HOME > 全文掲載 >

ドナーからみた生体肝移植

ラウンデッド・セオリー・アプローチによる家族・医療者との相互作用過程の分析

一宮 茂子 200603 立命館大学大学院応用人間科学研究科修士論文

last update: 20151224

■■要約

  MS Word版(図表有)

目的:生体肝移植は健康体である臓器提供者(以下ドナーと略)の存在が不可欠である。1990年、K病院では第一例目の生体肝移植が行われた。当初、生体肝移植は生殖家族の親から子への移植が主であった。その後、K病院のドナー対象者は、血族三親等か配偶者と拡大された。その結果、ドナーと臓器受容者(以下レシピエントと略)が含まれる核家族構成員間の相互作用と、ドナーとレシピエントのどちらかまたは双方が既婚者である場合の生殖家族と定位家族との間の相互作用に、家族としての問題が複雑に浮上する場合がみられた。臨床現場の看護師としてその実態を把握しておくことは、精神的なケアにつながると考えた。よって本研究は、生体肝移植をめぐるドナー決断の意志決定過程と、術前・退院後から調査時までの期間をドナーの視点を中心に、レシピエント、核家族内、核家族間、医療者、医療一般における相互作用過程の分析を目的とする。

研究方法:研究期間は2005年7月から2005年11月である。対象者はK病院で生体肝移植ドナーとして手術を受け、術後1年以上経過した者で、現時点で6名である。データ収集は個人インタビュー法を活用した。インタビューは全ての対象者に同一研究者が行った。インタビュー内容は対象者の許可を得て録音し逐語記録を作成した。収集するデータ項目は、@移植医療を受ける決断の経緯とその時の感情、Aインフォームド・コンセントの理解、B手術前後をとおして最も苦痛であったこと、C家族支援の状況、D社会復帰後の日常生活の変化である。分析方法は、GlaserのGTAを応用した。具体的には以下のとおりである。1事例ごとにデータ産出と分析をおこない、継続的比較分析を続ける。第2レベルでは面接と分析を継続してコードのソーティングによるカテゴリーを形成する。第3レベルでカテゴリー間の関係を検討し理論的飽和が得られるまで続ける。分析した結果の厳密さの検討は、メンバーチェッキング、研究内容に詳しい指導者によるコンサルテーション、第3次研究参加者による分析のトライアンギュレーションを行う。
 研究対象者の背景は、K病院で生体肝移植ドナーになった6名であった。平均年齢は50.5歳±SD9.4歳、性別は、男性2名、女性4名であった。ドナーの平均術後経過年数は3.7年±SD1.8年であった。移植時のドナーとレシピエントの関係は、夫婦間移植が4名、核家族の生殖家族間(親から子どもへ)移植が1名、結婚して核家族となった同胞間(弟から姉へ)移植が1名であった。
本研究は京都大学大学院医学研究科・医学部医の倫理委員会によって実施が承認されている。

結果と考察:結果を概念図にすると10個のカテゴリーからなる5本の柱になった(図参照)。その柱の太さはカテゴリーの重みであり太ければ太いほど、それだけ全体の過程においてその特性を色濃く規定する要素を表現した結果である。5本の柱とは、「ドナー決断の意志決定過程」、「移植をめぐる家族間の変動」、「医療・医療者への期待と不信感」、「生体肝移植のメリットとデメリット」、「自己納得の過程」であった。
@ドナー決断の意志決定過程は、どのような手をつくしてもきりがない治療を経て残された救命は移植のみというレシピエントの生命危機状態の背景を持っていた。患者・家族は他の病院で移植の情報提供を受けていたがK病院に来院して医師より正式に移植に関する説明を受け、生きるか死ぬか、一か八か賭の心境で移植を選択していた。この時点までに家族の誰がドナーになるのか、救命したい純粋な愛情や、レシピエントのドナーになってほしいとは言えない複雑な感情など、ドナー決断の意志決定の選択を迫られている状況の中で誰がドナーになるのか、家族間の重大な問題となっていた。ドナー候補者は家族間で充分に話し合った後に決定される必要があるが、その決断の過程で苦悩するドナーの問題が浮上していた。
A移植をめぐる家族間の変動では、移植に関係する家族は一つの核家族とは限らず二つ三つの核家族が、賭としての移植をキーワードに波動していた。波動する家族関係には、移植前からすでに崩壊したり、戸惑う家族が存在した。それは家族の絆の強弱の表面化により家族の潜在能力が強くなったり、もともと持っていた弱さが強調されて出現していた。その家族の問題は、K病院ではなく前の病院で治療を受けていた時点から派生し、K病院来院時から退院するまで、さらに退院後からインタビュー時点まで何年も家族に影響を及ぼす問題として存在していた。
B患者・家族にとって生体肝移植は、「賭としての移植」であり、医療・医療者には期待をもって臨んでいた。患者・家族の言う「賭としての移植」は、その言葉通りに移植が成功するか否かは賭であった。しかし、賭は希望でもあり期待でもある。それだけ大きな希望や期待があるが故に一つ間違えば医療・医療者に対する不信感となって表れていた。患者・家族は賭をしてまで、大きな手術である生体肝移植に臨んでいるが故に、彼らのセンシティビティーは非常に高くなっていた。しかし、患者・家族の期待とは裏腹にコミュニケーション不全による医療・医療者への不信感は、全てのカテゴリーに関係して影響を及ぼしていた。
C生体肝移植後のメリットとデメリットは次のように言い換えられた。移植をして得たものは職場・同僚といった周囲の支援であり、体力を回復して社会復帰を果たしレシピエントを救命して元の生活ができる喜びであり、癌の再発を恐れながらも現時点のことを考え不安をもちつつ生きるという人生観の変化などがあった。移植後にみられる難儀な術後は、胆汁漏や再手術という術後の経過に苦悩し、レシピエントの死亡や原疾患の再発といった精神的苦痛や経済的負担があった。   
D自己納得の過程は、ドナーのこころの奥底に潜んで横たわり他の柱を含めた概念図全体に影響を与えていた。ドナーの語りのなかで「納得」という言葉はしばしばみられた。それはドナー決断の意志決定過程や、移植をめぐる家族間の変動、医療・医療者への期待と不信感、生体肝移植後のメリットとデメリットのカテゴリー間に見え隠れして存在していた。ドナーの自己納得の過程はレシピエントの命の期限が宣告された時からインタビュー調査を終えた時点まで何年も継続して存在していた。 
柱である@・A・B・Cは複雑に絡んで結節し相互作用を及ぼしていた。Dはドナー自身の心の奥底に潜んで存在し@ABCの柱全体に影響を与えていた。

結論と展望:賭としての移植と、誰がドナーになるのか、というコアカテゴリーは、生体ドナーがいないと成り立たない生体肝移植の特徴を浮き彫りにしていた。生体肝移植という医療はまさに家族の問題として大きくクローズアップされ、家族抜きでは考えられない医療であった。患者・家族は最後の賭として移植医療があると情報を得た時点から、移植医療が抱える複雑な問題に巻き込まれ、家族間に潜在していた多くの問題が波動する余震となっていた。
 誰がドナーになるのか、現状ではその決断に際してどこにも相談窓口はなく、その家族自体に任されていた。家族間の問題を家族間で解決しなければならず、その苦悩は計り知れない。ここに移植を取り巻く核家族間のダイナミズムがみられ、核家族間の問題が表面化する糸口があった。本来なら移植情報を得た時点から、賭としての移植を決断するまでの過程で、相談できる窓口が必要であった。
 医療・医療者に対する不信感は、主にコミュニケーション不全から発生していて、移植医療を勧めた前病院の時点から、生体肝移植手術を受けてK病院を退院してインタビュー時点まで見受けられた。レシピエントが死亡した場合には、その原因に納得できずインタビュー時点まで医療者に対する不信感を引きずっていた。ここでは賭としての移植を決断した患者・家族の心情を十分理解したうえで患者・家族が理解できるまで何度でもきめ細やかな気配りのある説明を行うことが重要であった。つまりインフォームド・コンセントは臨床現場のどの場面でも、回数を問わず必要であった。
 生体肝移植は、ドナーとレシピエントの核家族を巻き込み、家族間に潜在化していた問題をより複雑にして、医学的諸問題、倫理的問題、社会的問題を浮き彫りする医療であった。そして、患者・家族に対して特に精神的なケアが必要とされている移植医療は、移植コーディネーター、リエゾン精神科医、ソーシャルワーカーなど、多職種のサポートが必要とされていた。
 移植コーディネーターにとって患者・家族の相談は、重要な業務の一つであるが、膨大な業務を少人数で対応している彼らに手厚い人的支援を望みたい。外来に移植相談窓口(仮称)を設置していつでも気楽に相談できる場の提供と、この窓口にも移植コーディネーターの存在が必要と考える。


■■引用・参照文献

1)田中紘一:生体肝移植の確立と普及,日本医師会雑誌,第129卷,第1号,P65-70,2003.
2)日本肝移植研究会 ドナー調査委員会:生体肝移植ドナーに関する調査報告書,2005.3. http://jlts.umin.ac.jp/donor-survey-full.pdf,2006.1.31.
3)一宮茂子:生体肝移植ドナーの心の葛藤(第2報)〜夫のドナーとなった妻の心理〜,第4回京都府看護研究発表会集録,P9-12,2000.
4)一宮茂子:小児の生体部分肝移植におけるドナーおよびその配偶者としての両親の意識,Journal of Japanese Nursing Research, Vol.8,No1,P9-17,1999.
5)中井葉子,山本真由美,佐藤靖子ほか:成人の生体肝移植患者における心理過程の分析〜夫婦間での移植を通じて〜,日本看護研究学会雑誌,Vol.22,No3,P124,1999.
6)山本真由美,中井葉子,佐藤靖子ほか:成人の生体肝移植患者における心理過程の分析〜親子間での移植を通じて〜,日本看護研究学会雑誌,Vol.22,No3,P125,1999.
7)一宮茂子:生体肝移植ドナーの心の葛藤(第1報)〜妹のドナーとなった姉の心理〜,第30回日本看護学会集録(成人看護T),P40-42,1999.
8)一宮茂子:生体肝移植ドナーの心の葛藤(第3報)〜母親のドナーとなった娘の心理〜,平成11年度近畿地区看護研究学会集録,P125-128,2000.
9)Sigeko Ichinomiya:Mental discord of a donor of living related liver transplantation,Fours International Nursing Research Conference, P165,2001.
10)S.Raia.,j.Roberto Nery., et al:Liver transplantation from live donors, Lancet,26:497,1989.
11)京都新聞:脳死と臓器移植の医療人類学,2004.8.29.
12)Margaret Lock,坂川雅子訳:脳死と臓器移植の医療人類学,P2-22,2004.
13)田中紘一,加藤大典,上本伸二ほか:肝移植,OPE nursing,V0l.6,No.7,P616-623,1991.
14)猪俣裕紀洋,林道廣,上田幹子ほか:生体部分肝移植の治療成績,外科治療,
Vol.82,No.2,2000.
15)大久保貴生,高山忠利,幕内雅敏:生体肝移植の手術手技 ドナー:臨床看護,第26卷,第14号,P2195,2000.
16)京都大学医学部附属病院移植外科・臓器移植医療部:肝臓移植のためのガイドブク,P4-25,2004.http://www.kuhp.kyoto-u.ac.jp/~transplant/ 2006.1.31.
17)後藤正治著:生体肝移植〜京大チームの挑戦〜,岩波新書,P33-P37,2002.
18)河野洋平,河野太郎著:決断〜河野父子の生体肝移植〜,朝日新聞社,P178-179,2004.
19)田中紘一,小沢和恵:生体肝移植をめぐる問題点,医学のあゆみ,164(6),P491-494,1993.
20)清水哲也,田尻孝,秋丸琥甫ほか:生体肝移植の術後管理と合併症,J Nippon Med Sch,70(6), P525,2003.
21)武藤香織:『家族愛』の名のもとに〜生体肝移植と家族〜,家族社会学研究,第14巻,第2号,P133,2003.
22)Park K.,1998,"Emotionally related donation and donor swapping, "Transplantation Proceedings,30:3117.
23)田中紘一,間中大,田野龍介ほか:生体肝移植の現況,外科診療,7(51),P895-901,1992.
24)読売新聞:国内初 生体肝移植提供者が死亡,2003.5.5.
25)読売新聞:臓器提供者〜追跡調査で負担明らかに 明らかな拡大に否定的意見も〜,
2004.9.29.
26)木内哲也,田中紘一:成人生体肝移植のあゆみと展望,BIO Clinica,14(3),P233-238,1999.
27)野間俊一:肝移植に伴う精神医学的問題,臨床精神医学講座,S7卷,総合診療における精神医学,中山書店,P308-315,2000.
28)京都大学医学部附属病院アニュアルレポート作成委員会:京都大学医学部附属病院アニュアルレポート,P102-103,2006.
29)森岡清美,望月嵩著:新しい家族社会学,倍風館,P2-12,1997.
30)日本移植学会倫理指針,2003.10.28.改定,http://www.asas.or.jp/jst/news/ethicalguide02.htm,2006.1.31.
31)京都新聞:京大の生体肝移植,手術後の生存率87%,1993.4.13.
32)京都新聞:10年目医療として定着,1999.9.10.
33)京都新聞:移植は脳死と生体が両論,2005.2.24.
34)一宮茂子,平井美紀:生体肝移植ドナーのメンタルケアを含めたクリティカルパスの有効性,第4回日本クリニカルパス学会学術集会抄録集,P363,Vol5,No.2,2003.
35)Shigeko Ichinomiya,Chiharu Akazawa:The Effects of Critical Pathways for LRLT Donors on Their Psychosocial Problems and Satisfaction, Fifth International Nursing Research Conerence.P44,2004.8.
36)田中紘一,井ノ本琢也,上田幹子ほか:小児肝移植,外科診療,8号(19),P959-966,1993.
37)Glaser,B.G.: Basics of grounded theory analysis. The Sociology Press,
Mill Valley,1992.
38)木下康仁著:グラウンデッド・セオリー・アプローチの実践【質的研究への誘い】構文堂,2004.
39)B.G.グレイザー,A.L.ストラウス著(後藤隆,大出春江,水野節夫訳):データ対話型理論の発見,2006.
40)山崎浩司,木原雅子,木原正博:地方A県女子高校生のコンドーム不使用に関する相互作用プロセスの研究,日本エイズ学会誌,第7巻,第2号,P121-130,2005.
41)グレッグ美鈴,池内敏子,池西悦子ほか:臨床看護師のキャリア発達構造,岐阜県立看護大学紀要,第3卷1号,P1-7,2003.
42)Anselm Strauss,Juliet Corbin著(操華子,森岡崇訳):質的研究の基礎,第2版,医学書院,2004.
43)Fujita M, Slingsby BT, Akabayashi A :Three patterns of voluntary consent in the case of adult-to-adult living related liver transplantation in Japan, Transplantation Proceeding,2004.
44)三毛美予子著:自活再生にむけての支援と支援インフラ開発〜グラウンデッド・セオリー・アプローチに基づく退院援助のモデル化の試み,相川書房,2003.
45)田中紘一監修:臓器移植看護の現在,看護技術,Vol.51,No.12,メヂカルフレン社,2005.
46)瀬畠克之:質的研究に問われるもの〜科学的研究としての背景と課題〜,保険の科学,第47卷,第5号,P353-360,2005.
47)D.F.ポーリット,B.P.ハングラー:質的データの分析,看護研究 原理と方法,P266-281,医学書院,1994.
48)グレイザーBG,ストラウスAL著(後藤隆ほか訳):データ対話型理論の発見 調査者からいかに理論をうみだすか,東京,新曜社,1996.
49)清水哲也,田尻孝,秋丸琥甫ほか:生体肝移植の術後管理と合併症,J Nippon Med Sch,70(6), P525,2003.Journal Website,http;//www.nms.ac.jp/jnms/,2006.1.31.
50)是永美恵子著:生体肝移植を受けて〜癌告知から八四〇日の闘い,光文社新書,2003.


UP:20070426
肝移植/生体肝移植  ◇一宮 茂子  ◇Archive  ◇生存学創成拠点
TOP HOME (http://www.arsvi.com)