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〈『自閉症裁判―レッサーパンダ帽男の罪と罰』で考える〉

四十物和雄
〈映画や本で考える〉【注:「社会臨床雑誌第13巻第3号」2006,3所収】

last update: 20151224

 この間、『セックスボランティア』(河合香織 新潮社)、『こんな夜更けにバナナかよ』(渡辺一史 北海道新聞社)などの読書感想文が、富山の障害者・支援者間において、論議を賑あわせています。後者はともかく前者については読んでいません)。そのことに刺激を受けて、私も日頃(といっても、たいした事が出きている訳ではありませんが)問題にしている「心神喪失者等医療観察法」をはじめとした「精神障害者」関係の問題で、最近注目すべき本『自閉症裁判―レッサーパンダ帽男の罪と罰』(佐藤幹夫著 洋泉社 2005年刊)を読んだので、その紹介を投稿した次第です。性格が「生真面目(?)」なせいか、長文で面白くも何もありませんが、ご容赦の程を!

 皆さんは「レッサーパンダ帽男の事件(浅草事件)」を覚えていますか?

 2001年4月、東京・浅草で19歳の女性が、レッサーパンダ帽を被った男性に「殺害」された、として報道された事件の事を覚えていらっしゃるでしょうか?当時は大変騒がれた事件でした。しかし今そのことに関心どころか、言われて初めて「そういえば、そんな事があったっけ!」という人が大半だろうと思います。
 本書『自閉症裁判』は、元養護学校教師の著者が、この事件を起こした「自閉症青年」を被告とした長期裁判を中軸にして、多面的な角度から取材を重ねて書かれた重大な問題提起の書です。問題が今までほとんど社会に提起されてこなかった事ばかりなので、その全てにわたって紹介する事はできません。私の印象深かった点を中心に、以下紹介して行きたいと思います。

 「自閉症」とは何か?彼ら・彼女らの抱えている社会的問題は?

 最近、TVなどで「自閉症児・者」を取り上げたドラマがありましたね。私などは「へそ曲がり」だから、ほとんどそういうものは見ません。最後は、みんな(親しい人)が「自閉症者」の事を理解して「ハッピーエンド」で終る、という筋書きが透けて見えている、いいかえれば、傍観者である自分に対して痛みを感じさせることの少ない、厳しい現状の肯定でしかない!という理由からです。
 結局の所、「理解」が社会的な問題につながっていかないのです。学校を卒業した後、彼ら・彼女らを待っているものは一体何なのでしょうか?そのことに答えようとした番組があったら教えて欲しいくらいです。
 著者の佐藤さんがこの本で問題にしているのは、(1)おそらくは「殺意」がなかったと思われる被告が、何故、女性を死に至らしめたのか?(2)何が彼を犯行当時の状態(ホームレス仲間にも入れないほど孤立して、飲み食いにも困る放浪状態)に追い込んでいったのか?(3)そのことに対して、家族・教師・福祉関係者・社会はどう答えればよいのか?ということです。これらの問いは、佐藤さん自らの教師体験から来る、「自閉症」をはじめ「障害」を有している子供たちに対する自責の念から出てきたことに間違いありません。この問いに対して、私は障害者との「自らの関わりの狭さ」と「想像力のなさ(自分の関わって来た人からしか問題を考えない傾向)」を痛感せざるを得ませんでした。
 著者は公判傍聴の取材を通して、被告の取調べ調書、公判での検事・弁護士・裁判官との答弁のやり取りの中に、「自閉症」「障害」に対する無理解・偏見を明らかにする事によって、被告のような「障害者」「自閉症者」の人格を強力に切り捨ててきた過程やあり様を浮き彫りにしようとしています(同時に、被告の「最後の人権擁護の砦」とならねばならない裁判制度が、如何に正反対の役割を果たしているのかについても問題にしているのですが、それは後述します)。「共に生きるためには、どのように被告のような人たちを理解していけばよいのか」という角度からの「自閉症」論を展開しているのです。
 その一端を紹介します。

「『なぜ顔を上げないのか』と男は問い詰められた」(第7章)より

 まず、本書7章から引用します。

・・・男にはいくつかの著しい特徴があった。そのひとつは・・・顔を上げない、視線を合わせようとしないという点であった。これはおよそ徹底していた。・・・男は一度だけ、若い検察官より激しく問い詰められた事があった。・・・「顔を上げられますか」と(検察官が)言うと、男がほんの一瞬だけ顔を上げた。
検察官「もっとあげれませんか」
被告人「できないです」
検察官「なぜ上げられないのですか」
被告人「・・・・・」
検察官「顔を上げて、裁判官の方を向いて答えるべきではないのですか」
被告人「・・・・・」
・・・・
検察官「なぜOさん(被害者)に対して申し訳ないと思っているのですか」
被告人「やっぱり自分としては、やっぱり・・・ああいうことになってしまって、なんというか・・・・」検察官「Oさんを殺してしまって申し訳ないということですか
被告人「はい」
検察官「それでは、あなたとしてはどうするべきだといま思っていますか」
被告人「自分としては・・・・」
検察官「まず顔を上げてしゃべる事じゃないですか」
被告人「・・・・・」
・・・・・・男はこれ以降、証言する時も被告席に座っているときにも、顔を上げることはなかった。 
(以上 pp. 91〜93)

 このやり取りをどう思われるでしょうか?
 おそらく、「自閉症」の人たちとの付き合いの深くない人(かく言う私もそうですが)は、被告人のしぐさを理解できないばかりか、被害者の立場に身を寄せて、イライラし、段々腹立たしくなっていくのではないか、と思うのです。
 著者は、このしぐさの原因について、(1)男が幼少の時からイジメられ,カラカワレて、苦痛に耐え忍んで顔を上げると「文句あるんか!」と因縁をつけられるような事が続いてきた結果のせいであること、(2)「自閉症」の大きな特徴である「知覚受容の大きな偏り」があること、をあげます。

「自閉症」の人々の特徴として

 まず、著者は、知覚受容の偏りに着目しています。
 著者はその実例として、「私たちに聞えない飛行機の音に驚き、蒼くなって教室に駆け込んでいく子」「電動カンナの音がダメで木工室に入る事が出来ない子」―音に対する著しい偏り。また、「換気扇が好きで、絵を描かせると必ず細部まで漏らさず書く子」「散歩から帰ると、通り道にあった自動販売機を全て記憶して、帰って来てからその一つ一つを書き始める子」―視覚における偏り。「味覚の過敏な子は激しい偏食となって、一つ一つ具材を確かめないと口にしない」などを挙げています。
 このことについて著者は以下のような説明をしています(pp. 94〜97)。

 私たちは通常、いま、こうして「周囲の光景を目にし」、「周囲の音を聞き」、心も身体も安定を保っている。それを不思議とは感じずにいる。安定を保ちながらここに「いる」ことが出来るのは、もともと私たちに備わった身体の能力のせいではない。視覚も聴覚も、味覚や臭覚その他の知覚の全てが、生れ落ちてから長い時間をかけて、人との関わりをとおして身に備えてきたものであり、それが出来たからこそ何の不安も覚えずに、ここに「いる」ことができるのである。・・・言い換えるなら精神発達のプロセスの中で次第に分化してきたものであり、文化的な所産である。そして自閉性障害を持つ人たちに見られる知覚の極端な偏りは、人と関わる弱さからもたらされたものである・・・・。
 自閉症の人々に特徴的な「知覚の偏り」がもたらすものは、不安と緊張、そして時には大きな混乱である。私たちは知覚の過半を同時に「意味」として捉えなおしている。・・・そして意味を通してその知覚情報を「価値」づけ、世界をかたちづくっている・・・。たとえば、今こうして文字を書き進める私にとって、もっとも大事な視覚情報はパソコンと資料である。本箱の本も視覚には入っているが、いまの私には必要とされないものであり、後景に退いている。のどが渇き、水分を摂りたいと考えていると、今度は机の脇にあるコーヒーが前景に現れてくる。刺激の束をそのように捉えなおすことによって、私の「世界」は安定(秩序化)を得ている。聴覚の情報が・・・なにか分からないとき、必ず確かめようとする。確かめることによって、不安を解消することができる。確かめるとはすなわち「意味化」である。しかし彼らにあってはそうではない。おそらくは意味以前の「原初的」情報が優先されている。だからこそ(「意味」不在=他者との共有する「世界」が不在であるため)絶えず不安定で、わずかの変化でさらに安定が脅かされることになる。・・・
 この不安が高くなったとき彼らは混乱する。初めての場所や初めての体験に激しい緊張を示し、その不安と緊張が限界を超えたときパニックを示すのはそれゆえである。男が絵を描かせると驚くほど巧みだったということは、これまで多くの証人が述べていた。・・・おそらくその視知覚は・・・それこそチラリと目を向けただけで、相当のものを見て取ってしまうという特性が推測される。・・・しかし逆に」このことは、顔を上げて正視し続けることは、男に大きな不安と苦痛、場合によっては混乱をもたらす要因となる。
 最初にあげた生活史的要因(蔑視と排斥を受け続けた事)と、この視覚作用の独特のありかたが相乗的にはたらき、顔を上げない、目を合わせない、という男の特徴がつくられてきた。そのように推測されるのである。

 以上、非常に長い引用ですみませんでした。
 「自閉症」の人たちと日頃生活をともにしていない人にとっては、およそ考えもつかない考察だのではないでしょうか?これと類似した事は、ほかの「精神病」者・「知的障害者」の世界でも存在します。このような彼らの特徴を分からず、あるいは分かろうともせずに、「自分たちから見て変な奴」「分からない奴」として無関心であったり、避けたり、からかったり、排除したりしてきたことが、当該の人々が生きていくうえで如何に困難な事態を引き起こしてきたのか(!)を、想像する事が出来るのではないでしょうか。
 以下、男(被告人)の特徴として、既述した(1)近く受容の偏りに加えて、(2)共感性を欠いた応答、(3)「他者の視点(他者から見た自己の把握)」の欠落、(4)人に対する共感性の欠如や抽象的な理解力の弱さと、アンバランスな社会的行動スキル(技能力=単純作業を続けるなどの)、(5)一般的な意味が具体的な事物につながらないことがあること(今回の事件に関して言えば、「危険な刃物」と「包丁」が男においてつながっていなかった可能性が非常に高いこと)、(6)(4)のアンバランスさのために、他の諸点がつい見逃されてきたのではないのか?ということを挙げています。
 著者は特に(5)(6)の点において「盲点だった」と反省しています。その結果、「浅草事件」のもっとも大きな不運と不幸、すなわち包丁などの凶器を持ち歩くことの反社会性を、被告人は学ぶ機会がなかったのではないのか!と、総括しているのです。

「自閉症」「障害」を正しく理解するための「翻訳」作業を放棄した司法

 「浅草事件」の裁判においては、「自閉症」など多くの「発達障害」が無視されたまま起訴され、有罪となり、刑務所に送られていることへの異議を問題意識とした弁護活動が行われました。
   従来の刑事責任能力を争点としたのでは対応できない、訴訟能力・生活史全般の問題や彼らに対する処遇のありかたを視野に入れた情状鑑定を重視した弁護方針がたてられました。
 この点について著者は次のようなたとえ話で問題の中心を浮き彫りにしています。

 ある国に出向き、言葉がうまく通じないまま取調べが始まり、やがて法廷に連れ出され、理解のできないまま審理が進んでいく。このとき、通訳をつけて欲しいという要求が当然出されるはずですが、その要求者が被告人で殺人という重大事件だったならば、この要求はどのように受け取られるだろうか?まして動機もよく分からない「通り魔的犯行」としてしか受け取られないケースの場合、通訳をつけてくれ、という当然の要求を社会感情はすぐさま受け入れるだろうか?(註1)しかし、法廷はわが身を守る最後の場であり、そこにおいては法理を尽くした審理が為されるべきではないのか!(p313)

 裁判所は弁護側の提出した問題提起に対してことごとく無視し、男を「凶悪な通り魔犯」として、「無期懲役判決」を下しました(2004年11月26日)。弁護団は「発達障害のリーディングケースともなる判決を放棄してしまった。これでは、発達障害の人にはどんな取調べをしても良い、虚為自白でも何でもいいから調書を取って起訴する、そしてとにかく刑務所に入れておけば良い、というものになっている」と激しく批判しました。「結局、被告を社会から永久に排除せよ、ということに尽きる」(大石弁護士)。「私たち弁護人は、この裁判の場が反省と責任を被告人に自覚させ、感銘させる教育的更生の場であると考えて」来たが「本人に問題を分からせたい、現実を語らせたい、理解させたい」ということにこだわり過ぎた。「たとえ無理でも、警察のストーリーと食い違う証拠をドンドン出していけば、また違った展開になっていたはずである」(副島弁護士)。
 このような弁護団の激しい抗議の背景には、次のような事実がある、というのです(p. 240)。
 年間の新受刑者二万五千人中、IQ49以下の人が千人以上、これに測定不能の人が千人(ここには自ら測定を拒否している人もいるだろうから、割り引く必要があるのだが)二千人に近い「知的障害者」が受刑者となっているらしいのです。IQ(註2)という数値がはっきりと現れる人でさえ、このような数字がでているのに、「自閉症・発達障害」というまだ刑事手続きの中で認められていない「障害者」が、相当数いるだろう事が容易に推測されるのです。
 彼らが手を染めるのは、ほとんど(約80%)が詐欺罪(無銭飲食・無賃乗車)と窃盗罪(置き引き・自転車盗)という微罪です。ここにあるのは、福祉の支援からこぼれ、家族も離散したり、家出したりして、食うことに困り追い込まれた挙句の愚行、刑務所を出所しても引受人がない、戻る場所もない、雇ってくれる所もない、ホームレス以下の暮らしを強いられる中で、再び同様の行為をして刑務所に戻っていく、というパターンです。
 ここから伺われる事は、「知的障害」を持つ人たちが、事実関係をうまく語ることの出来ないまま自白供述を取られ、裁判にかけられ、訳も分からず刑務所に送られていく、という現実であるということでしょう。
 すなわち、これまでの福祉が対象としてきた人々は、しっかりとした家族があるか、一定程度の経済力を有しているか、「支援に値する人」であるか、そのいずれかでしかなかったのではないのか?「触法」の網にかかってしまった人たちは福祉の手を差し伸べられず、またその実態が隠蔽されてきたし、教師たちの多くもまた、教え子が卒業後にどんな半生を歩むことになるのか、ほとんど関心を向けてこなかった、という問題があるのです。
 こういう現状のままでは「浅草事件」の様な痛ましい事件が今後もつくり出される可能性が高いといわざるを得ません。取調べがビデオ収録・テープ収録などによって可視化されること、あるいはその段階で弁護人あるいは事情をよく知る福祉関係者などの立会いを認めること、出所後の福祉支援を制度化すること、このいずれかでも果たされるなら、事態は変るのではないのか!その問題提起の場としてあった裁判において、東京地裁はことごとくそれらを無視したのです。
 著者は弁護団の思いと共有する自らの教師体験を踏まえて、以上の思いを、強く訴えています。
 同様のことは「精神病」者・ろう者(註3)にも当てはまります。彼らの直面している「世界」をわたしたちが理解できてこなかったし、しようともしてこなかったこと。彼らとのコミュニケーション自体が中々成立しない事。そのことを「通奏低音」とした、差別・偏見、さらには福祉制度からの排除。ほとんど著者の告発した問題が、彼らとの間にも問われているように思えます(註3)
 私には、ナチスの迫害によって難民となることを余儀なくされた人々の「声なき声」を「代表」して、ハンナ・アーレント(ドイツの政治哲学者)が強く訴えた「人権の難問は、それが最も必要とされる限界状況で拒否されてきた。人権を実現できるのは、国家や民族によって人権の保障をあらかじめ実質的に約束されている人々だけである、という矛盾!」「『人類に属することが価値であること』。それをもって、人権を現実的に保障する関係を築き上げることが出来るのか否か?」(註4)という問いかけと同様のことが、前記の問題において問われているのではないのか、と受け止めました。「優生思想」との対決、そしてその廃絶を訴えてきた障害者運動には、このような重い課題があるように思うのです。

「しっかりと被害者と向き合う事が真の障害者支援」

 実は、この本の最大の特徴は、「しっかりと被害者に向き合うことが真の障害者支援。また逆に被害者への支援は、加害者への憎しみを煽る様なことではいけない」(p132)という姿勢を貫いた取材記録の記述にこそあるのです。
 「被害者の両親の苦しみ・無念さ・怒りに向き合うことを避けては、真に根付いた『障害者支援』にはならない。そうやってなされたことだけが、5年・10年後の被害者にとって力となっていくのではないのか?そう願いたい」(p133)。
 そのように述べる著者に対して、私は何よりも共感を抱いて、この本を買ったのでした。

 以下、「わたくしごと」を述べさせてもらいます。
 大阪教育大学付属池田小殺傷事件(2001年6月)以来、「心神喪失者等医療観察法」反対闘争=保安処分反対闘争に関わってきましたが、DV(ドメスティックバイオレンス)に抗って女性の権利を守ろうとしているひとから「こんな法律が出来るといいのでは」という衝撃的な意見を聞きました。勿論そこには、池田小T被疑者(当時)を通してしか(それもマスメディアの一方的な情報による)「精神障害者」を認識していない、という問題点があります。しかし、「被害者」の苦しみ・怒り・悲しみ・生活についてどこまで考えた上で「加害者支援」を行っているんだ?という強烈な批判がそこにはあったのです。
 私自身は精神病院での暴行事件で亡くした知人の民事訴訟支援をおこなってきましたが、実際の所、加害者(支援)と被害者(支援)との対立的関係について、深く考えてきたわけではありませんでした。しかし、考えれば考えるほど事は重大な問題であると分かってきました。社会の支配的考えとは逆の「命の選別」をおこなっている自分に気付いてきたのです。たしかにマイノリティの側に軸足を置くにせよ、どちらの方にも苦しい過酷な現実があることを無視はできないことに気付いたのです。
 「医療観察法」の反対運動の中で、息子さんの心神喪失時に連れ合いを殺され、本人も重傷を負ったにもかかわらず、息子さんを切り捨てずに支えながら運動に参加されている女性を知ることが出来ました(ほとんどのケースでは家族は加害者を切り捨てているらしい)。連れ合いを殺され自分も傷ついた被害者として、現在も「また刃物で傷つけられないかという恐怖」で苦しみながら、しかし加害者の母として「息子の犯した罪と共に向き合おう」とする姿勢に深く心を揺り動かされたのでした。       
 彼女は「通院していた精神病院側が、息子の『クライシスコール』に気付いた私の訴えを無視した『医療過誤』が前記事件問題の核心」だといいます。しかし、現状の法律上(民法)においては、彼女の主張は「その時点の医療水準において『触法行為(註6)の予期―予防可能性』が認められない」状況下で、無視されてきました。しかし同様の事態はほとんどの「精神病」者とその家族が直面してきている事なのです。そのことに対して、少なくとも表立って「精神医学・医療の危機」として受け止めてこなかったと思われるこれまでの医療関係者や、また、その点を課題としてこなかったと思われる「精神病」者の運動(と支援運動)に対して、彼女は反省を迫っているように、私には思えました。
 彼女は統計上の問題などではなく、「病者の(『クライシスコール』を受け止めることを真剣に考えてこなかった状況において)犯罪は怖い」といい、「そこを見つめない運動は非現実的で、病者自身にとってもよいことではない」と率直に述べています。
 確かに、犯罪防止を医療(のみ)に求めている点で、私の考え(註7)とは異なります。下手をすれば「医療観察法」に取り込まれる可能性もあります。ただ、今まで医療によって何が出来て何が出来ないのか(短期的範囲においてさえ、「病状」から危機の予見を出来ない医療とは一体何のためにあるのか?身近にいる人のSOSを受け止めようとしない専門化主導の医療とは何なのか?を指摘していたのだと思うのです)を、明らかにする努力がなされてきたといえないこと。それは医療上においても、患者運動の多くにおいても、「触法者」としての苦悩や「罪責感」を結果的に放置してきた危機でもあること(註8)。このことはいわゆる「当事者」にのみ「病」という形で責任を課してきた事態の、新自由主義政策による「社会(的連帯性)」の急速な喪失(そのことの無自覚、今日強調されているバラバラな個人関係=競争関係を賛美する「自己決定・自己責任」思想の普遍化)、それと一体となった「厄介な人・事」の国家=専門家への依存=従属関係の強化が進行している今日、しっかりと直視しなければならない問題でしょう。そのことについて正面から考えている発言や文章の如何に少ないことか!
 この問題提起に重みを与えているのは、彼女と息子さんの生が、お互いの間における愛情とすれ違いを常に伴いながら、共に「不条理な触法行為なるもの」に否応なく直面させられ、言い知れぬ苦悩を背負いながら生きることを科せられている現実だろうと思います。いいかえれば、加害と被害という現実の緊張関係と向き合わざるを得ない生(註8)が、〈私(たち)に無責任である事〉を許さない力を秘めているからに他なりません。その点において、私に今までの自らの無知と傲慢さを突きつけ揺さぶる彼女の問いに対して、いつまでも向き合っていかねばならないものです。おそらくは「氷山の一角」であると思われる事実、しかし現実の強力な重力によって水中奥深く沈められ続けられてきた事実を、「忘却と隠蔽の穴」に抗って明らかにしてきている彼女(親子)は、私にとって「貴重なひと」なのです。私は著者の「架橋の試み」と、以上述べた「わたくしごと」を重ね合わせて共感を抱いたのです。

 しかし、「架橋の試み」は手探りの状態から開始されたばかりです。本書の記述にも、その重苦しさが出ています。最愛の子を「何の理由もなく失ったこと」に対する「不条理」「苦悩」「空白感」「怒り」はとてつもなく重いものであることが伝わってきます。とにかく粘り強く取材を続けた著者と、それに応えながら亡くなった子と必死の対話を続ける被害者両親の姿には、心を打たれます。私(たち)はどう向き合えばよいのでしょうか!?

 更に、事件被告の妹の「被害者」としての生活史を浮き彫りにした箇所があります。このことを通して、一つの事件として惹起したことのなかに、非常に多くの人たちのドラマが隠されていることを、改めて私たちに知らせてくれます。
 彼女は、被告の母が亡くなってから、金遣いの荒い父親(彼も軽い知的障害者で、社会的ルールを身に付けていなかった)と、兄(被告)の放浪と警察沙汰の繰り返しで、自分の癌の治療費まで使い込まれ、病を押しての働き詰めの生活を余儀なくされていました。彼女は「これまで生きていて、楽しかったことは一つもない」と後に語っていたそうです。
 「浅草事件」によって、札幌の福祉支援組織「自立舎」が彼女の深刻な心身・生活の状態に気付き、支援に動いてくれたお陰で、やっとのことで福祉制度の恩恵を受ける事が出来たのでした。そして多くの支援者による(自立舎のリーダー格の岩淵氏が被告支援より妹支援を決断した結果)「短い余命(癌が脳に既に転移していた)を楽しいことをして暮らそう」との支援により、病院の制止を振り切って、地域での生活を開始し、半年以上も生き延びることが出来たそうです。
 著者は、彼女が事件の直前、青森刑務所を出所した直後に電話をかけてきた兄に対して「二度と帰って来るな!兄ちゃんなんか死んでしまえ!」と初めて怒りをぶつけたことが事件を起こしたのではないかとの悔いの念をもっていたらしいこと、と同時に、被害者のM子さんの犠牲があって、いつ召されても不思議ではなかった自分が、これ以上ない優しさと充実の中で生きていくことが出来たことに感謝し続けていたらしいことを著者は最後のページで明記しています。

 著者は、最後に本書を「二度とあのような痛ましい事件が起こらないことを最大の願いとして・・・若くして人生を終えた二人(被害者M子さんと加害者の妹)の御霊に捧げ」ています。
 この辺りは私にも違和感が少しはあります。ここは著者との問題意識の違いでしょう。「加害者」自身の無自覚であるが故の「不幸な事件」を強調し、そのことに対する社会の責任を如何に果たしていくのか?という著者の当初の問題意識からすれば、安易過ぎるような気がします。
 しかし被害者と向き合うのが真の障害者支援、という彼の思いを表現している所として好意的に解釈すれば、今後の私たちの試みのアプローチの差異として肯定的に理解しておきたいと思います。この試みは、多くの人の共感を呼にふさわしいものでない限り実を結びません。それがなければなりません。私にとってこういう重い問題を投げかけた本書を広く、多くの人が読んでくださることを期待して、紹介を終えたいと思います。
 (あいもの・かずお 富山市在住)


〈註〉
(1)「浅草事件」の1審は要求を無視しました
(2)私の共感する考えは「自閉症者・知的障害者・精神障害者・身体障害者・健常者などそれぞれの人たち特有の『賢さの形』がある」(ウェンディ・ローソン−下記(4)参照)というものです。そういう立場からは「健常者」(専門家)の一方的な「賢さの形」を押し付けて裁断する「心理テスト」(「知能検査」はその典型)は否定しなければならないものです。しかしながら、訴訟能力−受刑能力(更生能力)についてほとんど問われてこなかった結果として、知的障害者・発達障害者の「再犯の繰り返し」が為されている状況を考えるならば、そのようなことがなくなるようにかれらの刑事責任の自覚と社会的バックアップを促す意味で、上記能力の再考が必要です。その一つのきっかけとして、既存の司法―行刑制度の中において「知的障害」を表すほどんど唯一の指標IQを逆用して、刑事罰の無効性を関係機関に訴えていくことが必要かと思います。
(3)ろう者の定義については、木村晴美+市田泰弘「ろう文化宣言―言語的少数者としてのろう者」(『ろう文化』所収 青土社 1996)参照。聴覚障害者(中途・難聴者含む問題)については、上農正剛『たったひとりのクレオール──聴覚障害児教育における言語論と障害認識』(ポット出版2003)参照)。
(4)「統合教育」という形で、障害児・者が求めてきた運動、その中で勝ち取られてきた成果については、私は積極的に連帯・評価する立場です。その上で、前述のような当該障害者とのコミュニケーションが自然のままにおいては成立せず、いつの間にか彼らを排除していく過程を、私はこの事件を契機にして問題にしなければならないように思いました。彼らのそもそもおかれている世界が健常者のおかれている世界と異なる事、いいかえれば、私たちが陥ってきた健常者」の世界受容・世界認識を「当たり前のもの」として、当該障害者の独特の世界を無視・否定してきたこと、および、そのこと自体に無自覚であった事が問われているのではないでしょうか?上記(3)の文献や、「自閉症者」自身の自伝(ドナ・ウィリアムズ『自閉症だったわたしへ』新潮文庫、ウェンディ・ローソン『私の障害、私の個性』花風社)、そして本書で問いかけられている事は、見せかけの「統合」の中で、障害の否定―排除が進行している事にいかに無自覚であるのか?を問いかけている事だろうと思います。「せめぎあう共生」という立場から、「統合教育」を超えようとしている実践においても、この課題が突きつけられているようです。言語的・社会的コミュニケーションの成り立たないところ、成り立たせようとする努力のないところにおいて、「せめぎあい」も「共生」も成立できません。「ごちゃごちゃ居れば相互理解が自然に出来る」という前提が問われているのです。
(5)ハンナ・アーレント『全体主義の起原』(大島通義+大島かおり訳 みすず書房 原書1951) 第2巻「帝国主義」第5章〈国民国家の没落と人権の終焉〉2 人権のアポリア 参照。
(6)正確には「心神喪失」で不起訴または無罪が確定した人は「触法者」ではありません。刑事的責任はない事をしっかりと踏まえたうえで、倫理的責任・人間的責任=罪(この辺りの考えは、ドイツの哲学者カール・ヤスパースの『戦争の罪を問う』 (平凡社ライブラリー、原書1946)を借用しています)としてはどうなのか?を問題にしています。私の強引な解釈=改釈によれば、自己自身の行為にかかわる倫理的責任も「倫理的自由主体」が前提にされる以上、ないと思うのです。問題は「人間的責任」ということです。ヤスパースは他の責任とは異なった「加害個人」の事後努力では回復できない修復不能な傷を感じ悔いる〈罪意識〉を形而上的責任とよび、個々の生が取り返しのつかない一回性を有していることの自覚において発生・深化されていくものとしています。かれは「人と人との絶対的連帯性が十分に出来ていないこと」を責任の対象としているので、私は「人間的責任=罪」と名付け直しました。      
「他の人間が殺された今もなお私が生きながらえているという場合には、私がまだ生きているという事が私の罪なのだという事を私に知らせる声がこころのうちに聞こえる」という彼の言葉はそのような思いを抱いたり、感じ入った人全てが、その責任をになうような生を生きていくことを意味するはずです。このような境地で考えていくならば、「目には目を」「歯には歯を」という刑罰思想を超えて、「復讐ではない共通の正義」「復讐の連鎖を断つ」方向性を持つ事にもなるように思うのです。
それでいう考えに揺さぶられている私にとって、人間的責任をになうべきだし、彼女の一連の問題提起は、私を含めた多くの人をそのような「罪意識」に導いていくものでありうると思います。
(7)私は「精神病」(あるいは抗精神病薬の副作用)による「心神喪失」状態による「触法行為」は不可抗力であって、刑事的責任が問えないとする刑法第39条は近代刑法の根幹を成しているものとして擁護しています(この考えについて、「精神病」者を社会の一員と見ない差別的思想である、という批判的な異論は、一時的な急性的「病的状態」に於ける主体性喪失状態を軽視している点において、依然として近代的な主体が全てを決定できるとする人間観にとらわれています。何よりも多くの彼らの置かれている惨状をみていません)。問題は、「精神病」には「完全治癒」はなく「寛解」(病状が安定している事)しかない、という精神医学・医療の常識=治療ニヒリズムを隠蔽しつつ、「触法者」の個人的治癒に解決をゆだねていることにある、と思っています。これは「治らない人」を「治す」という矛盾した論理であり、行き着く先は、強制力と人体実験による当事者個人に対する「隔離=監視という治療」しかあり得ないことにあるのです。
そうではなくて、「治らない」ということと「触法行為」を結び付けない形での解決、それは多くの場合、相談できる仲間・安心できる仲間の存在であり、安心して病状悪化が出来る関係づくりしかない、と私には思えるのです。そのヒントは「浦河べてるの家」の営みにあるように思います。「べてるの家」に関してはいろいろな資料が出ています。一つ挙げるとすれば、『べてるの家の「当事者研究」』(医学書院 2005)
だから、私は彼女の抱えているケースのように「触法行為の原因を病院の側に求める事が困難な場合」でも、その解決を精神医学・医療の「進歩」にのみ持っていくのではなく、患者自身による「病」に対する自主的認識(誤解を恐れずに言えば、プラスにもマイナスにもありのままに向き合うこと、その既存の意味を反転させる営みを探ること)を相互に深め合う仲間作りに求めていく方向−支えあう関係を作り出して行きたいと思います。
(8)当事関係者以外に少数ではあれ、彼らへの不当なレッテル張りと刑罰・処遇に抗して、加害者との交流―支援を続けている人がいます。「触法」時において「心神喪失」状態であったとしても、その後、取り返しのない事態を招いたことで深く傷付き、動転し、更には生死と隣り合わせの状態にいるほとんどの「加害者」に対して、その危機的状態を支える事(医療保障、弁護活動、親近者の支えetc)は火急の課題のはずです。ところが現行法(更には2005年7月から施行された「医療観察法」)下においては、人権保護規定が明記されていなくて、上記の支援活動が非常に困難な状況にあります。
また本書の被告人のように刑事的責任のみならず、人権をはじめとした社会的正義の意味の理解自体を身に付けられなかった人に対する保護規定も存在しないところでの支援活動も大変なものがあると思われます。
こういう状況下では「正義の回復」とは名ばかりの「復讐のための処遇―法的決定」(冤罪を含む)が当たり前のようにまかり通り、社会はそのことに無関心という加坦をしてきている現状に目を向けなければなりません。
ほとんど社会的に孤立している人たちの存在そのものが、私に罪意識を存在させます(註6 参照)。彼らのために、そして社会的連帯性の回復のために(それは私の救済につながっています)、今熱心に上記の活動を行っている人々と連携しながら、私の出来うる何らかの支援活動をして継続して行きたいと思っています。


UP: 20060904
◇四十物和雄 
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