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「ALSの隠喩、TLS(Totally Locked-in State)を概観する:重篤なコミュニケーション障害をもつ人の在宅介護の体験から」

川口 有美子 20080114
国際公開シンポジウム:人間改造のエシックス――ブレインマシンインターフェースの未来 於:京都大学

last update: 20151225

〔図は省略しました〕

(川口有美子) 川口と申します。今日は東京から参りました。先ほどの金森先生のお話を受け継ぐ形になりますが、ALSの人は自分たちこそサイボーグだというふうに、名乗りを上げております(笑)。というのも、身体が動かなくなるにしたがって、補助機械を取り入れて生きていかねばならないという疾患ですので。そして、最終的には人工呼吸器や、きょうお話するような、脳と機械をつなぐということも、日本の患者は10年前から在宅でおこなっています。多分、在宅における人体と器械との関係については、これから世界でも最先端のお話をすることになると思います。というのも、多くのALSの患者が人工呼吸療法に進み、長期在宅療養を実現している国は世界でも日本が群を抜いているからです。そこで、私はALSも含む、運動神経疾患患者――MND(Motor Neuron Disease)――の身体と機械の良好の関係について知っていただくために、意思伝達装置としてのBMIの成功例と、それから、BMIの発展に伴い予測される可能性と問題点について、お話したいと思います。すでに先生方からお話がありましたような、薬物、法制度、教育、企業におけるBMIの応用については、私のほうから本日はお話しません。
 さてまず、脳マシーンの話に移る前に、全身性障害者に対する福祉機器の導入も、私は広義の人間機械化と考えていますので説明します。神経疾患を発症した者が、長期人工呼吸療法に移行するまでに必要な機械に、まず電動ベッドがあり、そして、肺炎の原因となる嚥下障害も起こり、呼吸筋が弱くなって咳もできなくなり、自力でたんが排出できなくなると、吸引器が要るという風になり、だんだん身の回りに機械が増えていくようになります。そして、経口摂取が困難になれば、経管栄養が必要になります。これは胃瘻ですが、経鼻からの注入もあります。さらに呼吸困難になれば、人工呼吸器が開始され、そうなると発語ができなくなりますので、ほぼ同時に意思伝達装置としてコンピューターが導入されます。これで、介護者に意思を伝えることと、ベッド上での社会参加が可能になります。外出のための特別仕様の車椅子は、リクライニング式で、人工呼吸器も座席の下に搭載できるようになっていて、日本では身体障害者手帳の交付により、オーダーメイドで給付の対象になっています。
 そこで問題になるのが、コンピューターソフトの操作以上に入力の方法です。疾患が進行すると、だんだん手指も動かなくなってくるので、身体のどこかにスイッチを貼り付けたり、はさみ込んだりして、コンピューターに入力するための特別なスイッチが必要になってきます。そして、最終的にはどこも動かなくなった時点で、脳波や脳血流をもちいたスイッチ、ブレインマシンインターフェースに発展する、ということになります。

これだけの機器を、ALSの人は身体の内外に接続して、不便や苦痛を緩和し生存機能を介助していくことになります。在宅療養を補助するこれらの機械は、日本では難病研究事業や介護保険や障害者の自立支援法などで給付され、人工呼吸器もレンタルできるのですが、このような保障制度は日本がもっとも整っています。これも1980年代以降の患者運動の成果といえ、その結果、日本のALS患者は3割もが人工呼吸療法を選択し、長期療養しています。海外では、呼吸器をつける人は1割にも満たず、珍しいです。例えば、アメリカでは、医療も介護費用もほぼ全額自費になりますから、よほどのお金持ちでなければ、呼吸器は使用せず――鼻マスク程度は普及しているみたいですけれども――― 呼吸麻痺の治療はしないで亡くなります。また、イギリスでは、治らない非効率的な医療は排除する政策ですので、ALSでも長期呼吸療法は望まないよう、ドクターが一生懸命に患者をなだめて、終末期の緩和ケアに入る。ここで言う緩和ケアというのは呼吸困難をモルヒネで緩和するケアでやがて死に至ります。このように、治らないのに長期化するような医療は、政治の影響を受け治療方針もずいぶん変わってくると考えております。これは日本国内における地域間格差の問題と同じです。だから、脳科学も倫理面のみならず、当然、政治社会の影響を考える必要があります。
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 本来でしたら、ここにいるのは私ではなくて、九州のALS患者の山口進一さんだったらよかったのですけれども、残念なことに2年前に他界されました。
山口進一さんが最も早く、意思伝達のために「脳と機械をつなぐ」ということを考えておられ、同病の母をもつ私もメールをやりとりする仲間の一人でした。ありし日の山口さんが、非侵襲的人工呼吸器(鼻マスク)を利用されている様子をご覧ください。家中が機械だらけなのですが、これがALSの人の家庭です。 そして、彼は呼吸器をつけても、自分の声が出せるように音声プログラムを開発しました。まず脳と機械の話に行く前に、山口さんのチャレンジをご紹介したいと思います。

〔ビデオ1〕チャレンジャー RKB毎日放送 2001年1月25日放映
http://blast.subaru.ac.jp/~laconic/VIDEO.htm#1_myTV_houdou.htm

(アナウンサー:女性)運動神経が選択的に侵されることによって次第に全身が動かなくなるALSという難病があります。福岡県宗像市のコンピューター技術者、山口進一さんは62歳。6年前にこの病気を発症し、現在は一人で立ち上がることもできません。
(アナウンサー:男性) しかし、いつか失うであろう声をパソコンの技術で再生しようという挑戦を続けています。きょうのチャレンジャー、山口さんを記者が取材しました。
(記者) 山口進一さんがALS――筋萎縮性側索硬化症として診断されたのは96年3月です。ALSの原因は今も解明されていません。運動神経が冒され、全身が次第に動かなくなっていきます。意識は全く影響を受けないまま、最後はまばたき一つ、できなくなる難病で、治療法はありません。
(山口進一) 長い人は10年、20年、生きられるんですよ。確かに10年、20年、生きられるということが苦しいという人もいるんですけど、私はその反対の考えです。10年、20年の間に自分にできることをどんどんやっていこうと思っております。
(記者) かつて山口さんはコンピューターが専門のエンジニアでした。今もわずかな力で操作できる特製のコントローラーでパソコンを使いこなします。ALS患者は必ず自分の声を失うときが来ます。呼吸に必要な筋肉が動かなくなるため、患者は病気が進むと、気管を切開して人工呼吸器をつけることが必要になりますが、その引きかえに声を失うのです。
(機械音声) こんにちは。きょうはよいお天気ですね。
(記者) 音声合成装置も開発されていますが、山口さんにとって機械的な声しか出ない従来のシステムは、到底受け入れられるものではありませんでした。
(山口進一) 自分の声で、自分の感情を持って、怒りとか悲しみとかうれしさ、そういうことを自分の声で表現したいですね、生きている限り。
(記者) いつまでも自分の声で話したい、講演を続けたいという山口さんの夢が最新のテクノロジーで現実となります。
 この研究機関では最先端の音声合成システム、チャターの開発が進められています。山口さんは講演を聞いた人の紹介で、共同開発者としてユーザーの立場から、このチャターの開発に参加することになったのです。チャターの特徴は、あらかじめ収録したその人の声をもとに、音声を合成することです。
山口さんの自宅に開発されたばかりのチャターの入ったCDが届く。
(山口さんの機械音声) こんにちは。こんにちは。こんにちは。こんにちは。僕はALS患者の山口進一です‐‐‐。
(山口さんの奥さま) 夫が声をなくしても、前と同じように会話できますでしょう? そういうことがうれしいですね。
(記者) 山口さんがいつ声を失うことになるかわかりませんが、それは決して遠い先のことではありません。
(山口進一) 私が一生懸命、生きているというあかしですよね。機械の音では私が生きていることになりません。私が私の声でしゃべって、初めて私が生きているということです。死ぬまで私は、自分の声で発言し、生き続けたいですよ。人の声を借りたくない。

(川口有美子) 山口さんは、人の声を借りたくないとおっしゃっているのですが、それから、しばらくして気管切開し本格的な人工呼吸療法に進まれました。しかし幸運なことに、それ以後もスピーキングバルブの利用によって、呼吸器を利用しながらもしゃべれたのです。山口さんは結局亡くなるまでずっと、自分の声でお話ができました。ALSでは珍しいのですが、呼吸器をつけても会話が長く保たれる方がおられます。
山口さんは自分の声にこだわられたのですが、そうでなくても、意思伝達ができていれば、身体機能の低下が必ずしもQOLを阻害しないということは証明できると思いますし、意思伝達が患者のQOLにとって、非常に重要な鍵ということもお分かりになると思います。
 さて、これからが本題です。これからお話しするのは、こっち(脳)側の話なのです。山口さんは、閉じ込め症候群と言われる「ロックトイン・シンドローム」になるのを恐れて、意思伝達装置を自分で開発しようとしていたのですが、大変進行の早い患者さんが、完全にコミュニケーションが封じ込められてしまうことがあります。それは、「トータリー・ロックトイン・ステイト(Totally Locked-in State)」「完全なるロックトイン」というふうに呼ばれて、医師にも患者にも恐れられている状態です。運動神経が選択的に阻害されるのがALSですが、なかには眼球運動までもが阻害されて、全身どこも動かなくなるので、意思伝達ができなくなり、自分の身体の中に心が閉じ込められたように見える人がいます。そういう人たちのために、2000年ごろから、脳波を読み取る意思伝達装置、「マクトス」(EGG)という商品が、患者の自宅で実際に使われてまいりました。
 これはALSと同じような症状のウェルドニッヒ・ホフマン症候群という、子供のALS患者みたいな方なのです。彼は兵庫県加古川市の自宅で脳波スイッチを使いこなしています。まず、マクトスが拾った脳波を電気信号に変え、コンピューターやダイナモという音声装置につないでいます。その模様を撮影したニュースを山口さんのHPから拝借してきました。

〔ビデオ2〕電撃黒潮隊 RKB毎日放送 2001年1月27日放映 
(ナレーション) テクノロジーで、みずから意思を伝えることができるようになった少年がいます。頭にとりつけられたのは脳波を感知するセンサーです。
(養護学級の先生) ‐‐‐動かして。
(ナレーション) 少年は脳波でラジコンを動かして遊んでいるのです。浦野晃一君はALSとよく似たウェルドニッヒ・ホフマン病で、3歳のころから完全に体が動かなくなりました。ことし、14歳。わずかに眼球が動くだけ。言葉は一言も発することができません。しかし、脳波スイッチと出会い、みずから意思を発するだけでなく、これまではできるはずもなかったおもちゃを動かして遊ぶことも可能になりました。
 この装置を開発したのは姫路市の小さなベンチャー企業です。装置の名前はマクトスといいます。人間の脳波は大きくα波とβ波に分けられますが、β波は緊張した状態のときに多く出ます。緊張した状態をつくり出す訓練をすれば、自分の意思で自由にβ波を出すことができるようになります。マクトスはこのβ波を感知して作動するスイッチなのです。
(女性の声) 体の調子はいかがですか。
(機械音声) 体はだるいです。
(大西社長) この人間の脳波というのは、意識がある限り、つまり人間の脳が動いている限り使えるわけですから、これは究極の使える信号かなということに着目したんですけれどもね。
(母親) テレビを見ようか。テレビ、見たいの?
(ナレーション) この音は晃一君の切開した気管から漏れる音を録音したものです。晃一君は、マクトスでこの音を出して意思を伝えます。マクトスを知るまでは、母親の浦野明美さんは、いつしか晃一君に語りかけることも減っていたと振り返ります。
(母親) 給食、食べた? ‐‐‐。家族も話しかけないですよね、返事しないし。だんだん話しかけなくなるじゃないですか。目ではするけど、問いかけが少なくなってくる。
(ナレーション) しかし、マクトスを使い始め、すべてが一変しました。晃一君が自分から積極的に意思を伝えるようになってきたのです。家族が最初に驚いたのは、バレーボールの世界大会のときです。家族が応援に熱中していると、晃一君がマクトスを何度も何度も鳴らしてきたのです。
(母親) ああ、そうなんや。みんなと一緒にしゃべりたいんやと思って。やっぱり今までも言っていたかもしれないけど、わからない。でも、言ってたんでしょうね、目とか気持ちでは。これがあることによって伝わるから、よく話しかけるし。今までは話しかけられるだけの人。自分からあんまり話しかけない、訴えない‐‐‐けど、すごい積極的に。子供らしい、積極的に「もっともっと」とか、「もっとしたい、これ」とか、そんな感じだったと思うんです。
(男性の声) オリンピックはおもしろかった? 一番応援したのは? 柔道? ソフトボール? マラソン?
(ナレーション) 全く変わらない表情の奥底に、少年のあふれんばかりの感情が潜んでいました。
(母親) これをつけたからといって、全部が全部は、全然、とてもじゃないけど、何分の1を伝えられているのかわからないけど。さっきおっしゃっていたみたいに、これが確実になってきて、パソコンとかにつないで会話なんかができるようになったら、いいやろうなと。最終目標は、そこなんですけど。

(川口有美子) 浦野君は、話しによれば最近好きな人ができて、この装置を使ってラブレターを書いて送ったそうです。間違えもかなりあるらしいのですけれども、青年らしい脳波スイッチの使い方をするようになってきたということです。
 私がお宅を訪問したときには、近くのスーパーマーケットにお買い物に行くようになったとおっしゃっていました。お母さんはスーパーのレジのところに彼を置いて隠れちゃうそうなんです。音声発生装置のダイナモに「そや、そや」とか、「おもろ」とか、「そんなやつ、おらんで」とか、関西弁の言葉を先に録音しておくと、彼がそれを脳波スイッチのマクトスで鳴らすそうです。すると、その声に合わせてレジのおばちゃんが合いの手を打ってくれるので、会話は十分に成立しています。彼がたまに何日も買い物に行かないと、スーパーの人たちは、「きょうも来ないね。どうしたんだろう」と心配をするそうで、お母さんは「こうして、この子が受け入れられ、街の人々の中に溶け込んでいってほしい」と願っているそうです。街の人々に見守られる存在になってほしいと。また、東京で同じ病気のお子さんをもつお母さんも、呼吸器をつけている子どもを通学させていました。信号は青で渡るなどの社会ルールを学んでほしい、という風におっしゃっていました。
 どんどん、いきます。
 この方はALS療養者の仙台在住の和川次男さん。この番組は、2001年8月18日に放映されたNHKスペシャル「空白の二年間からの記録」で、アメリカでも放映され大絶賛されたそうです。今日は国際シンポジウムに相応しく、アメリカで放映された英語バージョン”Vital Sings”を持ってまいりました。インタビュー部分は、もちろん日本人なので、日本語で答えていらっしゃいます。ではごらんください。

〔ビデオ3〕
(英語のナレーション)
(妻)(熱が)あるの? それは大変だ。ちょっと、(マクトス)やってみようか。やってみる? 
(次男)ぴっ。
(妻)さ、じゃあ、やってみます。いいですか。はい。あ、「あ」。あ、か、さ、た、た、ち、つ、「つ」。あ、あ、「い」、い。あつい。……。暑いの?ごめんなさいね。どれ体温、はかってみようか。すごく暑い?さっき水枕、変えたんだけどねえ。
(和川次男は、小さな長方形の箱のような機械、マクトスを前頭部にゴムバンドで固定している。妻、初美の五十音の読み取りに反応してマクトスを鳴らす。初美は、最初に五十音を「あかさたな」と横に読み上げ、次男が確定した行を「かきくけこ」という風に下に下る。ひらがな一文字を確定するために、和川は二回マクトスを鳴らすことになる。)
(英語のナレーション)次男は体温調節ができず、夏の暑さに対応できない。
(妻)気持ちいい?
(次男)・・・
(妻)そうでもない。
(次男)ぴっ。
(妻)寒いより大変よだね。
(次男)ぴっ。
----------------------------場面が変わる------------------------------------
(英語のナレーション)ある日、障害者の意思伝達サポーターの坂爪進一が、ベンチャーで開発されたばかりの意思伝達装置をもってきた。次男は世界で最初に使用に成功した患者である。
(坂爪新一) 使い方は患者さんが自分で理解するまで1カ月ぐらい試してみましたけどね、なかなか難しいものだなという感想です。私がやって五分五分ぐらいだったですからね。
(英語のナレーション)練習を開始して二時間が経っていた。何の反応もなかった。
(妻) もう、すぐ反応を試した。イエスだったら鳴らしてみてという感じにして。なかなか、その、ピッと鳴る音が、本当に彼の言いたいことに、合っているかどうかというのが、ちょっと疑問だったんですけど。
(英語のナレーション)初美のアイディアで五十音を読み上げることにした。それは、まだ次男が目を動かせた時におこなっていた会話の方法である。4時間後に読み取った、「ホンタイ」。本体、マシーン。これがマクトスを使った最初の言葉であった。次男はコミュニケーションを復活させる機械を見たいと言ったのだ。最後の会話から2年が経っていた。
(坂爪新一) 最初のまとまった言葉は「ホンタイ」という言葉でした。これが出てきたのは、私は奇跡だと思っているんですよ。よくまあ、やれたなと思うんですけどね。彼の執念でしょうね。自分が意思を出そうと思わなかったら、やらないと思うんですよね。それをサポートした奥さんも偉いですけれども、やっぱり一番大事なのは本人の信念だと思うんですが。
(妻) もう、その日は本当に真っ暗になるまでやり尽くして、(この人の)おでこがちょっと変になっちゃったんですけど、次の日もまた夢中になって、ずっとやってという感じで、もう楽しかったというか、夢中でした。
(英語のナレーション)読み取った言葉が記録されている。「あつい」「寒い」「痛い」「妻を愛している」15日後。6月19日の記録。
(妻) これ、「愛している」だな、と。「いつも愛している、なの?」とか言って、「のろけている」とヘルパーさんに言われて。そんな記憶があります。まさかそんなことを、何ていうの、冗談まじりで言うとは全然思っていなかったので、なんか介護のことだけを必死にしゃべるのかなと思っていたので、みんなでもう、なんか喜んだというか、大笑いしたというか、脳波のスイッチでコミュニケーションできて、本当に一番私が救われたというか、生きてきてよかったなとか、あきらめないでよかったとか。思いました。

散歩にでかける次男と初美。木立の間から日光が差し込む小道に優しい風が吹く。二年の沈黙の後、二人の間に会話が蘇った。次男はやがて歌も詠むようになった。

Allowed live on
The brilliance increases so,
I could write a poem

(川口有美子) もっと見ていたいのですけれども、時間が押していますので、先に行かせていただきます。和川さんのご自宅を先々週、久しぶりに訪問してみましたが、お元気でマクトスをピー、ピー、鳴らしておられました。
 そして、さっき画面に出てこられた坂爪先生にもお会いしてお話を伺いました。マクトス導入にはコツがあるということです。まず和川さんは、機械の導入時に4時間半びっちりやったそうで、その後は毎日必ず1時間は練習するように宿題を出したそうです。他の患者さんにも試してみた結果、ほぼ1カ月間でその人がマクトスを利用できるようになるかどうかが、わかるとおっしゃっていました。でも使いこなせる人はごくわずかしかいないそうです。今現在、使いこなせるALSの人は2人。それも仙台周辺にしかいません。それでも皆さん頑張ってトライしています。そして、練習の最中は、だれかが必ずそばにいて励まし、訓練をすること、本人の意志と介護者の意志がとても大事です。
 それから、もっとも重要な坂爪先生の活動費なのですけれども、手弁当のボランティアということです。「全く全部、手弁当ですか」とお聞きしたら、「いや。神経難病医療連絡協議会から年間100万円の活動費をいただいている」とおっしゃっていました。ただし、1年間のうち県内を縦横無尽に112日間も稼働されているそうで、ボランティアの域を越しています。件数では年にのべ137件訪問して、対象者は35人。そのうちの32人がALS患者だそうです。支援の経験から、訓練しても、「ダメならダメ」「トータリー・ロックトインの人と協力しないとできない」「業績を求めてはいけない」「論文にならなくても最後までやれ」とおっしゃっていました。また昨今、このような状態になった人の治療停止の議論がありますが、そのこともお聞きしたところ、「安楽死? 他人が決めることじゃない」「まずは患者にどうしたいのか、聞き出すことが先だ」と信念をもっておられました。
 
次に、アメリカにも同じようにマクトスや脳血流の装置を使って、脳と機械をつなげた意思伝達を試みた、在宅療養のALSの方がおられました。このドナのストーリーもとても素晴らしく涙を誘います。ドナの夫が作ったホームページがありますので、いつかごらんになっていただきたいと思いますが、ざっと説明させていただきますと、彼女の場合も、ご主人が一生懸命に在宅介護をされていました。アメリカではALSの医療も介護も保険の適応外で自費ですので、お金がたくさんかかります。でも、この夫妻はお金持ちのカップルなので、人工呼吸器もつけられたし、在宅療養もできたのですね。初めはマクトスでEEGを試したのですが、あまり効果がなくて、その後、脳血流を使った装置「心語り」に変えて、わざわざ日本から開発者の日立の小澤さんを呼び寄せました。小澤さんはまだ開発したばかりの「心語り」の日本語バージョンを持ってアメリカに飛び、うまく行ったので、ドナはしばらく「心語り」を使っていたようです。最終的には、多分、はっきりは書いていないのですけれども、ドナの脳の萎縮のことをドクターから聞かされて、ご主人の同意で呼吸器を切ってしまったようです。アメリカでは、カレン事件以来、呼吸器を停止することもおこなわれていますので。その時の覚悟なども切々と書かれています。
最後に、私の母の療養の様子です。こういうふうに。母もロックトインの状態なので、まぶたも自分であけられないし、眼球運動ができなくなったので、意志の表出ができない状況なのですけれども、私も母がこうなってしまった前後は、呼吸器をとめることばかり考えていました。どうやったら母を楽に死なせてあげるかなとか。私にもそういう時期もあったということです。
日本ALS協会会長の橋本操に言わせると、りっぱなTLSの患者になれるのはごくわずかで、よほどケアがよくないとそこまでには至れない。そういわれると本当にそうで、意志が伝えにくくなれば、たいていの患者はほっとかれるようになり死んでしまいますが、ケアがよいと何年も生きるわけです。だからTLSでも長生きの人はよほどケアがよく、バイタルを見ても落ち着いているので、本人にとってもさほど悪い状態ではないだろうと、母や他の方々のケアの様子を長いこと観察してみた結果、私はそう考えるようになっています。
 BMIは、このように、氷山の一角であると私は思っています。というのも、氷山のてっぺん、BMIの利用に至れる人は、ほんの少しで、それまでには、多大なお金と介護――介護は今も家族ばかりですけれども、ヘルパーさんもいなければいけないのですが、もし全額を自費でやったら、月額200万円ものコストがかかるのです。ですから、どんなにすばらしい機械ができても、ケアや調整のコストが相当かかるので、一般化するのはコスト問題をクリアしないと難しいだろうと考えます。
 そして、これは身体とマシーンの関係概念図です。先ほどからこれはエンハンスメントなのか、それとも治療なのかということで、先生方の話題になっていました。機械(呼吸器)を治療というふうには考えずに、呼吸緩和というふうに考えれば、こういう図が書けるのではないかなと私は思ってきました。そこに昨今、BMIが出てきて、私たちALSの支援者が積極的に考えてきたのは、まさにここの部分(図の右側)だとわかりました。難病ケアの延長に最終的に出てくる領域で、それは苦痛を緩和し自立をもたらすものですが、サイボーグや超人と混同されるようになると困りますね。強制的な労働力増進とか強化教育ということは、健常な者をより強くして利用しようとする他者による、優生学的なエンハンスメントであろうと思います。ですので、エンハンスメントが治療か否かというよりも、優生か否かが論点になると思います。
 最後にまとめます。まず、確かに意思伝達が難しい人にとって、これは期待できる技術になると思われます。ただ、浦野君のお母さん明美さんの言葉ですが、「機械さえ使えればコミュニケーションができるかといえば、そうではなく、そこに伝えたいと思える生活がなければなりません。」おっしゃるとおりで、良い生活のためのBMI、ブレインマシンインターフェースでなければならないということです。これは原理原則。
それから、脳科学倫理ということで、私が不安に思っていることを幾つか挙げますと、第一に、人体との接続にあたって必要なコストをどうするかということです。人工呼吸器は、その導入時に失敗している機械です。というのも、人体に装着する際、その微調整や利用者の心身に必要な日常的な介護にかかる人件費を予測して、算定しなかったため、結局、病院では呼吸器本来の効果を得ることができていない。それで、無駄な延命装置などと言われています。だから肺と機械との接続の経験を活かして、同じ轍を踏まないようにしないといけません。さもないと、障害者に対する脳マシーンは有益だと言えなくなるでしょう。たまに、呼吸器は無駄という方が、脳マシーンは有益だという。それはどのような観点からそう言えるのだろうかと考えてしまいます。
第二に、脳から直接意思を読むことができると、新たな差別やパターナリズムが出てくるでしょう。今、コミュニケーションが困難な人たちの事例を、映像で見ていただいたのですが、意思伝達装置もあのように使える人と、使えない人が出てきます。そこでは、必然的に、新たにできる/できないで差別化が生じます。するとそこから、また新たな診断基準がでてくる。たとえば、脳を直接調べて呼吸器や治療の差し控えについて判断するということです。これは医療の悪い面ですが、母のMRIの画像を見た先生が、「これはトータリー・ロックトインになる可能性が強いから、呼吸器はつけないほうがいい」というようなことを、私にだけおっしゃったんです。先生は母には言わなかったのですが。治療しても効果が予測できないとわかれば、医者は治療しないと判断してしまう傾向があります。これは、ゲノムによる遺伝子診断の持っている危険性と同じで、こういうことは当然、脳科学を応用した医療でもあります。これが行き過ぎれば、新たな死の基準も生じるのではないでしょうか。相当悪い予感なのですけれども、当事者の悪い勘というのは大抵当たるのです。ちょっと文献を読んでいたら、同じようなことを考えている人がいたのでご紹介しますと、デューク大学のミゲル先生が、患者の心をコンピューターにダウンロードできるようになるだろうとおっしゃっています。そうなれば、脳から何もダウンロードできなければ、脳は機能しないので死んでいるも同然、脳の中身はからっぽだから何をしても感じないし痛くない、というふうにして、新しい死の定義というのが出てくることも十分に考えられると思います。パーソン論にさらなるエビデンスを与えるでしょう。
 実際、ドナのケースでは、脳が満足に機能していないと言われた時点で、家族が呼吸器を外すことを決めてしまったようです。私の母も同じようなことを日本の医師に言われたことがありましたが、私たち娘や孫にとっては、母の脳機能不全と母の存在理由とはまったく別の話でした。でも父は娘たちとは違う考えを持っていたと思います。このように、ブレインマシンインターフェースは、それを利用する者の倫理観や人生体験によって、まったく別の方向に発展するものです
この図はブレインマシーンも含む人体改造の私の考え方を整理したものですが、縦軸に緩和と強制、横軸に自立と依存を配置して、機械と人体との接続について表してみました。ここでは、医療とエンハンスメントとは対置せず、強制強化と対置するのはパリエーション(緩和)です。この図は各人の倫理観によって当然大きく変わり、その多様性は認められると思われます。その国の政治や文化によっても違うものになるでしょう。たとえば、呼吸器の位置を、ALSの長期在宅療養に慣れてきた私たちはパリエーションと考えていますが、人命に対する強制とする場合もあるでしょう。私たちは、治療やリハビリでは、よくならない障害や病気の人のための技術に、右上のパリエーション+自立の理念を用います。パリエーションも自立ではなく依存の方向にいけば、安楽死もあるでしょう。障害の補助具もパリエーションではなく、強制強化の方向に行けば超人サイボーグですし、そのまま依存方向にいけば指揮系統が別人にあるサイボーグ兵士や労働者、国家のためのサイボーグのような天才児の誕生です。
このように、医療や科学技術をパリエーションを主軸に考えるためには、人間のあるがままの生を認め合う倫理観が前提にあります。障害や病気をもっている人に対する科学機械技術ということになりますから、さまざまな理由でそれらを有効に利用できる人もいればできない人、最初はできていても次第にできなくなる人もいるからです。そして極論を言えば、人間の都合などで、そうそう機械や技術が上手に使えないのは当然だという話に舞い戻るであろうと思われます。これは、生命維持にかかわる場合とは異なる点で、脳とマシーンとの接合の場合は、万が一うまく行けば良いという程度の期待値で考えるのがいいでしょう。むしろ、人体や脳と機械を接続するに際しては、非言語的コミュニケーション能力を、機械を使う以前にもっと磨いておかなければならないと私はいつも思うのです。浦野くんや和川さんの機械を利用した療養生活が成功しているのはまさに、本人と周囲の人々に、コミュニケーションセンスが豊富にあったからこそで、機械ではなく人間の勝利です。科学の発展は人間の不完全性をあらわにしますが、私たちは人間が不完全な存在であることを肯定しそれを楽しむくらいでなければならないでしょう。機械と人体の隙間を埋めるのが人間性だからです。だから、脳科学者や神経内科医には、末端の利用者である患者やその家族の生活に、いつも想像力を働かせ、深い洞察力をもってお仕事をなさって欲しいと願っています。サルで成功しても人間の生活への応用までには、まだまだ多くの課題があり、たんに機械と脳を繋ぐだけでは、効果がなければ外そうだけでなく、死なせようという短絡的な結末へと発展してしまいます。何度もしつこく申し上げていますが、世界中で人工呼吸器の導入で侵した過ちを二度と繰り返さないように、機械と人体の接続調整(ケア)にかかる費用を先にしっかり確保しておくことは、科学を人間の生活に応用していくために非常に大事です。科学技術の水面下にこそ、重要なお仕事は膨大にあるのです。そしてまた、それを誰が担うのか、そのコストについても、考えておかなければなりません。以上です。長くなりましたが、ご清聴ありがとうございました。



UP:20080311 REV:
生存学創成拠点・成果  ◇ALS  ◇エンハンスメント
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