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研究利用目的のヒト胚作成と卵子提供をめぐる倫理的問題」

堀田 義太郎 20071222

last update: 20151225


堀田 義太郎 20071222 「研究利用目的のヒト胚作成と卵子提供をめぐる倫理的問題」,『基盤(B)「生命科学・医学の発展に対応した社会規範形成――生命倫理基本法の構築」』(研究代表者 位田隆一)研究会報告(於:京都大学紫蘭会館)PPT原稿

◇目的

 @ 提供された卵子を用いた再生医療研究をめぐる議論を、提供者(女性)の身体の負担という観点から再検討する。

 A 提供者の健康な身体への非治療的侵襲に関する、負担とリスクの比較考量をめぐる基本的な問題の重要性を再確認する。

◇ヒト胚を利用した研究に対する規制
・ 研究用のヒト胚作成の禁止あるいは規制
・ 不妊治療の終了後に残存した凍結胚を用いた研究を条件つきで許容
・ 〈余剰胚の研究利用〉と〈研究用ヒト胚の作成〉を区別し、後者を認めない。
・ この区別に対する、「ヒト胚の道徳的地位」の解釈に基づく批判。

◇ ヒト胚の道徳的地位=他の組織と同等
 ⇒ 余剰胚に利用を制限してもヒト胚を尊重したことにはならない。研究利用目的のヒト胚作成に必要な卵子提供も、提供する女性の自発的・真摯な同意があるかぎり許容すべき。

◇ ヒト胚=人間個体と同等ないしそれに順ずる道徳的地位がある
 ⇒ 研究利用はもちろん、余剰胚を発生させるような不妊治療の方法も、ヒト胚の道徳的地位を毀損するため禁止すべき。

◇問題
・ ヒト胚の道徳的地位をめぐる議論と、提供者(女性)の身体への負担の問題はいかなる関係にあるのか。
・ 「ヒトES細胞の樹立及び使用に関する指針」(2001年施行)―― 一ヶ月の同意撤回期間等、提供者(の負担)に配慮しようとしてはいる。
 
 しかし、説明・同意取得の時点が、受精に成功した時点なのか不妊治療完全終了時以降なのかは不明瞭(同指針第6条第1項)。「女性の身体の負担」という観点から見れば、これを明確にしない限り、一ヶ月の同意撤回期間も提供者に十分に配慮したことにはならない。受精段階での同意に基づく提供は、その後の治療経過によっては提供者にとって取り返しのつかない損失になりうる[1]。

[1] 玉井真理子「ES細胞研究をめぐる最近の動きから」『アソシエ』No. 9. pp. 186-7. 2002.

◇三つの立場

(A) ヒト胚には人間と同等のあるいはそれに順ずる道徳的地位がある―― 生殖医療技術の進展を目的にした研究も含めて、ヒト胚の破壊を含む研究を全面的に禁止し、また余剰胚を生じさせないように、不妊治療の方法を制限する。
(B) ヒト胚は単なる細胞の塊―― 研究利用を許容する。
(C) (A)と(B)の間をとる―― 一定の条件つきで研究利用を許容する。

・ (A)の立場をとることは理論的には可能。だが日本を含む各国は、(A)に言及しつつも、(C)をとる。ヒト胚の「保護のレベル」に何らかの基準を設けて「度合い」をつけ、研究利用を事実上許容している[1]。

[1] Schmidt et al. “Neither Convention nor Constitusion?What the Debate on Stem Cell Research Tells Us About the Status of the Common European Ethics,” The Journal of Medicine and Philosophy, Vol. 29. No. 5. p. 505. 2004.

◇(C)の問題

・ 女性の身体的負担軽減を目的にして、廃棄される可能性が高いことを知りつつ胚を作成しているとすれば、 「ヒト胚の道徳的地位」を、患者の利益との比較考量を許す水準に置いていることになる(生殖医療技術の進展を目的にしてヒト胚を破壊する研究をしているならば、なおさらそうである)。 ⇒ 生殖医療のなかでのヒト胚の利用を認めながら、ヒト胚の「性質」を根拠にして、難病患者の利益になりうる研究用のヒト胚作成が認められない理由を提示できるか。
 
・ ヒト胚に人間と同等の「道徳的地位」があるとすれば、それは、研究用の胚の作成だけを制約・禁止する根拠にはなりえないのではないか。 ⇒ 人間と同等の「道徳的地位」を有するとすれば、余剰胚の研究利用はもちろん、胚が余剰するような不妊治療の方法も禁止されるべきだということになるはず。

・ 「ヒト胚の道徳的地位」の解釈に一貫した立場は、(A)か(B)だけではないか。

◇(C)による反論

・ @ ヒト胚の研究利用が許容されるとしても、その対象は、すでに「廃棄」が決定した「余剰胚」に限定される。
・ A 潜在的に人間個体になりうる性質を備えた「ヒト胚」に準ずる「ヒトクローン胚」を、この潜在性の実現(=生殖)以外の目的で作成することは、潜在的人間という道徳的地位を毀損し、人間の手段化につながるため、許容できない。

@ 廃棄が決定した余剰胚に限定する議論の難点
・ 「廃棄にうみ出された区別(descaded-created-distinction: d-c-d)」原理。だが、 《廃棄が決定している》という点は、余剰胚に限って利用を許容し、研究用に胚を作成することを禁止する根拠にはならない[1]。
・ 「d-c-d原理」―― 複数の原理の複合。
・ 「他の状況が等しければ、何も善を行わないことよりも、何らかの善を行う方がより良い」という「無駄回避原理」[2]。⇒ 廃棄するくらいならば研究利用したほうがよい、ということを正当化する原理にすぎず、研究用のヒト胚の作成に反対するための原理にはならない。
・ 「恩恵の原理、あるいは悪を行わない原理」、患者への可能的な「利益」とヒト胚への「危害」との間での「比率の原理」、代替法が存在しないことに依存する「補助的原理」。
  ⇒ 「これらの諸原理のどれも、d-c-dを正当化するに十分ではない」[3]。これらの原理から、「研究のためだけのヒト胚の作成を倫理的に受容可能だとしながら、余剰胚を捨てることに反対する論を張ることも、完全に可能である」[4]。

[1] Devolder, K., “Human Embryonic Stem Cell Research: Why the discarded-created-distinction cannot be based on the potentiality argument,” Bioethics, vol. 19. no. 2. 2005.
[2] Ibid. 173.
[3] Ibid.
[4] Ibid.

◇A目的の相違による限定の妥当性

・ 胚を生殖目的以外の目的の「手段」あるいは「道具」として使用することを、「人間の手段化」として批判するならば、不妊治療に伴う余剰胚の発生と、難病治療のためのヒト胚の作成の、「双方とも、胚を人間の苦悩を除去し人間の福祉を増大させるための手段として使用している」[i]。
  ⇒ 余剰胚を発生させるような不妊治療の方法は、もっぱら女性の身体への負担軽減という目的の手段として採択されているから。

・ ヒト胚の処遇という観点からは、余剰胚もまた、可能的な「苦悩を除去」し、人間(女性)の「福利の増進」という目的を実現するための方法の産物である。

[i] Devolder, K Ibid.

◇潜在性に依拠する議論の問題点(1)

・ 「aはbへの潜在性をもつ」ということが、「aは自然にbへと生成する」という意味だとすれば、ヒト胚にそうした「潜在性」はない。
・ 〈子宮に戻す〉という「外在的契機」が必要不可欠[1]。この「外在的契機」の必要性の高さに応じて、ヒト胚の道徳的地位を尊重すべき義務は弱くなるはずである[2]。
・ 確かに、新生児にも生命を維持するためには保護者の保護・育成という外在的契機が必要だが、個体として「母体外独立生存可能性」のある新生児と、その可能性が皆無である胎児やヒト胚とでは、外在的契機の性質が異なる。母体外生存可能性の有無という基準がなければ、人工妊娠中絶と新生児殺しを区別できなくなってしまう[3]。
・ 余剰胚の研究利用を認める立場が、もしこの「外在的契機」の有無を基準にしているならば、研究用に作成されたヒト胚にも最初からこの契機は予定されていないため問題はない。

[1] Mauron, A. & Beartschi, B. op cit, pp. 575-7. 2004.
[2] Ibid.
[3] 加藤秀一「「女性の自己決定権の擁護」再論」江原由美子編『生殖技術とジェンダー』勁草書房, p. 146. 1996.

◇潜在性に依拠する議論の問題点(2)

・ ヒト胚に具備された人間への「潜在性」に依拠する限り、余剰胚の研究利用を許容して、研究目的のヒト胚の作成を禁止することは困難になる。
・ 逆に、もしヒト胚に、その「内在的性質」だけにもとづく――外在的契機を度外視して尊重されるべき――「強い潜在性」がある、という立場をとるならば、余剰胚にもこの性質は認められるため、その廃棄も許容できなくなる[1]。

[1] Devolder, K., op cit. p. 177.



・ ヒト胚に何らかの尊重すべき「道徳的地位」が備わっていることを前提にする限り、@余剰胚の発生、A余剰胚の研究利用、そしてB研究用のヒト胚の作成を区別する根拠は脆弱なものにならざるを得ない。
・ 「ヒト胚の道徳的地位」を人間と同等のものとして尊重する立場を一貫させようとすれば、余剰胚の発生そのものを禁止せざるを得ない。
ヒト胚の道徳的地位の解釈に一貫性をもつ二つの立場
許容か禁止か
・ ヒト胚を人間個体に成長させること以外の目的に従属させるという点では、廃棄される余剰胚を発生させるような不妊治療のプロセスも、研究用ヒト胚の作成も同等。
 ⇒ 「ヒト胚の道徳的地位」を軸にすると、一貫した立場は、

 (A) この地位を保護するために、余剰胚の発生も、その研究利用も、研究用のヒト胚作成も禁止する。
 (B) この地位を毀損する余剰胚の発生を許容し、その研究利用も許容し、そして研究利用目的の胚の作成も許容する。

このどちらかになる。

◇ヒト胚の道徳的地位を軸にした議論の問題

・ この二者択一では、いずれにしても、(A)では余剰胚発生を禁止することによる負担を、(B)では卵子提供の負担を、女性に負わせることになる 。
・ 仮に、ヒト胚は単なる「細胞の塊」だという(B)の立場をとったとしても、卵子提供者への負担をめぐる問題は残される。
・ そもそも余剰胚は、IVFによる不妊治療における女性の負担軽減方法の産物。仮に卵子を、精子と同じ頻度と身体的負担で体外に摘出(排出)可能ならば、「余剰胚」は存在しない。 ⇒ ここでは、たしかに、ヒト胚は女性の負担軽減の手段として位置づけられている。

◇不妊治療における負担の比較考量(1)

・ 複数個の受精卵を凍結保存する理由は、採卵手術の負担・リスク回避。
・ 負担・リスクの内容= 卵巣穿刺手術のリスク(穿刺の事故や腹腔内感染の危険性[1])。精神的負担。少数の卵子を用いることによる時間的拘束・経済的コスト。
・ 排卵誘発剤を用いない場合、一度に多くて二個程度しか採取できず、それが受精しなければ、再び採卵手術を行う必要がある。⇒ 排卵誘発剤を用いて複数の卵子を一度に採取し凍結保存しておくことができれば、受精確率が同等の場合、採卵手術に関わる負担とリスクは減少する。
・ 受精後に病気などの理由で受精卵を母体に戻せなくなった場合、凍結保存していなければ、受精卵を無駄にすることになってしまう[2]。

[1] 柘植あづみ「先端技術が「受容」されるとき ES細胞研究の事例から」『現代思想』30-2. pp. 87-88. 2002.
[2] 金城清子『生命誕生をめぐるバイオエシックス――生命倫理と法』, p. 126. 日本評論社, 1998.

◇不妊治療における負担の比較考量(2)

・ 仮に、ヒト胚に(たとえば胎児に類する)水準の道徳的地位が具備されているという立場をとる。
・ この立場からしても、余剰胚の発生は、人工妊娠中絶が「緊急避難」[1]として位置づけられうるのと同じく許容されるのではないか。
・ 特に女性は、負担回避のために《廃棄せざるを得ない》という状況にあると言える。
・ 胚の凍結保存を禁止するドイツの胚保護法では、夫婦に「不必要な負担が生じている」ことが「見過ごされた」(ドイツ研究協会)、という指摘は妥当だろう[2]。

[1] 倉田伸雄「人の胚と人間の尊厳――人ES細胞研究の問題を中心に」『生命倫理』Vol. 13. No. 1. p. 24. 2003.
[2] 盛永審一郎「『ドイツ胚保護法』は情け知らずか」『生殖医学と生命倫理 生命倫理コロッキウム@』長島隆・盛永審一郎編, 太陽出版, p. 266. 2001.
研究利用目的の卵子提供における負担の比較考量(1)

◇ヒト胚=細胞の塊という立場に仮に立って考察する

・ 余剰胚は、第一義的には不妊治療プロセスにおける女性の負担回避方法の産物であり、不妊治療における排卵誘発剤の負担(OHSSのリスクなど)は、当人自身の別の負担軽減手段。
・ 研究利用目的でヒト胚を作成するための負担・リスクは、誰のどの程度の負担と比較されているか。⇒ 難病患者等の負担。
研究利用目的の卵子提供における負担の比較考量(2)
・ 研究に必要な卵子は大量(韓国の捏造事件の研究で約三年間に使用された卵子は二千個以上)/難病治療の可能性(負担軽減可能性)は未知数。研究がもたらしうる利益と比較考量される卵子提供者の負担とリスクは、提供者数の数に比例して高まる。

・ 健康な身体に対して、負担の大きな非治療的な侵襲を正当化する利益が期待されるか否か。
・ その比較考量の主体は可能的提供者(女性)本人に限定されるか。

◇まとめ(1)

・ 「ヒト胚の道徳的地位」という枠組みでは、《余剰胚の発生の容認》と《研究用のヒト胚作成の禁止》を両立させることは困難。
・ 一方で、「ヒト胚の道徳的地位」を人間と同等とみなすならば、余剰胚を発生させるような不妊治療の方法は規制されなければならない。
・ 他方、もしこれを規制しないならば、外在的な条件や目的によってヒト胚の地位が左右されることを認めることになり、研究用のヒト胚作成を禁止する根拠は弱くなる。

◇まとめ(2)

・ こうした「ヒト胚の道徳的地位」に基づく議論枠組みでは、女性の身体への負担の問題を適切に扱うことができない。
・ だが、そもそも余剰胚は、不妊治療における女性の負担軽減のための方法の産物。
・ また、研究利用目的の卵子提供問題にとって、その研究がもたらしうる利益が、研究資源提供者である女性の身体への負担およびリスクを相殺しうるか否かは、それ自体が倫理的な問題。

◇まとめ(3)

・ この比較考量の主体は、潜在的提供者(女性)に限定されるか
・ 実験研究プロセスにおける健康な身体への非治療的な(医学的適応のない)侵襲を正当化する条件は、被侵襲者の「自己決定」だけではない。
  ※ 医学的適応が存在する侵襲においても、同意のみならず社会的相当性などが問題になる。
・ 負担の配分/分有/トレードオフの程度と範囲を決定する主体と根拠に関する基本的な問題。


UP:20080317
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