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命に役目役割を課す

舩後 靖彦 2005/08



T、夏に考える

  筋萎縮性側索硬化症患者となってからの話なので、お恥ずかしい限りなのだが、夏によく僕は命について考える。勿論僕なりにではあるので、焦点等無くボヤーっとしたものであるのだが、今年も夏が来たのでまとめられるかはわからないが、試しに命に関わる事を書こうと思う。稚拙な部分、或いは重い部分や思い違い等もあるが、もし宜しければお付き合い下さい。

U、命をつなぐ

  夏ほど命について考える時は無い。終戦・広島・長崎・沖縄…そして僕の場合には2002年8月8日もある。この日に僕は、人口呼吸器を僕の喉の穴につなげた。つまり、…命をつなげたと言う訳だ。その日、僕より状態の良い隣りのベッドの患者さんが、突然の呼吸不全で危篤になられた。元々人口呼吸器による延命を希望なさっておられなかった方で、その時既に死期は間近にあられたとは思うが、それは突然として来た。ご家族の「お父さん!お父さん!」との、叫びとも言える嗚咽だけが、消毒薬臭い古びた病棟にこだましていた。暫くしてから医師が、僕の枕元に来て「あなたもそろそろだね」と独り言のように呟いた。実は自分でも判っていた。死が間近にある事を。その頃の僕はと言うと、医師には痩せ我慢をして告げてはいなかったが、“止まぬ頭痛とまるで貧血の時のような暗視状態”に、暫し苦しめられていた。死を意識するには、それで充分だった。そして僕は、僕より状態の良い隣りのベッドの患者さんの窮状を目の当たりにして、医師に至急の呼吸器装着を依頼した。その頃の僕には「ピアサポートをしたい!」と言う願いとも言える生き甲斐が芽生えつつあり、死ぬわけにはいかなかったからだ。すると何と、事すなわち装着は5分で済んだ。人口呼吸器が作動し始めると僕の喉につないだジャバラ管より、空気が肺めがけてドクドクと流れ込んで来た。その途端、まさしくその途端、あの僕を苦しめていた“止まぬ頭痛とまるで貧血の時のような暗視状態”は、嘘のように消えていた。ドクドクなんて形容は珍妙に聞こえるかもしれないが、僕にとっては命の塊が体内に浸透して行くようで、空気が肺に満たされ行く感触が、まるでドクドクと唸りうねり入って行くように感じたのだ。まあ、今思えば幻覚だったとも想うが…。とにもかくにも僕は、その時命を明日へとつなげたわけだ。

V、笑う

  ところで、あまにりにもあっさりと命をつなげた僕は、形容し難い不思議な喜びに包まれて、いつまでもいつまでも笑い続けていた。その時の気持ちを無理矢理にでも言えば、彷徨い続けた人生迷路からある日突然として抜け出せた時の喜び…。はたまた、予期せぬ時に新たなる行くべき道を手に入れた時の喜び…。いや、世の中の全ての幸せが凝縮した物を得たような喜びと言った気持ちだ。と同時に、極端だが命をつなげる“現代医療技術及び機器”に、そしてそれ等すなわち技術と機器を、患者の負担無く使える“日本の福祉制度”に感謝を捧げていた。そんな諸々の気持ちが混在して、笑わずにはいられなかったのだ。

W、今思う

  今思う。今と言う世の中に於いて命を守ると言う事はたやすい事なのかもしれない。“飲んだら運転しない”“暴飲暴食を慎む”、そんなささやかな事で多くの命は守られる。でもそれは、平和な世の中あってこそで、もしここが戦時下の広島・長崎・沖縄ならば、生きる事は許されないで“落ち葉の如く焼かれる”か“虫の如く潰され果てる”。何かあっても平和であれば5分で救える命も、戦争が為に紙屑以下か?平和であれば救える命はいくらでもある筈だ。平和であれば亡くさずにすむ命が殆んどだ。でも戦争があれば、つないだ命はおろか全ての命に危機が迫る。あまりに不条理ではないか!…だが待てよ、僕が一人ここで叫んでどうになる?

X、つないだ命持つ者として

  サラリーマン時代の僕は、日常に追われ命について考える余裕等無かった。だからと思い切って自分の時間が使える今、書いてはみたものの戦争に触れた途端「自分の課せられた役目役割から逸脱しているのでは?」との疑問に襲われた。と同時に、“反戦も大事だが、今は自分の役目役割を伝えたい”との気持ちに襲われた。役目役割と言っても何も“ある朝雷鳴と共に啓示を受けた”等と言う神がかったもの等残念ながら一切無くて、ただ単に“筋萎縮性側索硬化症発症者として、後から発症なさられた方達のお役に立ちたい”と言う自分で自分に課したものだ。そしてその具体的活動として“ピアサポートとしての私の詩や俳句の配信”を、“つないだ命持つ者の務め”として、時には“僭越だ”とのお叱りに耐えながらも地味に続けている。正直“くだらない”との評価を受けやしないかとの、不安との闘いの連続だ。でもその不安に負けて配信に躊躇等したら、“つないだ命持つ者としての役目役割”つまり“ピアサポート”が果たせない。だから書く!…等と、命に関わる事を、夏が故止め処もなく書いてみた。お付き合いありがとうございました。

Y、附録

『俳句』
お題:【課す】
♪暑に耐える命が如く役目持つ

【Silk】


UP:20050813
舩後 靖彦  ◇ALS  ◇全文掲載  ◇全文掲載(著者名50音順)
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