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ドナーからみた生体肝移植
――グラウンデッド・セオリー・アプローチによる家族・医療者との相互作用過程の分析
(要旨と図)

一宮 茂子 2006 『立命館大学大学院応用人間科学研究科修士論文』


■目的:生体肝移植は健康体である臓器提供者(以下ドナーと略)の存在が不可欠である。1990年、A病院では第一例目の生体肝移植が行われた。当初、生体肝移植は生殖家族の親から子への移植が主であった。その後、A病院のドナー対象者は、血族は三親等、姻族は配偶者と拡大された。その結果、ドナーと臓器受容者(以下レシピエントと略)が含まれる核家族構成員間の相互作用と、ドナーとレシピエントのどちらかまたは双方が既婚者である場合の生殖家族と定位家族との間の相互作用に、家族としての問題が複雑に浮上する場合がみられた。臨床現場の看護師としてその実態を把握しておくことは、精神的なケアにつながると考えた。よって本研究は、生体肝移植をめぐるドナー決断の意志決定過程と、術前・退院後から調査時点までの期間をドナーの視点を中心に、レシピエント、核家族内、核家族間、医療者、医療一般における相互作用過程の分析を目的とする。

■研究方法:研究期間は2005年7月から2005年11月であった。対象者はA病院で生体肝移植ドナーとして手術を受け、術後1年以上経過した者で、現時点で6名であった。データ収集は個人インタビュー法を活用した。インタビューは全ての対象者に同一研究者が行った。インタビュー内容は対象者の許可を得て録音し逐語記録を作成した。収集するデータ項目は、@移植医療を受ける決断の経緯とその時の感情、Aインフォームド・コンセントの理解状況、B手術前後をとおして最も苦痛であったこと、C家族支援の状況、D社会復帰後の日常生活の変化であった。分析方法は、GlaserのGTAを応用した。具体的には以下のとおりである。1事例ごとにデータ産出と分析をおこない、継続的比較分析を続ける。第2レベルでは面接と分析を継続してコードのソーティングによるカテゴリーを形成する。第3レベルでカテゴリー間の関係を検討し理論的飽和が得られるまで続ける。分析した結果の厳密さの検討は、メンバーチェッキング、研究内容に詳しい指導者によるコンサルテーション、第3次研究参加者による分析のトライアンギュレーションを行う。
 対象者の平均年齢は50.5歳±SD9.4歳、性別は、男性2名、女性4名であった。また、平均術後経過年数は3.7年±SD1.8年であった。移植時のドナーとレシピエントの関係は、夫婦間移植が4名、核家族の生殖家族間(親から子どもへ)移植が1名、結婚して核家族となった同胞間(弟から姉へ)移植が1名であった。なお、本研究は今後も事例数を増やして継続する予定である。
 本研究は京都大学大学院医学研究科・医学部医の倫理委員会によって実施が承認されている。

 ■結果と考察:結果を概念図にすると10個のカテゴリーからなる5個のコアカテゴリーになった。ここでは5個のコアカテゴリーを5本の柱として図示した(図参照)。その柱の太さはコアカテゴリーの重みであり太ければ太いほど、それだけ全体の過程においてその特性を色濃く規定する要素を表現した結果である。5本の柱とは、『ドナー決断の意志決定過程』、『移植をめぐる家族間の変動』、『医療・医療者への期待と不信感』、『生体肝移植のベネフィットとリスク』、『自己納得の過程』であった。
 @『ドナー決断の意志決定過程』は、どのような手をつくしてもきりがない治療を経て残された救命は移植のみというレシピエントの生命危機状態の背景を持っていた。患者・家族は他の病院で移植の情報提供を受けていたがA病院に来院して医師より正式に移植に関する説明を受け、生きるか死ぬか、一か八か賭の心境で移植を選択していた。この時点までに家族の誰がドナーになるのか、救命したい純粋な愛情や、レシピエントのドナーになってほしいとは言えない複雑な感情など、ドナー決断の意志決定の選択を迫られている状況の中で誰がドナーになるのか、家族間の重大な問題となっていた。ドナー候補者は家族間で充分に話し合った後に決定される必要があるが、その決断の過程で苦悩するドナーの問題が浮上していた。
 A『移植をめぐる家族間の変動』では、移植に関係する家族は一つの核家族とは限らず二つ三つの核家族が、賭としての移植をキーワードに波動していた。波動する家族関係には、移植前からすでに崩壊したり、戸惑う家族が存在した。それは家族の絆の強弱の表面化により家族の潜在能力が強くなったり、もともと持っていた弱さが強調されて出現していた。その家族の問題は、A病院ではなく前の病院で治療を受けていた時点から派生し、A病院来院時から退院するまで、さらに退院後からインタビュー時点まで何年も家族に影響を及ぼす問題として存在していた。
 B『医療・医療者への期待と不信感』では、患者・家族にとって生体肝移植は「賭としての移植」であり、医療・医療者には期待をもって臨んでいた。患者・家族の言う「賭としての移植」は、その言葉通りに移植が成功するか否かは賭であった。しかし、賭は希望でもあり期待でもある。それだけ大きな希望や期待があるが故に一つ間違えば医療・医療者に対する不信感となって表れていた。患者・家族は賭をしてまで、大きな手術である生体肝移植に臨んでいるが故に、彼らのセンシティビティーは非常に高くなっていた。しかし、患者・家族の期待とは裏腹に説明不足やコミュニケーション不全による医療・医療者への不信感は、全てのカテゴリーに関係して影響を及ぼしていた。
 C『生体肝移植後のベネフィットとリスク』は次のように言い換えられた。ベネフィットは「移植をして得たもの」として、レシピエントを救命して元の生活ができる喜びであり、職場・同僚といった周囲の支援であり、体力を回復して社会復帰を果たし、癌の再発を恐れながらも現時点のことを考え不安をもちつつ生きるという人生観の変化などがあった。移植後にみられるリスクは「難儀な術後」として、胆汁漏や再手術という術後の経過に苦悩し、レシピエントの死亡や原疾患の再発といった精神的苦痛や経済的負担があった。   
 D『自己納得の過程』は生体肝移植ドナーに限ったことではなく、例えば障害をもった子を産むかどうかにも見られるが、ここではドナーのこころの奥底に潜んで横たわり他の柱を含めた概念図全体に影響を与えていた。ドナーの語りのなかで「納得」という言葉はしばしばみられた。それは『ドナー決断の意志決定過程』、『移植をめぐる家族間の変動』、『医療・医療者への期待と不信感』、『生体肝移植のベネフィットとリスク』のコアカテゴリー間に見え隠れして存在していた。ドナーの自己納得の過程はレシピエントの命の期限が宣告された時からインタビュー調査を終えた時点まで何年も継続して存在していた。 
 柱である@・A・B・Cは複雑に絡んで結節し相互作用を及ぼしていた。Dはドナー自身の心の奥底に潜んで存在し@ABCの柱全体に影響を与えていた。

■結論と展望:「賭としての移植」と、「誰がドナーになるのか」、というカテゴリーは、生体ドナーがいないと成り立たない生体肝移植の特徴を浮き彫りにしていた。生体肝移植という医療はまさに家族の問題として大きくクローズアップされ、家族抜きでは考えられない医療であった。患者・家族は最後の賭として移植医療があると情報を得た時点から、移植医療が抱える複雑な問題に巻き込まれ、家族間に潜在していた多くの問題が波動する余震となっていた。
 「誰がドナーになるのか」、現状ではその決断に際してどこにも相談窓口はなく、その家族自体に任されていた。家族間の問題を家族間で解決しなければならず、その苦悩は計り知れない。ここに移植を取り巻く核家族間のダイナミズムがみられ、核家族間の問題が表面化する糸口があった。本来なら移植情報を得た時点から、賭としての移植を決断するまでの過程で、相談できる窓口が必要であった。
 医療・医療者に対する不信感は、主にコミュニケーション不全から発生していて、移植医療を勧めた前病院の時点から、生体肝移植手術を受けてA病院を退院してインタビュー時点まで見受けられた。レシピエントが死亡した場合には、その原因に納得できずインタビュー時点まで医療者に対する不信感を引きずっていた。ここでは「賭としての移植」を決断した患者・家族の心情を十分理解したうえで患者・家族が理解できるまで何度でもきめ細やかな気配りのある説明を行うことが重要であった。つまりインフォームド・コンセントは臨床現場のどの場面でも、回数を問わず必要であった。
 生体肝移植は、ドナーとレシピエントの核家族を巻き込み、家族間に潜在化していた問題をより複雑にして、医学的諸問題、倫理的問題、社会的問題を浮き彫りする医療であった。そして、患者・家族に対して特に精神的なケアが必要とされている移植医療は、移植コーディネーター、リエゾン精神科医、ソーシャルワーカーなど、多職種のサポートが必要とされていた。
 移植コーディネーターにとって患者・家族の相談は、重要な業務の一つであるが、膨大な業務を少人数で対応している彼らに手厚い人的支援を望みたい。例えば外来に移植相談窓口(仮称)などを設置していつでも気楽に相談できる場の提供と、この窓口にも移植コーディネーターの存在が必要と考える。





*作成:一宮 茂子
UP: 20080608 REV:20090206
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