京都府の難病患者の生活実態
京都難病連の相談員へのインタビューを通して
渡邉 あい子・
北村 健太郎 20070916-17
障害学会第4回大会 於:立命館大学
last update: 20151225
◆要旨
◆報告原稿
□1.問題の所在
日本には難病患者と呼ばれる人たちの患者運動があり、その成果とともに現在に至る。しかし、難病患者に関する調査研究は、運動以外の側面を含めても単発的で充分に集積されているとは言い難い。ここ数年、ALS(筋萎縮性側索硬化症)に注目した調査研究が多数行なわれているが、依然として難病患者本人やその家族の生活実態さえも不明確な部分が多い。難病患者の生活実態の把握が困難である理由の一つは、難病対策事業の実施主体が都道府県や市町村であり、その地域ごとに事業内容や窓口が異なる点が指摘できる。きめ細やかな調査研究をするためには、その地域に密着した調査が必要である。
本報告は、京都府を調査地として設定し、難病患者の生活実態の把握を目的とする。今回は、難病患者全般に比較的共通する困難や要望の析出を主眼とするため、特に対象疾患を指定しない。その上で、難病対策事業を利用する側の視点から、京都難病団体連絡協議会(以下、京都難病連)の相談員にインタビュー調査を行ない、京都府の難病対策の現状や京都府の難病患者とその家族が置かれている状況を報告する。
□2.難病対策事業と京都府の実施状況
難病患者に関する医療福祉の諸制度の基本的枠組みを簡単に確認する。難病患者が利用できる医療福祉制度としては、医療保険、介護保険、障害者自立支援法、難病対策事業がある。これらは、疾患や年齢によって適用される制度が異なる。特定疾患に該当する疾患では、小児慢性特定疾患治療研究事業や特定疾患治療研究事業による医療費の公費負担、そして障害者自立支援法(65歳未満)、介護保険(65歳以上)に基づくサービスを受けられる。ただし、厚生労働省の定める16特定疾患に限っては、40歳以上から第2号被保険者として、介護保険によるサービスを受けることができる。特定疾患に該当しない疾患で重度障害になった場合は重度障害者医療費助成制度などの医療費助成、障害者自立支援法(65歳未満)や介護保険(65歳以上)によるサービスが受けられる。障害者福祉施策と介護保険に共通する在宅介護サービスは、介護保険で受けることが原則となる(介護保険優先の原則)。生活保護を受けている患者の場合、生活保護法より他の法律や制度が優先して適用されるため、医療扶助や介護扶助を受ける際には、特定疾患治療研究事業や障害者自立支援法、介護保険制度の申請をする必要がある。
次に、京都府における難病対策事業の実施状況をごく簡単に見ておく。京都府難病相談・支援センター(以下、難病センター)は、京都市右京区の国立病院機構宇多野病院内に設置されている。難病センターの「センターニュース」(2006年10月15日発行)によれば、京都市に隣接する京都府「乙訓(おとくに)保健所管内では在宅療養へのスムーズな移行、在宅療養の充実、緊急入院体制の確立を目的として、在宅療養手帳の配付と難病医療ネットワークの構築」が既にされており、「乙訓医師会には特定疾患対策委員会が設置され、3名の地域医療担当理事がおられ、在宅療養を始める際に地域主治医(かかりつけ医)の調整を行うとともに、在宅療養支援チーム内での医療情報の共有化と治療・介護での目標設定」を行なっている。難病センターは、府下全域における「専門医療機関と地域主治医(かかりつけ医)の連携による難病医療ネットワークの構築を最重要課題」とし、その第一歩として「神経難病に関するアンケート調査」を実施した(2006年10月末日締切)。難病センターは難病対策事業の供給側として、こうした取り組みを行なっている。しかし重要なことは、難病センターの取り組みを難病事業の利用者側から見たとき、充分に納得できる内容なのかという点である。京都難病連の相談員にインタビューを行なうのも、そうした問題関心による。
□3.難病患者をめぐる論点
難病患者本人やその家族の困難を集約することは容易ではないが、特に重大で決定的な場面に限定すれば、いくつかの重要な論点を指摘できる。やや強引に一言で言えば、それは「医療行為」と「コミュニケーション」である。難病センターが「神経難病に関するアンケート調査」を実施したのも、神経難病患者の療養生活に「医療行為」と「コミュニケーション」の論点が鮮明に出ることを充分認識しているからと推察される。上記二つの生命に直接関わる論点を中心に、看護師とヘルパーの職域をめぐる問題、家族介護を暗黙の前提とした制度設計など多くの問題が絡み合っている。また、難病対策事業の実施主体が都道府県や市町村であることから、その地域ごとの課題があるのではないかと推測される。京都難病連の相談員へのインタビュー調査から、京都府の難病患者の生活実態、関連する京都府下の地域特性の有無を少しでも明らかにし、報告する予定である。
渡邉あい子・北村健太郎は、京都府の難病患者の療養生活について、特に制度や事業の側面から見た実態を報告します。
○報告の目的
1972年に難病対策要綱が策定され、難病対策として取り上げる疾病は、第一に、原因不明、治療方法未確立であり、かつ後遺症を残すおそれが少なくない疾病であること、第二に経過が慢性にわたり、単に経済的な問題のみならず介護等に著しく人手を要するために家族の負担が重く、また精神的にも負担の大きい疾病であることに整理されています。さらに、調査研究の推進、医療設備等の整備、医療費負担の軽減、地域における保健医療福祉の充実と連携、QOLの向上を目指した福祉施策の推進の5点を挙げ進めていくこととされています。難病対策事業は実施主体が都道府県や市町村であるため、地域ごとに取り組みや連携の仕方、窓口、その名称も異なります。また、情報を共有し分かち合う難病患者団体や組織も地域に一律に存在しているわけではありません。そのような中で、今回は京都府下の難病患者が具体的にどのような状況下に置かれているのか、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を具体例として念頭に置きつつ、特に発症時からの主訴、療養生活を支える制度や事業との関係に着目し、実態を明らかにすることを目的としました。
○難病支援の理想と現実
京都府難病相談・支援センターの季刊誌(H18,10.15発行)には、京都市に隣接する京都府「乙訓(おとくに)保健所管内では在宅療養へのスムーズな移行、在宅療養の充実、緊急入院体制の確立を目的として、在宅療養手帳の配付と難病医療ネットワークの構築」がなされていると記載されており、府下全域における「専門医療機関と地域主治医(かかりつけ医)の連携による難病医療ネットワークの構築を最重要課題」と設定しています。
しかし、実際には、症状に不安を抱え病院を転々としながら病名にたどり着くまでが遠く、診断が確定すれば、当然大きなショックを受けます。その後、とにかくサービスにアクセスするため難病支援の窓口である保健所へ相談に行くも、管轄や担当によって言うことが違っていたり、医療、介護保険や自立支援法にまつわる手続きが煩雑かつ窓口も別のため、かなり混乱しサービスを受ける前に疲弊し、病気に対する恐れと不安は増大してしまう状況にあるのです。
この理想と現実のギャップについて京都難病団体連絡協議会の相談員に尋ねると、
・ 保健所の難病担当が難病患者のコーディネートにあたるが、うまくコーディネートできていないのが現状である
・ ケアマネージャーは介護保険から、保健所の担当は難病対策から制度運用を考えるが、両者を併用することについては、疎い人が多い
・ 保健所ごとに言うことが違う点については、保健所ごとに勉強会をするので、その取り組みの浸透度合いが保健所別に現れ、今まさに新制度の勉強をしている最中であること
・ 制度併用がスムーズにいかない問題は現実に多くあり、それは常に「潜在」している。
という趣旨の見解を示されました。
治すのに困難性が伴う難病患者の不安とおそれを少しでも軽減し、生活の質を維持するためには、できるだけ早く必要なサービスにアクセスできることが重要です。しかし、患者本人や家族は難病罹患した衝撃を受け止められず先が見えない状況で、各窓口に行くことになりがちです。各窓口の対応がスムーズでないと何度も診断書を取りにいくことになります。あるALS患者の家族は、繰り返し診断書を取りにいったことを「診断書貧乏になった」と言っています。しかし、これは単に費用の問題ではなく、手間がかかることで心身ともに疲弊することが大きな問題です。
○諸制度の適用関係
一方、サービス提供側も制度の改変について行けず把握できていない現状があるようなので、関係制度を整理してみました。
難病患者に適用される医療福祉制度は疾患名や年齢により変わってきます。なお、ここでは対象を成人以上に限定して活用できる医療費助成制度と福祉制度を示しています。医療費助成は45の特定疾患(表)に指定されている18歳未満*ならば小児慢性特定疾患治療研究事業、18歳以上は特定疾患治療研究事業からなされます。福祉制度では65歳未満は自立支援法、65歳以上だと介護保険の第1号被保険者の適用になります。ただし、40歳以上で介護保険の16種類の特定疾患(表)に該当する場合は第2号被保険者として、介護サービスが受けられますが、自立支援法と共通する居宅介護サービスについては介護保険サービスが優先して適応されます。
しかしながら生活保護を受ける場合はまた別です。被保護者で65歳以上の場合は介護保険料加算もあり自動的に第1号被保険者になれますが、40歳から65歳未満の被保護者の場合、国民健康保険から除外されるため第2号被保険者にはなれません。健保などの国保以外の医療保険に加入している場合は第2号になれますが、それは稀です。介護が受けられないのは、すべての国民に保障される最低限度の生活内容が介護保険加入の有無等により異なることは生活保護制度の趣旨・目的に照らして適切でないことから、全額介護扶助によりサービスが給付されます。さらに生活保護には他法優先(保護の補足性)の原則があり、自立支援法を先に使い、不足分を介護扶助で補うことになります。ケアプランの作成については、生活保護法の指定介護機関に委託します。65歳以上や第2号でも被保険者となれる場合は介護保険法に基づき作成し、自己負担分の1割分も生活保護で支給されます。ですが生活保護を受給して介護サービスを使うユーザー側からすると、どちらにしても負担はなく、介護の時間を保障し給付を早く開始して欲しいという単純な話で、煩雑な手続きをスムーズにするには社会福祉事務所のワーカーやケアマネージャー等の密な連携が必要になってくるということになるのです。また、第2号に該当する難病患者は制度併用の難しさから在宅移行できない、医療・介護難民にも少なからず存在すると推測され、生活保護制度の介護料特別基準、他人介護加算を活用されるべきですが、この詳細は別の機会に譲ります。
話を介護保険と自立支援法の併用に戻します。介護保険の被保険者であるなら介護保険サービスを自立支援法より優先させる原則について、自立支援法が施行されてから全国で混乱があり2007年3月末に厚労省は「一律に介護保険サービスを優先させない」旨の通達を出しました。したがって市町村の介護資源状況や個別の利用意向により判断することになります。補装具費についても介護保険で車いす等保険給付として既製品の中から選び貸与される福祉用具ではなく、個別の身体状況に対応することが必要な場合は補装具費が支給され作ることができます。このような変更がまだ現場に浸透していない状況であり、介護保険を使い切らないと他を使えないと思っている市町村が多くあります。このような緩和策が講じられたのは介護保険が優先になっているがための弊害が実際にあるからで、これは24時間介護が必要な重度障害者や難病患者に多く当てはまります。介護保険の要介護認定のしくみと進行性難病のそぐわなさも指摘できます。
○入り組む制度
自立支援法のなかで特に難病患者が対象となるのが「重度訪問介護」と「重度障害者等包括支援」です。重度訪問介護では障害程度区分6で四肢麻痺があり、人工呼吸器を使用している人を対象に15%の加算があります。他には保健所が窓口になっている難病患者等居宅生活支援事業があり、こちらでもホームヘルプサービスや日常生活用具給付の事業が展開されています。ここでの難病患者は難治性疾患克服研究事業の対象疾患(121疾患)および関節リウマチの患者となっており、他の制度と重複している場合など使えるのかどうかが非常にわかりにくくなっています。また、福祉事務所が窓口の進行性筋萎縮症者療養給付がありますが、これを申請するには身体障害者手帳の交付を受けていなければなりません。このように難病をとりまく制度や事業は非常にややこしく、どういった手順を踏めばいいのか患者本人やその家族がわからないのは当然のことと言えましょう。
○窓口チャート
そこで、サービスと窓口を図にしてみました。
・ 特定疾患治療研究事業、つまり医療費の公費負担の相談や難病患者居宅生活支援事業は保健所へ
・ 身体障害者手帳は福祉事務所へ、その上で進行性筋萎縮症者療養給付の申請が可能です。
・ 介護保険によるサービスの相談は市町村窓口、例えば地域包括支援センター・居宅介護支援事業者で行い、要介護度認定を受ける必要があります。
・ 障害者自立支援法によるサービス相談は京都市区役所・支所の支援課・支援保護課、または障害者地域生活支援センターになり、介護給付を希望する場合は障害程度区分を認定されなければなりません。
これらは申請するのに主治医の診断書(意見書)が必要な事項になります。
○申請のアクセシビリティ
難病患者の療養生活を支える医療福祉の諸制度は、基本的に申請主義を採っています。難病患者本人もしくは家族などの申請に基づき、様々な制度の中から適用する制度を決定します。しかし、これまで見てきたように、いろいろな制度が複雑に入り組んでいます。そのため、難病患者本人やその家族が、自らにとって必要で使いやすい医療福祉制度を判断することは容易ではありません。やはり、保健師、ケアマネージャー、医療福祉行政の担当者などのアドバイスが重要になってきます。ところが、これらの「専門家」とみなされる人たちでも、最近の激しい制度改変に追いついてないのが現状です。
難病患者本人やその家族から見れば「専門家」とみなされる人たちやその現場がうまく機能しなければ、難病患者本人やその家族は必要とする医療福祉サービスを享受できないまま放置されることになります。医療福祉サービスを享受するまでに時間がかかれば、遅れた分だけ症状を悪化させることも容易に考えられます。
難病政策は、その制度設計の段階から、根幹となる医療福祉制度の隙間を埋めるようなかたちで作られたために、他の医療福祉制度よりも分かりにくい制度です。しかし、申請主義を採っている以上、制度は申請者である難病患者本人やその家族にとって、分かりやすく、アクセスしやすいものであるべきです。難病患者本人やその家族は心身ともに辛い状態から申請してきます。難病患者の生活を支えるという制度本来の趣旨に立ち返れば、アクセスしやすい工夫が必要です。その一つが、前に見た「難病医療ネットワークの構築」だと思いますが、まだ現実に使えるようにはなっていません。
○「難病制度のパッケージング」
分かりにくい理由の一つに、窓口の多さがあります。一つの窓口で申請が終わりません。下手をすれば、窓口を転々とすることになり、申請者である難病患者本人やその家族が心身ともに消耗してしまいます。難病患者本人やその家族を助けるべき制度が、逆に難病患者本人やその家族を消耗させるならば本末転倒です。そこで、私たちは「難病制度のパッケージング」を提案します。
「難病制度のパッケージング」とは、一つの窓口に行けば、申請がすべて終わるような受付体制を構想したものです。関係書類一式をどの関係窓口にも設置する、難病(関連疾患)や年齢(ライフコース)などのグループごとに書類をまとめておく、診断書1枚で通用するように書式を工夫する、などです。もちろん、これらが機能するためには、関係機関のネットワーク構築が必須です。それらのネットワークを申請書類のレベルから考えたのが「難病制度のパッケージング」です。「難病制度のパッケージング」が本当に機能するためには、今後に残された課題がたくさんあります。しかし、1枚の申請書類が難病患者の生命にかかわる以上、申請書類を「たかが紙切れ1枚」と軽々に考えてはならないことだけは確かです。ネットワークが理想におわらないために、楽に繋がっていける工夫が必要だと思われます。今後はまず職域の問題、難病患者のコミュニケーションと情報の共有・発信について調査を進めてまいりたいと思います。
以上で、私たちの報告を終わります。御清聴ありがとうございました。