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「在宅療養中のALS療養者と支援者のための重度障害者等包括支援サービスを利用した療養支援プログラムの開発」事業完了報告書 第五章T

特定非営利活動法人ALS/MNDサポートセンターさくら会 2008/03/31
平成19年度障害者保健福祉推進事業 障害者自立支援調査研究プロジェクト

last update: 20151225

平成19年度障害者保健福祉推進事業 障害者自立支援調査研究プロジェクト

「在宅療養中のALS療養者と支援者のための重度障害者等包括支援サービスを利用した療養支援プログラムの開発」事業完了報告書 第五章

平成20年3月31日
特定非営利活動法人ALS/MNDサポートセンターさくら会

第五章 T,在宅ALS患者および介助者の生活実態と住要求
重度ALS患者のための在宅独居空間整備に関する研究

山本 晋輔*1、森田 孝夫*2、阪田 弘一*3、高木 真人*4
*1 京都工芸繊維大学大学院博士前期課程
*2 京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科 教授・工博
*3 京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科 助教授・博士(工学)
*4 京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科 助手・博士(工学)


1.研究の背景と目的
数ある難病の中でも、日常生活動作の障害が強く、医療的ニーズの高い病気の一つとしてALS注1)(筋委縮性側索硬化症)が挙げられる。
在宅療養生活を選択したとき、医療資源の限界からALS患者の家族にその介護力が期待されるということが現状としてある文1)。そのような中で、家族に大きな負担をかけずに在宅療養生活を送る独居ALS患者の先行事例も見られ、このような自立した生活を望む患者も少なくない文1)。
平成19年3月31日現在で、特定疾患医療受給者証を持っているALS患者数は7695人注2)である。 表1からは、人工呼吸器を装着したALS患者749名のうち、独居は11名(1.4%)、同居家族がいるのは約693名(92.5%)であるが、これは独居を実現した患者がわずかでしかないことを示している。
本研究では、在宅独居療養生活を実現させている患者とその介助者を対象に生活実態と住要求を明らかにすること、そして自立した生活をする上で求められる住環境整備に主眼を置きながら、ALS患者における在宅療養生活の質的向上に資する提案を行うことを目的とする。

2.研究の方法と対象
調査対象となった在宅独居ALS患者は、日本ALS協会の協力のもと快諾いただけた4名(P1〜4)について行った。調査期間は2007年6月から2008年1月である。
調査方法としては、実際に住まいを訪問し、住まいの実測および観察調査を行うと共に、ヒアリング調査を行った。ヒアリング調査は患者および介助者に対して行い、患者の属性および住居の概要と、あらかじめ用意した住まいに関する調査項目(表2)、そのほか調査時点に至るまでの経過の概略なども聞ける範囲で尋ねた。患者とのコミュニケーションにおいては、介助者の通訳を必要とする場合もあった。

3.対象患者の属性
対象患者の属性を表3に示す。4名とも共通して全面介助の状態である。気管切開手術を行った2名のうち1名は侵襲的注3)人工呼吸器を使用している。他の2名は非侵襲的のものを使用しており、1日12時間程度装着している。
発病時期は1985年〜2002年である。主な介助者は4名ともにヘルパーとなっており、家族による介助は受けておらず第3者の介助のもと療養生活を送っている。家族や友人との同居も見られなかった。
特殊なコミュニケーション手段として、P1の透明文字盤、P2の口文字が挙げられる。なおP3、P4は発声が可能であるため会話でのコミュニケーションができた。
P1の在宅療養生活に至るまでの経過を図1に示す。P1は在宅療養生活を始めてから、1年にも満たない状態にあり、それまでは様々な病院で入退院を繰り返していた。P2はALSを発症してから20年以上もの在宅療養生活を送っているほか、介助者は原則として2人以上ついており、介助者の確保という面で非常に恵まれた環境にあるといえる。


図1

表1(注4)
対象者独居同居家族その他不明無回答
ALS患者:人工呼吸器の使用あり749116934104
ALS患者:人工呼吸器の使用なし88376900

4.在宅独居ALS患者と介助者の生活実態
 在宅独居ALS患者および介助者の住まい4例の概要をまとめたものを、表4に示す注5)。P1のみ戸建の平屋であったが他の3名は集合住宅であった。また、今回調査した4例はいずれも住まいの所有状態が賃貸であり、改修工事は困難であると考えられるが、P1のみ改修工事を行っていた(図1、図2)注6)。住宅面積は40.3m2〜49.2m2であり、療養室面積は10.6u〜12.5uであるが、P1は改修工事によって療養室を拡張していた。他3例(P2,P3,P4)では療養室をリビングルームに配置することで広さを確保していた。

表2


うち3例(P1,P2,P4)は介助者のために待機室を設けており、残りのP3も室空間としては設けていないものの、机と椅子を用意し介助者のための待機スペースをつくり出している。しかし、室空間を与えた3例のうち2例(P2,P4)においては介助者が与えられた室空間で待機することはなく、患者のそばの椅子などに座り、見守り介助を行っている。それは夜間の介助者が睡眠をとるスペースからも読み取ることができる(表5)。

表4

表5

5.在宅独居ALS患者と介助者の住要求
ALS患者および介助者の住まいに対する要望を顕在化し、住環境整備の指針を得ることを目的に、再度ヒアリング調査の内容を分析し、そこから得られた住まいに対する要望、あるいは住まいに対する問題点などを住要求の形に読み換え、キーフレーズに分解して抽出した。その上で、設計におけるひとつの手順に準じて、<配置・プランニング>、<規模・寸法>、<性能・仕様>および<エリア>、<スペース>、<物品>、<設備>の2つの軸をとったマップ上に配置した(図3)。ヒアリング調査を行った介助者5名の属性は表7に示す。

表6

患者、介助者ともに療養室内のベッド周りに対する住要求が多く見られた。全介助状態の患者にとってはベッドが日常生活の中心の場であると同時に、介助者にとっては患者の身体に直接触れる介助の場でもある。特に設備に関するものが多く、療養室の照明環境に関しては患者4名とも天井照明を眩しく感じており、療養室内の照明を使用しない例(P3,P4)も見られた。また医療福祉機器類や家電製品等の増加から、ベッド周辺には多数のコンセントが必要である。療養室内のコンセントの不足から延長コードを用いて隣室から電源を取っている例(P1,P4)もあった。また3例(P1,P3,P4)で、介護用リフトの導入がベッド配置の決定要因のひとつになっていたことから、利用する福祉器具のサイズを含めて療養室を考慮しなければならないことが示唆される。そのほか介助者からは排泄介助時など水回りにおける衛生面での分離も挙げられた。
また患者からも見守り介助や介助者の立ち回りに関する住要求があったことから、介助動作をスムーズに行える空間になるよう整備を進めることが、両者のQOLを高める可能性があることが示唆された。


図3

6.在宅独居ALS患者のための住環境整備に関する改修ケーススタディ
 
1)ケーススタディの意義と中間施設との関連
前項までの内容を踏まえて、P1の在宅独居のための住環境整備に関する実践を、京町家の改修によるケーススタディとして行う。
本実践の意義としては、

(1)希少な在宅独居実態を踏まえ、ヘルパーによる24時間完全介護を前提とした先駆的かつ本格的な改修事例となること。

(2)京都の伝統的な町家を対象とし、文化的に建物を保存するという側面があること。

(3)改修対象物件が、わが国近代において大量供給された一般的な家屋であり、比較的安価でかつ木造のため、改修が容易に行える一般性のある建築資源の活用手法であること。

(4)高齢化や過疎化が進む都市部地域で空き家となった住宅を対象にしており、建物の有効利用につながること。また、地域にさまざまな人が集まる公共的な性格の施設を実現できることを持たせることができること。

(5)対象は都市部住宅地にあるため地域の人々の生活に溶け込むことができ、施設の存在を認知されやすい。また、在宅独居に必要な、周辺地域にすでに整備された利便性の高い交通網や立地施設や医療資源を活用しやすいこと。

などが挙げられる。本ケーススタディは京町家という特徴的な建物を対象としているが、その他建物や商店街の空き店舗など、さまざまな建築資源にも適用可能である。よって、上記の意義は、在宅独居だけではなく、全国に存在するALS患者の療養生活を支える中間施設の計画に際しても有効と考えられる。

2)ケーススタディの特徴
前項までの知見を踏まえ、本ケーススタディに盛り込まれた主な改修内容の特徴は次の通りである。この施設は、建築基準法上の最低限の性能(主に耐震性能)を付加しながら、ある特定の患者の在宅独居のみならず人工呼吸療法を行うALS等の患者のスポット的な利用もできるような中間施設的性格を有する施設として使用できることを想定して計画するものである。

(1)療養室のそばに介助者のための待機室を設ける。また待機室をフローリングにし、訪問入浴用スペースとしての機能を確保する。

(2)各室の床レベルを同レベルにあわせて下げる、既存の玄関扉を開き戸に変更するなどでバリアフリーを徹底し、身体不自由者と介護者の出入りを容易にし、また車椅子使用時における出入りをスムーズにする。

(3)多目的室(2階)を設ける。ここは介護者が会議を行ったり、資料を整理するのに使用する。また、家族が同伴で来た場合に休憩をとるスペースとしても使用でき、また1泊程度の宿泊も可能である。

(4)地域の人々との交流を図る、介護者の研修に使用するなど様々な活動に対応できるだけの十分なスペースを確保する。(本ケーススタディでは舞踏のための稽古場が相当する。)

(5)五感は清明であるが、臥居を基本姿勢として動くことが困難なALS患者にとって、光環境、音環境、空気環境への意識は鋭敏であり、デリケートな計画が必要となる。そのため、@大きな負担となる直接光源が目に入る照明計画は避けて間接光による照明計画を基本とする、A併設する多目的室や稽古場、隣接する家屋との遮音計画を盛り込む、B空調は調整が容易なエアコンディショナーを基本とし、吹き出し口が直接患者に当たらないような配置計画とする。また、断熱材nの充填および複数の建具の併用により外気温の変化の影響を小さくする。

(6)人工呼吸器などの医療機器やパソコンなどの各種コミュニケーションメディアなど多岐に渡るベッド周りの電気機器類の配線が介護の支障になりうること、またそうした機器類の数や種類は病状の進行や患者個々のニーズにあわせて変化するため、主な機器類は天井から配線可能としかつ電力量に冗長性を持たせた計画とする。

(7)患者のQ.O.L.の向上に配慮し、既存の中庭に直接患者が車椅子のまま移動でき、空や太陽光や風を感じることができる計画とする。

また、コスト削減のための組織上の特徴として、
(8)できる限り設計内容を簡便なものに、仕様を安価に流通する材料に限定し、施工の大半を建築を学ぶ学生やALS患者支援者などの専門職外の人によるセルフビルドとすることで、人件費や技術費等の削減を図る。この設計・施工上の特徴は、時間をかけて使用者のニーズを適宜汲み取り、反映させながら進めることが可能であること、またこうした特殊な活動自身が間接的に支援者の輪を広げるための材料ともなること、などが期待されている。

このケーススタディの対象とする建物および改修計画案は図4・5に、計画内容による見積もり案を表7にそれぞれ示す。

図4

図5

表7

 現在の計画を通して、課題と考えられる点を以下に整理する。

(1)地域に多数存在する京町家ではあるが、ALS患者の療養空間のための施設として賃貸し、改修するような特殊な条件で契約を持ち主と結ぶことが困難であること。

(2)在宅独居患者の実態調査から得られた建築的知見は多岐に及ぶ。それらを活かした計画を実施するには、本ケーススタディのようなコスト削減のための設計施工上の工夫をもってしても、多くの資金を必要とすること。また、本ケーススタディのような全面的にセルフビルドに依存することを前提とした設計施工は、多くの時間を必要とすること。

(3)安価に賃貸契約を結ぶことのでき、改修が可能な物件では、構造面など現状の建築基準法上求められる性能や、人が日常生活を送るための最低限の性能を確保するにも相当のコストと手間を要すること。


7.まとめ
1)在宅独居ALS患者と介助者の住まいにおける生活実態とその住要求から得られた結果を表8にまとめる。以下は独居空間整備において特徴的であると思われる5点である。

@ 介助者にとって見守り介助がしやすい空間づくり
介助者は調理や洗濯などの家事援助を行うため、患者を目視で確認できる、あるいはナースコールが聞こえる範囲内で活動できるようにすることも重要である。身体が不自由で表現手段が限られた状態にある患者にとって見守り介助は生命に関わる。

A 介護用リフトの設置
 介助者1人でベッドと車椅子間の移乗を行うのは困難であると考えられることから患者が外出を望む、あるいは外出が必要になった場合に介護用リフトは不可欠であると考えられる。

B 患者本人が物品を管理しやすい空間づくり
在宅独居の場合、どこに何が置かれているかということを本人が把握し管理しておく必要がある。よって特に患者が全面介助状態にある場合ベッド上から確認できるようにするなどの工夫をすることが望ましい。

C 予備の必要物品を収納できるスペース
介助体制の整備が大きく関係するが、必要な物品が不足した状況下にあった場合、患者を置いて介助者だけが外出することは実質的に困難であるため、予備の必要物品を置くスペースを確保することが望ましい。

D 患者が私的な時間を持つことに対する空間的配慮
24時間介助が必要な状態にあるということは、患者にとっては常に他人と過ごしている状況下にあるということでもある。よって患者自身の性格にも大きく関係することであるが、患者が私的な時間を持ちながらも、介助者と互いに気配を感じられ見守り介助を可能にする空間づくりが必要になり得る場合があると思われる。
これらはALSが24時間つききりの他人介護を要する病状であるほか、介助者の確保が困難であるという社会的背景から考慮したものである。
療養室の照明環境に関しては患者4名とも天井照明を眩しく感じており、療養室内の照明を使用しない例(P3、P4)も見られた。また医療福祉機器類や家電製品等の増加することから、ベッド周辺には多数のコンセントが必要である。療養室内のコンセントの不足から延長コードを用いて隣室から電源を取っている例(P1,P4)もあった。また3例(P1,P3,P4)で、介護用リフトの導入がベッド配置の決定要因のひとつになっていたことから、利用する福祉器具のサイズを含めて療養室を考慮しなければならないことが示唆される。そのほか介助者からは排泄介助に伴う、衛生面における水回りの分離も挙げられた。

2)ケーススタディからの現在の知見としては、対象物件の流通上・契約上・性能上の問題、建設資金調達面の問題などが挙げられる。こうした課題を改善するための、各種助成制度の見直しや、ALS患者に代表される難病患者への市民の理解などが望まれる。



注釈
注1) ALSは、運動神経系の変性疾患の1つであり、上位と下位の両方の運動神経細胞(運動ニューロン)が障害されるものをいう。変性疾患とは、ある神経の働きをもった神経細胞群(集団)が、一部の組織から老化現象のように徐々に活力が失われていくもので、その原因はまだ解明されていない。発達的にはもっとも新しく獲得された手指の細かい動きや言葉を喋るなど成熟した随意運動の障害から始まり、随意運動と比べると不随意運動は障害されにくいとされている。ALSは全身性の障害を伴う疾病で意思疎通は困難になるが、五感や判断能力に衰えはない。頻度の高い過酷な介護を要することから、長期にわたる生命の維持を可能とする人工呼吸器の装着は家族間だけでなく社会問題のひとつにもなっている。文3)
注2) 難病情報センターのALS(筋委縮性側策硬化症)における特定疾患医療受給者証交付件数(平成18年度)による。
注3) 侵襲的の説明
注4) ALS(筋萎縮性側索硬化症)およびALS以外の療養患者・障害者における、在宅医療の療養環境整備に関する研究 平成18年度研究報告書」、主任研究者:川村佐和子、2007 より抜粋改編。
注5) 在宅療養生活に移行した段階で表れる患者のための空間を療養室(療養スペース)、介助者のための空間を待機室(待機スペース)と呼ぶ。
注6) 著者らの研究室で設計、工事を担当した。
注7) ( )内の数字は回答数。

参考文献
1)「人工呼吸器をつけますか?−ALS・告知・選択」、植竹日奈ほか、メディカ出版、2004
2)「<シリーズ ケアを開く>−ALS−不動の身体と息する機械」、立岩真也、医学書院、2004
3)「新ALSケアブック−筋萎縮性側索硬化症療養の手引き」、日本ALS協会編、川島書店、2006
4)「病院におけるALS患者の療養環境に関する事例的研究」、菅野實、徳永摂子、亀谷恵三子、小野田泰明、坂口大洋、日本建築学会計画系論文集、第567号、2003
5)「長期療養の場としてのALS罹病者と家族の住まいに関する事例的研究」、亀屋恵三子、菅野實、山本和恵、小野田泰明、坂口大洋、日本建築学会計画系論文集、第593号、2005
6)「在宅サービスを活用する高齢者のすまいに関する考察」、井上由紀子、小滝一正、大原一興、日本建築学会計画系論文集、第566号、2002
7)「ALS 不動の身体と息する機械」、立岩真也、医学書院、2004

*作成:
UP: 200900915
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