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1990年代〜2000年代における「寝たきり老人」言説と医療費抑制政策との接合

有吉 玲子(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
北村 健太郎(立命館大学衣笠総合研究機構ポストドクトラルフェロー)
堀田 義太郎(日本学術振興会特別研究員)
200806**  福祉社会学会第6回大会 於:上智大学

last update: 20151225

◆要旨
◆報告原稿


□1.報告の目的
 高齢者の医療制度が問われるとき、その制度のあり方と費用負担が議論される。自然増が避けられない総医療費をいかに抑制するか、財源配分や直接的な費用負担のあり方に議論の重点が置かれる。特に1980年代以降、高齢者に関わる医療制度の創設と改正が行なわれてきた。他方、高齢者本人やその周囲では、老いて病むことの多い日々をどう過ごしたいか/過ごすべきかが語られる。医療制度が変化すると新たな制度に取り込まれる高齢者とそうでない高齢者が生じるため、本人や周囲の生活状況は医療制度の変化に強く影響を受ける。本人やその周囲の言説は、医療制度の実態を端的に示していると言えよう。本報告では、「寝たきり老人」をめぐる言説と、近年進められてきた医療費抑制政策について、特に診療報酬制度の度重なる改正とその内容に焦点を当てて再確認し、考察を加える。

□2.医療費無料化と有料化への転換(〜1980年代)
 1953年に日本で初めて寝たきり老人調査が行なわれ、寝たきり老人の存在と家族介護の実情が明らかになる。その後の調査で、寝たきりの原因が脳卒中の後遺症によるものが40%であることや、寝たきり老人の半数近くは医師に安静を指示された犠牲者ではないかとの見解も示される。1961年に国民皆保険制度が確立し、国民の受療率増加と総医療費の増加が目立ってくる一方、1961年12月岩手県沢内村で老人医療費の無料化が行なわれた。1973年、70歳以上の老人医療費無料化が国の制度として確立した。医療側は医療機関の収入になることから、空きベッドを利用して高齢者の入院を受け入れ、不要な検査や投薬を行なう「検査漬け」「薬漬け」の方向へと進む。他方、家族形態の変化とともに、家族の介護負担の軽減に養老院よりは病院のほうが「世間体がいい」「安く済む」などの理由から、家族は介護を要する高齢者の病院への入院を選択した。こうして医療側と家族によって、何もなされず放置されていた寝たきり老人は、1970年代〜1980年代にかけて病院に収容されていった。
 1981年、第二次臨時行政調査会で、医療費抑制が国家的基本路線に位置づけられ、1982年老人保健法が制定され、老人医療費が有料化された。これは、70歳以上の老人を既存の医療保険制度から別の制度に移し、一部負担金と外来薬剤費を窓口で負担してもらうものである。患者が自己負担するようになることで、受診を抑制する目的があった。この制度では、老人病院における医療の適正化を目的として、70歳以上の老人を6割以上抱える医療機関を、特例許可外老人病院と規定し、心電図、脳波は月に1回、注射は1ヶ月100点(1点=10円)、処置は30点など、診療報酬を一部包括化した。これ以上に医療を行なうことは「過剰な医療」と見なされる仕組みである。同時期、高齢者に対する入院時の検査漬け、薬漬けなどが明らかにされ、過剰医療に対する批判・反医療が唱えられる。1983年、吉村仁保健局長が「医療費亡国論」を明示し、今日に至る医療費抑制政策の布石となった。

□3.診療報酬点数の操作(1990年代〜2000年代)
 1990年台初頭、寝たきり老人のいない北欧の状況が紹介され、「寝たきり老人の多くは寝かせきりである」という言説が流布し、日本においても寝たきり老人ゼロ作戦が展開する。他方、高齢者の長期入院が問題視されはじめ、高齢者にとって必要なのは医療か福祉かという議論が起こる。これは、医療・福祉という財源配分をめぐるせめぎあいでもある。財を受け取る側、供給する側、関連する業界、政治力や経済など、さまざまな立場の利害が絡んだ力学によるせめぎあいでもある。このようななかで、実際には医療から福祉へ、病院から在宅へという流れになった。
 この流れが診療報酬点数を巧みに操作することで作られた面は見逃せない。例えば、1988年には在宅関係の点数体系が在宅療養料として独立する。1992年には老人訪問看護ステーション創設、1994年には在宅医療の点数引き上げと回数制限の緩和、入院時の差額ベッドの拡大、病院給食の自己負担化、付き添い看護・介護の解消が行なわれた。これらの改定で70歳以上の入院患者の1ヶ月あたりの自己負担は改定前のおよそ2倍に上昇し、さらに、差額ベッドなどの料金を加えると、10数万もの費用がかかることになった。1996年、高齢者の慢性疾患に対する外来医療の包括化、リハビリテーションの面では入院から外来への移行期のリハビリの評価、1998年には、一般病棟における高齢者の長期入院の是正、高齢者の自立度を向上させるリハビリの推進、2000年、慢性期入院医療における包括化の拡大(6ヶ月以上の入院は包括化、半年後には90日に短縮)、在宅の寝たきり老人等の診療における連携体制への評価、2002年、療養病棟などでの在院日数による逓減(入院が180日を超えると患者の自己負担増加)、2004年、在宅医療の充実を図る観点から重症者に対する複数回訪問看護、在宅終末医療等の評価などが行なわれている。
 診療報酬点数の操作は、回数・日数制限、包括化、特定医療サービスの保険外しなどであり、そのため、窓口での自己負担の増加や保険料の増額とは異なり、患者には分かりにくい。診療報酬点数の操作は、保険で行なわれる医療の内容・行為を実質的に規定・変更する。医療内容・行為は医療機関を介して提供されるため、患者には医療内容・行為に対する直接的な負担ではなく、間接的な費用負担増となる。こうして、費用負担が難しい患者の病院から在宅への移行を誘導した。

□4.介護保険の制度実態、そして今後
 総医療費の増大は高齢者の割合増加だけが原因ではないにもかかわらず、高齢者医療費削減が急務とされ、在宅介護を重視する介護保険制度が成立し、2000年から施行された。それまでの寝たきり老人は要支援・要介護者として設定し、必要度に応じた介護を受けられるとした。しかし、家族介護の前提や利用限度額の制度実態が鮮明になり、結局、在宅介護が困難な高齢者は施設に行かざるを得ない。介護度が高い人ほど介護なしでは日常生活を営むことはできないにもかかわらず、利用限度額内で満たすことは難しく、自己負担をしてヘルパーなどを要請しなければならない。多くの介護を必要とする人ほど個人の費用負担が増加することになる。あたかも選択肢が多くなったかのように見えるが、実は必要なものがはじめから提供されず、必要な人は個人の費用負担で、という限られた中から選択せざるを得ない状況である。この負担感から次第に、「QOLの低い状態で生きていても仕方がない」という類の言説が表面化してくる。
 高齢者にとって必要なのは医療か福祉かというせめぎあいは続いている。高齢者にとっては、医療も福祉も必要である。しかし既に、高齢者にとって必要な医療の範囲をめぐる議論はなされ始めている。2008年4月に新設された後期高齢者医療制度では、患者の自己負担のみならず、その診療報酬点数には、終末期医療に関する設定が盛り込まれている。


UP:20080425 REV:
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