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フーベルト・ザウパー監督による映画『ダーウィンの悪夢』について

吉田 昌夫 2006年10月6日

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last update: 20170824


  この映画について、何しろ舞台が私の農村調査地の基地として使っているタンザニアのムワンザ市なので、私はダーウィンならぬ「ザウパーの悪夢」にずっと悩まされています。どうみてもこの映画は、現地事情を良く知らないザウパーが、コンゴについて作成した映画が当たったことに気をよくして、何かセンセーショナルな映画でもう1度当てたい、とビクトリア湖に70年前に入れた外来魚「ナイルパーチ」がシクリッド種の小魚を食べたため、その種が減ってしまっているという科学者の報告と、最近のナイルパーチ輸出が空輸で行なわれ、ムワンザ空港が東ヨーロッパからアンゴラに武器を空輸していた時の給油地であったことと、アフリカ人の貧困の状態とを結びつけ、ストーリーを作ったとしか思えません。ドキュメンタリー映画とはいえ、シナリオにあった場面のみ現地で隠し撮りしたものとなっています。タンザニアでは、この映画の内容を聞いた人々は怒っており、私がムワンザでこの8月に使っていた運転手も、住民によるこの映画に抗議するデモがあったといっていました。住民はとくにナイルパーチの肉は欧米やアジアに輸出されるが、住民には頭の部分と骨についた肉の部分しか与えられていない、と描かれていることに、また腐った部分しか食べられないとされていることに、特に誇りを傷つけられ、腐った部分を食べたら病気になることぐらい我々は知っている、と怒っていました。また映画で出てきたタンザニア人とされている者にケニア人やウガンダ人が使われており、「やらせ」ではないか、という疑惑も出ています。(私がタンザニア訪問中に見たDaily News紙, 8月24日付け)

  映画では、はっきりいわないまでも、「みせかけ」で想像させてしまう手法が多く使われています。ナイルパーチ加工工場は多国籍企業であるような「思わせぶり」が出ますが、多国籍企業はこの分野にはかかわりなく、加工工場はみな現地資本(アジア人系がほとんど)なのです(解説チラシに書いている環境学者はこの点を完全にまちがえてしまっています)。ナイルパーチのおかげで住民が食べる魚がみな食われてしまったような感じを与えていますが、住民が好きなティラピアはどんどん漁獲されており、農村の食べ物屋でも必ず食べられます。またウクライナの飛行機から戦車が下ろされるシーンがありますが、これは明らかにアンゴラのシーンです。タンザニアが大湖地域の武器配布拠点になっているという事実はなく、この点がタンザニア政府がもっとも神経を尖らしている点です。

  映画に出てくる売春婦、子供がプラスチックを燃やして麻薬のように吸っているシーン、非衛生的な環境などは、タンザニアが貧しい国であることを象徴するような事柄ですが、ナイルパーチがその元凶であるように描かれると、「ちょっとまてよ、これはアフリカの一般的な現実なのではないのか」、と感じてしまいます。ナイルパーチ産業が雇用を促進していることも確かで、直接的な雇用として4000人、間接的な雇用として50,000人(ムワンザ市の人口は50万人、上述のDaily News紙による)をつくり出しています。映画のチラシには 「ナイルパーチを悪者にするだけでは解決しない」と書いてありますが、ナイルパーチがいまやタンザニアでは金に次ぎ、価格の下がったコーヒーよりも多い第2の輸出額があること(2002年の額。ウガンダでもコーヒーとほぼ同額の第2位)から見ても、貧困を除去することは簡単ではなく、これを何とか除去しようとしているアフリカ政府と住民の努力を、この映画のような形で問題視するのは残念です。
  表現の自由を尊重したい立場から、今まであまり発言しませんでしたが、日本上映をひかえて、以上の点に十分注意をしていただきたいと思い、寄稿いたしました。


  *アフリカ日本協議会のメーリングリスト掲載


UP:20061006 REV: 20170824
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