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神経難病患者が主導するATの普及活動

ALS患者の技術ピアサポート

○日高 友郎(立命館大学)・水月 昭道(立命館大学) 2007/11/20 科学技術社会論学会第6回大会ワークショップ
「病気や障害をもつ身体を介した技術知と生の技法」 於:東京工業大学

last update: 20151225

1. 目的
 神経難病である筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis,以下ALS)は神経身体を動かすための神経系(運動ニューロン)の変性により,運動機能を喪失する進行性の難病である.患者は症状の進行とともに,意識・知覚は明瞭なまま筋力を失っていく.その結果,発話や意思表示が困難になるため,生活を支援するためのアシスティブ・テクノロジー(Assistive Technology,以下AT)を用いたコミュニケーション方法を模索することとなる.
 ATの中でも特に電子情報支援技術(e-AT)の発展により,患者は身近な者との意思疎通だけでなく,メールを用いた遠隔地とのやり取りや闘病記の出版といった表現活動を行うことも可能となった.しかし現状のコミュニケーション・サポートは患者同士の交流など,「私的」な部分にのみ焦点が当てられているという問題がある.この点において我々はe-ATの可能性をさらに検討し,IT技術を介することによって患者が会議への参加や政府との交渉など「公的」な部分においても活動可能であるということを明らかにしてきている(日高・水月・サトウ・松原, 印刷中).
 患者はe-ATによって,コミュニケーションの可能性を広げることができる.一方で,障害者がe-ATを利用するためには,導入時やその後の環境整備において様々なサポートが必要となる.特にALSは進行性の病いであり,しかもその症状に個別性が大きいために,患者一人一人に適合するサポートが必要となる.ALS患者であるAは,ピア・サポートという形で自ら患者宅を訪問しATの普及活動を行っている.Aはパソコンの設定にとどまらず,入力機器の設計・調整など包括的な視点からサポートを行っていることが知られている.
 Aの活動は患者の個別的な条件に対応する形でATを普及させていく可能性を示している.本発表においては,Aのサポートを受けているALS患者であるBへのインタビューを通じ,利用者にとってのピア・サポートの意義を明らかにする.

2. 方法
被調査者 ALS患者であるBをインタビュイーとした.また,その妻も同席した.
調査日時 2007年8月4日,5日の2日間にわたり行った.時間は合計8時間であった.
場所 Bの自宅をインタビュー会場とした.
Bのコミュニケーション方法 Bは携帯会話装置である「レッツチャット」,ならびに意思表示装置である「伝の心」を用いることで,コミュニケーションが可能であった.
観察方法と記録化 患者や家族への直接インタビューを行う係が一名,および,その様子を第三者的立場から全体のコミュニケーション経緯と構造についての行動観察を行う係を一名置き,メモ,写真,ビデオを用いた情報記録を行った.平行してICレコーダによる記録をとり,調査後に繰り返し再生作業を行いながら分析に活用した.
手続 質問項目を策定し,インタビュー前にBへメールを用いて連絡を行った.当日のインタビュー実施にあたっては,この質問をもとに基本的な回答を頂いた.インタビューにおいては事前の質問項目を参考としながらも,質問内容だけにとらわれず流れを重視し会話を進めた.
3. 結果と考察
 インタビューの結果から,Aの活動の特色は以下の3つにまとめられた.第1に「包括的なサポート」である.e-ATの導入段階においてはパソコンなどの機器のセッティングとともに,その入力手段を確保する必要が出てくる.Aのサポートは業者では実現できない個別的なものとなっており(語りA),パソコンを利用するための入力センサーの開発までもその範疇となっている(語りB).

 第2の点は「共感的な理解」である.e-ATサポートそのものは専門的知識に長けていることで実現されうるが,患者は自らの事情を理解した「心のこもった」サポートを望んでいる(語りC).

 第3の点は「ピアとしての関係」である.ピア・サポートの場において,Aは同じ病いを持つ患者という立場でもある.サポートだけの関係でなく友人としてのつながりを深めていくことが「包括的なサポート」における個別的対応を可能にし,病いについての知識を持っていることが「共感的な理解」を支えている.

4. まとめと展望
 Aによるe-ATサポートは,患者にとって業者では実現できないかけがえのないものとして受け止められている.ピア・サポートの形をとることで個別性に対応したサポートが実現されるという可能性が示されたことは,ALS患者に限らず,ATの普及において重要な意味を持つだろう.
 一方でA自身も患者であるという事実は,後継者の育成という課題を我々に突きつけている.専門的知識はもちろんのこと,ALS患者の身になって考えることのできる人材を制度として確保していくことが急務と言える.
引用文献
日高友郎, 水月昭道, サトウタツヤ, 松原洋子 印刷中: 「ITによるALS患者のコミュニケーション・サポートの場の分析」 『人間科学研究』(立命館大学).
謝辞: 研究にご協力いただいた久住純司さん(KAMONの会),和中勝三さん(ALS協会近畿ブロック会長)に大変お世話になりました.ここに記して感謝いたします.


UP: 20080507 REV:
ALSとコミュニケーション  ◇催・2007
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