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病気や障害をもつ身体を介した技術知と生の技法

松原 洋子(立命館大学) 2007/11/20 科学技術社会論学会第6回大会ワークショップ
「病気や障害をもつ身体を介した技術知と生の技法」 於:東京工業大学

last update: 20151225

 病や障害をもつ人々は,日々の生活の困難をひとつひとつ解決するために,様々な知識や技術・技法を獲得する必要がある.医学,医療,医薬,リハビリテーション,福祉工学などの専門家集団は,これらの知識や技術をそれぞれのシステムの中で生産し提供している.専門家と患者や障害者といった非専門家のコミュニケーションを促進し,エンドユーザーである病者や障害者の意見をフィードバックすることは,ともすると専門家集団の論理が先行しがちな知識や技術の質とそれらが行使される現場での有用性のバランスをとるために重要である.
 さらに進んで,知識や技術の生産過程に病者や障害者たちが被験者やモニターとしてではなく,知識・技術の生産主体として参加する,またはこれらの人々が中心となって知識や技術を生産する形態も考えられる.本人たちの現場から立ち上がる,病や障害とともに生きる身体の知,またそうした身体を運用するための技術や技法については,主に医療人類学,医療社会学などの分野で関心がもたれ,多くの先行研究を生みだされてきた.これらの研究には,医学・医療などの専門知や技術の権力と対抗的に病者・障害者の現場知を位置づけながら,両者のコンフリクトを描き出すものが多くみられる.
 このワークショップでは,出発点としてこうした先行研究のアプローチを共有しつつ,病者や障害者のローカルナレッジが,生活を支える技術やままならない身体とともに生きる技法を生み出している3つの実践に注目する.
 日高・水月の「神経難病患者が主導するATの普及活動――ALS患者の技術ピアサポート」は,ALS患者本人による電子情報支援技術(e-AT)の支援を受けている患者のインタビュー調査にもとづく報告である.ALS患者は病状の進行にともない,筋力低下のため知覚や思考能力を保持したまま運動や摂食,呼吸,発話が困難になる.そのため,胃ろう,人工呼吸器といった基本的な生命活動を支える技術はもとより,意思伝達を補助する技術も患者にとって切実なものとなる.病状の変動に応じて設定を細やかに調整するという作業がなくては,これらの技術は患者の生活を支えることができない.本報告は,人工呼吸器をつけて24時間介護を受けるALS患者が,パソコンとインターネットを活用して家族や遠隔地に住む人々とのコミュニケーションを実現する生活を,現場の技術知を持つ同病の患者が可能にしているケースを検討している.
 韓報告では,視覚障害者が一社員として技術者と同格の立場で,ベンチャー企業における点字ディスプレイの研究開発に参加したケースを扱う.ここでは,非専門家/専門家の二分法を超えた科学技術コミュニケーションの過程を,「技術者の障害受容」という観点から検討する.
 福祉工学の技術がエンドユーザーである患者に届くまでには,研究機関やメーカーでの研究開発,メーカーでの商品化,障害者自立支援法などの福祉制度,販売代理店,家族・介護者など,多くの段階がある.上の2つの報告は,このようなトップダウン的な技術の流れでは当事者にとって有用な技術を実現することが難しいことを示唆するとともに,当事者の現場の知を有用な技術に具体的に結びつけることの必要性を提示している.
 これに対して武藤報告は,「病的徴候」としての不随意運動を医学モデルから芸術モデルに飛躍させる,ハンチントン病とともに生きる人々の技法について考察する.ハンチントン病は運動機能,精神機能に障害を来す神経難病で,常染色体優性遺伝をする疾患である.そのため,医療・生活支援だけでなく,発症前遺伝子診断や遺伝子研究に患者・家族がどう関わるか,という問題が存在する.欧米では,ハンチントン病の患者団体が科学研究や新薬の開発に積極的にコミットしていることが知られているが,日本ではそうした傾向は顕著ではない.その一方で,医学モデルに芸術モデルを対抗させるような患者文化が出現しつつある.「ハンチントン舞踏病」というかつての病名が示すように,ハンチントン病患者の不随意運動は病的兆候とみなされてきたが,芸術的表象としての舞踏とハンチントン病を結びつける実践を武藤は報告している.これは医療や福祉の言語の外側にある病人文化の可能性を示唆しており,闘病記の語りとも異質のものといえる.
 この実践の契機となった舞踏ワークショップは,インターネットを通じて結ばれてきた日本ハンチントン病ネットワーク(JHDN)という場において実現した.JHDNはメーリング・リストの運営をベースとしたピアサポートによって,出会いが困難なハンチントン病という稀少疾患の患者・家族を支援してきた.武藤は研究者であるとともに,この活動の支援者でもある.また日高・水月は,ALS患者のIT利用を促進するアクション・リサーチの担い手であり,韓は研究開発に参加した視覚障害者本人である.このワークショップでは,こうした実践参加型の研究の可能性を検討することも含めて,問題提起をし,議論を喚起したい.


UP: 20080507 REV:
松原 洋子  ◇催・2007
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