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「遺族による近親者の自死の意味づけとその困難 ――精神医学的言説が参照されたとき」 (配布原稿)

藤原 信行  20070930
第23回日本社会病理学会 於:東京女学館大学

last update: 20151224

■立命館大学大学院先端総合学術研究科
 藤原 信行

1. はじめに
精神科医たちは,家族員ら近親者の自死に直面した遺族たちが,その死を防げなかったとして自責の念にさいなまれる,と指摘している(高橋 2004: 180-3; 2006: 193-4).そして精神科医たちは,自責の念をはじめとするさまざまな困難に直面し苦しむ自死遺族たちを支援するための精神医学的ケアの必要性を説く (高橋 2004: 177; 2006: 198-213).だが,上述のごとく主張する精神科医たちが発する別の言説,とくに自死の予防(prevention)にかかわる言説が,自死遺族たち の自責の念を強化・明確化する――言語化できなかった自責の念にことばを与え,理由あるものにする――としたら,どうだろうか.
本報告の目的は,日常生活世界における生活者としての遺族が,当該世界の自明さを揺るがすものとしての自死に直面した際に,自死の予防にかかわる精神医学 的言説を正当化図式(動機の語彙)として参照し,意味づけを遂行する場合に生ずる困難とそれにたいするささやかな抵抗(?)を,ある遺族の語りにそくして 考察することである.

2. 死,意味秩序,正当化図式(動機の語彙)と自死
他者,とりわけ意味ある他者1)との死別経験は,生活世界の根源的崩壊(水津 2001: 215-7),これまでの自己物語を機能不全に陥らせる危機的状況(鷹田 2003: 175),ないしは日常生活に不連続性をもたらすライフイベント(浅利 2004: 78)と表現されるように,いままで疑問に付されることもなかった「われわれの経験と解釈にとっては所与」である日常生活世界(Schutz 1962=1983: 55-6; 57-8)の自明さ,すなわち意味秩序(meaningful order / order of meaning)2)を大きく動揺させ,その確からしさ(plausibility)を損なう(Berger 1967=1979: 23-5).なぜならば意味秩序は言語(シンボル)を媒介とした他者との相互行為,とりわけ意味ある他者たちとの相互行為とその(再)解釈をつうじて不断 に(再)構築され続けているものだからである(Berger 1967=1979: 23-5; 31-2; 65-6).よって(遺族をはじめとする)遺された者たちが直面する死を意味づけること――社会における正当化図式(語彙)にもとづいて人々に死の理由を 了解させ,死と死者を秩序内に位置づけること,端的に言えば〈わけのわかるように〉すること――が,意味秩序の維持・再構築のため不可欠となる (Berger 1967=1979: 65-6; 89-90).
しかし自死の場合,ほかの死因にはない困難が遺族を待ちかまえている.なぜならば自死は,死者自らが選び取った死である,と常識知の水準で理解されがちだ からである(時岡 2003: 122).この選び取った死――本人や周囲のあり方いかんで抑止できたかもしれない――というドミナントな正当化図式にもとづく自死にたいする理解は,遺 族をさらなる困難に直面させる.すなわち遺族たちは,自死を防ぐための責務を怠った者として自分たちを定義し,自責の念を強化・明確化する意味づけを強要 されるのである(Henslin 1970: 200; 副田 2001: 204-6).わかりやすく言えば,直面する自死にかんするつじつまのあった説明――わけをわかるようにしてくれる――と引き替えに,強化され明確化され た自責の念の引き受けを強要されるのである.
もっとも現実には,遺族たちはなんらかのレトリックを付与することで,本人や周囲のあり方いかんで抑止できたかもしれないというドミナントな正当化図式を 斥けている.ヘンズリンは,遺族たちが(1)自死は他者ないしは(組織・集団・社会など)非個人存在の圧力による,(2)自死は不可避的であり近親者たち は無力に傍観するしかなかった,(3)自死は愛他主義など善き動機にもとづいてなされた,(4)その死は実は自殺ではない,というレトリックのいずれかを 用いることを指摘する(Henslin 1970: 222; 228).副田も,遺族たちが(1)政治の失敗や不況などの社会的原因,(2)疾病とくにうつ病3),(3) その死は実は自殺ではない,というレトリックのいずれかを用いることを指摘する(副田 2001: 205).このようなレトリックを用いることで,〈本人や周囲のあり方いかんで防げる死〉という自死の常識的な正当化図式を斥けようとする4).この営為 は,自責の念の強化・明確化を回避しつつ意味秩序の自明さを取り戻す〈エスノメソッド〉だと言える.

3. 自死予防をめぐる精神医学的言説と,その問題
近年,精神科医たちにより〈自死の主因は《うつ病》という《治る病気》であるから,周囲の者がうつ病の徴候を早期に発見し,精神科を受診させ,家族員をは じめとする近親者が適切にサポートすることで予防できる〉とする言説が非専門家に向け広く喧伝されている(大野 2000; 高橋 1997; 2004; 2006; 2007; 筒井 2004).本報告の関心からみた場合に重要なのは,このような言説が前項で言及した自死遺族の営為において参照された場合,いかなる事態を惹起するか, である.
精神科医たちは,精神科医〈だけ〉では自死の主因であるうつ病を治すことも,自死を予防することもできないとして家族員(や職場関係者)にさまざまな責務 の履行を求めている.自死の予防のため,家族は他の成員のうつ病の徴候5)に注意せねばならない(筒井 2004: 198-9).もしうつ病ないしは自死のサイン6)を発見した場合には精神科受診につなげねばならない(高橋2006: 76).そのような危険な状態にある者の訴えには,〈べからず集〉7)を守りつつ,真摯に耳を傾けねばならない(高橋 2006: 82-93).うつ病患者(およびうつ病の徴候を有するもの)にたいしては「がんばれ」などの励ましは禁物である(大野 2000: 191-2; 高橋 2006: 89).患者が休養を取れるように配慮することも必要である(筒井 2004: 39-40).以上の責務が近親者,とくに家族員に課せられるわけである.
上述した自死予防をめぐる精神医学的言説が,前項で言及した自死遺族による営為の際に参照された場合,いかなる事態が生ずると仮定できるだろうか.答えは 明らかで,〈本人や周囲のあり方いかんで防げる死〉という自死の常識的理解(正当化図式/動機の語彙)を斥けることを不可能とし,遺族は自責の念を強化・ 明確化する意味づけを強いられる8).なぜならば,上述の精神医学的言説には,自死はなぜ起こり,いかにして予防できるか(およびそのための責務)にかん する詳細かつ権威ある知識を提供することにより,誰のいかなる作為・不作為が自死を予防するためのいかなる責務に抵触するかを指示するはたらきも不可避的 につきまとうからである.このはたらきにより,曖昧で具体性を欠いた〈本人や周囲のあり方いかんで防げる死〉であるという自死にかんする正当化図式は,明 確かつ具体的なものとされる.わかりやすく言えば,家族員の自死にたいして自責の念を感じているが具体的に自分のなにが悪いのかはよく分からないという遺 族には,〈あなたのかくかくしかじかの作為/不作為――たとえば急に晩酌の量が倍増したことをうつ病の徴候かもしれないとは考えず,たんなる無駄遣いと捉 えたこと――が自殺予防のための責務に抵触します〉と教える,ということである.こうして精神医学的言説によって,〈私のかくかくしかじかの作為/不作為 がなければ防げたかもしれない死〉であるという,遺族の自責の念を強化・明確化するかたちでの自死の意味づけが達成される,と仮定できる.精神科医たち に,遺族を責める意図はないにしても.

4. インタビューについて
 本報告で言及するのは,岩手県B町C地区在住の自死遺族Jさんへのインタビュー内容である. Jさん(2006年7月現在で59歳.岩手県在住.主婦)は1994年に娘のIさんを自死により喪っている.セルプヘルプ・グループへの参加歴はない.報 告者は,2006年7月にJさんに非構造化インタビューを行った.その際,Jさんと報告者の間を取り持った彼女の友人であるLさんも同席している.よって Jさんの語りは実質的にJさん,Lさんおよび筆者の3名により共同構築されたものである.インタビューはJさんおよびLさんの了解を得て録音した.今回の 報告でインタビューの逐語録を使用することにかんしてはJさんおよびLさんの了解を得ている.なお,逐語録を引用する際には,相づちなどの傾聴マーカーは 原則として削除している.また,方言などわかりにくいと思われる部分には標準語に翻案したものを付してある.
 B町C地区は県庁所在地近郊の新興住宅地で,近年人口が急増した.県庁所在地に近いため県内では相対的に就業・就学・医療環境に恵まれている.地区には 宅地開発以前から在住する農家/もと農家世帯と宅地開発以後に転入した会社員・公務員世帯とが混在しており,農家/もと農家世帯同士は同族団(まき)の結 びつきを維持している.
Jさんの娘であるIさんは1968年生まれ.高校卒業後県外で就職.その後帰郷し県内の企業に就職.1994年に亡くなる.享年25.婚姻歴はない.

5. 〈わけのわかること〉の代償――娘の自死はうつ病によると意味づけたことの結果
 JさんはIさんの死後,漠然とした自責の念を抱きつつ茫然自失の日々を送っていた. Iさんの死から1ヶ月後,Jさんが偶然視聴したTV番組で,うつ病を経験した人物が出演し自らの経験を語っていた.その人物は自らがうつ病に罹患し原因不 明の倦怠感に苦しんだこと,生きてゆく自信を失ってしまったこと,自殺未遂をくり返したこと,そして精神科受診と家族による情緒的サポートにより死にいた る病であるうつ病をのりこえたことを語っていた.さらにJさんは,書籍も渉猟した.〈うつ病〉という正当化図式(動機の語彙)を入手した.

(引用1:自死の主因はうつ病で,うつ病は精神科受診と家族のサポートで治ると知ったきっかけについて)
J: U[*芸能人]だと思うんだけど.
L: その人も[うつ病に]なったんだよね.
J: そうそうそうそう.それで,初めて私「えっ,こういう病気ってあるの!?」って,「こういう人もなるの」って,思ったのだけど.
L: はあ.
J:[Iさんが]亡くなってね,一ヶ月ちょっと,テレビ見るのも嫌だったし,本当に,もう.で,たまたまポンっとスイッチ入れた,そのときにその放送して たの.運命みたいなね…….
筆: あ,はい.
J: [その頃は]本当にTVもなにも見たくなくて,つけないのにねえ.
【中略】
J: ……[Iさんは]病気,「うつ」っていう……そういう病気なのだから,ね.その時点で育った環境どうこうじゃなくて,病院に連れてくとか,なにかすれば, 救われる人は救われるんだねっていうような,なにか本で見たような気がするんだよね.

                                       
 うつ病という正当化図式(動機の語彙)を手に入れたJさんは,Iさんの自死の意味づけを達成し,さらにそれまで理解できなかったIさんの言動や原因不明 の身体の不調が〈わけのわかる〉ようになった.すなわちうつ病という正当化図式(動機の語彙)によって,これまで理解不能であったIさんの自死,言動,体 調不良が一つの体系によって整序され,意味秩序のなかに位置を得たのである.しかしながら,それはJさんが自責の念の強化・明確化を引き受けることと引き 替えに達成されたことであった.

(引用2:Iさんの自死はうつ病によると意味づけることにより,自責の念が強化・明確化されたことについて)
J:[TV番組に出演していたUさんいわく,うつ病も]ほかの病気とおんなじに考えて,治療したほうがいい,っていうことをね,話してたのを見て初めて, ああ,そういうことなのかあって思ったときに,いろんな思い当たることが出てきたの.そういうふうに「生きる自信がなくなった」とかね,[Iさんが]言っ てたの.ああ,そういうことだったのか,って思ったときに,すごい自分責めたの.
【中略】
筆:ああ,そういうことに気づかなかった,と.
J: そうそう,気づかなかったことに.

死のおおよそ2年前,Iさんは他県での事務職を辞め,Uターンして実家で暮らすようになってからというもの,「生きる自信がない」としきり訴えていた.だ がJさんはそのとき,Iさんがうつ病であるとも,自死の危険があるとも考えていなかったうえ,他の理由も思い浮かばなかった.ゆえに最初のうちは訴えに耳 を傾けていたが,しだいにJさんのほうが心身ともに疲弊してしまい,最終的に突き放すような言葉を放ってしまう.Iさんの自死はうつ病によると意味づけた 後のJさんにとってこの対応は,自殺の主因であるうつ病の徴候を見逃した上に,叱咤激励という不適切な対応をとったと理解され,自責の念を強めることと なった.

(引用3:Iさんが不安をしきりに訴えていたことについて)
J: とにかく,生きてくのに自信がない,そう言うっけねえ.
筆:そうですか.なぜ,ということは?それにたいしてどうして生きてくのに自信がないとかいうことまでは?
J: うん,それはね,だから,言わないんだよね.
【中略】
J: うーん.同じこと繰り返して言うっけね.同じこと繰り返すの.
筆:はい,はい.
J: だから,こっちはそういう病気[*うつ病]って知らないからね,「また始まった」っていう感じなのさ.
L: うん,うん.
J: だけど,私はかわいそうだから,相手して夜中の1時2時までもしゃべってるわけよ.
【中略】
J: で,明日早いのになるとね[*パートが早番のとき],「なしてえ」って,こっちも怒りたくなって来るっけもんね.
筆:はい,はい.
J: それが毎日毎日続くと.で,その病気[*うつ病]って知らないからね.
筆:あぁー,はい.
J:[最終的に]「誰だって親から巣立ってくんだよ.あんただってもう,はぁ,その歳なんだし巣立ってかなきゃない歳になってるのさ」って,かわいそうな こと言ってしまったなあって思うけどもね.それが私は愛情だと思ってだったのね……あれでますます不安になって……なんて思うか,自分を責めたんだけど ね.
L: それは,先にさ,例えば話,こう,こうあいづな人の話を聞いてれば,「あ,これなんでねえが」ど,それなりにね.
(自殺の主因は精神科受診と家族のサポートでなおすことができるうつ病だとあらかじめ聞いていれば,「もしかしたら」と気づくこともできたでしょうけど, そのときはそんなこと知らなかったでしょう)
【中略】
J: それだったら私ね,病院に連れでったったのさ.それがいい結果出たかなんか分からないけどね.

 Iさんは死の数ヶ月ほど前,勤務している会社を辞めたいと言い出した.結局社長の慰留9)もあり勤務を継続することとなった.当時のIさんはJさんから 見ても疲労の色が濃く,仕事の能率も上がらないように思われた.会社を休んだこともあった.原因のわからないJさんは,会社にIさんのことを電話で問い合 わせた.社長が「勤務態度に問題はない」と返答した.Iさんが慰留され勤務を継続したことを,Jさんは「このご時世にありがたいことだ」と考え,勤務態度 に問題はないという会社側の返答を聞いて安心した.だがIさんの自死はうつ病によると意味づけた後のJさんにとって,いちじるしい疲労はIさんがうつ病で あった徴候であり,そうであるならば勤務態度に問題がないはずもなく10),会社側の返答はIさんの将来を慮りJさんを心配させないための嘘であったと思 えてならなかった.Jさんは,Iさんの疲労がうつ病の徴候だと気づかず,そればかりかうつ病に苦しむIさんに勤務を継続させ,あまつさえそれを喜んだこと を悔いた.社長も,Iさんを慰留したことを悔いた.

(引用4:疲労の色の濃いIさんについて)
筆:なにかそれで,その頃の娘さんの,その,発言とかは,どうも生きてく自信がないとか,そういうことはよくおっしゃってたようですけれども,なんか,身 体の調子がいかにも悪そうとかというような印象は,ありましたか?
J: そう.うん,どんどんね,疲れて来てるみたいな,面があったよねぇ.うーん.
筆:疲れている.あの,ちょっと,具体的にもう少し詳しく,話してもらえれば.
J: あのね,なんて言ったらいいかなあ.仕事がはかどらないからね……一回辞めたいって言ったんだよね……辞めれば良かったんだよ,お互いに.職場のほうだっ て,そんなにはかどらないの,使ってたってダメなんだし.たとえば.だけども,たまたまね,あの,そこの,経営してる,その社長っていう人がね……「黙っ てここにいたほうがいい」って引き留めてくれだったの.だがら,「あのときだまって俺も引き留めねば良かった」[と社長は]言うんだけど……だけど,私は そうじゃなくて,[社長の配慮が]ありがたかったのね.
L: うん.そうだよね.うん.
筆:はいはいはいはい.
J: ありがたいなあって思ったんだけど.
【中略】
J: それ[*Iさんの疲れと仕事の効率低下]は,もう病気が始まってた[からな]の……うつ病っていうのかしらねえ……それがねえ,その頃まだそういう病気だ と分からないから.

(引用5:Iさんの勤務態度にたいする会社側の回答と,それにたいするJさんの解釈)
J: [Iさんが]ちょっと疲れてるようだから「休ませます」って[私が電話をしました].で,そのときに,[Iさんが]とっても普段,この,様子がおかしかっ たから,その[電話に出た]事務員さんに,「あの,ウチの子,会社にご迷惑をかけてるようだし,だから,どんなもんでしょうね」って言ったったの.そうし たら,[Iさんの勤務態度が]やっぱりなにか話題になってたったんだよね.会社のなかで.すぐ[事務員は]「社長と替わります」って言って,替わったの ね.そうしたら[社長は]「なにも迷惑もかかってないし,普通の気持ちで来なさいって伝えてください.今日はゆっくり休んでください」って言ってくれだっ たの.だから,私も単純だからね,今だからこう遡って,今だからっていうかね.この.
L: いろいろ考えでね.
J: ずーっと亡くなってから,この,あんなこともあったこんなこともあったって考えたときに,あ,やっぱりおかしかったんだよな,って.あれほど,ウチでもお かしいのだから,会社でもおかしいはずはないのだからね.そうだったんだよなあ,と.でも,この,来てって言ってくれた[*慰留してくれた]のも,ありが たいと思って…….
【中略】
J: ……それで,結局[うつ病に]とりつかれて,確かに[職場に]応募したあたりは,まあ,正常だったろうからね.うーん.そうしてるうちに,うつ,うつっと なっていったのかもしれないね.

Jさんは〈うつ病〉という正当化図式(動機の語彙)を入手することで,Iさんの自死,言動,体調不良を意味づけ,意味秩序のなかに位置を与えることができ た――わけがわかるようになった――のである.だがそれによりJさんは,「娘の訴えた生きる自信の喪失や体調不良という,自死の主因としてのうつ病のサイ ンを私は正しく理解せず,精神科受診に導くことも適切な情緒的サポートも怠った.娘の死は私の不適切な対応のせいである」というかたちで強化・明確化され た自責の念の引き受け余儀なくされ,現在に至っている.
自死の予防をめぐる精神医学的言説は,遺族が抱く自責の念を強化・明確化するはたらきを介して,自死を抑止できなかった責任を家族(遺族)に代表される ローカルな関係性に帰属させる.しかもそれは,精神科医による明示的な非難や責任追及によってではなく11),(自)死の意味づけという人間の生存にとっ て不可欠な営みを媒介として,遺族自身の手によってなされてしまうのである.きわめて巧妙な管理・統制である.

6. おわりに――「少しだけ楽になった出来事」から考える
ところで,第2節で言及した,自死に直面した遺族らが自責の念の強化・明確化を回避しつつ意味秩序の自明さを取り戻す〈エスノメソッド〉であるが,Jさん はインタビューのなかでそれによる意味づけについていっこうに語らなかった.よって報告者は当初,〈エスノメソッド〉も自死の予防をめぐる精神医学的言説 によって無効化されているのではないかと考えた.だがインタビューの後半で一度だけ,それを用いた意味づけを行った経験について語ってくれた.

(引用6:Iさんの自死の原因はうつ病であるという意味づけにより強化・明確化された自責の念が軽減され,少しだけ楽になった経験)
J: ……たまたま家でさ,私ずーっと自分,そのU[が出演した番組を]見たってなにしたってやっぱり,あ,やっぱり[Iさんを]病院さ連れてけば良かったとか なんとかって,自分を責めてるわけでしょう……そしたら,たまたま,ウチの親戚でも,旦那さんがそういうふうなこと[*自死]になったでしょ.そうしたと きに,しっかりしている人たちでも,そういうのって避けられないときってあるんだ,って思ったときに,なんか,少しふっきれたのっていうような.その,理 屈じゃなんともならないっていう,それは,少し楽になったんだよね.
L: 理屈じゃない.
J: ただ,その,[Iさんが]亡くなった,死なれたっていうのは,すんごく忘れないんだけど……この,自分自身だけの責任,っていうことでもないっていうか ね,そういうのは,なんか少しは軽くなったんじゃないかな.

 Jさんは親族のなかでも「しっかりしている人」の自死を経験することにより,あのようにしっかりしている人でも自死を防ぐことができなかったのだから, ましてやIさんの自死を防ぐことはより困難であり,その責任は自分だけが背負うべきものではない,と考えるようになった.Jさんは親族の自死の意図せざる 結果として,精神医学的言説により強化・明確化された自責の念を,わずかではあるが軽減できた.
遺族らが自責の念の強化・明確化を回避しつつ直面する自死を意味づけるための〈エスノメソッド〉は完全に無効化されるわけではない.自死の予防をめぐる精 神医学的言説がおよぼす巧妙な管理・統制から自死遺族が逃れる途は,まだ塞がれてはいないようである.


1)  意味ある他者には負の関係にある他者や,死者,マスメディア上の人物,架空・想像上の人物,ペットも含まれることは,もはや常識の部類に属する.
2)  意味秩序はa)行為の責任の宛先を確定し,いかに振る舞えば良い/悪いか,ないしはいかに振る舞ったならば良かった/悪かったのか,の指針を与えるものと しての「規範的」秩序の水準,およびb)事象が生起する際の因果関係にかかわる「つじつまのあった説明」としての「認知的」秩序の水準に区分でき,かつ後 者は前者よりも基底的水準にあると述べている(Berger & Luckmann 1966=[1977]2003:143-4; 井上 1997: 32-5).したがって生起する/した言動・出来事を説明するための正当化図式(動機の語彙)は,認知的秩序の水準において説得的であるものが選ばれ,ゆ えに自らにとって不都合な状況の定義を招来せざるを得ない場合もある,という(井上 1997: 33-4).
3) 本報告の結論からすれば,うつ病なるレトリックを付与することは,〈本人や周囲のあり方いかんで防げる死〉という自死の常識的な理解を斥けるどころ か引き受けることを帰結するのだが.
4) この遺族たちの営為は,精神医学が指摘する,死に直面することを回避しようとする心理過程としての正当化・合理化(高橋 2004: 186-7; 2007: 200-1)と同じだと思われるかもしれない.しかし本報告で言及した遺族たちの営為の根幹は,意味秩序の維持・再構築にかかわるものであり,心理/精神 とはかかわりない.心理/精神に着目するのではなく,バーガーが指摘したような,端的にわけがわからない状況としてのアノミー/カオスに投げ出されること の恐怖と,それに対抗する集合的企てとしての意味秩序の構築活動(Berger 1967=1979: 23-37)に着目してこの営為を考察する企ての一つが,本報告である.
5) 筒井は家族員にとって気がつきやすいうつ病の徴候として(1)不眠,(2)元気がない,(3)痩せてきた,(4)食欲がない,を,職場関係者にとっ て気づきやすいうつ病の徴候として(5)ミスが増えた,(6)集中力低下,(7)作業能率低下,を挙げている(筒井 2004: 198-9).また高橋は「周りから見て分かる症状」として(1)表情が暗い,(2)涙もろい,(3)反応が遅い,(4)落ち着きがない,(5)飲酒量が 増える,を挙げている(高橋 2006: 114).
6) 高橋は29もの自殺のサインを挙げている(高橋 2006; 75).また高橋は,非専門家が身近な人々の自殺を予防するために留意すべき徴候として (1)うつ病の症状,(2)原因不明の身体の不調が長引く,(3)酒量が増す,(4)安全や健康が保てない,(5)仕事の負担が急に増える・大きな失敗を する・失職する,(6)職場や家庭でサポートが得られない,(7)本人にとって価値あるものを失う,(8)重症の身体の病気にかかる,(9)自殺を口にす る,(10)自殺未遂,を挙げている(高橋 2004: 157-63; 2006: 69-74).いずれにせよ,非専門家向けの精神医学的言説のなかでは,自殺の徴候とうつ病の徴候のあいだに,大きな違いは存在しない.
7) 高橋は,自殺企図を打ち明けた人にたいして,(1)叱咤,(2)激励,(3)批判,(4)特定の価値観の押しつけ,(5)話のはぐらかし,(6)あ りきたりの言葉をかけてごまかす,といったことをしてはならないと述べている(高橋 2006: 88-9).
8) ある死因が周囲の者たちの作為・不作為により防ぐことが可能であるという知識(正当化図式/動機の語彙)が,遺族の自責の念を強化・明確化してしまうこと は,なにも自死に限ったことではない.たとえば長谷は,「SIDS(乳幼児突然死症候群)家族の会」に属する母親たちの事例に言及し,会の構成メンバーの うち,実際にわが子を喪った母親たちは「統計的な危険因子」やそれらを参照した予防法を普及させる啓蒙活動には概して消極的であると指摘する(長谷 2000: 31-2).なぜならば啓蒙活動は「乳児の死の責任があたかも母親自身にあるかのような錯覚を社会的に広め」,彼女たちの自責の念を強化するはたらきを有 するからである(長谷 2000: 32).
9) この社長は,Iさんが辞職を希望する理由を,年長の女性従業員たちとの人間関係――話題が合わないためコミュニケーションが円滑ではない――にあると考え ていた.
10) Jさんは,Iさんの勤務態度に問題があったに違いないと考えている.しかし社長はそのようなことをJさんに一切告げていないし,うわさ話やかげぐちがまわ りまわってJさんのところまで届いたわけでもない.あくまでJさんが〈Iさんの自死はうつ病による〉という意味づけにもとづいて〈うつ病なのだから作業効 率が著しく低下していたに違いない〉と推論しているのである.
11) 大原は,中高年既婚男性の自死は家族員とくに妻の落ち度によると激しい非難を浴びせている(大原 2001).だが〈うつと自死〉関連で,このような精神科医による自死遺族にたいする明示的な非難や責任追及が生じるのは例外中の例外である.

文献
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UP:20071007
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