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介護の社会的総費用の試算(仮題)

下地 真樹(阪南大学経済学部) 2007

last update: 20151225


1.はじめに
2.試算方法について
3.介護ニーズ
4.試算
5.試算結果の解釈

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◆1.はじめに

 本稿では、介護サービスに関わる社会的費用の全体を試算する。


◆2.試算方法について

 一般的に、何らかのプロジェクトに関わる費用を試算するにあたっては、必要とされる資源量を定量化し、資源一単位あたりの単価を設定し、掛け合わせて合算するという手法がイメージされやすいだろう。たとえば、新しい道路の建設というプロジェクトに必要な費用を考える場合には、そこで必要とされる労働力やアスファルトなどの個々の材料に対して単価が設定され、「投入資源量×単価」の合計として、総費用が算出される。しかし、本稿では幾つかの理由から、このような手法を用いない。以下、それぞれの理由について述べておこう。

 第一に、介護サービスの価格(介護給付)が市場的に決定された価格ではないことである。
 理論的には、自由市場で実現する均衡価格は、資源の存在量をはじめとするさまざまな自然的条件、市場に参加する人々の好み(選好)、その他様々な制度的条件などのすべてを所与として、それらの一切を反映するものとして決定される。簡単に言えば、たとえば、「水資源が豊富にある社会A」と「水資源が希少であるような社会B」があるとして、水資源の賦存量を除いて他の条件が同一であるならば、社会Aにおける水の価格は、社会Bにおけるそれよりも低くなる。Bのような社会では、水の高価格に刺激されて、たとえば「水資源を効率的に蓄積・保存するために必要な財」(雨どいや水筒のような財、水の代替財と言える)に対する支出が増え、それらの財における技術進歩をもたらす。

 水の代替財の価値は、基本的には、それによって節約したりすることのできる水資源量によって決まる。つまり、水の価格が高い社会では、水の代替財の価格も高くなり、逆もまた同様、となる。そのため、水と水の代替財が物理的にはまったく異なる物体ではあっても、その価格は財の希少性という共通の背景を反映しているので、それぞれの価格を合算したり差し引いたりすることがある程度合理的に可能となる。

 これに対して、介護サービスの価格が政策的に(非市場的に)決定されるためである。たとえば、介護保険における介護給付額の決定にあたっては、厚生労働大臣が社会保障審議会介護給付費分科会の意見を聴いた上で定めることになっている(介護保険法第四十一条)。そのため、介護に必要な資源の価格、とりわけ介護労働者の賃金はこのように政策的に決定された介護給付費を反映して決定されており、財の希少性を反映した合理的な尺度として用いてよいかどうか大いに疑問がある。とりわけ、近年、介護労働者が集められない、集めても定着しないといった人材不足の問題が指摘されている。このことは現在の介護給付を反映した賃金が、他職に従事した場合など、他の選択肢を選んだ場合の利得に比べて低すぎる可能性を示唆する。

 第二に、現に存在している介護負担は、市場と非市場の双方にまたがっていることである。いわゆる家族介護やボランティアとして担われている介護のことである。社会的な観点からすれば、ある誰かが介護労働を担っているというとき、それが無給であるか有給であるかは関係がない。

※ たとえば、立岩真也「私が決め、社会が支える、のを当事者が支える──介助システム論──」、『生の技法 』など。

 費用とは(貨幣で取引されるという意味での)市場的なものに限定されない。たとえば、外食と自炊を比較する場合には、外食で支払う価格と自炊の場合の材料費を比べるだけでは足りない。自炊の場合には、自分自身で料理するという手間と時間が追加的に用いられており、それを貨幣価値に換算して合計しなければ、自炊の場合の総費用は出てこない。
 このような問題は、私たちが費用を計算する通常のケースについては問題にならないことも多い。たとえば、道路建設の費用について考えるならば、そこで調達される資材、建設を担う労働力は、すべて市場を通じて調達される。それゆえ、貨幣で取引される部分だけを取り上げればそれで全体を把握したことになるのである。

※ ついでに言えば、道路建設にともなって騒音などの外部性が生じる場合は、外部性を回避するための追加投資(たとえば、道路の両側に高い塀を建てて騒音を遮断するなど)もあわせて合計するので、やはり市場内の調達コストを踏まえることになる。理論的には、外部性自体を貨幣的に評価して費用として加算する(つまり、騒音の迷惑をなんらかのやり方で費用に計算するという手法も可能だが、ここまで率直に功利主義的に考えられることはむしろ少ない。

 介護サービスの場合には、家族介護・ボランティア介護という非市場的負担が相当に大きな位置を占めており、これをあわせて考慮せずに総費用を出すことはできないはずである。と同時に、第一の点と関係して、現行の低賃金状況においては、「これではとても生活できないので転職したいが、誰も介護する人がいなくなれば利用者が困るので、頑張ってやっている」という人もいることが問題にされねばならない。つまり、本来あるべき賃金と現行の低賃金の差額にあたる部分は、労働者が損を承知で、いわば持ち出しで負担している部分なのである。これもまた隠れたボランティアと呼ぶべきものであり、非市場的に負担されているものと考えねばならない。

 以上二点から、介護サービスの価格それ自体を推計の対象としなければならないが、これは困難である。ここで仮に、仮になんらかの方法で介護サービスの価格を設定したとしよう。その場合には、第三に、介護サービス産業の大きさが問題になる。仮に、介護給付を引き上げて、介護サービスの生産に従事する労働者が現状よりも増加することを想定するとしよう。その場合、他の財の生産に従事する労働者が減少し、介護サービスの生産に従事する労働者が増えるため、介護サービス以外の財の価格も影響を受けることになる。この効果は、市場全体に占める割合が小さなプロジェクトについて考える場合には、無視できる程度の小さな影響でしかない。しかし、家族介護・ボランティア介護も含めて考え、また現行の低水準の介護給付よりも高い価格を想定するとすれば、その総量が経済全体に占める割合は決して小さなものではない。よって、介護サービス以外の他の財の市場への波及効果も無視できないものとなる。

 以上の特徴から、介護の社会的費用を貨幣ベースで試算をすることは極めて困難である。

 しかし、第四に、介護サービスは「その生産に投入される資源のほとんどが労働力である」という、著しい特徴がある。たとえば、道路建設の場合であれば、「建設資材と労働力」というまったく異なる対象を、なんらかの共通の尺度で評価して合算しなければならない。そのために、貨幣という尺度が用いられるのである。しかし、介護サービスの場合には、必要とされる資源のほとんどが労働力であるならば、元々貨幣尺度に変換する必要性も低いのである。

 そこで本稿では、介護の社会的費用を試算するにあたり、より直接的で単純な方法を用いることにする。介護ニーズの総量を推計し、そのケアのために必要な総労働時間を推計する。その上で、ケアを担うことができる可能的な労働者の総数に対して、どの程度の割合を占めることになるのかを求めるのである。

 以上のプロセスにおいては、貨幣的尺度は一切用いない。通常の費用便益分析においては、様々な資源の単価が所与のパラメータであるのに対し、本稿の文脈においては、必要な資源を確保するのに十分な水準に設定されるべき政策変数である。むしろ、可能的な労働力人口全体の中で、必要な労働力が介護サービスの生産に従事するために必要な賃金を設定し、そこから介護報酬の水準を定めなければならないのである。


◆3 介護ニーズ

 まず、介護ニーズの総量を出してゆく。
 介護ニーズを持つ人々を便宜的に現行制度の対象者で区分していくと、介護保険の利用者と、各種障害者向け制度の利用者に分けることができる。まず、介護保険における要介護度認定と、要介護度の各段階における認定者数を整理する。

【介護保険における要介護度認定】
以下、主に厚生労働省ホームページより。

「平成14年度の老人保健健康増進等事業において、平成11年度からの要介護認定に関する研究や要介護認定結果の傾向を踏まえ、以下のような成果が報告されている。

要支援状態および要介護状態については、おおむね次のような状態が想定されている。
>>
(1)自立(非該当): 歩行や起き上がりなどの日常生活上の基本的動作を自分で行うことが可能であり、かつ、薬の内服、電話の利用などの手段的日常生活動作を行う能力もある状態
(2)要支援状態: 日常生活上の基本的動作については、ほぼ自分で行うことが可能であるが、日常生活動作の介助や現在の状態の防止により要介護状態となることの予防に資するよう手段的日常生活動作について何らかの支援を要する状態
(3)要介護状態: 日常生活上の基本的動作についても、自分で行うことが困難であり、何らかの介護を要する状態
<<

さらに、要介護度の各区分については、以下のような状態が想定されている。
>>
要介護1 要支援状態から、手段的日常生活動作を行う能力がさらに低下し、部分的な介護が必要となる状態
要介護2 要介護1の状態に加え、日常生活動作についても部分的な介護が必要となる状態
要介護3 要介護2の状態と比較して、日常生活動作及び手段的日常生活動作の両方の観点からも著しく低下し、ほぼ全面的な介護が必要となる状態
要介護4 要介護3の状態に加え、さらに動作能力が低下し、介護なしには日常生活を営むことが困難となる状態
要介護5 要介護4の状態よりさらに動作能力が低下しており、介護なしには日常生活を営むことがほぼ不可能な状態
<<

 各要介護者の介護ニーズの分類には、介護保険における要介護度認定の枠組みを用いる。介護保険においては、個々人の要介護度を5段階に、要支援を含めると合計6段階に分けて把握している(2006年の改正で要支援が2段階になったが、データがないので、改正前の6段階で考える)。

 次に、それぞれの状態区分についての必要介護時間数を考える。厚生労働省は、たとえば「介護なしには日常生活を営むことが困難/不可能」とされる要介護度4/5の人々の介護ニーズについて、次のように算定している。

要介護4 上記5分野の要介護認定等基準時間が 90分以上110分未満
要介護5 上記5分野の要介護認定等基準時間が110分以上

これは家族介護を考慮にいれるとしても、あまりに少なすぎるものでしかなく、この基準を用いることはまったくありえない話である。基本的には、どんな人であろうと、社会参加も含めた十全な生が確保されるべきであること、それこそ「健康で文化的な最低限度の生活」である。社会参加なども含めるならば、以下に提示するくらいの介護サービスは必要になるだろう。よって、まったく異なる数値を提案する。

第一に、かなり大ざっぱな目安として、「要支援」では、「週2日、通所施設利用、マンツーマンで3時間」くらいと想定。第二に、要介護2と3の間が大きな分かれ目になっているので、要介護3のニーズを考える。要介護3はほぼ全面的な介助が必要なため、「マンツーマンかつ(少なくとも)起きている時間すべてを介護する」という水準を想定し、18時間。以下、要介護4、5で若干の積み増しをする。

以上のように考えると、要介護度に対する一日あたりの介護時間を次のようになる。

    一日あたり介護時間
要支援     1時間/日
要介護1    4時間/日
要介護2    8時間/日
要介護3   18時間/日
要介護4   24時間/日
要介護5   30時間/日

その上で、要介護度と介護時間の対応の正確さについては、以下のとおり。
「現状では身体系と認知系がごっちゃになってるのだから、そのままやる。」
「今後は、まずはそれを分けて、それぞれの要介護者数を割り出す必要がある。」
「分けられれば、それぞれの要介護者タイプについてタイムスタディを行い、
推計の精度を高めることは必要」
「なお、この試算では、マンツーマン介護だけを念頭においている。そのため、チー
ムによる複数人介護を念頭に置くならば、介護時間はより効果的に使うことができる
かもしれない。」


◆4 試算

【試算1】要介護者数420万人(現状)

現在の要介護認定者数は、合計で約420万人。内訳は次のとおり。

    一日あたり介護時間 要介護者数
要支援     1時間/日  717642人
要介護1    4時間/日 1422851人
要介護2    8時間/日  644732人
要介護3   18時間/日  552367人
要介護4   24時間/日  520976人
要介護5   30時間/日  464764人
合計 約420万人

要介護者数の把握については、これでは不正確なのは承知している。しかし、使える数字が現にこれだけしかないのでそれを使う。介護ニーズの大きさ別に、該当する人たちがどのくらいいるのか、こうした調査が今後行なわれることに期待したい。

さて、各介護度に対する一日あたり介護時間に人数をかけあわせ、その結果をすべて合計する。

合計 47955852時間/日。

これが、要介護認定者全員に、先に設定した介護時間を提供した場合の、一日あたりの総介護時間となる。これを@年1800時間労働者、A年2000時間労働者、B年2200時間労働者に換算した場合の介護労働従事者数、ならびに20-65歳人口(7800万人)に対する割合を求める。

1−@ 972万人、12.5%
1−A 875万人、11.5%
1−B 796万人、10.5%

【試算2】要介護者数630万人の場合(このくらい増える、と推定されている)

要支援&要介護1を中心に増加すると言われているので、「要支援&要介護1で75%増、要介護2以上で25%増」と想定。以下、試算1と同じように掛け算して合算する。これを@年1800時間労働者、A年2000時間労働者、B年2200時間労働者に換算した場合の介護労働従事者数、ならびに20-65歳人口(7800万人)に対する割合を求める。

2−@ 1280万人、16.4%
2−A 1152万人、14.8%
2−B 1047万人、13.4%

今後増えることは織り込んだ方がいいので、試算2による方がよいと思われる。また、ここには家族介護やボランティアも計上されており、アンペイドワークのペイド化でもあるのだから、1800時間労働にこだわらなくていい。以上のことから、2−Aないし2−Bあたりを、一応の試算として提示する。

2000時間労働者で計算して、必要な介護労働者が1152万人、20歳〜65歳人口に占める割合で14.8%。
だいたい、可能的な労働人口の7人に1人が、介護労働に(フルタイムで)従事すると考えて、このくらいの数字になる。簡単だとは言えないが、不可能だとも言えない。

5 試算結果の解釈

もとよりドンブリ勘定であることは承知の上で、以下のように考える。

「可能的な労働力人口7人あたり1人」は、簡単だとは言わないが、少なくとも物理的な実行不可能性ではない。その困難さは、運命的に乗り越えられない困難さではなく、政治的な困難さである。そのことを確認しておく必要はある。

だとすると問題は、介護以外の生産に従事している労働力を、介護サービスの生産に振り向けることである。そのためには、「介護以外の活動に課税し、介護サービスの生産者に対する支払いに当てる」ことが必要である。課税と給付によって、介護サービスの価格を引き上げ、それ以外の財・サービスの価格を引き下げる、その結果として「可能的な労働力人口7人あたり1人」が介護サービスの生産に従事する。ということになる。

それが実際に可能であるかは、分からない。それは利用可能なありとあらゆる資源の総量、また私たち一人一人の選好といった諸条件次第である。私たちの多くが介護サービスの生産活動に大きな負担を感じるような選好をもっているならば(たとえば、私たちの多くが「そういう仕事が嫌いだ」とか)、実現は難しくなる。ただし、それをアプリオリに知ることはできない。

言い換えると、先に述べた「政治的な困難さ」には、主として「私たちの選好」に関わる部分が含まれる。「7人に1人」が実現されないならば、それは私たちの選好によるのであって、物理的な不可能性によるのではない。

その上で、確実にいえることは、次のことである。「すべての人に生きる権利がある」に内実を与える気があるならば、このような社会に向けて制度を組み立てていくことが、少なくとも着手されなければならない。

財源がない、ということが言われる。しかし、他方で、雇用創出のために公的支出が必要だなどとも同時に言われる。そして、実際に、さまざまな(必要性、緊急性の疑わしい)公共事業が行なわれていたりもする。そうであるならば、そうした形で雇用を創出するのではなく、介護サービスの生産への再分配という形で雇用を創出するのでいけない理由はないはずである。

また、今回は費用のみを計測した。便益としては、介護ニーズに対して、必要なものが提供される、という面が、とりあえずはある。しかし、それにとどまらない。

@ここでの試算は、入院中の患者に対しても介護を行なうことを想定している。だとすれば、病院等医療機関は、特に介護ニーズの高い入院患者に対して特別な配慮をする必要はない。医療機関は、通常の患者に対しては今までどおりケアをすればいい。同時に、介護ニーズの高い患者に対しても、専門の介護労働者が割り当てられているのだから、通常の患者と同様のケアをすればよい。このことは、医療機関を高介護ニーズの患者受入に伴う追加的な介護負担から解放することを意味し、現行と同数の医療労働者によって、現行以上の医療サービスを提供することが可能になることを意味する。(もちろん、さらに医療労働者の数を増やしても構わない。)

A家族介護やボランティア介護(無償介護)は、基本的に不要となる(やってはならない、というわけではない)。その分の人々は、より向き・不向きに沿った仕事の選択が可能となる。この点も、基本的には便益として理解されていい。


※ その他書いてないこと(付け足したいこと)

「見守り」について。(たとえば、夜間介護などで、純粋に見守りのみの場合と寝返りをさせる場合では、後者の方が負担は大きい。あるいは、認知症などで、徘徊などの問題行動がある場合と、単純にコミュニケーション機能の喪失・弱体化である場合では、前者の方が負担は大きい。しかし、いずれにせよ人がついていなければらず、必要となる労働時間で見るなら、あまり変わらないかもしれない。同じ一時間の介護でも、労働者の疲労などの負担は大きく異なることがある。この点は、本稿では考慮していない。

声かけなどの「ながら」介護について。

複数介助者による/複数人要介助者に対する介助について。(これを考慮すれば、総費用はもっと小さくできるかもしれない。)


【とりあえずここまで。】


UP:2007
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