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ろう者学にとって「障害学」は必要なのか?

障害学の立場から

星加 良司 20070917
シンポジウム「障害学とろう者学(デフ・スタディーズ)の対話の可能性」
障害学会第4回大会 於:立命館大学

last update: 20151224

0.漠然とした問い(あるいは不安?)

 森(1999)は障害学に対するろう者学からの貢献について、「[ろう]のあり方をまず提示して、ろう者の世界のありようを言語も含めてしっかりとつかまえていくことが障害学に対して、ろうの側からできることだろう」、「福祉の世界に閉じこめられない、そこから逸脱するものを自分たちの自然なありようとして大事に育ててきたろう者の世界から『障害学』が学べるものは、まだ数多くあるのではないだろうか」という提案を行っている。
 では、障害学からろう者学への貢献についてはどのように考えればいいのか? そんなことは可能なのか?そもそも、このようにいう場合の「障害学」とはいったい何者なのか?
 一方、ろう者学はろうに関する「障害学」でありえるか? ありえないのだとすれば、それは対象や方法や書き手や読み手が異なっているからなのか? それとも別の理由によるのか?
 また、その理由は他のインペアメント(たとえば盲)についても当てはまるのか? 当てはまるとしたら、「盲者学」が存在していないのは問題か? 当てはまらないとしたら、その間に線を引くろうの固有性や特権性はどこにあるのか?
 そして結局のところ、今日の(あるいは今後の)「障害学とろう者学の対話」は和やかなものになるのか、緊張感のあるものになるのか、けんかごしになるのか?

1.生まれなかった盲者学――ろう者学の成立基盤を考えるために

●盲とろうの共通性
「内」と「外」を分ける即自的な概念を持っている
=「盲人/晴眼者」、「ろう者/聴者」(倉本 1998a)
●この限りでは条件は同じなのに、現実に「盲者学」は生まれていない。その理由として考えられるのは、
(a)研究の必要がなかった
(b)研究は必要だったが、それをやれる分野が他にあった(ex.「障害学」等)
(c)研究をする上で「盲者学」は必要だったが、作らせてもらえなかった
●(a)なら問題ない。(b)でも問題はないが、では「ろう者学」の方はなぜ「障害学」では駄目だったのか?という疑問は浮かぶ。(c)であるならばこのテーマはもう少し探求した方がいい。

2.(b)をめぐって

●「障害」の枠組みにシンパシーを感じた?
「百聞は一見にしかず」
「目は口ほどに物を言い」
→不利益や困難を問題化する「障害」の視点へ
●障害を補うテクノロジーにシンパシーを感じた?
障害に特別な意味づけをしない
素朴に「できる」ことを求める
→「価値の獲得を実現するための手段探し、道具作り」(石川 1999)へ
●「障害学」の枠組みにシンパシーを感じた?
・生産の脅迫
迅速で正確な規格化された作業を求められる資本主義の生産様式(Oliver 1990=2006)
自分で作り獲得したものしか受け取れないという私的所有の規則(立岩 1997)
→産業構造や労働に焦点を当てる「障害学」の理論へ
・社会規範との距離
美の規範(倉本 1998b)と声の規範(澁谷 2005)の内在化のあり方
→抑圧的な規範や価値に焦点を当てる「障害学」の理論へ

3.(c)をめぐって

●「ろう」が注目される理由
・支配文化、対抗文化、固有文化(杉野 2002)
→固有文化の面白さの違い?(cf.木村(2007))
・権力性、再生産論、思考・行動様式
→文化を扱う枠組みの多様性?
●「言語」の発見と既存分野との出会い
・「言語」←文法(言語学)・脳機能(脳科学)(斉藤 2007)

4.社会資源としての「言語」

●ろう者にとっての手話は、コミュニケーションのための言語として機能してい
るだけでなく、それが「言語」として表象されることによって社会的統合のため
の道具としても機能している(星加2007)。
●「言語としてのろう」の社会的機能
・学→アカデミズム内部の存在証明
・運動→脱スティグマ化
●統合のためのレトリックやアナロジー=語り方の型
→「少数言語」「少数民族」(Nakamura 2006)
  ↓
・公民権→シティズンシップの拡大
・多文化主義→「すべての文化は平等な価値を持ちうる」という文化相対主義の
テーゼ
・ポストコロニアリズム

5.ろうの固有性と障害学の射程

●この社会においてろう者は「ディスアビリティ」を経験している(この用語を
使うかどうかは別にして)
・ディスエイブリングな社会(構造・意識・規範・価値・文化・関係)
→「ろう」も「障害」も共通の問題系
・ただし、ディスアビリティには多様性が含まれる
←社会経済的地位、ライフステージ、インペアメントetc.
・「ろう的」なディスアビリティの探求か、ディスアビリティに包摂されないろ
うの経験への着目か
●障害学の存在基盤
・構造に力点を置いてきたイギリス障害学と文化や関係に力点を置いてきたアメ
リカ障害学(杉野2007)
・「障害の経験」の共通性はどこまで主張できるか?(イギリス障害学への問い
かけ)
・「障害学」というラベルは何のために必要か?(アメリカ障害学への問いか
け)

参考文献

星加良司, 2007, 『障害とは何か――ディスアビリティの社会理論に向けて』生活書院.
石川准, 1999, 「障害、テクノロジー、アイデンティティ」石川准・長瀬修編『障害学への招待――社会・文化・ディスアビリティ』明石書店: 41-77.
木村晴美, 2007, 『日本手話とろう文化――ろう者はストレンジャー』生活書院.
倉本智明, 1998a, 「障害者文化と障害者身体――盲文化を中心に」『解放社会学研究』12: 31-42.
――――, 1998b, 「盲人男性は『美人』に欲情するか?――晴眼社会を生きる盲人男性のセクシュアリティ」『視覚障害リハビリテーション』48: 69-76.
森壮也, 1999, 「ろう文化と障害、障害者」石川准・長瀬修編『障害学への招待――社会・文化・ディスアビリティ』明石書店: 159-84.
Nakamura, K., 2006, Deaf in Japan: Signing and the Politics of Identity, Cornell University Press.
Oliver, M., 1990, The Politics of Disablement, London: Macmillan.(=2006, 三島亜紀子・山岸倫子・山森亮・横須賀俊司訳『障害の政治――イギリス障害学の原点』明石書店)
斉藤くるみ, 2007, 『少数言語としての手話』東京大学出版会.
澁谷智子, 2005, 「声の規範――『ろうの声』に対する聴者の反応から」『社会学評論』56(2): 435-450.
杉野昭博, 2002, 「障害の文化――盲人文化を中心として」大阪人権博物館編『障害学の現在――リバティセミナー講座集』.
――――, 2007, 『障害学――理論形成と射程』東京大学出版会.
立岩真也, 1997, 『私的所有論』勁草書房.


UP:20070905 REV:0911
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