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(論点)

川口 有美子 2006/04/08 『毎日新聞』2006/04/08朝刊

last update: 20151224

  筋萎縮性側索硬化症(ALS)の母がいる。ALSは運動神経が侵され身体が動かなくなり、最終的には呼吸筋の麻痺に至る難病中の難病だ。でも人工呼吸器を利用すれば、長く生きることができる。だから11年前、躊躇する母に呼吸器を勧めた。
  患者数は全国に約6700名(03年)。うち3割弱が呼吸器を付けて生きる道を選ぶ。無念のうちに亡くなる人も2割ほどいるという。
  機械の管理や気管吸引、患者が意思伝達に使う文字盤の読み取り等に、つきっきりの介護が必要だ。訪問診療してくれる医師がいなかったり、介護保障のない地域では家族だけで患者を支え、何とか生かそうとぎりぎりまで努力する。だが患者が先に諦めてしまう。これ以上家族に苦労させられないと。
  さて、そのような人たちの視点から、射水市民病院の「事件」を見てみよう。
  例えば、家族の同意があれば治療停止は許されるように言われている。だが、家族はまず医師に助言を求めるから、結局は医師の人生観に左右されることになる。もし医師が「脳死だ」「無意味な延命だ」などと言えば、家族は動転して治療を諦めてしまうかもしれない。その上、在院日数短縮や介護負担が家族に圧力をかける。
  では、本人が望むなら治療は停止できるのか。だが、直接死に至る治療停止は、自殺幇助や安楽死との境界が曖昧だ。海外ではALSの治療停止もあるが、それは社会に患者の尊厳を最後まで支える基盤がないからだ。昨年出会ったイギリス人医師は、悲しげに「自分の国には呼吸器装着者の在宅療養に対応できるケアも保障もない」と語った。
  自らの意思を文章(リビングウィル)にすることが勧められているようだが、いざとなれば命を惜しむ人がいる。死なないで!と泣きつかれれば、その人のためにまだ頑張りたいと思い直す患者もいるだろう。呼吸が苦しくなってまだ生きたいと本音が出るALSの人もいる。だがリビングウィルによって、緊急時の意思撤回は確実に難しくなる。意識混濁時の患者の判断能力には疑問があるから、聞き入れないという医師は少なくない。臨死の本音より建前の文章が尊ばれ、医師は救命しなくても免責になる。
  医療施設には倫理委員会やガイドラインが必要だとも言われるが、院内の人間関係が問題だ。今回の呼吸器外しでも、外科部長の決定に他の医師は誰も意見ができず、発覚が遅れたようだ。また病院や国のルールには異を唱えにくいし、複数の医師の合意があれば、安楽死も体よく許されてしまう恐れがある。
  このように終末期の治療を巡っては多くの論点や明らかにすべき事実があるが、早急にルール作りをという粗雑な発言が目立つように思う。医療も介護もろくに受けられない人がいるのに、どうして死なせるルールを先に考えるのだろうか。死ではなく生命を尊厳あるものとして考えることが必要だ。


UP 20060429
安楽死・尊厳死  ◇安楽死・尊厳死 2006  ◇ALS  ◇川口 有美子
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