近年、米国等では、発達障害の一種である『自閉症』の当事者(自閉症者)が自閉症者でない者を "neurotypicals
(NT)"(神経学的に定型な者)と呼ぶ動きがある (ex. Willey, 2001;
2007邦訳)。これは、自閉症者が、自閉症者ではない(とされる)者を『普通』・『健常』ではなく、ただ『定型な者』と呼ぶことで、双方の上下関係を感
じさせなくしている。換言すれば、侮蔑的な言い方を改める意思の現れである。米国の自閉症者団体Autism Network
International の主催する会議 "Autreat"では、参加者からこの言葉が多く聞かれる。
そして、2007年6月に開かれた同会議に日本から参加したMiyazaki; DeChicchis
(2007)は、言語研究者としての見地からこの点に着目し、ここを一歩進めて、自閉症ではない(とされる)者と自閉症者をそれぞれ
"neurological typicals and atypicals"
(神経学的に定型な者と、非定型な者)と言い換えることを提案した。同様に、コミュニケーションを語る言葉についても、"communicative
typicals and
atypicals"(コミュニケーションの面で定型な者と、定型ではない者)と言い換える可能性を示した。果たして、第2節に示したような、『率直にも
のを言いすぎる』等の『青年たちのコミュニケーション困難』を、一つ一つこのような見地で言い改めることで、発達障害者のコミュニケーションに対する社会
的受容を高めることはできるだろうか。
また、このような試みは、『障害学』の研究者、障害当事者のみではなく、広く社会福祉や社会学、言語学等広範な領域でより盛んになされても良いのではな
いだろうか。
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4 参考文献(要旨に関連する文献のみ)
Miyazaki Yasushi; DeChicchis, Joseph. 2007. "How high is the "glass
ceiling" for us?: Learning from some example of struggles of autistic
people in Japan". Autreat 2007 program book. Philadelphia,
Pennsylvania, USA. June 25-29, 2007. pp. 79-84.
大井学 2004. 「高機能広汎性発達障害をもつ人のコミュニケーション支援」. 『障害者問題研究』. 32 (2). pp. 22-30.
Willey, Liane Holliday. 2001. "Asperger Syndrome in the Family
Redefining Normal". London: Jessica Kingsley Publishers.
(邦訳「私と娘、家族の中のアスペルガー」(ニキ・リンコ訳 2007)東京:明石書店).
つまり、精神医学の立場においてさえ、定義が明確ではないと認められている側面があるのが、この『発達障害』という言葉である。World Health Organization によるInternational Statistical Classification of Diseases and Related Health Problems 、略してICD、や、American Psychiatric Association によるDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders 、略してDSM、というふうな国際的な診断基準によって、例えば『アスペルガー障害』などといった発達障害の診断は下される。しかしながら、こうした医学的なものを超えた何かしらの要因を棚上げにして、発達障害が『医学的な問題』、特に臨床的な問題として語られ、当事者に窮屈さを感じさせる状況を作り出してはいまいか。そして、例えば就労支援の場などでも重要事項として語られる『コミュニケーション能力』が、その一つの象徴ではないのかと、私は考えるのである。
事実、報告者が接する、いわゆる発達障害者の間でも、「私はコミュニケーションが苦手だ」と自認する者が少なくない。また、Miyazaki; DeChicchis (2007: 80-81) が、後述するAutism Network International の年次大会であるAutreat において日本の自閉症者の状況について紹介した内容においても、『広汎性発達障害』との診断を受けた人物が『コミュニケーション』という言葉の前に、就職活動に苦悶する様子が示されている。
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発達障害者支援法
PDF http://www.mhlw.go.jp/topics/2005/04/dl/tp0412-1b.pdf
HTML http://www.mhlw.go.jp/topics/2005/04/tp0412-1b.html
(2007年9月5日現在)