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軽度障害者の意味世界

秋風 千恵 20070917
障害学会第4回大会 於:立命館大学

last update: 20151224

・大阪市立大学大学院

◆要旨
◆報告原稿

■要旨

 「障害の社会モデル」は運動のなかから生まれた。したがって、政治的な意味も持ち合わせていた。雇用機会の不平等や移動の制約など、社会制度にかかわる 問題に対処していくには明快な理論である。しかし、障害者としてのリアリティであるインペアメントに起因する経験、ネガティブなものも含む感情などは覆い 隠されてしまっていた。90年代になって、インペアメント自体によってゆるがされるアイデンティティの問題や、人種・ジェンダーといった問題に対しては敏 感ではないという批判がおこり、社会モデルは再考されつつある。従来の社会モデルでは、いわゆる軽度障害者も見えない存在となっていた。インペアメントを 再度研究の俎上にのせようという現在の動向があって初めて、軽度障害者の問題は浮上できるのである。本報告はこの問題を分析の俎上にのせてみる。
 なお、ここでいう重度/軽度は、インペアメント自体の重さの比較を意味しない。また社会政策として行政のとる障害等級とも対応しない。なにが重い障害で あり、どこまでが軽い障害であるかの絶対的な線引きはできない。なぜなら、同じひとりの障害者が状況により、あるいは関係性によって重度とされたり軽度と されたりすることがままあるからである。障害の重度/軽度は相対的に決められるものであると考えている。

 ロバート・F・マーフィーは健常者の身体を最善のものととらえ、身体を障害の程度によって序列化する、いわば「障害のヒエラルキー」とも言うべきものが あると言う。それによれば、「正常」な身体の標準から離れれば離れるほど排除に向かうとされる。そして、このヒエラルキーに呼応するように、「障害の重さ と生きづらさは比例する」という社会通念も存在する。それらは、障害が重いほど社会から排除され、したがって生きづらいと告げる。だが、ここには疑問が残 る。近代産業化の初期ならばそうであったかもしれない。しかし、わたし達が暮らす社会はそう単純ではない。この社会は障害者を排除するが、それをあからさ まにしない分別もわきまえている。排除しつつ、懐柔するのである。「障害の重さは生きづらさと比例する」という社会通念が意味する「生きづらさ」とは、身 体を自由に操れないもどかしさから生じる閉塞感であろう。しかし、それはアイデンティティを奪われ葛藤を封じ込められる閉塞感とは次元を異にしているので はないだろうか。本報告は、上記の疑問からはじまった。約1年間に軽度障害当事者7名に行ったインタビュー調査を中心に、手記、エッセイ、ウェブ上の記録 等もデータとしてあわせて用い、考察した。

 その結果、軽度障害者の意味世界からは、ひとつのサイクルが見えてきた。彼/彼女らは人生の初期の段階から孤立を経験する。自身の帰属集団が、健常者集 団なのか障害者集団なのかを確信できず、周縁におかれる。そのため自身の価値に不安を覚え、価値を補償しようと努力する。「できる」ことを証明するのであ る。できる、つまり健常者並に役割を果すためには、コストを払うことも惜しまない。しかし、いくらコストを払っても破綻を迎えることがある。すると今度は 破綻した理由を説明し、「できない」のは障害が原因であることを証明しなくてはならない。一見できないとは見えないために、容易には理解を得られず、当事 者は疲弊する。そして首尾よく障害者であるという証明に成功したとしても、それは再び孤立の場所に戻っていくことを意味する。軽度障害者の意味世界は、あ たかもメビウスの帯のように、ねじれながら終わりのない循環を続けていることがわかった。
 また、重度障害者/軽度障害者それぞれへの排除と包摂の構図も明らかにした。
24時間介助のいる重度障害者は、たとえ障害という属性がその個人の属性のひとつにすぎないとしても、常時その属性と向き合うことになるだろう。他者の介 助を受ける身体そのものが、いつも他者との相互作用の場所になるからである。そこには緊迫感があるだろうが、自身のアイデンティティが揺らぐことはないと 考えられる。だが、周囲は健常者のみという状況のなかで圧倒的なマイノリティとして過ごす軽度障害者は、障害者にアイデンティファイしにくい。健常者並に 役割をこなし、健常者のように遇されるとき、障害は自身とは離れた場所にある。
 社会のまなざしも異なっている。重度障害者へのまなざしはより排除し差別する方向に向かうが、一方でその贖罪として優しく、同情的であり、庇護の対象と もみなされる。しかし、社会的な役割を果たすことは期待されていない。庇護の対象となることや社会的な役割を果たすことを期待されていないことが、当事者 にとって屈辱であったとしても、よくも悪くもそこへのサンクションはない。一方、軽度障害者へのまなざしは決定的な排除ではなかったり、差別があるとして も重度障害者へのそれに比べれば幾分緩やかであるように見えるかもしれない。当事者にとっては、差別は差別であり、受けた屈辱感や怒りは変わらないし、比 較などできないのではあるが、社会は一見、軽度障害者を受け入れているようである。そして、決定的な排除ではないのだからとして叱咤激励され、社会的役割 は健常者と同様に果たすことが期待される。
 つまり、障害者が経験する生きづらさは、障害の重さに従ってより排除に向かうというような直線的な構図にはなっていない。重度障害者/軽度障害者は、そ れぞれ別の排除と包摂の構図におかれており、したがってそれぞれ別の生きづらさを経験していることが明らかになった。


 
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■報告原稿

1. 本報告の要旨

  報告者は、2004年からいわゆる軽度障害者である当事者へのインタビュー調査を重ねてきた。ここでは、軽度障害者の意味世界から見えてきたひとつのサイクルについて報告する。そのサイクルから、軽度障害者には重度障害者とは別様の生きづらさがあることが見えてくるだろう。

2. 背景

  先行する障害者研究は、その障害が可視的である重度障害者に特化して語られてきた。可視的で、機能的に「できない」障害者であり、その障害が重い人びとについて、「障害者」と一括りに論じられたり、モデルストーリーとして論じられることが多かった。可視的ではない障害者、自身を重度障害者と認識していない人びと、いわゆる軽度障害者とされている人びとについて言及したものはいまだ数少ない★01。
  70年代、障害者運動からイギリスやアメリカではじまった障害学は、障害を負うことは個人的悲劇であるとする従来の障害者観「障害の個人モデル」を否定し、障害が社会の問題であることを明快にうちだした。「障害の社会モデル」と呼ばれるものである。それは、障害の身体的な側面と社会的な側面、すなわち「インペアメント」と「ディスアビリティ」★02を明確に区別したうえで、後者が引き起こす社会的障壁に注目し、障害の社会的責任を問うたのである。しかし、当初の社会モデルは社会的障壁を強調するあまり、インペアメント自体によって揺るがされる障害当事者のアイデンティティの問題や、障害とジェンダー、障害とエスニシティといった問題に対しては敏感ではなかった★03。社会モデルは運動のなかから生まれたのであり、したがって、政治的な意味も持ち合わせていたから、施設に隔離され、移動の自由もままならない等の、ディスアビリティにおいてあきらかに不利である重度障害者に議論が集中していたのも首肯できる。90年代になって、社会モデルはインペアメントを軽視しすぎているという批判があがり、インペアメントを再度研究の俎上にのせようという動きがでてきた。この現在の動向があって初めて、軽度障害者の問題は浮上できる。本報告はこの問題を分析の俎上にのせてみる。
  なお、ここでいう重度/軽度は、インペアメント自体の重さの比較を意味しない。また社会政策として行政のとる障害等級とも対応しない。なにが重い障害であり、どこまでが軽い障害であるかの絶対的な線引きはできない。なぜなら、同じひとりの障害者が状況により、あるいは関係性によって重度とされたり軽度とされたりすることがままあるからである。障害の重度/軽度は他者の視線のなかで相対的に決められるものであると考えている。
  なお、本報告は、2004年11月から約1年間の間に行った7人の軽度障害当事者へのインタビュー調査によって得られたデータを中心に分析する。重度の障害者ではなく、かつ健常者でもない、自身をいわば中途半端な位置にあると感じている人のなかには、障害者手帳の区分に該当しないくらい軽微な障害の人★04や、顔に痣のある人や吃音の人のように法は障害と規定していないが自身を健常者と感じられない人もいる。また重度障害に該当する手帳を持っている人でも、重度障害者にアイデンティファイしていない人もいる。そういったケースも考慮にいれるため、本稿では手記、エッセイ、ウェブ上の記録等もデータとしてあわせて用いた。

3. 基底をなす社会通念

  健常者の身体を最善のものととらえ、身体を障害の程度によって序列化する、いわば障害のヒエラルキーとも言うべきものがあるとロバート・F・マーフィーは言う。
  
  同じ身障者の中でも、ある種の障害をもつ者が他の者より嫌がられるということもある。障害の重度や種類によって評価の決まる一種の階層制がある。その一番下層に属するのが明らかに変形したからだをもつ者だ。車椅子は中間層というところか。評価の基準は、どれだけ標準的な人間のかたちから離れているか、ということだろう(Murphy、1987=1997:176-177)。
  
〔事例〕
  わたしは〔障害が〕軽いから言葉が受け止められない。重度の寝たきりが言うと、〔同じことを言っても〕言葉に重みがある(Eさん55歳女性、脳性麻痺)。
  
  そうですね、障害っていうのがウソをついているようにみえるんですね。いまは歩けるんですけど、障害者手帳をもらったころ100メートルも歩けなかったですよ。だけど、寝ていれば寝たきりになるから日に2回出かけることにしていたんですよ。でも、遊んでいるようにしかみられない。他の方たちがこういうふうに言われる。足がないわけじゃないじゃない、手がないわけじゃないじゃない。足がない人はかわいそうよ、と言われる。皆さん慰めの気持ちで言われる。悪気はない。そういう人に会うと、会わなきゃよかったと思っちゃう(Gさん42歳女性、肢体不自由★05)。
  
  これらの事例は、障害のヒエラルキーと可視的なインペアメントを比較し、軽そうに見える方はそれほどたいへんではない、つまり障害による不利益も相応に小さく、したがって心痛はさほど重くはないだろうとする判断である。「障害の重いほうが、より障害がもたらす不利益は大きく、心痛も重いのであり、したがってその痛みをより理解している。障害が軽くなるほど不利益は小さく、心痛は軽くなるのだ」という社会通念が存在することを示している。この社会通念は障害のヒエラルキーと呼応していると言えよう。
  しかし、当事者の実感は障害のヒエラルキーやそれに呼応する社会通念には合致していないようなのである。
  
〔事例〕
  「顔の変形がきついと絶望も深い、という幻想」(石井、1999:262)があると言うのは石井政之である。石井は顔に赤い痣がある。痣は、法律上は障害とされていないが、顔は真っ先に人の目がいく場所であり、隠すことのできないスティグマである。「私は何の障害もない健常者として生きてきたという実感がない。『私は普通ではない』という思いがぬぐいきれないまま生きてきた」(前掲1999:183)と石井は言う。そして、次のように述べる。
  
  今この会場に私と藤井さんがいます。藤井さんのほうが物理的に〔顔の〕変形がきつい。私のほうが平らである。だから私のほうが精神的に楽で藤井さんのほうが精神的にしんどいと想像している人もいるかもしれません。心の悩みは顔の変形に比例しません(前掲1999:262)。
  
  もうひとつ例をあげよう。秋山なみはろう者である。ろうは重度の障害であるのだが、一見して障害者には見えない場合が多い。障害があるのかないのか、その程度は重度か軽度かといった事柄は、他者の視線のなかで相対的にとらえられてしまうものである。不可視である障害は、それが重度の障害であろうと往々にして健常者と見られることがあり、障害者と見られても軽度な障害と受けとめられてしまうことがある。
  
  そして分かったことは、聴覚障害が軽くみられていることと、聴覚障害だけは他の障害とどこか別なんじゃないかということだった。聴覚障害が軽く見られている、というのは「聴覚障害ってまだマシだね」というレベルのもの。私の体験だけでも、高校から受験拒否されてきたんだ。何がましなんだ、と言いたい」(秋山・亀井、2004:177)。
  
  これらが意味しているものは、前述した社会通念はその解釈を拡大して、「障害の重さと生きづらさは比例する」という判断をしているということであり、当事者は自身の生きづらさを他者に計測されるかのような戸惑いや反発を覚えるということである。健常者の視線でインペアメントを比較し、障害の程度を計測し、当事者の実感をよそに、その生きづらさをも計測してはばからないかのようである。
  障害のヒエラルキーは、脈々と歴史的に構築されてきたと言えよう。近代産業化社会は人間の身体を「規律・訓練」(Foucault、1975=1977)によって標準化し、社会に適合できる「正常」な人間、標準化された身体だけを受け入れるとしてきた。そして、障害者は労働に適さない身体として国家によって隔離され、医療・保護の対象とみなされてきた。隔離や保護が、障害の重そうな身体から対象になっていったであろうことは想像に難くない。障害のヒエラルキーが障害を"個人的悲劇"の具現ととらえており、「個人モデル」に連なることは疑いのないところであろう。
  障害のヒエラルキーは、「正常」な身体の標準から離れれば離れるほど排除に向かうとマーフィーは言う。だが、ここには疑問が残る。近代産業化の初期ならばそうであったかもしれない。しかし、わたし達が暮らす社会はそう単純ではない。
  重度で可視的な障害者は一方で忌避されながら、一方で理解を示される。障害の重さと生きづらさは比例するという社会通念は、より重度な者により理解を示せと告げる。だからEさんが言うように、「障害者の言葉」として残っていくのは重度障害者の発言である。
  しかし、報告者が軽度障害者の意味世界から明らかにしたいことは、「障害者が経験する生きづらさにヒエラルキーはないのではないか」ということである。そもそも計測不能なものに上下優劣はつけられないのであり、したがって比較すべきものではないだろう。「まだマシだ」という言葉は、その後にだから我慢しろ、だからがんばれと続くことが多い。これらの言葉は、障害者という劣位におかれたいのか、同情してほしいのかと迫り、その葛藤を封じ込め、彼/彼女らをより深い閉塞感においやっている。その結果、軽度障害者は、障害者としてのアイデンティティを奪われるのだが、かといって健常者にアイデンティファイすることもできなくて、中途半端なまま置き去りにされるのである。「障害の重さは生きづらさと比例する」という社会通念が意味する「生きづらさ」とは、身体を自由に操れないもどかしさから生じる閉塞感であろう。しかし、それはアイデンティティを奪われ葛藤を封じ込められる閉塞感とは次元を異にしているはずである。

4. 軽度障害者ならではのサイクル

4-1 孤立するから補償努力を
  社会化の最初の段階である学校で、理解されなかったという話は、軽度障害当事者からよく聞かれる語りである。普通校に進学した彼ら/彼女らは、画一化された学校のなかで突出した存在である。目立つのである。
  〔事例〕
  聞こえたんですよ。廊下ですれちがったときに、同じクラスの男の子が「あいつ〔B
  さん〕も、あれで頭がよくなかったら、Y子と同じだ」と言っているのが。なんで、あの子と一緒にされなくちゃいけないんだ!と思った。(Bさん51歳、肢体不自由)
  
  Y子は同じ学校にいた知的障害者の女の子だった。Bさんは歩くとき跛行する。しかし、知的な障害はない。勉強は好きだったし、できる子だった。概して軽度障害者は障害という負の要素を払拭し、自身の価値を補おうと学校での勉強に励む人が多い。努力して価値を補っている、その価値が本物の自分だと考えたい。だが、一応その価値は認められてはいるけれど、負の要素はそれ以上に彼女に密着していて、他者のまなざしはそれを離れない。彼女は集団就職をして故郷を離れようと考えた。廊下ですれちがったときに、いままで準拠していた集団が自分の場所ではないと感じる。しかし、集団の価値観や認識・判断はそのまま内面化している。知的障害のある○子とは同じではないという認識は、クラスの男の子が障害に対してもっている認識と同じである。この準拠枠が変更されるのは、後に彼女が障害者運動に出会って以降である。
  勉強ができる子はイジメられない。一目おかれる。在日の人びとなど被差別の位置におかれる人には同じ現象がみられる(西田、2002:519-520)。身体は取り替えようがない。身体で勝負できないのならば、なんらかの代替物で自己の価値を高めようと努力する。貶められた価値をなにかで補償しようとする。石川のいう「補償努力」(石川、1996)への道である。なにかで挽回するのならば、学校にいる限り学業に秀でていることは他者から受けるかもしれない負の圧力の抑止となる。また、自身の拠り所になる。しかし、こういった補償努力は「彼女は{障害者にしては}よくできる、頭がいい」という程度の評価しかうまない(石川、1996)。前節Cさんのケースのように、「あれでも頭はいい」という評価である。「あれでも」をより薄めるために、さらにさらに努力を続けるはめになる。終わりの無い自己との競争である。「負のアイデンティティを消し去ることができない以上、人は補償努力を永久に続けなければならない」(石川、1996:173)。
  補償努力は、軽度障害者特有の問題ではないだろう。身体障害者でなくとも、アイデンティティになんらかの負の要素をもつ人達に共通してみられる現象である。軽度障害者も補償努力を続けることになる。
  孤立し補償努力を重ねざるをえないという状況は、障害者であれば多かれ少なかれ経験することであるかもしれない★06。重度障害者の多くは現在のところまだ養護学校や施設に暮らしている人も多いだろう★07。一般社会から隔絶されているという孤立感はあるだろうと想像されるし、また集団生活のなかで孤立する場合も生じるのかもしれない。だが、彼/彼女らは同じ制度下におかれ、同じ抑圧を経験する集団のなかにいて、自身が障害者集団に帰属するということを知っていく。早い時期から障害者にアイデンティファイすることができる★08。
  一方、軽度障害者は健常者社会にあって圧倒的にマイノリティの立場におかれる。健常者の価値観や、障害のヒエラルキー、社会通念を内面化しているので、障害者を個人的悲劇に見舞われた劣位の存在とみなしがちである。だから障害者にアイデンティファイできにくい。かといって、健常者にもアイデンティファイできるわけではない。なにかが「できない」こともあれば、Cさんのように健常者社会からの疎外を感じさせられる瞬間もある。日常生活でふとしたことから障害者であると感じさせられてとまどい、あるいは凍りついたといった経験はCさん以外にも何人か語ってくれた。それは、自己のアイデンティティを揺すぶられる経験である。軽度障害者は、いつ準拠集団から疎外されるかもしれないという不安をもっている。それはつまり常に孤立と隣り合わせの立場にいるということである。だから、自身の自尊心の損傷を避けるために、ますます価値を補償しようと努めることになる。
  
4-2 コストを払う
  そして、がんばって健常者なみに「なにかができた」としても、そこにかかっているコスト★09は見えなくなっている。
  〔事例〕
  たまに職場で〔障害者手帳を〕見せることがある。さりげなく机の上に置いておくとかね。毎日のように病院に行くことを同僚は知っている。〔毎日病院に行っても、決して仕事に支障をきたしてはいない。そのぶん〕努力しているんだ。たいへんなんだ。みんなと同じことをするために陰で努力しているんだよ。手帳がいるくらいなんだと示しておきたい気持ちがある。自分でイクスキューズをだしているのかもしれない。(Hさん40歳女性、内部疾患)
  
  「全盲なら仕事大変なのはわかるけど、弱視は見えるんでしょ。がんばったら普通にできるじゃないの」〔と盲学校の教員が学生に言っているのを聞いて〕あのね、それがシンドイの。それがでけへんからここ〔盲学校〕に来るの。〔社会にでてから〕晴眼者とおんなしことさせられよって、いつも居残りになっている〔盲学校の〕卒業生の話をあなたは知らんの? 普通する〔健常者と同じことをする〕ために、普通でない努力をし続けるのがいかに消耗することか〔わからないの?〕。面と向かっては言えないけど、そう思いました。(Aさん31歳女性、弱視)
  
  上記の言葉が示すように、障害者が陰で払っている努力やコストは気づかれていないようである。Hさんがフルタイムで働ける状態を得るためには、日々病院に通って身体を管理し、維持しなければならない。Aさんは「晴眼者とおんなしこと」をこなすために、時間外労働で補わなければならない。しかし仕事という役割を果たせたとき、それらは見えなくなってしまう。したがって、そこに配慮が要るかどうかさえも知られていないのが現状ではないだろうか。人は社会化されて社会成員となり、成員としての役割を果たすことが期待される。役割を果たすことは有意味なことであり、成員としての矜持を保てる。だからコストを払っても役割期待に応えようとする。そして、結果としてなにかが「できてしまう」と、その間に払われたコストはなかったことにされてしまう。健常者だって努力をするのだという言葉で、結果だけをみてしまい、スタートラインが違うことには思慮が及ばない。同じスタートラインに立つまでに助走の長さがあるということ、条件の違いが不利に働いていること、それはとりもなおさず障害そのものに起因している。しかしそれは見えない、あるいは見えにくいためにディスアビリティとは認められず、したがって理解されにくい。「できる」ことで保たれる当事者の矜持もまた、その不平等感を封印するのに手を貸している。当事者自身も、社会的役割を果たせることは有意味なことであり、できないことは劣ることだという社会通念、スタンダードな価値観を内面化している。だからこそ、コストを払ってでも役割を果たそうとするのである。隠れたコストの問題は、軽度障害者に特徴的なものであろう。
  
4-3 証明がもたらす循環
  そして、コストを払えなくなったり、払えても充分に役割を果たせないとき、軽度障害者には説明が求められる。車椅子や白杖といった記号を持っていたり、記号がなくとも可視的な障害については説明をもとめられることはあまりないだろう。しかし、記号のない障害者や、見た目にわかりにくい障害者、あるいは医学的に新しく発見され「障害」であると認定された障害者は、できないこと、できにくいことが外見からはわからない場合が多い。そういった障害者にはしばしば容赦のない質問が待ち受けている。
  
  〔証明義務について〕
  軽度障害者というのは、しょっちゅう、「それでも障害のうちに入るの?」という視線にさらされます。〔中略〕軽度障害者が〈健常者で通してしまおう〉という戦略を採用しているからといって、それが必ずしも、〈自分の障害を恥ずかしく思っているから〉とか、〈健常者の方が価値が上だと思っているから〉とか、〈健常者に同一化したいと思っているから〉とは限りません。「その程度でも障害のうちに入るの?」「その程度で障害者ヅラして楽するつもり?」「その程度の障害で、努力不足の口実にするつもり?」という視線に耐えるという重荷を下ろしたい、「いやあどうして、これでもなかなか大変なんですよね」という説明を今回はパスして、この手間を省きたい、っていう願望が動機になっていることがあります。この「証明義務」っていうのは、軽度障害者や内部障害者、それに存在があまり知られていないマイナー障害者(単に疫学的に珍しい、とか、あるいは発見が新しい、とか)に特有の問題だという気がします(ニキ・リンコ、1999)。
  
  障害者と自分を規定することによって「楽するつもり?」というニュアンスがある。福祉の対象として障害者にはふんだんに福祉の恵みが与えられていると解釈する人も少なくない。経済的な意味の財という問題を持ち出すまでもないだろう。それまで健常者として向き合ってきた相手が障害者だ、と聞いたとたんに人は怯む。座がしらけたことは、障害者だとされる人の責任とされる。発言に対しては、儀礼的に社交的にふるまい、見て見ぬふり(Goffman、1967=2002)をしたりさえする。わたし達は障害者を差別しないと宣言したり、なかには自身になんらやましいことはないと言い張る人まででてくる。障害という言葉が風景を一変させる。
  障害者には、なんらかの特別な配慮が必要ではなかろうかと思い、また自分の行動発言が相手を傷つけたかもしれないと危惧するからだ。しかし、眼前にいるのは一見なんら配慮など必要なさそうな健常者と変わらない人である。なのに、配慮を要求するのかと、疑う。なにがどう違うのか、どう不都合なのか、説明が求められるのである。
  理解してもらえるように、障害を説明するにはネガティブなことばかりになってしまう。障りとなり、害になっている部分をとりだしてみせるのだから、当然のことなのだが、そのような説明をすれば、他者は当事者の生活全般を灰色一色と解釈してしまう。それもまた違うと言いたい。なにも軽度障害者は自身の生活をネガティブに受け止めているわけではない。障害というネガティブなものとの対処で日々の時間が過ぎ去っていくわけではないのだ。説明しなければならないからそうなるのであって、というようなことを考えると、説明自体が億劫になってしまうのである。そういった応答が予想されるので、パッシングできる場合はパッシングしておいた方が他者との余計な摩擦を避けられると思う。しかし、ここにも躊躇がある。パッシングは「〈自分の障害を恥ずかしく思っているから〉とか、〈健常者の方が価値が上だと思っているから〉とか、〈健常者に同一化したいと思っているから〉」ととらえられかねない。自身を恥じてなどいない。まして健常者に同一化したいなどとは思っていない。しかし、それを証明する手だてはない。出口のないジレンマである。
  可視的であり重度障害者であれば、そのような義務を負わなくともよいだろう。軽度障害者に求められる「証明義務」、その義務は当事者を疲弊させる。
  そして、証明義務を果たし首尾よく障害者と認定されたとしても、それはすなわち、マジョリティのなかでの孤立に帰っていくことを意味する。またしても健常者ばかりのなかで孤立し、障害者として劣位におかれまいとして補償努力に励み、コストを払ってでも健常者並でありたいと、報われない努力を重ねる。これまでみてきた一連のサイクルを繰り返す。メビウスの帯のように、ねじれながら終わりのない循環を続けていくことになるのである。

5. まとめ

  以上のように、軽度障害者の意味世界からは、ひとつのサイクルが見えてきた。軽度障害者は人生の初期の段階から孤立を経験する。健常者のなかで理解されず、帰属集団を確信できずに周縁におかれている。自身の価値に不安を覚え、したがって価値を補償しようと努力する。「できる」ことを証明するのである。そして健常者並に役割を果すためにコストを払い続ける。しかし、コストを払っても破綻を迎えることがある。すると今度は「できない」ことを認めてもらわなくてはならない。一見「できない」とは見えないために、障害の「証明義務」は当事者自身を疲弊させる。そして首尾よく証明に成功したとしても、それは再び孤立の場所に戻っていくことを意味していた。軽度障害者の意味世界は、メビウスの帯のように、ねじれながら終わりのない循環を続けているかのようである。
  
  自立生活をする重度障害者に出会ったAさんは言う。
  
  自立生活★10する〔肢体不自由な〕重度障害者に違和感とかもつことはないですね。そういう生き方もありかとか。楽になれた。あれだけ割り切れたらいいなあとか、憧れるわ。カッコええなあと思った。違和感はないですよ。それ〔割り切り〕がでけへんのがまた軽度っていう。そういうのもありかっていう、知ったっていうのも嬉しかった。無理して働かんでもええか、わたしらそのまま生きていてもいいやないか〔というメッセージを感じる〕。開き直り、カッコええなあ思う。(Aさん31歳女性、弱視)
  
  自立生活をする重度障害者は輝いて見える。そこに至る道は決して平坦でなかったであろうが、「わたしらそのまま生きていてもいいやないか」というメッセージは潔く聞こえる。「それがでけへんのがまた軽度」なのである。軽度障害者は割り切れない。健常者にも障害者にも定点を置けない軽度障害者は、現在のところ宙吊りのまま、メビウスの帯から降りる方法を模索しつづけるしかない。しかし、解はひとつではないはずだ。重度障害者とは別様の生きづらさには、別様の解があるはずである。それを求めるための一歩として、まずは軽度障害者の意味世界に足を踏み入れ、そのメカニズムを探った。



★01 「軽度障害者」に言及した論文・著書には田垣(2002、2006)があるが、報告者の試みとは傾向を異にする。
★02 Barns et al.( 1999=2004:15)によれば「インペアメント」とは「手足の一部あるいは全部の欠損、または手足の欠陥や身体の組織または機能の欠陥」のことであり、「ディスアビリティ」とは「現状の社会組織が身体的インペアメントのある人々のことをほとんど考慮しないために、社会活動のメインストリームへの参加から彼らを排除することによって引き起こされる活動の不利益や制約」のことである。
★03 この点については、Barns et al.(1999=2004:118-123)に詳しい。
★04 例えば身体障害者について言えば、身体障害者福祉法第四条に「この法律において、『身体障害者』とは、別表に掲げる身体上の障害がある十八歳以上の者であつて、都道府県知事から身体障害者手帳の交付を受けたものをいう」とあり、別表の障害等級に該当する者のみに障害者手帳が交付される。したがって法律上行政上は、別表に該当する障害の種類とその重さの程度を有する人のみが障害者である。
★05 インタビューを行った7人はA〜Gとし、各人の発言内容の末尾に年齢、性別、障害名を入れて示した。また〔〕内は引用者が加筆した。
★06 石川准は「差別を繰り返し被った人びとは、激しい自尊心の損傷を経験する。損傷した自尊心は修復を要求して存在証明に拍車をかける」(石川1996:172)と言う。
★07 現在のところ、教育におけるインクリュージョンは実現されているとは言いがたい。当事者による自立生活運動が広がりをみせているが、施設に暮らす重度障害者は多い。地域で暮らすには様々な面で条件が整わず、重度障害者の生活を抑圧しているのが現状である。
★08 たとえば、小学6年で障害者運動に目覚めた金の例(金1996:62)など。
★09 ニキ・リンコは次のように述べる。「けっこう、表から見える部分で健常者と同レベルのことをこなすために、見えないところでコストを払っていたりするのですが(これは軽度の人に限らず、重度の人でも同じだと思います)、よぶんのコストを払ってでも、同レベルのことが出来てしまうとそれが『なかった』ことのように思われてしまうんですよね」(ニキ・リンコ、1999b)。
★10 ここに言う自立生活とは、「身体障害者、なかでも全身性の障害を持つ重度とされる人々の『自立生活』という言葉が使われる。この言葉は、しばしば、そこに込められている独立・自律への希求を具体化した生活の形として、日常的に介助=手助けを必要とする障害者が、「親の家庭や施設を出て、地域で生活すること」(安積・岡原・尾中・立岩、1999:1)である。

参考文献

安積遊歩・岡原正幸・尾中文哉・立岩真也,1990,『生の技法』藤原書店
Barns,Colin,Mercer,Geffrey&Shakespeare,Thomas,1999,EXPLORING DISABILITY:A Sciological Introduction(=2004杉野昭博・松波めぐみ・山下幸子訳『ディスアビリティ・スタディーズ―イギリス障害学概論』明石書店)
Foucault,Michel,1975,SURVEILER ET PUNIR-NAISSANCE DE LA PRISON(=1977,田村俶訳『監獄の誕生』)
Goffman,Erving,1963,STIGMA:Note on the Management of Spoiled Identity,Prentic-Hall,inc.(=2001,石黒毅訳『スティグマの社会学』せりか書房)
――,1967,INTERACTION RITUAL Essays on Face-toFace Behaviour(=2002,浅野敏夫訳『叢書・ウニベルシタス 儀礼としての相互行為』法政大学出版局)
石井政之,1999,『顔面漂流記』かもがわ出版
石川准,1996,「アイデンティティの政治」井上俊・上野千鶴子・大澤真幸・見田宗介・吉見俊哉『岩波講座現代の社会学15 差別と共生の社会学』岩波書店171-185
――2004,『見えないものと見えるもの』,医学書院
金満里,1996,『生きることのはじまり』,筑摩書房
Morris,J.1992,Personal and political: a feminist perspective on reseachong physical disability, Disability, Handicap, and Society,7(2).157-166
Murphy,Robert F.1987, The Body Silent, Henry Holt and Company,Inc.(=1997辻信一『ボディ・サイレント』,新宿書房)
ニキ・リンコ,1999,「軽度障害と障害の証明義務」
(http://homepage3.nifty.com/unifedaut/shoumei.htm 2007.09.01)
西田芳正, 2002,「エスニシティ〈顕在―潜在〉のメカニズム」谷富夫編『民族関係における結合と分離』ミネルヴァ書房512-540
田垣正晋,2002,「生涯発達から見る「軽度」肢体障害者の障害の意味―重度障害者と健常者との狭間のライフストーリーより」『質的心理学研究』NO1,36-54
――2006,「軽度障害者というどっちつかずのつらさ」田垣正晋編『障害・病いと「ふつう」のはざまで』,明石書店,52-71


UP:20070807 REV:20070902,0913
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