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「ケアのアポリア(解決困難?な問題群」報告レジメ

第1回ケア研究会 於:立命館大学衣笠キャンパス創思館 2007/03/17
仲口 路子

last update: 20151224

★"あいまい"なケアについて考える★

報告1 レジメ           立命館大学社会学研究科 
M2 仲口 路子
「ケアのアポリア(解決困難?な問題群)」

1.ケアとは何か?
ケアの定義 あれこれ
@ケアリング関係は意識的に無意識的に人々に「よい」ものであると認識される人間の状況」〔Noddings1984=1997〕
A他者の「生」を支えようとする働きかけの総称〔三井2004:2〕
B依存的な存在である成人または子どもの身体的かつ情緒的な要求を、それが担われ、遂行される規範的・経済的・社会的枠組みのもとにおいて、満たすことに関わる行為と関係〔Daly2001:37=上野2006:21〕

ひととひとの結びつき 相互行為/作用関係 人間観を含むもの
あれはケアだ、これはケアではない、といったことはそれぞれに異なった解釈が成り立つ

2.ケアと専門性
専門家支配(professional dominance;Freidson:1970)アカウンタビリティ(説明責任)の不在
専門性の3要素;@知識・技術の体系/教育 A団体・報酬 B倫理綱領 「自律性(オートノミー)」
「尽くす」「滅私奉公」
生命倫理 インフォームドコンセント
患者の自己決定(patient autonomy)
義務/権利 社会権(憲法25条)と自由権(精神の自由19、20、21、23条 経済活動の自由22、29条 身体の自由18、31、33、36、37条
エキスパート プロフェッション マンパワー
協働 
松岡千代:「ヘルスケア領域における専門職間連携―ソーシャルワークの視点からの理論的整理―」『社会福祉学』第40−2号(通巻61号).17−38.2000.
チームワーク(細田「『チーム医療』の理念と現実 看護に生かす医療社会学からのアプローチ」)

連帯(社会分業論;Durkheim)
Cluster(ハーバード大ビジネススクール;Michael E. Porter):医療におけるクラスターは医療圏毎の特性に応じて、各医療機関、大学、行政、企業等が競争しつつも相互に協力し、連携を推進することで、シナジー効果(企業間同士の場合の多くは相乗効果のことをシナジー効果と称される。手法としてM&Aや提携など行う。経営者は、余剰の労働力・機材を出ない、新しいビジネスを始める際最初から育てなくて済む、技術・技能を所有する会社も転用し利用範囲を拡大させる事ができる、権利を互いに使える様になる、など、さまざまな効果を期待している)を生み出す状態、とされている。
医療化(メディカライゼーション)(Illich)(Peter Conrad&Joseoh W.Schneider)
規範(スタンダード)化
看護学に限っていえば、「専門性の構築」も、かなり社会の動向/ときの権力(あるいはエピステーメー?)に影響を受けている。
「医療」における「看護」の役割?
「社会」における「看護」の役割?
マニュアル化
→なぜ専門家支配が起こり、それをどうとらえるのか?

3.ケアと社会化
社会化;@「脱家族化」「外部化」←この意味において医療、教育は早くから「社会化」されている。
    A「制度化」=ケアを社会で支えていくというあり方を作る。
WeberとMarx 官僚制と専門家支配と市場原理
(企業化!に呑まれつつある?)=チャンブリスの議論;「看護師が直面する問題は、論理的な困惑ではなく政治的衝突であり、単発的な出来事ではなく反復するパターンであり、心理的な『ジレンマ』ではなく政治的衝突であり、またそれらに関して決定を下すのは最も思慮深いあるいは教養のある人ではなく、最も権力のある人である。さらに、『最も権力のある人』は次第に人間ですらなくなり、組織あるいは保健医療システム全体となってきている」にもあるように、「経営」という概念が専門性を超えることもある?

4.ケアと倫理 ケアの倫理/正義の倫理
ケアの倫理「もうひとつの声」〔Gilligan1982=1986〕
善(good)と正しさ(right)
患者の最善の利益(ベスト・インタレスト) ≠最大多数の最幸福=功利主義(Bentham)
社会連帯(社会分業論;Durkheim)  
自己責任(という言説)
一般化された他者「一定の個人が自分自身にむけられた他人の態度を取り入れる結果であり、…またかれが最終的に、他人のさまざまな特殊な態度を『一般化された他者(generalized other)』の態度としてよんでよい単一の態度あるいは立場に結晶させる結果である」〔Mead 1934=1973:98〕
話想宇宙「そしてかれら全員にたいする一般化された他者の態度をめいめいが採用してはじめて、話想宇宙(universe of discourse)は存在できるようになる」〔Mead 1934=1973:167〕
「セラピーの問題点は、公共生活のあまりにも多くの部分が、親密さという暴君のもとに支配されていくという点にあるのではない。むしろ問題なのは、経済的・官僚制的な世界の純粋に契約的な構造のあまりにも多くの部分が、個人的な生活世界のイデオロギー的なモデルになろうとしている点である」〔Bellah 1985=1991:155〕
「功利的個人主義」「表現的個人主義」と、「倫理的個人主義」〔Bellah 1985=1991:E‐F〕

5.ケアと市場
利潤追求=市場原則
民営化(privatization)

6.ケアとキュア
先端医療技術の進歩(移植、ゲノム(遺伝子)、生殖医療)
科学技術と社会技術 "art social"( Condorce 1972)すなわち差異、不平等は文明に由来するのか?社会的技術の不完全性に由来するのか?

7.ケアと公共圏/親密圏(公と私)
生活世界
反転する公共圏〔渋谷2003〕

8.ケアと政策/施策/制度(イデオロギーなども)
分配 配分
新しい権力ゲーム
〔負け〕ニューレフト;新しい社会運動
〔勝ち〕ニューライト;新保守主義(ネオコン)(社会福祉や分配の平等化などを主張し、保守反動に陥ることなく斬新的な政策をすすめる)+新自由主義(ネオリベ)(国家による管理や裁量的政策を排しできる限り市場の自由な調節に問題をゆだねようとする経済思想)+権威主義的ポピュリズム
新自由主義(Hayek、Friedman)市場原理主義(?)政府の役割後退、競争至上主義(?)(小泉内閣;「結果の平等×」「機会の平等×」「公平な競争=努力した人が報われる社会○」)
平等/不平等
Rawlsの公正・公平・正義論 無知のベール
「マイナスの究極的配置」
ハイ・モダニティ〔Giddens〕 ポストモダン〔Liotard〕
福祉国家 
Esping‐Andersenの3類型(レジーム)@リベラル型福祉国家 A保守主義型(コーポラティズム型)福祉国家 B社会民主主義型福祉国家
日本:「遅れてきた福祉国家?」「日本型福祉社会」(下方修正)
ソーシャルキャピタル
アスレイナーの信頼論;特定化信頼と普遍化信頼
山岸の信頼論;安心社会から信頼社会へ
ケアの国際分業問題
業務独占と名称独占 脱専門化論
健康信仰 Gospel of Health〔Melosh 1982〕
ヘルシズム〔Zola 1984〕(現代社会は、健康はだれもが達成するべき絶対的規範になりつつある、ということ)
研修医制度
医療保険 国民皆保険制度 診療報酬制度・自由診療制度 EBM 包括医療制度(DRG;「まるめ」2003〜) 
メディケア・メディケイド
オルタナティブ・メディスン ナラティブ・ベイスド・メディスン
健康の概念
正常・逸脱ないし異常

9.ケアと普遍(性・主義)/個別(性・主義)
自由と帰属(Ignatieffの議論;「帰属」=理解し理解されているという特殊な感情)
理系vs.文系
科学(仮説→検証)vs.経験(思考→行為)
感情性vs.合理性
間主観性vs.パターナリズム

10・ケアと自己決定
個人のエートス(性格)/パトス(激情)
共同体
生活の質(クォリティオブライフ)
ペイシェントアドボカシー
セカンドオピニオン
第三者評価
成年後見制度
→何と何を、どのように「媒介」するか?
→何と何を、どのように「配置」しなおすのか?

【事例】
 ある病棟に「かかりきり」になってしまう患者がひとり、ないし複数病棟に存在すると、当然、その他の数十人の患者には(配分上)十分な看護的かかわりの「時間」が与えられない、といった事態が想定される。
 その立場に置かれた患者の多くは、「なんか、忙しそうですね」などといって、「その理由」を聞き出そうとしたり、あるいは「いいですよ。わたしは自分でできますから。あちらの方、大変でしょう?」などといって「配慮」を示されたりする。
 しかし、なかには「それと、わたしと、どういう関係があるのですか?」とはっきり「表明」してしまう患者もいる。ようするに、その患者の主張は、「ニーズ」は「ニーズ」で平等なのであり、それがどれほどになろうとも、それをすべて公平に解決するのが、専門職であるあなた方の仕事なのでしょう、というものである。そういう主張を持つ患者は、病棟で「救命処置」が行われている最中に(繰り返しになるが、多くの患者は状況を「察して」息を潜めて見守る、という態度をとるのであるが)行く度もナースコールを押し、「もう8時なのですけど、今日の朝食はまだですか!?」と詰問したりする。駆けつけた看護師が「あのう、今、ちょっと、取り込んでおりまして…」などと言いよどむと、「はあ?配膳車、来ていますよ!」と言って、「わたしには関係がない」という点を強調する。

このような例は枚挙に暇がないが、いろいろな、これまでに挙げた「ターム」が雑駁に含まれている。このようなひとつひとつを丁寧に考えることも、ケアにとっては重要なことなのかもしれない。

*作成:仲口 路子
UP: 20090709
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