HOME > 全文掲載 >

「遺族による近親者の自死の意味づけとその困難 ――精神医学的言説が参照されたとき」(要旨)

藤原 信行 20070930
第23回日本社会病理学会 於:東京女学館大学

last update: 20151224

■立命館大学大学院先端総合学術研究科
 藤原 信行

1. はじめに
 近親者の自死に直面したとき,遺族たちは,自明な生活世界における常識知を参照しつつ,直面した死の意味づけ――理解するための理由づけ――を行う.近 年,精神科医たちにより「自死の原因は〈うつ病〉という〈治る病気〉であるから,うつ病の徴候を早期に発見し,精神科を受診し,近親者が適切にサポートす ることで予防できる」とする言説が喧伝されている.この言説は「自殺が生ずるのは近親者がうつ病の徴候を見逃し,精神科を受診させることができず,適切な 情緒的サポートを行わなかったためである」というメッセージも不可避的に随伴する.報告者は,遺族が直面した自死の意味づけを遂行する際に,上述の精神医 学的言説を参照した場合に生ずる困難を,ある遺族の語りにそくして述べる.
2. 調査の概要
 本報告で参照・言及するのは,自死遺族であるJさんの語りである.Jさん(2006年7月現在で59歳.岩手県在住.主婦)は1994年に娘のIさんを 自死により喪っている.報告者は,2006年7月にJさんに非構造化インタビューを行った.その際,Jさんと報告者の間を取り持った彼女の友人であるLさ んも同席している.
Jさんの娘であるIさんは1968年生まれ.高校卒業後県外で就職.その後帰郷し県内の企業に就職.1994年に亡くなる.享年25.
3. 精神医学的言説を参照した自死の理由の付与と,自責の念の明確化・強化
 JさんはIさんの自死を意味づけることができず,漠然とした自責の念を抱きつつ茫然自失の日々を送っていた. Iさんは死の数ヶ月前からしきりに苦しさや辛さを訴えていたが,その理由についてなにも述べなかった. JさんはIさんの勤務先の社長に問い合わせ〈Iさんの勤務態度は良好で人間関係のトラブルもない〉という回答を得た.以後 JさんはIさんの訴えに耳を貸さず,ひたすら出社をうながした.Iさんの生活史には,いじめや人間関係の不和も存在した.だが Jさんは,遠い過去の出来事が自死の理由になるとは思えなかった.
Iさんの死から1ヶ月後,Jさんが偶然視聴したTV番組に,うつ病を経験した人物が出演し,自らの自殺未遂経験と,精神科受診と家族による情緒的サポート により死にいたる病であるうつ病をのりこえたことを語っていた.Jさんは〈うつ病〉という「動機の語彙」を入手し,Iさんの自死を意味づけることができ た.だがそれによりJさんは,「娘の訴えた原因不明の辛さ・苦しさという〈うつ病〉のサインを私は正しく理解せず,精神科受診に導くことも情緒的サポート も怠った.娘の死は私の不適切な対応のせいである」という意味づけを引き受けることを余儀なくされ,現在に至るまで,明確な理由をともなった自責の念に苦 しんでいる.自死をめぐる精神医学的言説は,自殺の原因を家族に代表されるローカルな関係性に帰属させることをつうじて,遺族が抱く自責の念を明確化・強 化するはたらきを有するのである.


UP:20071007
Archive  
TOP HOME (http://www.arsvi.com)