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障害者の地域生活と所得保障のあり方

DPI日本会議 三澤 了 20070916
シンポジウム「障害と分配的正義――ベーシックインカムは答になるか?」
障害学会第4回大会 於:立命館大学

last update: 20151224

●障害者の自立と障害基礎年金(果たした役割と限界)

  障害者の自立にとってもっとも基礎的な条件の一つが、経済的な独立を図ることである。障害を持たない市民の場合は、一般的にはある一定の年齢に達するに連れて、経済的に親や家族に依存する度合いを減らし、最終的には親や家族とは別個の家計を営むことになる。しかし、障害故に雇用の対象になりにくく、稼得収入を得ることが困難な障害者の場合は、何歳になっても、親や家族の庇護のもとでの生活にとどまらざるを得ない状況におかれていた。こうした障害者にとって、年金・手当等の公的な所得保障は欠くことの出来ない社会的条件であり、障害基礎年金や特別障害者手当は自立した生活づくりに向けて一定の役割を果たしてきた。
  年金の給付水準は創設当時の2級=50000円、1級=62500円から、物価スライド等で、この20年間で2万円程度の引き上げがなされている。(2007年時点、1級=84300円、2級=65000円)。この年金が出来たことにより、障害者、特に幼い頃からの(20歳以前の障害)障害者の経済状況に一定の変化が見られたことは確かである。本人の選択のもとで、必ずしもフルタイムの就労形態ではない仕事の形をとり、年金・手当の基礎的給付と合わせて、一定の経済水準を確保するという人も増えてはいる。この状況は障害者の賃金水準を低く抑える作用として機能しかねないが、障害者自身が親や家族をはじめとする他者に経済的に頼り切らなければならないという状況から脱するための、大きな要因となっている。
  こうして障害者の所得保障の基本施策として機能してきた障害基礎年金と手当であるが、1985年以降は進展らしい進展のないままに終始し、無年金障害者の問題や支給基準の不合理性など、創設時に指摘されていた問題点も修正されることなく残り続けている。

●より基本的な所得保障の仕組みを

  1985年の年金制度改正で障害基礎年金が創設されて以降、障害者の所得保障は動きらしい動きをみせていない。(学生時の無年金障害者等に対する特別障害者給付金の制度が新たに設けられたくらい)。ところが障害者自立支援法の制定に伴い、福祉サービス利用における応益負担が導入されることになり、その引き替えという形で障害者の所得保障の必要性が各方面で論じられ始めている。福祉サービスの利用にあたって利用者が応益という形で一定の利用量を支払うという仕組み自体受け入れ難いものであるが、その仕組みを円滑に実施するための所得保障の拡充ということには釈然としないものを感じる。自立支援法の国会審議のなかでもこの問題が検討された結果、障害者自立支援法の付則の第三条に「・・・障害者等の所得の確保に係る施策のあり方についての検討を加え、その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする。」と規定され、さらに参議院の厚生労働委員会の付帯決議では、所得の確保に係る施策のありかたについて三年以内に結論を得るものとしている。こうした動きを受けて2007年1月に厚労省は「障害者の所得の確保に係る施策の検討チーム」を設置し、検討を行っているようであるが、その主要テーマは就労支援の推進ということであり、就労とは無関係の所得保障政策についての本格的な検討が行われるのか否かは定かではない。厚生労働省は、障害者が働くこと、働いて賃金を得ることが出来るようにすることを自立支援法のもっとも主要な目標にすえており、あたかも一昔前の職業訓練中心主義の復活を図ろうとしているかのようにも見受けられる。ただし、働くことを重視するとは言いながら、障害者の最低賃金除外規定の撤廃や一定賃金の保障のための賃金補填制度等には踏み込もうとはしていない。このプロジェクトの検討結果が障害者の就労支援策や工賃倍増プランだけに終わらせることなく、働くこととは関係なく、障害者の基本的な生活の安定を図るための所得保障の検討にまで踏み込ませていくための働きかけを強めていかなければならない。
  障害者団体の多くは長年にわたって、障害基礎年金の大幅引き上げと新たな社会手当の創設により、雇用・就労の対象となりにくい障害者も経済生活の安定が図られる仕組みを作り出すことを求めてきた。しかし、現行の年金制度が拠出性の老齢年金制度を基本として成り立っている以上、障害者の年金だけが老齢年金とは別個に給付水準を定めることは困難であるという理屈の前に、大幅な引き上げは果たされないままに推移してしまった。また、学生無年金障害者や在日外国人障害者等の制度的な無年金者のみならず、経済的保障が必要であるにもかかわらず、身体機能障害・日常生活能力を判断基準とする資格要件により、精神障害者や知的障害者をはじめとする多くの障害を持つ人々を、年金から排除されている状況は改善される兆しもない。こうした状況に対して、当事者運動の側からは、身体機能障害だけを判断基準にするのではなく、稼得能力の喪失状況に応じた所得保障の仕組み打ち出すべき、という主張を行ってきたが、稼得能力の喪失度を図る基準となるものを明確に示すことができないままにきてしまっている。
  障害を理由とする特別な経費に対応するものとしての各種の社会手当に関しては、これも1985年年金改正時に併せて作られた特別障害者手当しか全国的な制度としては存在していない。特別障害者手当は、その対象を原則としていわゆる重度障害者(身体1、2級、知的1,2度)に限定していると同時に、この手当の性格が明確ではないこともあって、障害者全体にとって生活の安定化を図るものとはなり得ていない。
  こうした状況のなかで当面は、年金制度の見直しの機会を捉えて、すべての無年金障害者の解消を求めると同時に、年金や手当の支給を身体機能の欠損状況を主たる判断基準とする、現行の支給基準の根本的な見直しを求めていくことが必要であろう。また、特別障害者手当の対象範囲の見直しを図ると同時に、手当の性格を、経済生活の安定を図るためのものに明確に位置づけることを求めていかなければならない。さらに住宅手当をはじめとする新たな社会手当に対する具体的な検討をすすめ、現実化するための活動を強めていかなければならない。
  障害者運動としては、上記の運動課題に対して取り組みの積極化を図らなければならないが、一方で、社会保険方式を原則とし、身体機能障害の軽重が主要な支給要件となる現行の年金制度、障害基礎年金制度を、今後とも障害者の所得保障の基本としていくことで、将来的に安定した経済生活への展望が開けるのか否かを真剣に検討する必要がある。一切のレッテルを廃して、基礎的給付の受給を可能とするベーシックインカムの考え方はきわめて魅力的に映るのだが。いずれにしても障害当事者運動としてもベーシックインカムを含めて、新たな所得保障のあり方に関して積極的な議論を展開していかなければならない時期にきているものと考える。 


UP:20070902 REV:
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