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「在宅療養中のALS療養者と支援者のための重度障害者等包括支援サービスを利用した療養支援プログラムの開発」事業完了報告書 第四章U

特定非営利活動法人ALS/MNDサポートセンターさくら会 2008/03/31
平成19年度障害者保健福祉推進事業 障害者自立支援調査研究プロジェクト

last update: 20151225

平成19年度障害者保健福祉推進事業 障害者自立支援調査研究プロジェクト

「在宅療養中のALS療養者と支援者のための重度障害者等包括支援サービスを利用した療養支援プログラムの開発」事業完了報告書 第四章

平成20年3月31日
特定非営利活動法人ALS/MNDサポートセンターさくら会

第四章 U,在宅独居ALS療養者のケアニーズ――1分間×24時間タイムスタディに基づく事例報告と検討

堀田義太郎*1、北村健太郎*2、渡邉あい子*3、山本晋輔*4、堀川勝史*5、中院麻央*4、小林香織*4、定行秀岳*4、高橋慎一*6、阪田弘一*7、川口有美子*8、橋本操*8

*1 立命館大学衣笠総合研究機構ポストドクトラルフェロー
*2 日本学術振興会特別研究員
*3 立命館大学大学院先端総合学術研究科博士課程
*4 京都工芸繊維大学大学院博士前期課程
*5 棟梁(京都西陣)
*6 立命館大学大学院文学研究科博士後期課程
*7 京都工芸繊維大学工芸科学研究科 准教授
*8 日本ALS協会

要旨
ALS在宅言独居療養者の介助ニーズを24時間×一分間タイムスタディ調査(以下:TS)によって調査し、そのニーズの詳細を明確化した。またヒアリング調査によりTSでは明示され難いニーズを抽出した。
具体的な介助活動に関しては、@見守り時間を介助サービス活動として適切に評価し保障する必要がある、Aコミュニケーション支援が必要な状態の療養者には、身体介護・生活支援(家事援助)といった枠組みには収まらないニーズが断続的に発生するため、これを包括的にみたす支援体制が必要である、B夜間の就寝が断続的になるため昼間での休憩・仮眠が増え、就寝・起床介助ニーズが終日頻出するという生活リズムをもつ、といった点が明らかになった。
また、独居患者が自著困難な場合、家族に期待されている本人代理者の役割が特定の介助者に課され、この介助者に重要情報が集中することで代理者役の介助者および他の介助者の双方に対して連絡業務が増すことが判明した。また、研修に関しては一定期間のOJTが必要であり、これが生活ニーズとして保障される必要がある。
本研究から得られる制度上の知見としては、とくに代理人役割に関しては、介助者とは別に一括してこの業務を担う第三者機関が必要であるという点、またこの機関が同時に研修業務を継続的に実施し、医療的ケアステーションの役割を兼務することができれば、包括的なニーズに対応するための機関としてさらに望ましいということである。

1 背景と目的
現在の日本の介護・介助保障制度は、日常生活動作・コミュニケーションに全面的な支援を要する重度障害者が在宅で生活する際には、家族が介助を一部提供することを前提として設計されている。しかし、家族が介助提供負担を担うことを前提とした制度では、家族介助者が周囲に存在しない人のニーズはみたされない。また、家族介助者が、介助活動に伴う負担を回避する選択肢をもたない場合、家族介助者の生活の質は低下し、介助の質も低下しかねない。さらに、家族介助者に対する負担が、患者自身に介助要求をためらわせる心理的要因にもなる。
家族という個別的な関係性に介助関係が限定されている場合、患者は、自らのニーズをみたすためには家族成員との関係性から撤退できない。他方、家族介助者は患者を介助しなくても自らのニーズをみたすことができる。一般に、任意の人間関係において主導権を握ることができるのは、当該の関係から撤退することによる損害が少ない側である注(1)。家族介助が前提にされている状況では、患者が家族から過少ないし過剰な干渉を受ける可能性は排除されない。
この点は、必要な介助ニーズの制度的保障への要求理由としての説得力をもつ。このような背景認識を前提として、本研究では、重度障害者が在宅で独居生活を送るために必要なニーズの質量を明らかにすることを目的とした。

2 対象と方法
本研究の対象は、家族と同居せずに独居在宅療養生活を送るALS療養者およびその介助内容である。対象患者は2002年にALSを発症、調査時期2007年10月15日現在、四肢機能は左上肢および首のわずかな横方向運動を除いてほぼ全廃状態であり、気管を切開しているが人工呼吸器は使用していない。栄養摂取方法は、胃ろうから一日分の水分量の約半分を摂取しているが、刻み食を経口で摂取できる状態にある。
在宅独居療養生活を送るために必要な介助ニーズの量と内容を明らかにするため、実際に在宅独居生活を送るALS患者の一日の介助ニーズを24時間×一分間TSによって記録した。TSの実行期間は2007年10月15日〜10月16日であり、介助者に対する個別的ヒアリング調査、メールによる質問調査の期間は12月〜3月である。
TSによって得られたデータの分析方法は、介護保険における「サービス行為ごとの区分」に基づいて項目ごとに分類して各項目の時間数を割り出し、この分類結果と総計結果を、調査対象となった療養者および介助者による校閲を経るとともにTSに関する先行研究の文献調査に基づき検証し、考察を加えた。
介護保険のサービス行為区分を用いた理由は、障害施策においても障害程度認定等に関して介護保険の枠組みが用いられており、また介助行為を分類する際に、公的に承認された適切な枠組みが他に存在しないからである。なお、われわれ共同研究者は必ずしも介護保険の区分が適切であると評価しているわけではない、ということを申し添えておく。
また、今回の調査期間において、調査対象者の介助サービス提供者のうち二名が研修中であったため、あわせて研修内容と研修期間に関するヒアリング調査を行った。
行為区分は「身体介護」「家事援助」「その他」「研修」「吸引」の5つの大項目とした。それぞれの項目に分類した細目を表1に示す。

表1 ケア内容項目別分類


体位交換
身体介護家事援助その他研修吸引
環境整備環境整備コミュニケーション
服薬介助相談・情報PC
起床介助記録連絡業務文字盤
就寝介助掃除見守り
洗濯金銭管理
トイレ介助調理外出
洗顔等買い物マッサージ
食事介助 リハビリ
特段の配慮を要する調理 他業種との情報交換(療養者の身体状況の把握)
清拭
外出準備
移乗
着替え
整容

倫理的配慮
 本文の内容および添付資料の公開に関しては、すべて事前に調査対象者(療養者本人および介助者)に閲覧していただき、公開の可否に関して承諾を得た。

3 結果
3−1 総時間数と項目別介助時間の割合
 24時間TSの結果は添付の別表に示した。今回のTSで記録した総時間数は2182分(36.3時間)であった。上記分類に該当する総介助時間数を表2に、5つの大項目のそれぞれに要した割合を図1に示す。

表2

身体介護家事援助その他研修吸引総時間数
672分690分623分147分50分2182分



図1 総時間数内の項目別割合
総時間数内の項目別割合

調査対象者は気管を切開しているため、定期的に吸引が必要であり、その総時間数は約50分であった。また、今回の調査期間は新人介助者の研修期間と重なったため、研修時間として147分が加わる。他方、今回のTSの結果を仮に介護保険で許容されている介助サービス行為のみに限定して算出したところ、図2に示すように、そう時間数は1362分(22.7時間)に削られる。

図2 介護保険の区分に基づいて削減された時間数
介護保険の区分に基づいて削減された時間数

このことは、介護保険では予定されていない介助行為が、気管切開患者特有のニーズである「吸引」を除いたとしても約30%以上を占めていることを示している。今回のTSで「その他」に分類した行為である。「その他」の総時間数623分の細目は、コミュニケーション、パソコン支援(以下:PC)、文字盤、見守り、金銭管理、外出、マッサージ、リハビリ、他業種とのコミュニケーション(療養者の身体状況の把握)、であった。
今回の調査により、これらの活動をニーズに対応したケア行為として評価しない限り、療養者の基本的ニーズが放置されることになる、ということが明らかになった。
以下ではまず、@別添のTS全体表から読み取れるニーズ特質を概観する。次に、A特筆すべき事項に関して具体的な介助内容をタイムスタディ結果の詳細を抜粋して提示し、その必要性を確認する。そして最後に、BTSでは必ずしも明らかにならない介助・支援ニーズを、ヒアリング調査から得られた情報に基づきまとめる。

3−2 TS全体表の分析

「身体介護」ニーズの頻度
約30%の身体介護の内訳で最長時間を占めるのは食事だった。他方、個別行為項目の分散傾向という点で特筆すべき点は、就寝・起床介助の頻度である。6時45分過ぎの起床から22時30分過ぎの就寝までの仮眠回数は、朝食前に1回、朝食から就寝までの間で3回の合計4回であった。今回の対象者の場合、22時過ぎに就寝し、その後6時45分過ぎに起床するまでの間に、体位交換9回、トイレ2回、服薬1回、吸引3回であり、その都度、療養者自身がナースコールで介助者に知らせていた。夜間睡眠時間中の療養者の覚醒回数の合計は8回だった。
今回の対象者は調査時点では人工呼吸器を装着していなかったが、体位交換等により夜間の睡眠も断続的になっているため、昼間にも頻繁に休憩をとる必要があったと考えられる(深夜の体位交換時を除き、24時間中の就寝・起床介助の総回数はそれぞれ5回ずつだった)。
こうした仮眠の頻度は今回の対象者に特有のニーズであるかもしれないが、別の療養者の支援者への聞き取りからは、起床・就寝回数が仮に少ないとしても頻繁な体位の微調整が必要になり、ほぼ終日、個別行為の前後に長時間身体部位の位置の調整が要請されるケースもあるということがわかった。身体を自発的に微動させることで快適な姿勢を保持できる健常者とは異なり、きわめて微細な移動にも介助を要する療養者の場合、微調整に多くの時間を要する。就寝・休息時や体位交換後の体位の決定に、慣れない介助者の場合にはとくに多くの時間を要する。
またナースコールやPCを操作するスイッチと身体との距離や接触面の調整がその都度必要になる。微細な動きを拾うためにスイッチのセンサーと皮膚との距離をミリ単位で固定しておく必要があるが、呼吸運動や咳などの不随意の身体運動により、あるいは訪問者がベッド脇に軽く腰掛けたりするだけで、療養者の身体バランスは微妙に崩れるからである。センサーと身体の位置が1センチずれるだけで、過剰に反応し続けたり、逆に身体運動を感知できなくなりうる。

「家事援助」の配分と構成要素
第二に、家事援助の構成要素を見る。その特徴としては、「調理」および「連絡業務」時間の多さが挙げられる。
「調理」時間の分散傾向からは、夜間から早朝にかけて集中しているのに対して、朝食後〜昼食までの午前中の調理時間は片付けも含めて14分と短時間に設定されていることが分かる。来訪者の多い午前中の調理時間を最小限にするため、早朝と夜間の余裕のある時間に食材等がストックされていることが分かる。
「連絡業務」は一回あたりの時間数は長くはないが頻度の多さが特徴として挙げられる。その内容については後述する。

「その他」の介助の構成要素
 「その他」に分類した介助行為のなかの最大の割合を占めていたのは「見守り」であり、次に「外出」そして「PC」と続いていた。夜間の見守り時間に関しては、体位交換等の頻度によって最長連続待機時間は午前03時02分から03時56分までの54分間であった。
 外出はほぼ毎日近所への散歩という形で行われており、その間、別の介助者が生活必需品の買い物や銀行業務・行政文書の提出等を行っていた。PC操作時間については後述する。
他業種とのコミュニケーション補助は、訪問看護師・往診の医師らが文字盤コミュニケーションのスキルを持たず、またこれを業としていないことから、患者の意思を確認するために必然的に生じたニーズである。

3−3 具体的介助内容の分析

見守り
まず、全体表から明らかになった「見守り」の内容を具体的に見る。
見守り中、介助者はつねにニーズに即応可能な態勢を保持していた。全介助を要するALS患者の場合、介助者はコールに応じて即座にベッドサイドに駆けつけることができる態勢をとっている必要がある。今回の対象者の場合、介助者は、ベッドから遮光のためのカーテンで仕切られ、3メートルほど離れた位置にあるテーブルにつねに着座して10分以下の単位で定期的に直接的な目視で見守りを行っていた。
表3は、夜間のニーズ発生時の介助者の行為を。TS原本から抜粋したものである(深夜03時57分〜04時30分)。
なお、ここでTSの原本を提示する理由は、先行研究でも指摘されている通り、別添の全体表では一分間に行われている介助行為の複合性が消去され、優先されるコードに一元化されてしまうという分析方法上の限界があるためである(文献(1)(2))。

表3 03時57分〜04時30分の詳細
575859012345678911112131415161718192021222324252627282930
見守り声かけ体位交換(右腕を下に)左手を移動声かけ文字盤「風を体に当てない」文字盤「親指を外に」文字盤「肩まで布団」声かけ「ちょびっとだけとれました」布団をかける声かけ「もう1度おねがいします」ベッドサイドに移動見守り文字盤「首の位置を直して」声かけ「仰向けにしますね」吸引準備声かけ「ではいきます。大きく息をして下さいね」声かけ「もう1回いきます。大きく息を吸って下さい」声かけ「腰を引きます」文字盤「ナースコールが外れました」文字盤「コードの位置が違う」声かけ「腰動かします」トイレ声かけトイレトイレトイレ声かけ声かけ「これでいいですか」コールチェック文字盤「布団を足にかける」声かけ「ちょっと片付けますね」吸引器の調整着席
コールによりベッドサイドに移動体位交換(腰→肩→頭)文字盤「エアコンをつけます。22度くらい」エアコンをつける文字盤「加湿器」布団をかける声かけ「ガーゼを湿らせときますか?」エアコン調節コールチェック特になしコールによりベッドサイドに移動声かけ声かけ「このままで」吸引吸引体位交換(腰を引く)声かけ「はい、直しますね」調整体位交換(腰を動かす)声かけ声かけ声かけ体位交換(肩→頭→腰→右手)布団をかける声かけ「ちょっと近いです。直します」布団をかける吸引器の調整尿瓶の洗浄記録作成
声かけマッサージ(足)文字盤「エアコンをつけます。22度くらい」声かけ「つけますね」声かけ「ちょっと痰をふき取っていいですか」ガーゼに霧吹きをかけるコールチェック消灯隣室に移動→着席文字盤「はい」声かけ「もう1回いきます。大きく息を吸ってください」声かけ「痰取れませんでした」文字盤「黄色の文字盤」ナースコールの調整声かけ「これでいいですか」トイレ準備調整隣室に移動
体位交換(右へ)体位交換(足曲げ→倒す→腰、肩→頭→腰)体位交換(足曲げ→倒す→腰、肩→頭→腰)声かけ「はい」痰を取る → 声かけ「ちょっととれました」隣室に移動見守り文字盤「吸引」声かけ「もう1回いきます。大きく息を吸ってください」声かけ声かけ声かけ声かけ「あと何かありますか」
吸引吸引文字盤「おしっこ」

「見守り」の時間帯において、介助者はコールに即応して一分以内にベッドサイドに移動している。もし、体位交換を実際に行っている時間だけしか業務として評価されないとすれば、業務形態は滞在型ではなく回数換算での周回型になるだろう。だが、気管切開療養者にとって、たとえば痰吸引ニーズは本質的に即応が必要なニーズであり、対応時間の遅延が生命に直接関わる。常時見守りによって不定期のニーズに即応する態勢が保障される必要がある。なお、24時間表(別添)で示したとおり、この後、約一時間後に再び体位交換を行っている。

PC
表4にパソコン操作支援の詳細を抜粋する。
全介助を要する療養者の場合、パソコン操作の補助とはいえ、そのための体勢を整え維持するためには、体位の微調整を含めて多くの身体介護を含み、手順および時間が多く割かれていることが分かる。操作内容や療養者の身体状況、機器の状態によっては30分を要する場合もある。ALSに代表される全身性の身体障害を有しており、気管切開により発声機能を持たない人にとって、ミリ単位の身体動作で操作できるパソコンは、人的介助を介さずに情報の送受信が可能なコミュニケーションツールとして、きわめて重要な装置である。
今回の調査でも介助者のヒアリングによれば、療養者にとってパソコンに向かう時間が非常に重要なプライベートな時間として位置づけられている、という回答を得た。

表4 19時13分〜19時43分詳細
19時13分〜19時43分詳細

二人体制が必要な身体介護の例
表5に「清拭介助」の詳細を提示する。
具体的な行為内容からは、文字盤を用いた指示に従った身体部位と姿勢の「微調整」が繰り返されていることが読み取れる。
療養者のその都度の身体状態と身体感覚に応じて、身体部位の配置が微妙に異なってくるため、姿勢を決めて保持するためには、文字盤で療養者の意向を頻繁に確認しつつ、微細な調整をする必要がある。こうした微調整は食事中および外出中にも繰り返し行われており、一般的な身体介護と家事援助が容易に区別できないニーズ様態を示している。
通常の枠組みでは「その他」に分類され業務として評価されないような項目でも、保障されるべき介助ニーズとして算入される必要がある、ということが明らかになった。
清拭介助はここでは二名で行われている。全介助が必要な療養者の場合、座位保持等も不可能であるため、衣服の着脱を含めて一名で行われた場合には以下の倍の時間(40分)を要することになる。それにより、介助者および療養者双方に対する身体的負担も増す。

表5 20時05分〜20時25分の詳細
20時05分〜20時25分の詳細


3−4 ヒアリング調査に基づく結果分析

以下に、TSからは必ずしも明らかにならなかったが、ヒアリング調査を通して明確化された介助ニーズを提示する。

家事援助
第一に、夜間時間帯の調理時間の大半が、調理の下準備やストック食品の調理に充てられていたということが挙げられる。
その要因としては、「3−2」において述べたように、来訪者の多い午前中の調理時間を最小限にするため、早朝と夜間の余裕のある時間に食材等をストックする必要がある、という点が挙げられる。独居療養者には日常的な家事を行う家族が存在しないため、療養者の身体的ニーズが頻出する昼間および起床時間中には、集中して家事を行う時間がない。今回のTS調査時にはなかったが、後のヒアリングによれば洗濯を夜間就寝後から深夜にかけて行うことが多いという結果も得られた。また今回のTSでは、一名の介助で療養者が外出中に、もう一人の介助者が生活必需品の買い物を行っていたが、掃除等を行う場合もある。
また、今回のTS時には新人研修が重なっていたため、家事・食事の段取り等を含めて夜間時に研修としての調理が通常よりも長時間を割いて行われていた。
しかしこの研修時間を差し引いたとしても、独居者には家族がいないので、すべての家事を介助者が行う必要があるため、身体介護とは別に、かなりの時間が必要であることが判明した。

連絡業務
連絡業務の内容に関する事後的ヒアリング調査では、以下の点が明らかになった。
まず、一般的な連絡業務時間は時間帯によっても異なるが、介助者一人につき、勤務時間前の引き継ぎに約5〜15分、勤務時間中に必要に応じて生活の記録とノートを確認し、記入する時間として総計5〜10分程度、そして、勤務終了前の記録および引き継ぎに約5〜10分前後の時間が費やされている。
一般的な連絡業務は、その内容に応じて大きく三つに区別できる。

@ 身体ケアに関する連絡
A 家計に関する連絡
B 医療に関する連絡

これらに加えて日常的に、訪問者と療養者とのコミュニケーション補助がある。
@には、新しく導入された福祉機器の構造・使用法等の説明、意思伝達装置のセッティング・調整方法についての時間が含まれる。これに必要な時間は平均して15分前後だという回答を得た。また、文書で伝えられない部分につき、口頭での引き継ぎに5分程度を必要とした。また、今回のTS時には通常業務とは別に、資料(2)としてその一部を添付した「手順書」の作成が含まれていた。
Aは主として、金銭管理のための出納帳への記録である。残金の計算とレシート内容の対応関係の計算を含めて約10〜15分かかっていた。
Bの主な内容は、往診や訪問看護時の医療専門職への連絡に加えて、とくに往診では配薬に備えて薬の残量を数え、今後の服薬方針の相談のために薬の効用や質問事項をあらかじめ生活記録から調べておく時間が必要とされていた。こうした作業は家族と同居している場合には、家族に期待される作業だが、明確な介助行為である。この作業に、往診および訪問看護の前の10〜15分が費やされていた。

上記の一般的な連絡業務とは別に、TSに記録された業務時間外の連絡業務が存在したことが、事後的な介助者へのヒアリング調査から明らかになった。とくに独居療養者に特有の、重要事項の連絡業務である。
自署ができない患者の場合、行政書類・金融機関への証明書・重要書類の受領証明書等に関して、通常は家族に期待されている本人代理署名を介助者が行う必要がある。とくに行政窓口・金融機関は複数の介助者がその都度代理で行うことを認めておらず、特定の代理人を指定する(領収証への署名、口座の開設、診断書や公文書の請求等)。しかし、特定の代理人は業として介助を行っている以上、つねに業務時間中ではあり得ない。そのため、この代理人への連絡・申し送りが、他の介助者にとって日常的な業務となる。また、代理人となる特定の介助者にとっても、連絡をとくに電話で受信する場合には、受電時間を特定できず、業務時間外作業となることが多い。そして、連絡が特定の介助者に集中することにより、療養者の生活の重要事項に関する知識において複数の介助者間で非対称性が生じ、必要な連絡業務の量がさらに増大する。
TSには、代理人の業務外事務作業時間は算出されない。在宅独居生活の支援に際しては、経済的側面を中心とした生活状況全般に関する事務手続きを代理する第三者機関の重要性と必要性は強く示唆された。

業務時間外労働とその負担
 上記連絡業務とは別に今回のヒアリングで明らかにされた業務として、療養者の日常生活以外の外泊時における宿泊先や交通手段等のコーディネート、福祉機器・用具の作成と調整、さらに介助スケジュールの調整という業務が介助者の業務以外のところで必要とされていることが明らかになった。
 外泊時における宿泊先・交通手段等のコーディネートに関しては、介助者の日常業務のなかに含まれておらず、また療養者がすべて担うことが困難であるため、コーディネート役割はボランティアでこれを担う人が引き受けていた。
 また福祉機器・用具はたとえば文字盤の文字の配列やスイッチの形式や大きさ、設置方法等に関して、すべて個人的ニーズにフィットした用具でなければ使い物にならないため、これらは介助者以外の第三者がボランティアで担っていた。意思伝達装置やセンサーとパソコンとの接続方法については、介助者が業務時間中に行うPC業務等とは別に、第三者がボランティアで担っていた。
 また、今回のケースでは、個々の利用者に即した介助者の業務シフトのコーディネートと調整が、前述の代理人役割を担うボランティアによって担われていた。
今回のケースでは、当該療養者個人の介助を専門で業とする介助者が、事実上のパーソナルアシスタントとして、介助スケジュールの中心に組まれていた。その要因として想定されるのは次の点である。ニーズの個別性の程度の高さに比例して、介助者に要請される技能習得と療養者との関係形成に要する時間は増加するため、介助ニーズに応ずることができる介助者の数は減る。また、療養者自身にとっても特定の介助者から介助を得られるほうが不安も少なくなり、関係形成に要する精神的・心理的なコストも減少することが予想される。
 一般的で定型的なニーズ需要に応じて介助者供給量を調整する業務を超えた、個別的支援体制のコーディネートと調整は、事業者に制度的に期待されている業務に必ずしも含まれないため、こうした調整は事業者の業務外負担になるか、別途支援者が行う必要がある、ということが分かった。

新人介助者研修調査の結果
 新人介助者の研修についてのヒアリング調査からは次の点が明らかになった。研修方法は基本的に現場研修である。研修期間中で最も時間を要したこととしては、第一に、一般に先天性障害者とは異なる点として医療的ケア提供者についても指摘されていることだが、介助ニーズ把握のためには、患者・療養者が介助を要する状態になる以前の生活状況やライフスタイルについての理解が求められるという点がある。
 患者・療養者の性格によって左右されるが、日常生活全般のニーズに応ずる必要があり、またその都度のニーズ表出の量が口頭で要請困難な状況にある場合には、コミュニケーションを行う時間自体が療養者にとって負担になる場合もあるため、介助者側の裁量と忖度に委ねられる部分が増してしまう。今回の対象者の場合にも、文字盤コミュニケーションによりできるだけその都度の指示を受けて支援が行われていたが、それでも、口頭での指示に比して指示内容は簡略化されざるを得ない。そのため、その分だけ介助者には療養者のニーズ充足方法をある程度は体得していることが要求される。もちろん、療養者は指示されたこと以外についての介助者の忖度が「過剰な干渉」と感じられる部分もある。だが、何についてどこまで忖度すべきか、ということについては個人差があり、その範囲を把握すること自体に時間がかかる。
 第二に、体位交換および就寝・起床の際の微調整の方法を、知識のレベルを超えた身体技法として習得するために最も多くの時間を要した、という回答が得られた。
とくに今回の調査対象者は、少数の介助者(7〜8名)によって24時間生活支援を受けていたためでもあるが、すべての介助者が生活全般のニーズを把握し、これに対応可能なスキルを体得している必要があった。
今回のケースでは、完全に一人でも介助できるレベルまで、研修に要した期間は、二名の研修者に共通して一日8時間勤務・週5回平均で約3ヶ月であり、総時間数にして約480時間であった。
また、在宅生活に固有のニーズに対する慣れについて、療養者を発病以前から個人的に知己しており、入院中も病室での食事介助を1年以上続けてきた経験のある介助者でさえも、在宅に移行後、約5ヶ月かかったという回答がヒアリングにおいて得られた。

4 結論
あらためて今回のTSで得られた介助総時間数の総計とその項目別の割合を提示する。

図1(再掲)

図1

今回の調査は対象者が一名であり、またTSも一回のみの結果を用いている点で、一般化可能性という観点から見れば限界がある。今回の調査で明らかになったニーズの割合は、調査対象者自身にとっても、在宅移行から約2カ月しか経っていない時期であったことから、標準的なニーズであるとは言えない部分もある。介助者の重複が例外的な部分もある。しかし、体位交換に介助が必要でまた気管切開を行っている患者に特有の睡眠形態は、一定の共通性があると言えるだろう。住空間に関する研究が示すように、健常者の日常生活における一日の起床・就寝回数(それぞれ一回)を基準にして判断することはできないということは明らかである。
しかし今回の調査で明らかになったこととして、ニーズ内容とその充足方法において個別性の高いALS患者の場合、あらかじめ介助サービス行為に対するニーズを分類し時間を特定すること自体に限界がある、という点がある。
また、今回の調査においてとくに以下の点が明らかになった。

一定の実地研修時間が個人の介助ニーズとして保障される必要がある
今回記録された総介助時間数は36.3時間であり、そのうち研修時間が約2時間30分間である。3で確認したように、身体接触がきわめて多く、また姿勢を自力で保持・調整できない状態にあるALS患者の場合、ニーズの個別性が高まるため、一般的な知識・技術の習得だけでは対応しきれない部分がつねにある。食事・排せつ・就寝・安楽な姿勢といった日常生活ニーズは、非日常的なニーズ、たとえば医療的処置による疼痛緩和へのニーズとは異なり、その充足方法と、介助の成否の判断基準は当人の感覚に委ねられる部分が大きい(逆に、たとえば外科手術の方法およびその成否について、通常の患者はその場で判断して指示したりすることは極めて難しいか不可能である)。
そのため、一般的な手順以上の繊細かつ慎重な介助が必要になる。個々の療養者のニーズ充足方法に関して体得するためには、一定期間の実地研修が不可欠である。特定の介助者が生活全般のニーズを継続的に充足する体制が確立されているとすれば問題はないが、そうではない場合には、一定の頻度で介助者を実地研修できるような支援体制が、生活ニーズの一部として保障される必要がある。

意思決定に関する業務代行機関の必要性
今回ヒアリングを経て、とくに患者の生活状況全般の支援や連絡業務等、患者の決定事項を代理する立場に課される固有の負担が明らかにされた。患者の意思決定事項を代理する支援者が介助者を兼ねている場合、事務作業が業務時間外に課されることが多くなる。
たしかに、介助者間での情報の非対称性による連絡業務の増加可能性を完全に解消する方法は、独居患者の場合には残念ながら存在しないと言わざるを得ないだろう。しかし、事務作業・連絡業務を、療養者の権利擁護を基盤に据えて、一括して担う機関が存在しているとすれば、連絡業務の一元化が可能になり、代理署名・捺印内容に関する透明性も確保され、介助者の業務外の責任と負担は軽減されるだろう。
本報告では特に医療や金銭管理に関する相談の一元化を、今後の重度包括支援事業所の業務として提案したい。また、療養者の権利を擁護しつつ直接的な日常生活支援以外の外部機関との連絡や交渉、福祉用具の調整や業者とのコーディネート業務、そして個別的支援体制に必要な介助者のマネジメントに必要な業務も、包括的支援のなかに含まれるべきであると考えられる。
こうした点からも、介助事業所および研修設備、またレスパイト施設を兼ねた、複数の在宅重度障害療養者とその支援者を支えるセンターとして存在していることが望ましい。

文献
(1) 國定美香 2005 「改定版タイムスタディと旧版一分間タイムスタディの検証」、『福山市立女子短期大学紀要』(31)pp. 21-25
(2) 國定美香 2003 「介護保険の要介護認定における一分間タイムスタディ」、『福山市立女子短期大学紀要』(29) pp. 91-96
(3) 金田千賀子 2005 「身体的自立度の高い痴呆症高齢者の行動分析に関する研究」『医療福祉研究』(1)pp. 57-65
(4) 白木博次・川村佐和子 1984 「神経難病への基本的対応――患者とその介護者のタイム・スタディと関連して」『公害研究』Vol. 13 No. 3 pp. 43-61
(5) 川村佐和子編 1994 『筋・神経系難病の在宅看護――医療依存度が高い人々に対する看護』日本プランニングセンター
(6) 川口有美子 2005 「WWWのALS村で」 『現代のエスプリ458 クリニカルガバナンス――共に治療に取り組む人間関係』至文堂pp34-42
(7) 葛城貞三 「ALS患者の療養環境と告知の関係について――「新しいALS観」を求めて」cf. http://www.livingroom.ne.jp/e/journal.htm
(8) 「麻痺し、麻痺しゆく身体のポリティクス」在宅重度障害者としてのALSの実態調査から新制度の検証を始める(日本保健医療社会学会発表抄録
cf. http://homepage2.nifty.com/ajikun/memo/20060611.htm


(1) 取引交渉関係は関係性が維持されることに対する必要度の高い方が不利になる。一般に、関係維持に対する願望やニーズの強さと、関係維持のために支払われるコストの高さは比例する。

*作成:
UP: 200900915
全文掲載  ◇目次  ◇川口 有美子  ◇ALS  ◇ケア  ◇障害者自立支援法  ◇NPO法人さくら会
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