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大学におけるジェンダー・セクシュアリティ課題の現在――立命館大学の事例から

ヨシノ ユギ
2007年6月10日 日本女性学会報告

last update: 20151224

1、 はじめに
 本報告は、日本の大学においてジェンダー・セクシュアリティに関する課題がどのように扱われているか、またそれに伴う学生主体の運動の状況とその展望について、立命館大学を事例にして概観するものである。
 まずは、大学の制度にジェンダー・セクシュアリティの視点が持ち込まれるきっかけとなった各大学のハラスメント防止対策について、その具体例と問題点を述べる。
 次に、大学の制度から漏れ出る個別ニーズに対応して学生たちが自主的に立ち上げたグループについて、その代表的な在り方と限界性について述べる。
 そして、学生グループがジェンダー・セクシュアリティを扱う活動を行う際に現れる問題に対し、一定の応答を示している「立命館大学GSP//Gender Sexuality Project」(以下、GSPと略)の事例を紹介する。2002年から活動を続けているGSPが提示する学生主体のジェンダー・セクシュアリティにまつわる運動について、その到達点と課題を検証する。

2、 大学におけるハラスメント防止対策
 大学におけるハラスメントとしては、90年代からセクシュアル・ハラスメントの訴えが相次いだ。京大矢野事件によって、日本女性学会・東大女性学会懇話会等が、文部省(当時)に対して、大学でのハラスメント実態の究明を呼びかけた。
 その後、1999年4月1日より実施された文部省規定、人事院規則、改正均等法ガイドラインによって、大学での取り組みが義務づけられた。これに対しては、97年に結成されたキャンパス・セクシュアル・ハラスメント全国ネットワークが、大学への提言、シンポジウム開催などの取り組みを行ってきた。
 同ネットワークは、ハラスメントの事例について極めて具体的に言及している。身体にまつわる性的発言はもちろん、固定的性役割に基づく意識の在りよう、「オバサン」「男の子」などの呼称に関しても注意を喚起している。
 以下に、具体的な大学の例を紹介し、先進的な取り組みを行っている大学のガイドラインと、停滞している大学のガイドラインとを比較検討しその特徴について述べる。
(◯=良い点、●=問題と思われる点)

◆大分大学(旧国立大学)
「イコール・パートナーシップの推進に関するガイドライン」(2004年4月)
⇒ポイント
 ◯第一版制定は99年。キャンパス・セクシュアル・ハラスメント全国ネットワークの試採点によって「優」を獲得している。
 ◯セクハラ/アカハラ/差別/いじめを人権問題として定義づけている。
 ◯ジェンダーバイアス・ハラスメント、同性間のハラスメント、性暴力、文化的背景の違いによる留学生へのハラスメント等、多様なケースを想定している。
 ◯調査委員会の男女比、外部から弁護士を加えることが定められている。
 ◯手続きの図解が明快で、多種の相談経路が確保されていることが判る。
 ◯相談員の所属と男女比に配慮されている。
 ◯セクハラ、アルハラに関する学生向けの研修会を毎年実施している。
● 「男女の平等」「男女の対等な関係」「男性と女性」等、二元的な表現が多い。
● 「勇気を出して対応」「相手が目上の人や上級生でも勇気を持って拒否」「はっきり伝えよう」など、被害者に必要以上の努力を迫り、構造的側面への配慮が足りない。
http://www.oita-u.ac.jp/01oshirase/equal_p/index.html、2007年6月7日アクセス

◆京都産業大学(私立大学)
「セクシュアル・ハラスメントの防止及び対応ガイドライン」(2002年4月)
⇒ポイント
  ◯第一版制定は99年。学生向けのガイドラインとは別に、「教職員のためのセクシャル・ハラスメント防止の手引き」が定められている。
  ◯人権センターが設置され、全ての差別・暴力・偏見等の問題を専門に扱っている。
  ◯ジェンダーバイアス・ハラスメント、同性間のハラスメント、性暴力について言及している。
  ◯学内の教職員による「窓口相談員」の他に、NPOから「専門相談員」を雇用している。専門相談員は完全に大学から独立した立場を保障され、相談者は直接相談することもできる。その場合の内容は、相談者が了解しない限り大学側にも報告されない。
  ◯対策委員会の男女比が定められている。
  ◯対策委員会に関わる大学側の教職員、管理職、加害教職員に対する研修を実施している。新歓期に、サークルの部長や上級生に対して研修を実施している。就職活動前に、希望者に研修を実施している。
● 窓口相談員の男女比が偏っている。
● 「女性の性的魅力」、「異性を性的対象として見る」等、性愛を前提とした観点が目立つ。
● 固定的性役割の事例が、女性に集中している。
http://www.kyoto-su.ac.jp/outline/hr/index.html、2007年6月7日アクセス

◆立命館大学(私立大学)
 「セクシュアル・ハラスメント防止のためのガイドライン」(1999年4月)
  ⇒ポイント
● 第一版制定以降、一度も見直しを行っていない。
● 「人権パンフレット」を配布して啓発を行っているとあるが、実際は配布を行っていない。
● アカハラ、パワハラなどの概念を組み込んでいない。
● 学内相談員として教職員が配置されているが、大学は任命するのみで、研修を行っていない。
● セクハラの事例が挙げられていないばかりか、ストーカー事例と混同している。
● 外部相談員や第三者機関と連携をとるシステムがない。
● 学生・教職員への啓発活動を行っていない。
● 運用にあたっての細則、規則、フローチャート等が公開されていない。
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/st/student/harass_top.htm、2007年6月7日アクセス

 大分大学・京都産業大学は比較的優れた事例であり、「相手の身体を触る」「ヌードポスターを掲示する」等のありふれた事例に留まらず、性別固定役割による不快感、ジェンダー格差にも注意が払われている。また委員会の構成メンバーについても、男女比に言及することがスタンダードとなっている。
 立命館大学の例は問題にならない。現在、ガイドライン改定の話し合いが進められているが、大学側は改定案においても学内のみで完結する仕組みを提起してきており、ハラスメントを生みだす構造・パワーバランス・相談者にとっての利便性などに全く無頓着といえる。 
 このような悪しき事例においては、主に以下のような問題が指摘できる。

【問題点】
・ 「被害者にも落ち度」/「勇気を持てば解決」という信仰が根強く、ハラスメント  を生み出すジェンダー構造に無自覚
・ジェンダーバイアスもハラスメントの一環であるという認識が弱い
・ 男性のみを加害者に限定しがちな表現が強く、男性に必要以上の加害感情と、被害時の我慢を強いる場合がある
・ 「女性を性的な対象とみなす……」、「男女間で捉え方の相違が……」など、異性愛的/性愛強制的/性別二元論的な事例に偏り、必ずしも実態に沿わない

 大学にとってハラスメント対策が、単なる危機管理であってはならない。特に最後の点については、陳腐な「ハラスメント事例」の提示によって、学生の多様な価値観・性の在り方が実態と乖離して構築されていく問題を孕んでいる(恋愛ネタや、「彼氏」「彼女」の話題は是認されるか? 「男性の性欲」を前提とした表現は? 「男女の平等」に帰属感を感じられない場合は?)
   
>> ハラスメント対策は、大学の制度にジェンダーとセクシュアリティの視点を一定取り入れる契機にはなった。しかし、学生をとりまくジェンダー・セクシュアリティの課題はそれのみではカバーできず、打ち出し方として響かない、身近にならないことも多い(広報、啓発の戦略が成功していない下手)。また学生の持つ意識(配布資料「GSPニュースレター学園祭特別号」参照)を適切に拾い上げられないまま、学生の実態と乖離したアリバイ的形式的なガイドラインも多い。
   お茶の水女子大学では、2000年の時点で有志の院生・研究生が「お茶の水女子大学におけるセクシュアル・ハラスメントの実態と指針検証」を行っている(お茶大でセクシュアル・ハラスメントを考える会『ジェンダー研究4号』、お茶の水女子大学、2001)。ここでは、大学側に対し研修・広報活動の早急な実施を要求しており、他大学のリーフレットも参照しながら、その体裁やイラストについて、学生の興味を惹かないことを指摘している。
   次に、このように、学生の持つニーズや、ジェンダー・セクシュアリティ課題に応答して、学生たちが自らのテーマ設定のもとに活動している事例について、次項で述べる。

3、 学生による自主的な活動
 大学の制度から漏れ出る/大学側が把握しきれないジェンダー・セクシュアリティ課題を、学生がピア・サポートを担うことによって改善しようという気運は、特に性教育の分野で90年代から現われた。日本では自治医科大の高村寿子教授が、91年に「ピア・カウンセリング」の手法を取り入れたのが始めとされている。その後、性教育へのピア・サポート導入は、度々メディアにも取り上げられてきた(「性教育にピア・サポート 中高生、大学生と語り合う 信頼授業に双方向性 自己決定能力育成を狙う 北九州・向洋中(西日本新聞2004年10月31日)」、「同世代が性 考えるきっかけに(十勝毎日新聞2005年8月3日)」、「特集・性教育'教える'から'ともに分かち合う'へ-ピアエデュケーションの可能性-(『論座』2007年3月号)」)。これについては、教育行政や学校側が学生のピア・サポート団体に依頼する形で、中高生・大学生を対象とした出張授業が行われるケースも多い。
 一方、メディアからの注目や教育行政との関わりは殆どないながら、草の根、あるいは地下に潜る形でコミュニティ形成を続けてきたのが、関東地方を中心とするセクシュアル・マイノリティ系サークルである。主にゲイを対象としたグループが多く、東京レズビアン・ゲイパレード(?2006)への参加や、友人づくり、交流、クラブイベントの企画等が担われてきた。他大学と交流する「インカレ・サークル」の形態をとるものもいくつかある。
 このように、学生コミュニティがジェンダー・セクシュアリティ課題にまつわるコミュニティ形成を行う場合は、「性教育/HIV啓発」系と、「セクシュアル・マイノリティ」系とに大別することが可能である。以下に具体例を挙げる。

⇒性教育/HIV啓発系
・京都文教大学「レッドリボン・プロジェクト」(2003?)
大学側が予算の提供を行う「文教大学元気プロジェクト」で採択。HIVに伴う学習、啓発を行う。
・久留米大学「レピーフ」(旧・『女性の性と健康研究会』1998?)
 医学部看護学科のサークル。思春期保健、妊娠中絶、STD、セーファーセックスの啓発、  地域保健所との連携など。
・ 秋田看護福祉大学「B愛STARピアサークル」(?)
看護学科サークル。思春期保健、性教育など。2005年より秋田県委託事業。
⇒セクシュアル・マイノリティ当事者
・ 早稲田大学「GLOW」(1991?)
大学公認サークル。ゲイ・レズビアン当事者を中心に、メンバー同士の交流がメイン。ランチ会などでの友人づくり。パレード参加、文化祭でのイベントも。
・ インカレ・サークル「CGSU」(2000?)
関東の学生を対象にしたセクシュアル・マイノリティサークル。友達づくりを中心に、カフェ開催など。「リブ活動は行わない」。
・ ICU「シンポシオン」(2005?)
LGBTIサークル。学内の人権意識向上を目的に、講演会・読書会の開催など。学内のジェンダー研究センターとの連携。
・ インカレ・ネットワーク「レインボーカレッジ」(2006?)
LGBTの学生を対象にしたネットワーク。学生生活向上のための情報交換、イベント開催など。就活、学生生活、サークル立ち上げなど多岐にわたる相談会も。

 傾向として、性教育系は大学・地域・教育行政のサポート下にあることも多い。また、性教育や思春期保健といった領域から、医学部・看護学部での活動が目立つ。
 セクシュアル・マイノリティ系では、私大を中心に、歴史の古いサークルもある一方、近年消息が不明となっているものも多い。大学公認サークルである早稲田の例は少数派で、大学の公認や公開性にはこだわらず、友達づくりとクローズドな交流を中心に置く傾向がある。ただ、ここ数年に立ち上がった新しいサークルでは、「LGBT」「LGBTI」の括りのもと、人権問題としての位置づけが加わり、その活動も外向的なものが増えてきた。
 旧国立大・私大比は、母数に大きな差があることから簡単に比較できないが、継続的な活動は私大の方が多いといえる。
 学生主体のコミュニティ形成は、その課題や規模、指向性を細かく設定できることから、ユーザーにとってはコミットしやすいものである(ないものについてはないまま、という点はあるが)。また、性教育系で扱うセーファーセックスなどの問題は、同じような経験を有する同年代間の啓発の方が浸透しやすいというピア・サポートの強みがある。
 ただ、学生主体ゆえの弱みや限界性も、以下のようなかたちで存在している。

【問題点】
・ 大学が拾いきれないニーズをカバーしている一方、その「カバーする」領域もあくまで取捨選択であり、そこから更に漏れ出るものがある。
→性教育系……「どうせモテないし」「セックスなんかしないよ」、男女間の挿入セック スが前提とされる、ピア・プレッシャーの発生など
 →マイノリティ系……マイノリティの中の更なる力学、BT(I)の不可視化
・ 大学の制度改変への指向を持っても、サークルは大学の制度や規則に介入することができない。せっかく把握している学生実態を、有効に還元しきれない。
・ ピア・サポートの形態を大学側や行政側に利用/回収され、「ピアさせられる」状態が発生したり、大学側のスポークスパーソン化する可能性がある。
 →性教育系……資金源の問題。学生の「自主性」の名目のもと、業務の一部有償化によ   って大学の指揮下に配置され、不当な労働対価のもとで働かされる。シンポジウムや   懇談会の形式的民主化のために使われるなど。人的資源の搾取
 →マイノリティ系……ゲストとして招かれたりした場合、その語りを、結局万人受けす   る形態に歪められることがある。ある種のメッセージ性を担わされたり、経験を平板   化せざるをえない(伝わらないよりはマシ)という選択を迫られる。

>>A(大学の制度)に対置されたBやC(学生主体のコミュニティ)という形態の中で、B?C間での対立が起こったり、BがCへの圧力となったり、結局Aの傘下に並列させられたりという力学は常に発生している。もちろん、Aへの応答はないよりあった方がよいのだが、利用されたり、回収されたりしない「学生主体」の運動は可能なのか。
  次は、その問いに対するひとつの応答である、「立命館大学GSP」の事例について述べる。

4、 立命館大学の事例
 「立命館大学GSP」は、立命館大学で2002年に立ち上がったプロジェクト・チームである。GSPは、ジェンダーとセクシュアリティに関するピア・サポートを広く行っている。同時に、学園祭期間を中心に市民参加型の講演会・学習会・パレード等を行い、また大学の制度改変についても、大学側と直接議論する「正規の」交渉ルートを持っている。これはひとえに、立命館大学における学生自治会を基盤としていることによるものだが、その特徴と利点、課題について見ていきたい。

□立命館大学GSPの成り立ち
 立命館大学は、学生による自治組織「学友会」に全員加盟制をとっており、その費用が大学によって代理徴収されている。学友会はどの組織からも干渉を受けず、独立採算のもとに運営されている。GSPは、その学友会の中で、全学部の自治会を束ねる「全学自治会」の中の、1プロジェクト・チームとして活動している。

□設立趣旨
 「大学内には、セクハラを始めとした様々なジェンダー問題が存在している。しかし、そのためのガイドラインや相談窓口は、充分に機能しているとは言いがたい状態である。そこで立命館大学のジェンダー問題を的確に把握し、より快適な生活環境を整えるために取り組みを行っていきたい。」(GSP Newsletter01号2002年11月)として、学生生活の改善を第一義としている。その達成手段としては、アンケートによる学生実態把握・要求実現運動・意識啓発・講演会やワークショップの実施を行うことを挙げている。
 コンセプトは「大学の構成員ひとりひとりの性が尊重される快適な環境をつくる」 、「様々な視点から学生の心身の健康をサポートする」とされている。

□歴史
 2002年、文学部自治会が行う文学部学生の総会「学生大会」において、それまで「女子学生就職問題」として扱われていた課題を改め、「ジェンダー・セクシュアリティに関する課題」として議案書に盛り込む。会場では、主にハラスメントに関する学生実態アンケートがとられた。学生大会では、GID当事者の学生から、トイレや健康診断といった学生生活で困っている旨の発言が行われ、多様な性を持つ学生の存在についても目が向けられた。大会後、該当学生と、文学部自治会の有志によって、「ジェンダー・セクシュアリティ課題に取り組む班」がつくられる。その後、衣笠キャンパスの自治会執行部に向けて、課題として自治会活動方針に盛り込むための提起が進められた。
 2003年以降、文学部自治会を中心に各種イベントや方針提起が行われ、課題の重要性が認識された結果、2004年には「全学自治会」付きのプロジェクトに移行し現在に至る。

□これまでの代表的な取り組み
 【講演会】
  イダヒロユキ講演会(2003、2005)
  橋口亮輔講演会(2004)
  セクシュアル・ライツ新歓講演会(2006)
 【ワークショップ】
  異性装ワークショップ(2002)
  DVワークショップ(2003)
 【学習会】
  セーファーセックス学習会(2003?2006)
  恋愛学習会(3回連続、2005)
  労働とジェンダー学習会(3回連続、2006)
 【アンケート】
  ジェンダー・セクシュアリティに関する学生意識調査(2002年、500人)
  ジェンダー・セクシュアリティに関する学生意識調査(2005年、1000人)
 【パレード】
  学園祭レインボーパレード(2004?)
 【広報誌】
  GSP Newsletter(?vol.17)※参考資料参照
 
□その運動の特徴と到達点
「学生運動としてのジェンダー・セクシュアリティ課題」
 立命館大学の学生自治組織に基づいて、ジェンダー・セクシュアリティに関わる諸問題を、学生の人権、福利厚生にまつわる「課題」として、自治会が取り組むべき「運動」であるという位置づけを行った。GSPは「課題」を乗り越えるための調査・意識啓発・イベント等を行うほか、各学部に運動方針の提起を行っている。各学部がその方針を受け、学部ごとに提案を受けたり取り組みを行ったりすることで、全学に活動を広げることが可能となっている。すべての属性の学生に対し働きかけ、応答を受けるルートを確保している。
「制度改変への参画」
 立命館大学の学生自治会は、大学側とって「正規」の交渉相手である。大学運営の「全学協議会」システムによって、自治会は学生代表としての立場性、交渉機関としての役割が保障されている。大学に要求を行うことで、各会議体や懇談会が設定され、GSPが把握した学生ニーズを実現することが可能である。制度改変にジェンダー・セクシュアリティの視点を持ち込むことができる。
「学生とのネットワーク形成」
 各学部学生自治会とのつながりで、全学への資料配布や、アンケート実施が可能である。特に小集団授業では、代表者が学生自治会からの配布物を受け取るルートが確立しているため、ニュースレターやアンケートの配布が容易であり、回収率も高い。その逆のルートとしても、一学生が自治会にニーズを伝える方法がいくつかあり、実際の学生の声をダイレクトにつかむことができる。
「在野でのピア」
 GSPはそれ独立でニーズ把握・広報・交渉の機能を持ち、独立採算のため、その活動の手段として大学の名を借りたり、資金に依存する必要がない。制度から漏れ出る学生実態やニーズを把握し、独自のルートで問題解決や啓発を行うことができる。対等な関係性にあるため、GSP側から大学にデータを提供することはあっても、大学から利用されることがない。また、立命館大学自治会に根強かった一定の党派性のイメージを打破し、特に学園祭パレード等に見られる独自の運動スタイルを示しているため、ユーザーにとっては相談窓口としての公平性も比較的高く見える。

⇒到達点
・ 学内の全ての身体障害者用トイレにプレートが設置され、誰もが利用できるバリアフリートイレに
・性同一性障害を理由とした通名通学・健康診断への配慮等が可能に
・ 文学部におけるジェンダー系講義の充実、細分化を確認
・ 学内サポートルームの改善。カウンセラー増員、待ち時間短縮へ
・ 学内サポートルームにジェンダー・セクシュアリティー課題専任のカウンセラーを設置することを検討事項に
・ アンケート、成績通知書などの不要な性別記載欄を削除
・ ハラスメントガイドラインの改定を確認、大学との交渉へ

□活動主体の意識と継続のモチベーション
 立命館大学でなぜ、以上のような到達点を築くことができたのか。活動の主体となっているのは、5、6人程度と決して多くない。現在中心となっているメンバーに聞き取りを行い、活動に関わっている動機が以下のように判った。
 「大学に入るまでは、この世の中に『活動』、『運動』という概念があることすら知らなかった。しかしGSPの活動を見て、学生の要望が実現できるということ、権利意識の重要さを知った。問題のある現状を知ったら、変えることができる、むしろ変えねばならないという意識を学んだ。行動が伴わねばならない」(産業社会学部・3回生)
 「始めはスタッフとして、軽く関わるつもりだった。出会った頃に、『GSPはサークルじゃない、個人の居場所はない。学生のために活動することが第一義』と言われて怖いと思った。それなのに、気づいたら代表になってたという感じ(笑)。制度を変えられるということと、激しく大学と交渉しているメンバーの姿が衝撃的だった。一度この問題を知ってしまったら、あとは何もなかったふりはできない、後戻りできない道だったんだなと」(現代表・4回生)
 メンバーの多くは、GSPが持つ交渉機能と、大学との関係性に驚きを受けたと話す。また関わり始めた段階で、「自分たちの興味のある方向性だけを扱えるサークルとは違う」こと、「あくまで学生ニーズに沿って、学生生活の改善のために運動する」ことを伝えられている。そのため、必ずしも自分の興味・関心だけを反映できずに悩んだことのあるメンバーや、「ジェンダー・セクシュアリティ課題が『活動』ではなく『仕事』になっている」と感じ、苦痛を感じて脱落してしまったメンバーもいるという。「興味のあるときに来て、興味のあることをする」ことが許容されるサークルという形態に対し、「適者生存」のような厳しさがGSPの運営の特徴といえる。だがその洗礼を受けて「生き残った」学生は、多くの学習と実践の経験を積む。その主体が自らのゼミや、大学の他の場所でジェンダー・セクシュアリティへの視点を持って生活することで、環境の変化や主体の再生産が可能となっている。
 各学部から興味を持った学生がGSPに入り、そこでの経験を経て再び学部へと戻り、次の担い手を発掘するというサイクルが、少ないながらも構築されているのである。

5、 おわりに>
 今回の報告では、大学におけるジェンダー・セクシュアリティ課題の現状という視点から、まず大学側が運用するガイドラインについて概観した。優れた視点を持つ大学がある一方、ジェンダー・セクシュアリティの概念がほとんど反映されていないケースもある。また一見すると優れたガイドラインでも、性別二元論や異性愛的観点から脱却しきれない点が指摘できる。
 そういった制度から漏れ出る学生実態とニーズについて、学生が自主的に運営するグループは、性教育に携わるものと、セクシュアル・マイノリティ当事者が携わるものに二分できる。そこでは、学生のピア・サポートや多様な言説が制度側に回収される危険性と、ニーズを持ちつつそれを実現する手立てがないという限界性について述べた。  次に、それらの状況に応答する取り組みとして、立命館大学GSPの例を紹介した。GSPは、学生自治会という特殊な立ち位置によって、実際に大学制度の改変に関わり、学生の主体的運動の中に、「ジェンダー・セクシュアリティ課題」を位置づけることに成功したといえる。
 だがGSPの課題にも、次のような点がある。少数のリーダーシップに頼る「マン・パワー」的運動の側面があること。学生自治会それ自体が男性中心のホモ・ソーシャリティであり、GSPの多様な打ち出しが、学生自身の手によって内部で縮減されてしまうこと。対大学については強みを持つものの、学生に対しては、そのニーズが多様であるがゆえの漠然さ・バラエティ(良くも悪くも)を持ってしまい、主体者たち自身のアイデンティティが宙づりになる場合があること。運動の「課題」として位置づけた瞬間に、常に他の課題とのプライオリティを問われることなどである。以上の課題については、学生自治会というコミュニティが抱える問題に根ざす部分も多いことから、次の機会にまとめて考察・報告を行いたい。
 最後に、GSPが制度内と制度外を横断的に活動する形態として、立命館における従来の「学生運動」の型を打破したという役割の大きさについては付言しておきたい。

<主要参考文献>
 キャンパス・セクシュアル・ハラスメント全国ネットワークブックレット1999『ガイドラインの手引き キャンパス・セクシュアル・ハラスメント』


UP:20070629
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