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「救急車に乗せて患者を“捨て”にいく病院」

児玉 真美 200710 介護保険情報 2007年10月号

last update: 20110517

★米国
救急車に乗せて患者を“捨て”にいく病院
 Reyesさん(63歳)はロサンジェルスの公園で寝泊りし、ビン・缶を集めて生活費に当てていたホームレスの女性。去年3月17日に救急車で病院に運ばれ、入院して顔の傷の治療を受けた。3日後に退院する際のReyesさんのカルテには「しゃべれない。物忘れ。見当識なし」と記されていたが、病院はそれらの症状は無視。オムツの上に病院おしきせの病衣を着ただけのReyesさんをタクシーに押し込むと「スキド・ロウへ」と運転手に命じた。スキド・ロウとは、大都会に付き物の荒廃した犯罪多発地域のこと。たいていホームレスのシェルターもある。
 シェルターを経てその3日後に郡立病院に送られた時、Reyesさんは肺炎と貧血を起こしていた。幸い、行政と民間の人権団体の協力によってReyesさんには法定代理人が選定された。
 そのロスのスキド・ロウの路上を今年2月初頭、麻痺のある男性が這いずり回っていた。人工肛門にとりつけたバッグは破れて汚物まみれ。全所持品が入った袋を口にくわえていた。男性は身元不明の41歳。それ以外の詳細がわからないのは、病院が患者のプライバシーを盾に情報提供を拒んでいるためだ。
 知的または精神障害があると思われるその男性は、退院時に救急車でスキド・ロウのシェルターに運ばれたが、シェルターは受け入れ不能状態だった。病院側はいったん連れ帰り、待合室などに9時間も放置。その後、今度は病院車両で改めてスキド・ロウに運ぶと、路上に“捨て”た。検察の調べに対し、「契約運転手が、本人の希望でそこで降ろした」というのが病院の言い分である。
 他にも、歩けない患者をストレッチャーにくくりつけたまま路上に“捨て”たり、怪しげなホテルの部屋に“捨て”たり──。シェルターに設置された患者遺棄監視カメラ(dumping cam)が動かぬ証拠となって、救急車で一度に5人もの患者を“捨て”た病院の所業がバレたことも。ロス市検察局には現在、病院による患者遺棄の疑いで調査中の案件が40以上あるという。
 これらが米国で多発している患者遺棄patient dumpingの実態である。dumpとはもちろん、あの「ダンプ・カー」のダンプ。まるで砂利かゴミのように無造作に捨て去るというネーミングもえげつないが、上記の実態も言葉に劣らず凄まじい。
 救急医療部門(ER)は、86年にできたEmergency Medical Treatment and Active Labor Actという法律で、あらゆる患者に検査を行い、治療によって状態を安定させなければならないと義務付けられたのだが、そんな法律が必要な事態があったことそのものが、考えてみれば恐ろしい。それでも01年の調査で既に527の病院が同法に違反。まともに治療するより、違法行為で罰金を払う方が安上がりなのである(progressive newswire 01年7月12日、LATimes06年11月16日他)。

★米国
無保険者の安全網――急医療は崩壊寸前
 しかし、病院には病院側の言い分もありそうだ。
 前述の86年の法律によって救急医療はアメリカ国民の権利となった。ERが無保険者や貧困層のセーフティ・ネット化したわけだ。03年に関するCDC(疾病予防管理センター)のデータによると、ER部門の数が14%もカットされた一方で、ERを訪れる患者数は史上最高を記録。通常の医療を受けられない無保険者や貧困層、高齢者が殺到するERは混雑を極め、救急搬送患者の受け入れ拒否も頻発している。医療の質の低下が憂慮されるのはもちろん、本来の救急医療の機能すら危ぶまれる事態だ。
 去年6月と9月に国立科学アカデミー医学研究所とCDCにより、ERに関する調査が相次いで報告されたが、いずれも米国のERは崩壊寸前だと警告している。病院にとっては、資金も医師も看護師も足りない中、“持ち出し”で維持する救急医療は経営を圧迫する“ゼニ喰い虫”。法で縛られるわ、資源はないわ、質は問われるわの上に、ホームレスの患者をどうしろというのだと、病院側も腹だしいことだろう。(MSNBC05年5月26日、Washington Post06年6月15日他)

★米国
無保険者対策で州が独自に皆保険を模索
 結局、陰惨な患者遺棄も元をたどれば、全米で4700万人(総人口の16%)といわれる無保険者問題に行き着くのだろう。去年の夏の知事会でも医療制度改革が大きな話題となった。脚光を浴びたのは独自に皆保険制度を実現したばかりのマサチューセッツ州。バーモント州、メーン州でも類似の法律ができ、規模や形態は様々ながら、他の州でも実験的に無保険者対策が検討されている。
 今年1月、カリフォルニア州のシュワルツネガー知事も州民皆保険の医療制度を創設すると宣言した。全州民に健康保険への加入を義務付けると共に、その余裕のない人には助成を行うというもの。しかしカリフォルニア州の無保険者数はマサチューセッツ州の人口並み。成功すれば政治的インパクトも大きいが、年120億ドルの経費の一部を雇用主、医師、病院に課金として背負わせることへの反発も大きい。助成金を巡る政府との駆け引きも多難と予想され、その行方が注目されている。
 無保険者問題で特に深刻なのは子どもの問題だ。05年には米国の子どもの約1割が無保険だった。基本的な健康管理さえ充分受けられない子どもが急増している。
 メディケイドの対象にはならないが医療保険が購入できない層を支援する「児童の医療保険プログラム(S-chip)」は97年に創設され、連邦政府と州の資金で運営されている。この制度が今年9月に期限を迎えるのを機に、ブッシュ政権は今後の予算の大幅カットを打ち出した。しかしシュワルツネガー知事を中心に州側には逆にS-chipの対象拡大を望む声が高く、ブッシュ政権は「S-chipは民間医療保険の代用ではない」と警戒を強める。大統領の考える無保険者対策は、むしろ税金優遇措置によって民間保険の購入へと誘導する方向なのだ。NYTimes紙は7月22日の社説でこの問題を取り上げ、「子どもの健康に拒否権発動」とのタイトルで皮肉った。(NYTimes8月21日他)

★米国
質低下の挙句に病院がなくなる貧困地区
 そんな中、貧困層の多いロス南部で、かつての市民権運動の象徴のような病院が閉鎖されようとしている。Martin Luther King, Jr. -Harbor Hospitalは大きな黒人暴動の後、貧困層に医療アクセスをと72年に郡によって作られた。が、資金繰りの悪化や人手不足で医療の質が低下。04年からは連邦政府の最低基準以下とされていた。今年5月には苦痛にあえぐ女性がERロビーの床に45分間放置されたまま死亡.。7月の監査で、もはや患者の安全が守れないとして、連邦政府の助成打ち切りが決まったもの。しかし、病院閉鎖の後、この地域の貧しい人たちの医療は一体どうなるのだろう(LATimes8月11日他)。

 先日、別の案件をネットで検索していたら、たまたまシアトルの富裕な地域の民間病院の年次報告書に行き当たった。20ページの報告書のうち5ページが寄付金を寄せた人の一覧表。高額な順に企業、団体、個人名が延々と続く。それを眺めながら考えた。マイケル・ムーア監督の手法はあまりに独善的で好きではないが、米国の弱者切捨て医療を弾劾する「シッコ」、見てみようか──。


*作成:堀田 義太郎
UP:20100212 REV: 20110517
全文掲載  ◇児玉 真美
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