last update: 20151224
「社会モデル」はもう古い?・・・とも言われる今日このごろ、「社会モデル」をつくった人たちについてふりかえってみよう。「障害の原因は社会にある」という主張は知られていても、それを英米で主張した人がどんな人たちだったのだろうか。なぜ彼らはそのように主張したのかはあまり知られてはいない。
「社会モデル」はアメリカとイギリスそれぞれの国で主張されたが、その内容や理論的背景は相当異なっている。アメリカで社会モデルを主張したおもな障害学者としてアーヴィング・ケネス・ゾラIrving Kenneth Zola 1935-1994のほか、デビッド・ファイファー David Pfeiffer 1934-2003とハーラン・ハーン Harlan Hahnなどがいる。
一方、「イギリス社会モデル」と言えばマイケル・オリバーMichael Oliverが知られている。彼は、1980年代半ばから90年代までイギリス障害学のリーダーだったといえる。オリバーは、UPIASのメンバーだったヴィク・フィンケルシュタインの影響を受け「社会モデル」を理論化した人物であり、資本主義労働からの排除を「障害」の原因として重要視した。とはいうものの、その経歴はあまり知られていない。ボブ・ディランが好きなんだそうだ。
オリバーに比べると、「アメリカ障害学の父」と呼ばれるアーヴィング・ゾラは自己の経歴を赤裸々に語っている。ゾラは多くの人からも愛されたようだ。これは、アメリカ人とイギリス人の違いってことでしょうか?
ゾラの障害学の特徴は、「健康至上主義」批判を基盤とした「社会モデル」と、障害者自立生活運動の実践に基づく患者主権(自己決定)の主張と、女性や高齢者との連帯を目指した「障害の普遍化」戦略の三つに要約できるだろう。オリバーが障害者排除の原因として経済構造を重視するのに対して、ゾラは健常者社会の価値観や社会の医療化を重視する。女性障害者にはオリバーよりもゾラの方がウケがよいようだ。
ゾラの没後、彼の後継者と目されたのがデビッド・ファイファーだろう。彼はゾラが編集していたDisability Studies Quarterlyの編集を引き継いで、これを正式な学会誌とするとともに編集委員会体制を導入した。長年勤務したサフォーク大学を退職した後はハワイ大学マノア校に障害学研究センターを設立し、ここでも新しい障害学雑誌を創刊している。天才肌の社会学者であるゾラに対して、ファイファーは政治学者であり、組織人タイプだったのかもしれない。
ファイファーはまた、WHOによる国際障害分類を徹底批判したことでも知られている。国際障害分類改定にともなってファイファーは、初版(ICIDH)および改訂版(ICF)ともに、「社会モデル=マイノリティ・モデル」とは相容れないものであり、優生思想や医療化を促進する危険があると批判した。これに対して、WHO改定チームのジェローム・ビッケンバックJerome Bickenbach(現在はDSQ編集委員でもある)らは、改訂版が採用した「社会モデル」は「マイノリティ・モデル」ではなく、アーヴィング・ゾラが提唱した「障害の普遍化」モデルであるとして反論した。この反論によって、アメリカには2つの社会モデルが存在し、その一つはアーヴィング・ゾラが主張した「普遍主義モデル」であり、それに対立するのがハーラン・ハーンが主張する「マイノリティ・モデル」だとされる。
ビッケンバックによって「敵役」にされて批判されたハーラン・ハーンは、もともとゾラの健康至上主義批判にも影響を受けた論文を書いているし、1995年にはDSQの編集委員にもなっている政治学者だ。ハーンは2000年10月にアメリカ連邦教育省でジュディ・ヒューマンらが後押しして開催した国立障害リハビリテーション研究所(NIDRR)主催の国際会議にてオリバーと交流し、その後、イギリスの障害学文献にも寄稿している。
今日では、イギリスでもアメリカでも「障害の社会モデル」を提唱し、障害学を形成した人々は「過去の人」になりつつある。ゾラとファイファーはすでに鬼籍に入り、オリバーは大学から引退し、ハーンも大学から引退を迫られて係争中のようである。障害学と社会モデルは、新しいステージを迎えている。だからこそ、「社会モデルの形成過程」を振り返り、その意義を確認しておくべきではないだろうか。
■参考資料
杉野昭博『障害学―理論形成と射程』2007年,東京大学出版会.
マイケル・オリバー履歴
Michael Oliver, 1996, Understanding Disability: From Theory to Practice, London: Macmillan, Chap. 1 From Personal Struggle to Political Understanding.
Meantime―the magazine of the University of Greenwich, 2002 autumn
http://www.greenwichalumni.co.uk/magazine%20pdfs/main.pdf
アーヴィング・ゾラ履歴
Irving Zola, 1982, Missing Pieces: A Chronicle of Living With a Disability, Temple University Press.
Samuel Gridley Howe Library's Website
http://www.brandeis.edu/lemberg/SGHL/Subpages/Collections/irving_kenneth_zola.htm
Irv Zola's Home Page http://www.irvingzola.com/
デビッド・ファイファー履歴
The Review of Disability Studies An International Journal website
http://www.rds.hawaii.edu/about/editors/founder/default.aspx
Tribute to David Pfeiffer 1934 - 2003
Review of Disability Studies, Volume I, Issue 1, 2004, pp.5-7
http://www.rds.hawaii.edu/downloads/issues/pdf/RDSissue012004.pdf
OBITUARY: A Memorial Tribute to David Pfeiffer, Disability Studies Scholar, Activist, and former Editor of DSQ.
DSQ website http://www.dsq-sds.org/pfeiffertribute.html
ハーラン・ハーン履歴
USC政治学部サイト
http://www.usc.edu/schools/college/politicalscience/people/core_undergraduate_and_graduate_faculty/harlan_hahn.html
Harlan Hahn, "Love, Sex and Disability: Maintaining Interest and Intimacy", A paper for Meeting the Challenges of Aging with a Disability: Lessons Learned from Post Polio and Stroke―A Research Update with Practical Applications, March 19-20, 1993
http://codi.buffalo.edu/graph_based/.aging/.conf/.sex.htm
Harlan Hahn,"Good Jobs, Good Benefits (But Not for Disabled Workers)" posted on March 14, 2006, Ragged Edge Online.
http://www.raggededgemagazine.com/departments/closerlook/000837.html