last update: 20151224
◆要旨
◆報告原稿
■要旨
はじめに
視覚障害者にはさまざまな読書環境がある。そしてその環境、文字情報へのアクセスの形態は近年のIT化とともに変化を遂げている。技術の進歩は視覚障害者の情報アクセスを多様な形態で可能にしてきた。そして、その進歩は今日もなお続いていることは確かである。
しかし、多様な読書環境に対して、それを可能にするための法律が整備されず、たくさんの書籍や論文にアクセスすることを要する視覚障害学生、とりわけ大学院生にとっては、大きな障壁となっている。
本報告では、視覚障害者の読書形態について紹介し、それを可能にするための技術に言及しつつ、視覚障害者の出版物へのアクセスとそれを困難にしている法制度についてのべ、今後の課題を明らかにする。
1.視覚障害者の読書形態――文字情報へのアクセスについて
視覚障害者の読書形態には、大きく三つある。なお、ここで読書とは、書籍に限らず、新聞や手紙などを含めたより広範なものとして扱っており、その意味では「文字情報へのアクセスの形態」とするのが妥当である。
第一は、点字である。日本には現在、約30万人の視覚障害者がいるとされているが、そのうちの1割強が点字を利用しているとされている。点字は明治時代に日本に輸入され、盲人の文字として利用されてきた。点字による出版物は非常に少ないが、他方で著作権法上の優遇措置があり、点字による複製が認められている。
第二は、拡大文字である。弱視者ないしはロービジョンと呼ばれ、視覚障害者の中でも少しは見えている人たちは、点字ではなく拡大文字を使用している場合が多い。拡大文字は通常の文字を器具を使って拡大しただけのもの、拡大コピーをしたもの、人手を介して拡大写本されたものなどがある。
第三は、文字情報を音声に変えるという方法である。そして、これにはさらに三つある。まず、対面朗読ないしは対面読書といい、同じ時間・同じ場所で向き合って声に出して読み上げるという方法がある。次に、録音図書といい、本を読み上げ、それを録音して、視覚障害者が聞くという方法がある。旧来はカセットテープが活用されてきたが、最近はDAISYというCDに録音して専用の再生機を用いて再生するというスタイルが注目されている。最後に、文字をデジタルデータにしてパソコン上で音声ソフトを用いて再生するというやり方である。以下では、デジタルデータによる文字情報へのアクセスを中心に、その技術的及び法律的な問題を整理する。
2.デジタルデータによる読書の可能性について
デジタルデータによる読書を可能にする方法は、大きく二つある。
一つは、書籍や論文の出版元からテキストデータが提供されることである。一部の出版社では書籍の購入と同時にテキストデータの提供を行っていて、視覚障害者のみならず手指の障害によって本をもったりページをめくったりするのが難しい人たちにも、出版物へのアクセスを可能にしている。
もう一つは、書籍をスキャナで読み込み、OCRソフトを用いて活字データにした後、原本と照合して誤認識・文字化けした部分を校正し(この作業をテキスト校正ないしテキスト文字校正と呼ぶ)、それを視覚障害者に渡して、パソコンの読み上げ機能を使って読んだり、自分の読みやすい大きさや書体、レイアウトに変えて読んだりするという方法である。出版社がテキストデータを提供してくれない場合などは、この方法を用いる。
これらを可能にしているのは、パソコンの音声読み上げソフト(スクリーン・リーダー)の存在である。そして、テキスト校正に関していうならば、スキャナやOCRソフトの存在が重要になってくる。
かつて、点字か拡大文字を利用するしかなかった視覚障害者にとって、データを利用できるようになったことは、より多くの文字情報へのアクセスを可能としたことは否定できない。
3.文字情報へのアクセスをめぐる課題について
こうして、さまざまな読書形態があり、技術の進歩とともに文字情報へのアクセスの可能性は開けてきたが、問題も多い。
まず、著作権法である。点字による複製については自由に行ってよいことが規定されているが、拡大文字や録音図書には一定の制約が設けられており、さらに近年の読書形態として注目されるデジタルデータについては、そうした複製は著作権者に複製や媒体を変換することに関する許諾を求める必要がある。また、一部の出版社が行っているデータの提供も、あくまで出版社の判断で行っているだけであって、その他の出版社への強制力にも努力義務にもつながらない。
次に、費用負担の問題である。大学の障害学生支援として行われるテキスト校正には、それが有償である場合、大学が費用を負担している。あるいは、無償である場合は働く本人が負担しているということになる。場合によっては、視覚障害学生が負担することもある。出版社がデータを提供する場合、提供にかかるコスト(労働も含む)は出版社が負担することになる。著作権と合わせ、このことがデータの提供に出版社を消極的にさせてしまう原因でもあるのだが、いずれの場合も、一部の/特定の人に負担が偏るという問題がある。
データ提供の必要性はある程度認識されており、そのために必要な技術もすでに整備されていて、あるいは発展し続けているが、法律をどうするのかという問題は、それが問題として認識される以上のことはなされていない。さらに、法律が仮に整備されたとして、誰がどう負担するのかという問題は残り続ける。
障害学生支援という枠組みの中でこの問題を扱うことは、学生でない視覚障害者を排除することになり、適当でないことはすでに述べた。最近では、視覚障害者や出版業界の人たちを巻き込んで、出版のユニバーサルデザインに向けた研究会も行われている。また、BRC(バリアフリー資料リソースセンター)を中心として、実践的な取り組みも始まろうとしている。
視覚障害者の文字情報へのアクセスは、当事者や支援者にとっては当然のこととしてその問題が認識されているが、そこを一歩離れると、まだほとんど何もなされていない、研究と実践の領野なのである。
■報告原稿
立命館大学の青木といいます。今回は「視覚障害学生支援の技法・1――情報保障の方法と課題」というテーマでポスター発表をさせていただきます。どうぞよろしくお願いします。
はじめにお断りしておきたいことがあります。まず、このポスター発表は「視覚障害学生支援の技法」という3つの報告の一つという位置づけです。他の2つのポスター発表もありますので、セットでご覧いただけたら幸いです。このポスターは視覚障害者が大学で学ぶ上でどういう問題があるのか、どういう支援があるのかについて総論的に述べるものです。他の2つの報告について、簡単に紹介させていただきます。今回の障害学会大会の会場校でもあります立命館大学の視覚障害者支援、とくに大学院生の支援で何が起きているのか、その実態をつまびらかにしていくのが植村報告です。そして、視覚障害者を支援するための支援技術、音声読み上げ技術に注目し、それらの現状と課題を整理したのが韓報告になります。なお、とくに青木報告および韓報告については、視覚障害者やその支援に携わっている人たちにとっては周知の事実が多いかと思います。あくまでも視覚障害者支援について詳しく知らない人向けに整理したものであるという点をご理解ください。
□
それでは本論に入ります。ポスターはA4の紙を16枚貼り合わせたもので、1枚1枚がスライドになっています。スライドの1枚目が表紙で、発表のタイトルと報告者の名前、所属が書いてあります。この報告は、私青木と、植村要・後藤吉彦・成松一郎・韓星民による共同報告です。
スライドの2枚目をご覧ください。ここでは本報告の目的について書いています。第一に、大学における視覚障害者支援の概要について述べます。第二に、視覚障害者の文字情報入手の方法について整理します。第三に、そうした文字情報の入手を支援するための方法について述べます。第四に、視覚障害者の文字情報入手やその支援と著作権が問題になっていますので、その点をまとめます。第五に、今後の課題を整理します。
以上のような内容ですので、先にも申しましたとおり、本報告は視覚障害者支援についてあまりご存じない方を対象としたものになっております。
では、3枚目のスライドをご覧ください。ここでは、視覚障害学生に対する支援にどのようなものがあるのか、大きく4つに分類してまとめています。1つめが今回の報告のメインになりますが教材の支援です。視覚障害学生支援でもっとも問題になってくるのがこれです。教材の支援には、点訳、音訳、拡大、テキストデータ化などがあります。詳しくは次のスライド以降で見ていきますので、ここではこうした方法があるということを示すだけにします。2つめが移動の支援です。大学で行っている移動支援は、主に教室の移動の介助があります。ただ、これは視覚障害学生みんなが利用しているというわけではありません。3つめが設備の支援です。音声パソコンの導入――より正確にはパソコンに音声ソフトを入れ、キーボード操作だけで使えるようにすることですが――や、点字ブロックの敷設などが挙げられます。もちろん、エレベータのボタンに点字シールを貼ったり、ルームナンバーに点字をつけたり、あるいは見やすい表示にしたりといったことも含みます。4つめが情報伝達の支援です。大学から発信される情報の多くは掲示板を使って伝達されますが、視覚障害者はそれが見えない、あるいは見えにくいために、そのままでは情報が伝わりません。そこで、電子データ化したり、読み上げたりと、いろいろな支援が行われています。
では、4枚目のスライドに行きます。ここからは先ほどのスライドの1つめに書いた教材の支援に関連して、4つめの情報伝達の支援とも関わりますけれども、視覚障害者がどのようにして文字情報を入手しているのかについて示していきます。視覚障害者は全国に30〜35万人いるといわれています。ただ、何らかの支援が必要なロービジョンの人を含めると、100万人ぐらいいるといわれていますが、厚生労働省発表では約30万人ということです。それで、点字を使って情報を得ている人がどれぐらいいるかと申しますと、約3万人です。つまり、視覚障害者の1割ということになります。意外と少ないといわれますが、では、残りの人たちはどうしているのでしょうか。少し見えている人、昔は見えていたが途中から見えにくくなった人は拡大文字を使っています。拡大コピーを使うこともありますし、ルーペや拡大レンズ、拡大読書器などを用いて文字を読んでいることもあります。次に音訳という方法があります。文字を読み上げて音にする、ということですが、同じ場所で読む場合や、テープに録音する場合があります。最近ではCDに録音するDAISYというシステムがあります。もう一つ、取り方によっては音訳になってしまうかも知れませんが、パソコンの音声読み上げ機能を使った読書の方法があります。
5枚目のスライドを見てください。ここではパソコンを使った読書法について、簡単に述べます。パソコンの音声ソフトを使います。音声ソフトはテキストデータを読み上げますので、本の内容をテキストデータにすれば音声ソフトに読ませることができ、そのデータから情報を得るというわけです。これにはテキストデータが必要になります。
では、6枚目のスライドです。今度は文字情報入手の支援という観点からまとめていきます。点字で情報を得ている人に対しては点訳という支援が必要になります。最終的には点訳の専門技術と知識を持った通訳者が点訳しますが、授業で使うプリントなどは、パソコンの自動点訳ソフトを用いて点字データにし、そのまま点字印刷するという場合が、近年では多いようです。ただ、自動点訳ソフトを使っただけのものを「点訳」といって良いかどうかは甚だ疑問です。英語の論文を翻訳ソフトを使って日本語にしたとして、そのまま手渡されたときのことを想像してみてください。音訳については、先ほど申し上げたとおりですが、対面のものと録音のものとに分けられます。データ化についてはテキスト文字校正という支援が必要になりますが、これは、@スキャナを使って画像データとして読み込み、AOCRソフトを使ってテキストデータにする、という流れで、通常はこの@とAを一括して行います。ただ、そのままでは認識ミスや文字化けなどが起こりますので、原本と照らし合わせてデータの間違いを直すという作業が必要になります。これをテキスト校正、ないしはテキスト文字校正といいますが、これは人手を要しますので、データ化する際にいちばん手間がかかるところです。
ただ、データから情報を得るためには、いつもこうした支援が必要かといえば、そうではないのです。7枚目のスライドをご覧ください。電子データの入手方法について簡単にまとめています。まず、出版社にデータがないか確認をします。出版社がデータをもっていてそれを提供している場合もあります。今回の共同報告者のひとりである成松さんの読書工房や、生活書院は、テキストデータの提供を行っていますし、他にも、一部のタイトルに限ってはいますが、明石書店や医学書院、世界思想社などが、テキストデータの提供に応じています。しかし、これはごく一部の例にすぎません。データが入手できないとなると、次に著者にデータをもらえないかと頼みます。とくに専門書などは、著者と連絡が取れる場合があるからですので、あらゆる本に対してこの方法が使えるとは限りませんが、著者はレイアウト直前のデータをもっている場合があるからです。
これらのいずれもが無理な場合に、初めてデータ化をしようかということになります。校正には時間がかかりますし、はじめからデータがもらえるなら校正作業は要らないわけですから、テキスト校正は最後の手段という言い方ができるかも知れません。
□
これまで、大学における視覚障害者支援について述べ、その中からとくに教材の支援を取り出して、視覚障害者の文字情報入手の方法、その支援の方法について述べてきました。パソコンが普及している今日、データを使って文字情報にアクセスしている、つまり本や資料をデータで読んでいる視覚障害者は多いです。いや、全盲や強度弱視の学生はほとんどが使っているでしょう。
ただ、データ化の問題を大学における視覚障害者支援という枠組みで論じることに、私は少なからぬ違和感を憶えています。と申しますのも、これはすぐにお分かりいただけると思いますが、活字へのアクセスが困難であり、そのためにデータを必要としているのは大学に属している人に限ったことではないからです。視覚障害者と文字情報、視覚障害者と読書という文脈での議論になります。ですから、これ以降は大学の支援という枠組みを少し離れて、視覚障害者と活字へのアクセスというテーマで考えていきたいと思います。
ここで、データを用いた読書に際して障壁となる問題を整理しておきます。8枚目のスライドをご覧ください。データ入手の障壁になるものとして、著作権が挙げられます。著作権は著作権法という法律で規定されていますが、本や絵画や音楽など、すべてが著作物に当たりますから、それらの扱いについてこの法律でまとめられています。点字、拡大文字、録音などによる複製は著作権法上認められていますが、その位置づけを確認しておく必要があります。「第2章 著作者の権利」→「第3節 権利の内容」→「第5款 著作権の制限」の中にそれぞれの条文があります。ここで重要なことは、著作物を複製したり利用したりすることは著作権法上で権利として認められているのではない、ということです。著作権法に書かれてある権利は著作者側のものばかりです。利用する側の権利という概念ではなく、一定の条件下で複製が行われた場合、権利者がそれにストップをかけられない、ということです。
では、その「一定の条件」についてみてみましょう。9枚目のスライドです。点字での複製については、著作権法第37条で「公表された著作物は、点字により複製することができる」と明記されていますので、自由に複製することができます。著作権者の許諾を得る必要はありません。録音図書については、第37条3項に「点字図書館その他の視覚障害者の福祉の増進を目的とする施設で政令で定めるものにおいては、専ら視覚障害者向けの貸出しの用に供するために、公表された著作物を録音することができる」と書いてありますが、要するに特定の施設に限って認められているということです。拡大図書についてみてみましょう。第33条の2に「教科用拡大図書等の作成のための複製」という項目があります。というか、2003年にようやくできました。ここでは、「教科用図書に掲載された著作物は、弱視の児童又は生徒の学習の用に供するため、当該教科用図書に用いられている文字、図形等を拡大して複製することができる」と定めています。ただしこれは児童生徒向けの「教科用拡大図書」に限っています。大学で使う教科書はこの条文は使えません。非常に限定的だといえるでしょう。
問題はデータ化についてです。著作権法では何も書いていません。先ほど申しましたように、この部分は「著作権の制限」という位置づけです。つまり、ここに書かれてある条件の範囲内であれば、許諾を取らずに勝手にやってもかまわない、ということです。したがって、ここで10枚目のスライドに移りますが、書いていないということは、勝手にやってはいけない、ということになります。では、テキスト校正そのものが違法ではないのか、ということになってしまいますが、そういうことにもなりません。著作権法第30条に「私的使用のための複製」という項目がありますが、そこでは「著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる」と定められていて、テキストデータによって複製された著作物は本人のみが使う「私的使用」ということで、なんとかやっているという状況です。ただ、私的使用であるがゆえの問題点があります。それは、同じ本を読みたい視覚障害者が複数いたとして、1人目の人のためにデータ化されたものがあったとします。それを2人目がそのままもらうことは技術的には可能ですが、著作権法上、こうなってしまうと私的使用の範囲を逸脱してしまいますから、違法になります。つまり、たとえば前の年に同じ授業を受けた視覚障害の先輩がいたとして、その人のためにつくったテキストデータを、後輩がそっくりそのままもらうことができず、その結果として、またテキストデータを作り直さなくてはいけない、ということです。出版社がデータをくれる場合は本を買ってデータを請求したらそれで終わりですが、そうでないほとんどの場合には、スキャナやOCRソフトを使って活字データにし、それを校正するという一連の作業をやらないといけないということです。
もちろん、著作権者が同意してくれれば問題はありません。11枚目のスライドです。しかし、データは簡単にコピーできてしまうことなどから、なかなか理解が得られず、仮に理解が得られたとしても、テキストデータの提供を出版社自らが行うということには、なかなかなりません。その理由として、いくつか挙げることができます。1つめに、テキストデータの汎用性です。点字は先ほども申しましたとおり、全国で約3万人という限られたユーザのためのものであり、点訳作業も多くは篤志家の奉仕活動によって担われてきた経緯があり、さらに、視覚障害者の福祉の増進という目標を掲げることが可能なのに対して、テキストデータは汎用性があり、普通に流通している印刷媒体で問題なく利用できている人にも使えてしまうという点が上げられます。そして、その複製は容易ですから、原本を購入せずにデータだけが出回るのではないかという懸念があるわけです。著作権者の中には執筆活動による印税で生計を立てている人もいますが、データだけが勝手に出回り、それが売り上げに影響するようなことがないとも限りません。テキストデータはその汎用性ゆえに、こうした問題を生んでしまうわけです。2つめに、データをつくるためのコストを誰が負担するのかという問題です。印刷する直前のデータはテキストデータではないため、それをテキストデータにすること、それから、図や表など、テキストでは表現できないものをどうするのか、という問題もありますが、こうした作業を誰がやるのか、そのための費用を誰が支払うのか、という問題です。3つめがデータの所有権の問題です。印刷の段階で出版社から印刷会社に移っている場合があり、それをなかなか出版社に返してもらえないという事情もあります。そして4つめが提供のあり方と書きましたが、データをどうやって利用者に届けるのかという問題です。代表的な例としては、本にテキストデータ引換券をつけておき、それを切り取って出版社に送り、フロッピーディスクにデータを入れて送り返してもらう、という形式がありますが、データを必要としているのは視覚障害者や、手指の障害によりページをめくるのが難しい人などで、その人たちにとっては半券を切り取って出版社に送るというのはたいそうなことです。また、フロッピーディスクドライブの着いていないパソコンも最近は多くなってきています。現在のデータ提供のあり方は、やがて見直しを余儀なくされることでしょう。
では、ここでテキストデータを活用した読書法に関する新たな取り組みについて紹介しておきたいと思います。1つめは出版UD研究会です。2005年から東京で定期的に開催されているボランタリーな研究会ですが、出版・デザイン・印刷関係者と、障害当事者・研究者が集まり、毎回テーマを設定し、そのテーマに詳しい人をゲストスピーカーに招いて講演会を開催しています。たとえば、視覚障害当事者がどのように読書しているのかをデモンストレーションしたり、ロービジョン疑似体験などを実施し、出版関係者にデータ提供の必要性を知ってもらう場として活動を続けています。この研究会がきっかけとなり、電子本のブラウザであるT-Timeにロービジョンモードが標準搭載されました。
もう1つ、BRC(バリアフリー資料リソースセンター)について紹介します。2005年に設立されたNPO法人で、著者・出版社と、データを活用する読書を希望する読者の橋渡しをする第三者機関です。今年9月より鹿島出版会「中部国際空港のユニバーサルデザイン」など著者・出版社から委託された書籍データ数点の販売を開始します。また、2009年からのサービス開始をめざしていますが、読者のリクエストを受け、著作権処理をおこなったうえで、データ入力・校正を行う予定です。
□
最後に、今後の課題についてまとめます。著作権法の問題について指摘しましたが、パソコンを使った読書法は近年になって実現したものですから、法律が想定していなかったわけです。点字データの複製について、2000年から可能になったように、時代の流れとともに新たな読書形態が生まれ、それに沿って法律が改正されてきています。ですから、テキストデータを用いた読書法があることを考慮して、法律を考え直す必要があるでしょう。
次に読書権の確立です。著作者側の権利としての著作権は確立し、明確に書かれていますが、それを利用する側の権利概念がありません。著作権法は著作者側の権利について述べたものですから、そこに読書権などを盛り込むことはできないにせよ、障害のない人たちが当たり前のようにできている、書店で本を買い求め、すぐにそれを読むといったことが、視覚障害者にはできません。そこにある不平等を解消するためには、出版物への、あるいはより広く文字情報へのアクセス権の平等という発想が必要になります。出版物への平等なアクセスという意味で読書権とここでは書きました。
活版印刷技術の発明以降、情報を紙に印刷し流通させるというシステムが情報伝達の手段として採用されてきました。たしかに、同じものを短時間に大量に生産するという意味で、多くの人たちが恩恵を受けましたが、そこから排除されてしまった人たちがいました。そうした人たちのアクセスを困難にしている障壁は、こうした流通の仕組みを採用したがゆえに発生したものであり、社会的につくられたものであるといえるでしょう。だとすれば、社会的に生み出された不利益を解消する手段も、社会に求めていくことが可能です。
先ほど、費用負担が問題になるということを述べましたが、これこそ、社会的に解決されなければならない、あるいはそれが可能な部分です。ですから、課題の3つめとして、費用負担のあり方に関する再検討を挙げています。出版物へのアクセスに関して、障害学がもっとも関与できるところが、これであろうと考えています。ただ、その議論については、機を改めます。
いろいろと述べてきました。今後の課題もある程度整理できたと思います。ただ、視覚障害者がテキストデータを用いて読書をしていること、それが必要なんだということが、社会的に知られていないという点を見落とすべきではありません。これまで取り上げてきた課題を解決するためにも、あるいは議論をするためにも、こうした読書法があること、それを必要としているということを知っていただく必要があります。だからどうしたらよいのか、ということになると、簡単に答えの出せる問題ではありませんが、本報告を含む「視覚障害学生支援の技法」シリーズ3報告は、こうした目的を達成するための手段の一つでもあります。
□
スライドの最後に参考文献を挙げています。私のものについては全文をウエブで読めます。そして、そこにさらにたくさん、参考文献や判例の紹介があります。