HOME >

医学モデルから芸術モデルへの跳躍

舞踏病と舞踏の邂逅

武藤 香織(東京大学) 2007/11/20 科学技術社会論学会第6回大会ワークショップ
「病気や障害をもつ身体を介した技術知と生の技法」 於:東京工業大学

last update: 20151225

1.当事者と科学者コミュニティへの接近
 ハンチントン病とは,常染色体優性遺伝の神経難病である.全身の不随意運動と精神症状,認識障害を特徴とし,主として成人期に発症する.この病気は,アメリカ合衆国の当事者たちが自ら医学研究を推進する旗振り役として科学者コミュニティとのかかわり方をしてきた歴史と,当事者自身が医学モデルとは異なる形で発見された原因遺伝子との向き合い方を主張した,という経緯で知られている.
 前者のような当事者組織のありようは,現在もひとつのモデルとして受け継がれ,さらに発展してきた.2003年にアメリカ合衆国の患者会7団体が集まってつくられたGenetic Alliance Biobankや,EUの支援を受けた稀少難病患者会の連合体Eurordisの活動にみられるように,科学者コミュニティが生む専門知に積極的な期待をするだけでなく,その知を生みやすくするためのバイオバンク設立などのインフラ構築の協力にも関与するようになってきたといえる.また,原因遺伝子の有無について「知らないでいる権利(right not to know)」の確立は,ゲノム研究の対象が多因子疾患に広がり,決定因子ではなく危険因子についての情報を収集する方向になっても,依然重要な意味を持っている.
 しかしながら,こうした動きは日本の当事者とはかかわりがない.原因遺伝子発見からの10年間,日本の当事者は,大きな成果はないとはいえ,年中臨床試験を実施している欧州やアメリカ合衆国,オーストラリアでの状況とは遠く,医学研究の世界とは距離を置いて過ごしてきた.国際的な臨床試験に牽引する役回りの人間がいなかったこと,患者数が少ないため,国内の製薬企業が関心を寄せていないことなどが背景にある.半面,多くの家族が関心を持ち,また困っていたのは,生活に支障を来たしながらも病院に行きたがらない「自称・リスクのある人」をいかにして受診させ,確定診断をつけさせるかということ,そして,暴力や暴言から逃れるためにいかにしてこっそりお薬を盛るか(向精神薬を飲ませるか)ということであった.そこで鍵となるのは,病気の始まりとしてのマーカーである不随意運動である.本稿では,不随意運動をめぐる知の体系について論じたい.

2.不随意運動をめぐる知の体系
 不随意運動は,自分の意思とは関係なく現れる動きのことであり,速さ,規則性,部位などによって分類されている.たとえば,律動的に細かく振動するような運動(振戦),字を書いたり,物を持ったりするときにみられる震え(姿勢時振戦),上下肢全体を投げ出したり,振り回すような大きく激しい運動(バリスムス),手足や頭をゆっくりとくねらせるような動き(アテトーシス),筋肉の緊張の異常によって異常な姿勢,肢位をとるもの(ジストニア),手足,全身のビクッとする素早い動き(ミオクローヌス),口をもぐもぐさせたり,舌をペチャペチャさせるような不随意運動(口ジスキネジー)などがある.医学的にはこうした分類をしたうえで原因を突き止め,薬の処方や,場合によっては外科的な手技で,これらの動きを抑制もしくは停止させる方策を採る.
 ハンチントン病がかつてハンチントン舞踏病と呼ばれていたように,この病気を象徴するのは比較的速い,全身部位にあらわれる不規則的な動きであり,これを舞踏様運動(chorea)と呼ぶ.
 ハンチントン病のリスクを持つ人々は,不随意運動の始まりをかなり警戒して過ごしている.ペンを落とす,皿を割るといった誰にでもある動きが,病気の始まりと重なり合うからである.そして,「周囲にわからないようにしたい」とか「目立たないようにしたい」という思いから,他者の視線を恐れて必死に動きをこらえる当事者の努力も見受けられる.だが皮肉なことに,こうした努力のために確定診断が遅れ,必要かつ適切な時期に投薬などの対応ができない事態となり,家族の苦悩も増す.幼い子どもから見れば,予想していない親の身体の動きは,「怒られた」とか「自分のことが嫌いなのか」というメッセージにも読み取れてしまう.
 一方,医師によって確定診断がなされると,患者が怒っていても,苦しんでいても,それを「症状」だと周囲が解釈し,納得してしまうことによって,患者の感情は発露されなくなり,コミュニケーションの回路は遮断される.患者が何かを理不尽だと感じたから手足で何かの表現をしたのだと捉えることはできなくなってしまう.もっとも,変容していく患者とのコミュニケーションの障害に苦しんできた家族にとっては,医学モデルによる理解によって一時の安堵が得られることも認めなければならない.しかし,医師と同様に,家族もまた医学モデルの知の体系の中で,患者を眺めるようになる.

3.医学モデルからの解放――異界で生きる
 そのため,不随意運動に対する負のイメージと窮屈な知の体系を変革させていくことが,「リスクのある私」から「患者」へのスムーズなアイデンティティ移行にとって重要なのではないかと考えた.2005年に実施した「舞踏病のための舞踏ワークショップ」は,不随意運動を病気の徴候や抑制の対象と考えずに,リラックスするための糸口としての解放,もしくは身体表現として捉えなおした試みであった.つまり,医学モデルから芸術モデルへの飛躍である.
 舞踏は,1960年代に土方巽が故郷秋田の老人たちの歪んだ体や統制のとれない体に刺激を受け,日本人の身体や風土の特性も生かして創始した現代舞踊である.日本の舞踏家のほとんどはハンチントン病の不随意運動を見たことがないが,土方の遺した言葉にインスピレーションを得て表現される動きは,まさに患者そのものである.
 あるハンチントン病のリスクをもった女性は,このワークショップを機に舞踏家になって,あちこちのワークショップで身体表現を続けている.彼女の独特な身体表現は,亡くなった親の姿を模していたり,自分が発病したらこうなるのではないかという動きを想像していたり,普段我慢している身体の動きを解放させ,それは同時に心の解放につながっているのだという.「病気になったり,進行したとしても気づかれないような動きを演じたい」と彼女は語る.不随意運動があると診断されてしまっては,その後の道が見えている.症状を抑制される薬を飲み,進行に耐えるしかない.医学モデルからみれば,生活モデルをも超えた「異界の人」でしかないかもしれない.転倒したらどうするのか,ヘッドギアがいるのではと懸念されている.しかし,もはや彼女にとって,不随意運動の進行は舞踏家としての成熟という新たな意味をもたらしている.彼女は明確に,発病の恐れを抱えつつ今日を生きるための技術として暮らしに舞踏を取り入れ,その表現を他者とのコミュニケーションの新たな機軸として位置付け直したと言えるだろう. 


UP: 20080507 REV:
ハンチントン病  ◇催・2007
TOP HOME (http://www.arsvi.com)