とタイトル
 資料2 42文献のタイトル、データno、内容について
 資料3 対象文献数、分析対象とした文献数の推移
 資料4 結果
 資料5
 資料0 1980年代老人年表
 パワーポイント資料


□1.はじめに
 私たちはこれまで、1970年代のリハビリテーション雑誌のなかの「寝たきり老人」言説について調査し、第4回障害学会(2007年)で報告した(田島他[2007])。その初発の問題意識については〈http://www.arsvi.com/2000/0709ta2.htm〉を御覧頂きたいが、時代の背景として、1960年に老人福祉法が始まり、1965年に理学療法士法及び作業療法士法が制定され、1966年に養護老人ホーム及び特別養護老人ホーム設備及び運営に関する基準により施設老人に対するリハビリテーションの必要性の根拠が与えられ、次いで、1972年の在宅老人機能回復訓練事業実施要綱において在宅老人に対するリハビリテーションの必要性の根拠が提示された。そうしたなか、「寝たきり老人」に対するリハビリテーションは、施設においては、「寝かせきり」(リハビリテーションによる改善の可能性)が指摘され、在宅においては、家族の負担とともに、家族が「寝たきり」の状態を作ってしまうことの問題が指摘されていた。つまり、「寝たきり老人」は、「作られた」ものである可能性が言われ、リハビリテーションによる改善の可能性が切り開かれようとしていた時代であったと言える。
 1980年代は、三郷中央病院に見る悪徳老人病院の存在が指摘され(和田[1982])、厚生省が老人医療を見直すきっかけとなり、また、そうした事件も関連してか、老人政策を医療から地域・保健・福祉へと転換する契機となった老人保健法が1983年に施行、「訪問指導」という枠で在宅の「寝たきり老人」に対するリハビリテーションが初めて認められた年代であった。
 1990年代以降の「寝たきり老人」をめぐる言説と高齢者医療・福祉諸制度の連関を見ると、「寝たきり老人」は高齢者医療・福祉諸制度の方向性を占う重要なキーワードだった。その詳細な検討は仲口他[2007]が行っているが、1990年以降の「寝たきり老人」言説は、高齢者医療・福祉制度が、個人自己負担の増大/公的支出削減に向けて転換されたことを背景とするなか、「自立」や「予防」の重要性という論脈に繋がれていたり、諸外国には「寝たきり老人」がいないという事実とともに「寝たきり老人」を作らない諸外国の「延命治療の消極性」という事実が知られることにもなり、日本における「延命治療の積極性」が批判的・否定的にニュアンスを含まれ浮き彫りにされることにもなった。
 本学会では、本報告と関連して仲口、有吉らによる1990年代〜2000年代における「寝たきり老人」言説と制度・医療費抑制政策との連関についての報告がなされるが、1960年代〜1970年代に見る「寝たきり老人」をめぐるリハビリテーション研究における諸言説が、1980年代のリハビリテーション研究のなかでどのように展開し、また、1990年代以降の高齢者医療・福祉制度における「寝たきり老人」をめぐる諸言説に(非)接合していくのであろうか。本報告では、それらを考察するために、1980年代におけるリハビリテーション雑誌のなかの「寝たきり老人」言説について明らかにする。

□2.対象
 リハビリテーション雑誌として『理学療法と作業療法』(医学書院)を選定した。選定理由としては、1970年代の調査において選定した雑誌が本雑誌であり、前回調査との連続性を持てることがあげられる。しかし、1970年代においては理学療法や作業療法における学術誌はこれが唯一といってよかったが、1980年代には、他にも『作業療法』や『理学療法学』などが出版されるようになっており、本雑誌に限定したことが必ずしも適切であるとは言えない。今後の課題としたい。また、本雑誌は1989年に『理学療法ジャーナル』『作業療法ジャーナル』と分かれたため、1989年の『理学療法ジャーナル』と『作業療法ジャーナル』も対象に含めた。1980〜1988年の『理学療法と作業療法』と1989年の『理学療法ジャーナル』『作業療法ジャーナル』のなかから、タイトルに「老い」に関連する「老人」「高齢」「痴呆」などを含む文献を探したところ、79文献(6件/1980年、1件/1981年、16件/1982年、6件/1983年、7件/1984年、7件/1985年、10件/1986年、5件/1987年、4件/1988年、理学療法:5件、作業療法:12件/1989年)あり、それらを本研究の対象とした。

□3.分析対象の特定と分析方法
 対象とした79文献のなかから「寝たきり(老人)」について記載のある文献を捜したところ、全部で42文献(4件/1980年、1件/1981年、8件/1982年、3件/1983年、4件/1984年、4件/1985年、6件/1986年、2件/1987年、3件/1988年、理学療法:4件、作業療法:3件/1989年)あった。さらに、それら42文献から、「寝たきり老人」の記載のある文章を抜粋し、@前後の文脈が失われないよう、Aなるべく単一の意味内容となるよう分節化したところ、108カードが作成された。それらのカードには、「カードNo」【「年代」−「文献No」−「頁数」】のようにカード番号を割り当て、内容の類似性によりグルーピングを行った。

□4.結果
 12のテーマ群(@寝たきり老人の実態調査(6)、A寝たきり老人は失禁患者になる(1)、B寝たきり老人からサービスが遠のく(3)、C同じ寝たきりでも重症度により身体相に異なりがある(1)、D家族との関わり(8)、E痴呆と寝たきりの関連(13)、F寝たきりになる原因(12)、G寝たきりになるとは本人にとってどういうことか(9)、H老人をめぐる様々な諸相の問題(2)、I(特老・老人保健施設などの)施設のあり方について(9)、J寝たきりに対するリハ・工夫(18)、K地域・保健サービスの充実(26)、()内はカード枚数)が生成された。それらをまとめると、次の3つに整理される。
1)「寝たきり」をめぐる3者の視点 本人にとって生き甲斐や人間らしさが失われた状態、家族の愛が生き甲斐に(A、G)。家族にとって介護負担や親子関係の不和を生じさせるもの(D)。職員・セラピストにとって意思疎通が難しく足が遠のく、回復可能性が少なくリハビリテーションから放置される(B)。
2)「寝たきり」のリハビリテーションについて 例えば痴呆と「寝たきり」の関係に着目し、痴呆が機能回復の効果を妨げることが指摘されたり(E)、「寝たきり」の原因の究明(F)とともに、「寝たきり」に対するリハビリテーションについて、全身耐久性の向上や、介護負担の軽減、自己能力を最大限発揮させるなど、機能回復とは異なる次元の目標が設置されたりしている(J)。
3)行政主導によるサービスの充実 各県・区市町村における「寝たきり老人」に対する独自の調査(@)や、各地区の施設や地域・保健サービスにおける独自の取り組みや効果などが紹介されたり、あるべき形が述べられていたりした(I、K)。

□5.考察
 70年代と比較し、文献数の増加を見ても「寝たきり老人」に対する問題関心が深まっていることがわかるが、一方で70年代における「寝たきり老人」は「作られた」ものであり、リハビリテーションの効果はあるとした明るいトーンに比べ、回復可能性の低い「寝たきり老人」のリハビリテーションは放置されるという指摘のように80年代はそのトーンが落ちた印象である。さらなる調査を要するが、おそらくリハビリテーション従事者の関心の多くは、機能回復の見込める医療機関における脳卒中などの早期治療に向き、そちらの言説が90年代以降の「寝たきり老人」をめぐる「自立」「予防」をキーワードとする諸言説に影響を与えたのではないかと考える。紙数の都合から紹介した文献は報告時に提示する。


UP:20080425 REV:
  ◇老い  ◇Archive
TOP HOME (http://www.arsvi.com)