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知的障害のある人に対する参政権の保障

村田拓司
『医療福祉相談ガイド』追録第59号 pp.5117-5122 (中央法規出版)



第5部 知的障害
第3章 権利擁護と行政・計画策定への参画
1 権利擁護

 知的障害のある人に対する参政権の保障

 問 知的障害のある人は,選挙に参加できるのでしょうか。できるとしたら,参加を促すのにどのような方法があるでしょうか。

 答 ここでは,1で,知的障害のある人と関連づけながら,選挙権を含む参政権の意義とその保障について,2で,知的障害のある人の選挙参加における課題とその促進に向けた取り組みについて紹介します。
1 知的障害のある人に選挙権は保障されるか?
 選挙権は,参政権の代表的なものです。まずは,参政権の意義と保障を概観し,ついで,選挙権についてみることにしましょう。
 (1) 参政権とは
 民主主義の社会において,国や地域の現在と将来のあり方を最終的に決定することができるのは,そこに生活する国民・住民自らであり(国民主権),国民・住民は,自らが選んだ代表者を通じて国や地域の政治に参加します。そのための権利が参政権です。この権利は,人間なら当然に保障されるべき基本的人権を,政治参加を通して確保していく重要な権利です。
 (2) 我が国における参政権保障
 日本国憲法は,前文で,「日本国民は,正当に選挙された…代表者を通じて行動し,…主権が国民に存することを宣言」すると明記しています。さらに,「公務員を選定し,及びこれを罷免することは,国民固有の権利」(第15条第1項)であるとし,国会議員(第43条第1項,第44条),地方公共団体の長,その議会の議員等(第93条第2項)の選挙権,最高裁判所裁判官の国民審査権(第79条第2項)のほか,地方特別法住民投票権(第95条),憲法改正国民投票権(第96条)なども保障しています。また,地方自治法には,地方公共団体の住民が選挙権者の一定数の連署によって直接に政治参加の意思を表明する手段として,条例の制定改廃,事務監査,議会解散,議員・長等の解職の4種の直接請求権が規定されています(同法第74条〜第88条)。
 (3) 知的障害のある人にも参政権は保障されるか?
 憲法は,「国民は,すべての基本的人権の享有を妨げられない」(第11条)とし,「すべて国民は,法の下に平等で(あり),人種(等を例示して,それら)により,政治的…関係において,差別されない」(第14条第1項。なお( )内は筆者)と明記して,不合理な差別を禁止しています。その「国民」には,知的障害のある人も含まれますから,憲法の保障する参政権は,知的障害のある人にも当然に保障されなければならないと言えます。
 さらに,憲法は,「公務員の選挙については,成年者による普通選挙を保障」(第15条第3項)しています。普通選挙とは,性別,教育,財産などで選挙権が制限されない選挙のことで,憲法は,国会議員の選挙人資格を法定するにあたり,性別等で差別してはならないと明記しています(第44条ただし書き)。このことから,憲法は,「成年者」という年齢による制限を除いて,誰にでも参加しうる普通選挙を保障し,「知的障害」のみを理由に選挙権を制限していないことを示しています。
 (4) 選挙人資格と欠格条項
 選挙権は,「公務員を選定」することを通じて政治参加を保障する「権利」であるとともに,選挙人団の一員として公務員を選定する「公務」としての側面もあるとされています(1)。その結果,公務を果たしうる適格性という観点から,公職選挙法上,選挙権が行使できない事由として,受刑者(執行猶予者を除く),選挙犯罪による受刑者等を列挙し(同法第11条),その中に,成年被後見人も挙げられています(同条第1項第1号)。
 成年被後見人とは,「精神上の障害により事理を弁識する能力(いわゆる判断能力=筆者注)を欠く常況にある者」に,本人,配偶者その他一定の人の請求に基づいて,家庭裁判所により後見開始の審判がなされたものをいいます(民法第7条・第8条)。成年後見制度(5111頁参照)は,「『自己決定の尊重』と『本人保護』の養成を調和させることにより,一人ひとりの多様な判断能力及び保護の必要性の程度に応じた,柔軟で利用しやすい制度(2)」として,民法上,知的障害などで判断能力を欠く人の保護を目指したものでしたが,皮肉なことに,公職選挙法により,そうした人の選挙権行使の機会を一律に奪ってしまうことになるのです。これは,前述のように,選挙権が純然たる人権でなく,選挙人の地位に基づく「公務」の性質を併有するからだとされています(3)。
 確かに,選挙の意味の理解や候補者選択もままならない場合は,選挙権の行使が非常に困難なことが予想されますが,成年被後見人になると必ず選挙権行使ができないとする,いわゆる欠格条項は,自己決定の尊重,障害による差別の禁止の趨勢にそぐわないばかりか,個人の尊重を大原則とする憲法(第13条)に反する可能性が高いと言えます。それゆえ,成年被後見人の欠格条項を廃して,知的障害のある本人の選択意思の確認が可能な限り,婚姻など身分行為が本人意思に委ねられているのと同様に,本人の選挙権行使の機会を認めるべきでしょう。
 2 知的障害のある人の選挙参加における課題とその促進に向けた取り組み
 人々は,選挙管理委員会から来る投票所入場券やテレビなどの報道を通して,選挙のあることを知ります。選挙期間中は,街中の選挙ポスター,政見放送,選挙公報などで候補者選択のための情報を得ます。そして,原則として,投票所に行って,投票用紙に意中の候補者名や政党名を書いて投票箱に入れます。しかし,知的障害のある人の中には,選挙や投票そのものの意味,選挙公報や政見放送における難しい用語や漢字が理解できなかったり,投票用紙に候補者名等が書けなかったりする人がいます。時には,訓練すれば筆記できることに乗じて,家族や施設職員が知的障害のある本人に特定の候補者への投票を指示する選挙違反事件も起こっています。
 このような課題の多い中で,知的障害のある人の選挙参加の促進に向けた取り組み事例を紹介しましょう。
 (1) どのようにして選挙の意味を理解してもらうか
 滋賀県石部町にある,あざみ・もみじ寮では,寮生(当時平均45歳)の社会参加に向けての取り組みの一環として,「主権者」としての権利意識を確立し,そのための学習を行い,情報を提供していくことが位置づけられ,社会科教室が始められました。そこでは,ニュースの発表と憲法を柱に学習が行われました。その際の最大の留意点は,寮生が自ら考えるようにすることでした。
 この学習を通して,はじめて自主的に何人かが投票に行ったほか,例えば,はじめは「めがねをかけた人だから,投票した」というような状態でしたが,「びわこをきれいにしてくれる人を選ぶ」というように変化してきました(詳しくは,橋本佳博・玉村公二彦「障害をもつ人たちの憲法学習−施設での社会科教室の試み」かもがわ出版 1997を参照)。
 (2) どのようにして選挙情報を伝えるか
 東京都国立市にある知的障害者施設,滝乃川学園では,1974(昭和49)年より学園生の選挙参加を支援する取り組みを進めています。例えば,2003(平成15)年4月の国立市議選では,候補者らの合同の演説会(公職選挙法第161条の2,第162条)を開催して,まず,施設職員が市議会の役割を話し,続いて,候補者らが学園生に理解してもらえるよう,試行錯誤しながら話しかけるということを行いました。
 この取り組みは,知的障害のある学園生に選挙の意味を理解してもらうとともに,難解な選挙公報によってではなく,候補者らが学園生の理解しやすい言葉で語りかけることや,実物の候補者やその代理人の持参した顔写真により候補者選択がしやすくなることを目指しています。さらに,同学園では,選挙前日に,選管の協力を得て,本番に似せた投票箱と投票用紙を作って,模擬投票による練習をしました。これは,投票を間違えないようにするためだけでなく,投票所での緊張を和らげるためでもありました(「NHK 福祉ネットワーク 2003年5月19日投票のバリアフリー」,NHK,URL: http://www.nhk.or.jp/fnet/arch/mon/30519.html 2005年6月現在)同学園の取り組みについて,職員の河尾氏は,指導員の憲法や公職選挙法の学習と中立・公益の立場からの倫理性徹底,所属自治体選管との関係重視,施設・議員の日常交流,投票後の当落確認などによる援助の努力などを留意点として挙げています。
 (3) 自書主義と代理投票
 公職選挙法は,投票所における候補者名等の自書による投票を原則とし(第46条),「身体の故障又は文盲」により候補者名等を記載することができない人は,代理投票を利用することができると規定しています(第48条)。文字が不得手な知的障害のある人は,これを利用できます。その際,知的障害のある本人が,選択意思を代理記載者に伝えられるかが鍵になります。ここでは,埼玉県新座市にある「キャベツの会」の選挙参加への取り組みを紹介します。
 同会では他の障害者団体と協力し,選管との話し合いで選挙参加の初歩的な事項を確認した上で,まずは投票に行ってみることにしました。知的障害の娘を持つ石井氏は,代理投票に至るまでを次のように書いています。
 「娘の場合,市議選は選挙の中でも一番身近でわかりやすいと思います。近くのおじさん・おばさんたちが立候補しているので,一人ひとりの説明もしやすく,立候補者を「いつも一緒に山登りにいく人だよ」…などと教えました。娘は読めない,書けない,喋れないの重い知的障害をもっています。選挙公報を見ながら私の説明を聞き写真を見て指さしをするので,その人を切り取って投票所に持参し代理投票をお願いします(4)」。しかし,国政選挙や最高裁裁判官国民審査では,「あまり身近な人ではないし,一人ひとりの人物の説明は無理,その人の考えていることや政党の主張などとても理解はできそうにありません。新聞に載っている写真を見せてその中から好きな人を選ばせ…指さしした人に決定し,…切り取って持参しました。裁判官の国民審査についてはそのまま何もしなくていい旨を伝えました(5)」とかなり難しいようです。
このように,施設,在宅で様々な取り組みが行われています。知的障害のある人の主権者としての意識が高まり,候補者選択の意思が確認可能な限り,より多くの知的障害のある人に,選挙,ひいては政治参加の権利行使の機会が保障されることが望まれます。

引用文献
(1) 芦部信喜「憲法(新版)」234頁 岩波書店 1997
(2) 内田貴「民法I 第二版 補訂版 総則・物権総論」103頁 東京大学出版会 2000
(3) (1)に同じ
(4) 石井英子「選挙に行こう−新座での取り組み」『季刊福祉労働』第88号 48−49頁 現代書館 2000
(5) (4)に同じ、53−54頁

参考文献
・橋本佳博・玉村公二彦「障害をもつ人たちの憲法学習」かもがわ出版 1997
・河尾豊司「『精神薄弱者』と選挙権」井上英夫編著 「障害をもつ人々と参政権」 165−187頁 法律文化社 1993


UP:20051025
村田 拓司
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