HOME >

『”障害者自立支援”法案』何が問題なのか

尾上 浩二 2005/04/02
障害学研究会関東部会 第44回研究会


 *つるたさんより

4月2日の障害学研究会の報告です。

長いので分割します。

時間とともに刻々と状況が変化するような内容ですので
あくまで、4月2日現在の情報にもとづいた内容である
ということをご承知ください。

障害学研究会関東部会 第44回研究会

*日時 2005年4月2日(土)午後6時−8時半

*場所 東京都障害者福祉会館「教室」

*テーマ 「『”障害者自立支援”法案』何が問題なのか」

*発表者   尾上浩二さん(DPI日本会議事務局長)

*指定発言者 岡部 耕典さん(リソースセンター いなっふ)

*司会    瀬山 紀子

*報告まとめ文責 鶴田 雅英

==以下、報告==

瀬山/きょうの司会をします瀬山と申します、よろしくお願いします。審議入り
間近ですが、今日の研究会で少しでも、意見交換と、現状どうなっているかなど、
話が深めていければと思います、

尾上/こんばんは。DPI日本会議事務局長の尾上と申します。DPIはみなさ
んご存じだと思いますが、障害者インターナショナルという、その頭文字です。
国際的な障害者運動の草の根の組織の日本支部です。実際日本会議を構成してい
る団体は、身体、知的、精神、あるいは難病、あるいはユニークフェイスという、
日本では障害者手帳の対象外とされる方々も含めて当事者の集まり。もう1つは、
施設や病院ではなくて、地域の中で自立ができるようにということを目指した、
自立生活センターであったり、そういう地域生活支援にアクセントのある団体が
集まっていると理解していただけたら、と思います。私自身は、去年の9月から、
東京で、活動を始めたばかりということですが、それまでは、25年くらい大阪で
障害者運動ということで「交通まちづくり」や、介護人派遣制度を作るなど、地
域での自立生活運動にかかわってきました。よろしくお願いします。

 「私たち抜きに、私たちのことを決めないで」

今日、グランドデザイン、あるいはそれに基づいた自立支援法について、1時
間弱お話ししますが、最初におたずねしたいのは、今日ご参加の方々は自立支援
法や、それに関する資料には基本的に目を通されていると理解してよろしいです
か。今日、「実は初めて聞く」というかたや始めて見るという方いらっしゃいま
すか?(誰も挙手せず)おられないということで始めます。時間的に助かります。
積み上げてきた障害者施策のありとあらゆる部分を塗りかえようとしていますの
で、その説明だけで30分くらい掛かってしまうので、論点にどのくらい時間を割
けるかを心配していました。前半はぽんぽんと飛ばす形で進めていきます。
お手元に、「グランドデザインどうなる障害者の地域生活」という形で資料が
ありますが、そのレジメと重なる部分も多いかと思いますが、パワーポイントを
用意しましたので、それを使って進めていきたいと思います。私自身ふだんパワ
ーポイントを使わずにこれまでやってきたのでパワーポイントにはあまり慣れて
いないこと、図などいろいろあって、なかなか視覚障害者、聴覚障害者の人には
アクセシブルでない部分があることを最初に弁解しておきます。
今日のテーマの自立支援法の基になっているのがグランドデザインです。それ
が出たのが去年の10月です。正式名称は「今後の障害保健福祉施策について」。
略称は改革のグランドデザイン案です。1月に自立支援法の要綱が出て、この間
わずか4か月。2月10日に上程されました。まだ、半年もたっていないんです。
私たちは、グランドデザインが出てすぐ10月に「これでは地域生活があぶない」
と呼びかけまして、全国行動ということで、2000人が仲間が集まってくれました。
台風の中でしたが、全国から来てくださった。その時の私たちの立場は、「私た
ち抜きに、私たちのことを決めないで」ということです。実は、これ、年に何回
か開かれている国連の障害者権利条約・特別委員会の時にNGOの代表が必ずこの
言葉をもって発言するんです。
「私たち抜きに…」というこの言葉はまさに自立支援法のためにあるように思
います。まさに、当事者抜きでずっと検討されてきたとつくづく思うわけです。
(デモのスライドを見ながら)これが10月のときの、台風の中、皆さん合羽など
着た中で2000人が集まった時のデモです。
国会をこのまま通過したら、今年の10月、つまり7か月後には医療費の見直し、
来年1月に応益負担と市町村認定審査会の設置が行われる。8か月後ですね。来
年の10月には、移動介護は地域生活支援事業というものに変わり、原則、個別給
付から外れる。自立支援法をつくる過程自体、拙速の極みですが、その実施に関
しても非常に、むちゃくちゃなスケジュールでやっているわけです。

グランドデザインでは3つの基本視点といわれています。

 1つは障害保険福祉の総合化です。障害共通の枠組み、仕組みというわけです。
自立支援法の中で言う、「障害者」とは、身体障害者福祉法、知的障害者福祉法、
精神障害者福祉法で言うところの障害者となっています。今までの既存の障害者
福祉法の対象にならなかった難病、自閉症や、てんかんの人たちは、引き続きこ
のまま対象外になってしまう。最初の段階では、「疾病や障害原因にかかわらず」
と言っていたのが、既存の障害者概念そのままになっています。また、「障害共
通の仕組み」と言うけれど、私など、まさに3障害共通に使いにくい仕組みにす
るということなのかと思います。特に精神の当事者から非常に強烈な反発を受け
ています。私はこういう運動を長くやっていますが、わずか3カ月で20万人もの
反対署名が集まったのは、初めてです。20万人の署名の重さを感じています。
2つ目が、自立支援型システムへの転換ということを掲げています。名前も自
立支援法です。DPIや当事者がいう自立生活、つまり、どんなに重度の障害が
あっても、自己決定し、地域で生活するということならいいですが、違ってきて
いる。ADL自立や職業自立への揺り戻しになっている。子どものころ、私は養
護学校と施設にいて、せめて服は自分で着替えられるように、身の回りのことが
できるようにということを繰り返し言われました。周りの人の手を借りないのが
自立だと言われてきたわけです。そういう「自立論」から、むしろ「サービスを
使いながら自己決定することが自立だ」というふうに変ってきたはずだった。そ
して、ここ20数年間、当事者はその転換を実現するために努力をしてきた。9
0年代以降は、行政も含めて多少なりとも認められてきた。その点からすると、
この法律は理念においても、あまりにも低いと思います。
そして、3点目は給付の重点化、効率化ですが、実は、グランドデザイン・自
立支援法の具体的な中身はこの部分がほとんどです。認定審査会や応益負担、あ
るいは医療費助成の見直しです。

グランドデザインの内容、3つの項目に整理できる。

1つは、支給決定プロセスの透明化。
今回のグランドデザインは、一部のキャリア官僚、エリート官僚がつくった。通
称タコ部屋というところで、そこに閉じこもってつくる。現場に関係ない、真空
地帯でつくると私は思う。そういう連中が作っているので、言い方だけはうまい。
「透明」と言われると、「不透明」よりいいと思ってしまう。しかし、内容を一
つひとつ検証すると、画一的な支給決定方式にしますよということ。しかし、画
一化といえば、今までの障害者施策とは違うと誰もが反発することになるので、
透明化と言っている。
応益負担という言葉を巡って、福島さんが、「自分が電話を掛けるのに、通訳者
を介さないといけない。障害のない人は通訳はいらない。電話をかけるために通
訳を介在するのは、障害者が当たり前のコミュニケーションや行動の自由を得る
ための支援。そこにどういう益があるのか?」と社会保障審議会・障害者部会で
発言された。「何が益なのか」という提起をしたのですが、そのことには事務局
から反論がなかった。その次の部会で出てきたのは、応益負担という表現を定率
負担にかえただけです。いわば、具体的な中身の議論はなく、言い換えだけをす
る。それと同じなのが、この透明化です。応益負担を定率負担にすれば何かがか
わるようなまやかしが言われている。透明化で何を言われているのかというと、
市町村審査会の設置、障害者のサービスの尺度作り。
 2つ目の負担の見直しということで、これが福祉サービスの応益負担や医療費
の見直し等です。
 3つ目がサービスの再編。大きく言って、サービスは、これから介護給付と訓
練給付、地域生活支援事業という3つのサービス体系にする。
以上の3つの項目にそって、説明を続けていきます。

 支給決定方式の変更について。

 今までの支援費制度と何が違うのか?今までは利用者、障害者が市町村に直接
申請して、例えば、●●さんは、自分で寝返りがうてますか?とかあるいは何も
つかまらずに立てるかとか、障害の状況を聞かれたり、家には車いすで入れるか
等々、ご家族はどうされていますか?とか、何よりも、●●さんはどういう暮ら
しかたをしたいかということを、市区町村のワーカーが聞き取った上で、そうい
うことを勘案して決めるやり方。地域により違うし、担当者がホントにそこまで
聞いているかということもありますが、少なくとも今は一律の基準に当てはめる
ことではない。
 それが、自立支援法で新しく付け加わるものは、相談支援事業者、と市町村審
査会というものです。相談支援事業者は、利用者から相談を受け、アセスメント
で障害の状況を聞いたり、サービス計画をつくる。ただ、これまでの障害者ケア
マネジメントとの関係で、大阪弁で「しょうもない」ものに、成り下がってしまっ
たなと思います。
 障害者ケアマネジメントの制度化が言われており、そのために相談支援機関を
つくるということです。しかし、相談事業支援を通すにしろ、通さないにしろ、
市町村審査会が最終的には決定する。一見、セルフマネジメントを認めた形はなっ
ていますが、結局最後に審査会が出てきます。市町村は、この仕組みで二つやる
ことがあります。1つは障害程度区分を決める。もう1つは、支給決定です。こ
れからは在宅サービスの利用者に対しても、障害程度区分の決定をする。これが
1次判定と2次判定という形になっています。
 自立支援法をめぐる議論を見ていて嫌だと思うのは、法律では大きな枠組みし
か決めていない。だからこれから議論しますと、障害者団体に言う。ところが、
本当は法律を作る時に、政令、省令案を示して、法律が通ったらこうなるという
シミュレーション、それがあって始めて検討できるんです。ところが、法律が通っ
てから政省令の議論するのだろうと思っているむきがあるがそうではない。たと
えば、自民党の勉強会などで、障害者部会で検討もされていないものが、ポンポ
ン一部のスタッフの資料として出されます。しかも与党だから、それが既定事実
のような出し方をして、それに反発があると、あわてて、「あれは正式に決まっ
ているものではなく、資料です」みたいな形の出方をみながら、のらりくらりと
いうのが今の1つの特徴だと思います。
 確定している案ではないのですが、一次判定は、コンピューター判定を行うと
いうことが出されている。来年1月から、基準をつくって障害程度区分を決める
方式をやることになるが、それまでに、要介護認定のコンピュータープログラム
の書き換えが間に合わないから、第一次認定は介護保険の要介護認定の項目をそ
のまま使うといっています。グランドデザインでは、少なくとも要介護認定の項
目に加えて障害特性をふまえたものを使うと言っていたではないかというと、い
やそれは、二次判定で加味するから大丈夫だと言うのです。そんな無理のあるス
ケジュールでやろうとしていることが問題です。
 要介護認定で、非常に大きな問題は、知的障害や、精神障害の人、視覚障害の
人など、情報面でのニードがある人ということになります。去年、政令指定都市
中心にやった調査で、グループホームに入っていて、ガイドヘルプ、ホームヘル
プを使っている、いわば濃密なサービスを使っている知的障害者ですら、要介護
認定では非常に軽い判定結果になったと言われています。「自分でボタンを付け
られるか」と言えば、やろうと思えばできるでしょう。しかし、時間に合わせて、
一日の流れをスムーズにできるかということと、全然違うことです。広い意味で
の見守り支援が必要であったりします。そういう部分というのは今の要介護認定
には全くない。要介護認定1であった人が、二次判定で2になった、とかはあっ
ても、要支援や1から5になる修正というのはちょっと考えられないものだと思
います。もしかすると、今の要介護認定そのままコンピューターで一次判定、そ
れから二次判定で認定審査会だという話さえでているということをまずお話して
おきます。
 審査会メンバーにどんな人がなるかということですが、具体的には、自治体で
決めるということですが、法律上は「障害保健福祉に学識経験を有するもの」と
いうことが言われています。そして、この二次判定を受けて、障害程度区分を決
定すると言うことですが、これが3段階、5段階という話もある。さらにこの方
式の問題点は、審査会で個々の支給決定案を審査できるようにすると言っていま
す。さらに、そのゆがみが大きくなると思います。すでに、申請に当たってサー
ビス案を作っているのだから、それに基づいて支給決定すればいいのですが、と
ころが、支給決定案を作って、市町村が必要を認めた場合は、審査会に意見を求
めることができるという。

「非定型の支給決定」

 「非定型の支給決定」については、審査会に意見を求められるとしている。長
時間サービスや複数のサービスを受けているかどうか、定型と非定型で大きく分
かれます。これが不思議なのは、この仕組みでいうと、利用者と審査会の委員は
一度も会うことも話すこともなく、役所がつくった書類だけを見て、「この人は
何百時間と書いてあるがどうか。」「どういうサービスの組み合わせがいいのか」
といったことを決めていく。利用者を見るのでなく、審査会の人は、市町村の顔
色を見ながら決めるのかなと思ってしまいます。これが支給決定の透明化と言わ
れていることです。実はより不透明になるのではないでしょうか。当事者から言
われると、「いや、私たちではなく審査会の先生がたが決めたのですから」と言
う、隠れ蓑、イチジクのはっぱのようなものになるのではないか。
 これは実は、去年まで厚労省自身が言っていたケアマネジメントからも大きく
ずれるんです。「非定型の利用」は利用支援の問題なんです。私は、昨年まで自
立生活センターのスタッフとして活動していましたが、施設から地域生活に戻っ
てきた人のピアカウンセリングを担当したことがあります。彼は子どものころか
ら20年以上施設に居たので、地域生活のイメージをつくる機会はありませんでし
た。彼は脳性麻痺で、上肢・下肢・体幹と言語に障害があり、指先以外は強い緊
張があるという状態で、全介助が必要でした。ところが、これからの介護体制に
ついて一緒に考えた時に、彼は「泊まり介護はいらない」と言うのです。どうみ
ても要ると思うが、いらないと言っていました。それで、実際に泊まってデータ
を取ってみたところ、トイレ介護で2回、寝返りで4回、合計6回も必要でした。
寝ているときなので覚えていないということに加えて、施設では夜間は定期巡回
なので、寝ていても寝返り、トイレは寝ていて自分では覚えていないのです。そ
うやって実際に、自立生活体験などをして始めてわかるのが非定型だし、本人自
身がそのことに気づくように支援することをエンパワメントといっていたわけで
す。それを通じて、サービス利用が進むようにしようと厚労省自身が言っていた
ことなんです。この仕組みで考えれば、「非定型」は審査の問題ではなく、支援
の話だったはずなんです。しかし、会ったこともない人が審査をする仕組みをつ
くろうとしている。
 非定型についてですが、さきほどの図(パワーポイントの支援法による決定の
仕組みの図)のようなことしか国会議員には出してない。「非定型」としか言っ
ていない。しかし、ある講演会で厚労省は「長時間の介護サービス等は審査会に
かける」と言っている。ここに本音があるのかと思います。

 低所得者への減額措置

 厚生労働省に応益負担になり低所得者はどうなるのかと聞くと、配慮していま
すと答えます。生活保護と低所得1、低所得2に分ける。低所得1には、1級年
金の人は、年収100万以上ということで入らない。2級年金の月6万6000
円だけで生活している人です。障害基礎年金2級だけで生活している人が低所得
1、障害基礎年金1級だけで生活している人が低所得2ということになります。
実際には、こういうことです。(最低の負担額を記入したこのスライドは)厚労
省資料に書き足したものですが、本人が年金だけでも、家族に収入があればそれ
で収入があると見なされる。これは医療補助等のデータをみると、7、8割が一
般。残りの2〜3割が生活保護や低所得などになります。7、8割の人が4万2
00円、低所得1の2級年金の人も1万5千円払ってください。1級年金だけでも
2万4千600円を払ってくださいということです。応益負担というのは、サー
ビスの利用に伴って右肩上がりに負担が増える仕組み。はたして1級年金8万3
千円から2万4千600円の負担を求めるのが適切な水準なのかと、思います。
 もう1つ、通院公費補助。精神の分野では、「医療から福祉へ」と言われてき
た。しかし、そのときの「医療」というのは、病床中心の、社会的入院させられ
るような医療だった。病床中心の医療をどうかえていくか、そして地域で生活で
きる福祉サービスの体制をどう充実させていくのかという問題だったはず。とこ
ろが、今回の見直しは、地域で生活している人の通院の公費助成を見直すという
ことなのです。
 「医療から福祉」という言葉だけをとって、地域の医療を削減するだけなんです。
これまでは、精神は5%の負担。更生医療、育成医療は応能負担という仕組みだっ
たのを、原則(パワーポイントの表の)水色の1割負担にすると。7〜8割の人
は一般の医療負担と同じで、72300円の上限まで払ってくださいと。低所得
の人には配慮するということですが、2級年金だけだと2500円。1級年金の
人で5000円まで負担してもらいますよということです。さらに、一定の所得
があると3割負担になります。「重度かつ継続」という人には負担の上限を別に
設けるということですが、疾病名によって限定されます。
 振り返りますと、今の支援費制度は応能負担です。支援費を決めたのは、2000
年の社会福祉法です。その際、どんな議論があったか。現在障害者は、所得保障、
就労が進んでないので、「必要なサービスが受けられないことがないように、応
能負担にする。」重度であれば、長時間や複数のサービスが必要になる。さらに、
重度であれば、就労ができなくて、所得も限られ、費用負担がかさむと必要なサー
ビスが得られなくなるという状況もでてくる。そういうことにならないように、
ということで応能負担にしたはずだ。応益にすると、重度であるほど負担が大き
くなる。それから5年たった。所得はさがった。就労も、障害者の実雇用率は一
昨年の1.46から、1.41にさがった。その中で応益負担なんです。理屈も
なにもない。

 続いて、世帯単位の問題です。

 低所得の減額をするということだが、7〜8割は上限が40200円となると、
本人がサービスをつかって自立したい、あるいは親が元気なうちからガイドヘル
パーを使いたい、親を離れて自立すると思っていても、2万も3万もいるのなら、
外出はやめなさいとなる。これまで「親亡き後は施設」という考え方が、障害者
の自立を妨げてきた。そうしたことから、これまでは厚生労働省も含めて親兄弟
は外さないとだめだよねと。施設の費用徴収など、扶養義務から親兄弟は外れて
いた。それが今回は、世帯単位の全面復活になっている。

 3つめのサービスの再編について。

 これからのサービスは介護給付と、訓練給付、地域生活支援となります。この
介護給付と訓練給付は、個別給付で、自立支援給付と言っている。今の支援費の
ように、障害者個々人に対する個別給付です。地域生活支援は市町村が「柔軟」
にやる事業ということになります。こうしたサービス再編の中で、大きな騒ぎに
なっているものとして移動介護とグループホームの問題があります。
 訓練給付の中で、自立訓練というのがある。やっと「自立」という言葉が出た
とおもったら、機能訓練、生活訓練となっている。「就労移行支援」は今の授産
施設。ただし、2〜3年の有効期限付きです。「就労継続支援」は今の福祉工場
です。「共同生活援助」というのはグループホームのいわば中軽度の人たちです。

 移動介護

 支援費になってサービス伸び、高く評価されたのが、移動介護です。評価を得
ていたはずの移動介護を、市町村が行う地域生活支援事業にしていこうとしてい
ます。移動介護は市町村が独自にやってくださいということです。今日、手話通
訳や要約筆記をしてもらっていますが、これもコミュニケーション支援というこ
とで市町村仕立てになります。ただ、あるデータではコミュニケーション支援を
やっている、手話通訳をしている市町村は5%しかない。そんな中で地域生活支
援事業にして大丈夫かと思います。
 ここからは、みなさん見ていただいた資料に書いてあるとおりですので、簡単
に。移動介護はかなりの重度といわれる人以外は給付の基準からはずれます。重
度訪問介護と行動援護の対象の人以外は、市町村がやる移動支援になります。私
の住んでいた大阪市は知的障害のガイドヘルプ制度の発祥の地です。だから全国
的にも移動介護をがんばって、当事者も自治体もやってきたところです。その大
阪市でヘルパー全体の内、40%以上がガイドヘルプです。現在は、国から2分の
1の補助が出されています。これが、地域生活支援事業になった場合、それに見
合う費用を国が出すとは思えません。移動支援事業ですが、もともとは支援費に
なって使いにくくなったという視覚障害者の人の意見をふまえて移動支援にしま
すと言っていましたが、法案が出てから、視覚障害者団体からも、この仕組みで
は、視覚障害者のガイドヘルプも市町村格差がとても大きくなってしまうので、
個別給付に戻してほしいという要望が出ています。「何をいまさら」という意見
もあるかもしれませんが、弁解するわけではないですが、ひどいのは、(社会保
障審議会)障害者部会ではなかなか情報が伝わらなかった。なぜかというと、点
字資料が出るのが当日の朝。分厚くてわからない。ひどいときは、点字資料もな
いなかで、口頭説明だけだったり。十分な説明もなく検討が進められた。

 グループホームなどについて

 障害別のグループホームで、ケアホームとグループホームに分かれます。ケア
ホームは、その職員だけで介護をしてください。ケアホーム、グループホーム、
どちらにしろ、ホームヘルプやガイドヘルプはグループホームではこれからは使
えないですよと。つまり、ミニ施設への閉じこめということになります。しかも
今までホームということで4〜5人だった。東京都は1グループホーム当たりの
入居者数は4人強だった。ところが、これからは、厚労省の案では、10〜20人。
そんな物件がだいたいあるのか?病院の敷地内か、施設の中でしかできない。地
域生活の場が、施設に併設するミニ施設に変わってしまう。
 施設からの地域移行はどうなるか。実は厚生労働省は、今回の自立支援法で、
施設の位置づけを変えたんだろうと思います。それは、どんなに山奥にあっても、
日中と夜間を分けるので、施設は住まいの場になったと言うのでしょう。そんな
屁理屈はない。
 たしかに、まじめに地域へと思っているところは変わるかもしれません。昼は
自立生活センターに行ってもらって、地域に移行する準備ができると思っている
ところはできるかもしれません。しかし、変えようと思っていないところは、何
もしなくてよい仕組みなんです。あるとしたら、施設の横に生活介護棟というデ
イケアの場をつくり、日中は施設の敷地内のそちらの棟に行ってもらう。これで
は、24時間閉じ込めと変わらないじゃないかということになります。さらに、施
設入居者に対しては、食費や水光熱費等の実費もとられて、将来は手元に残るの
は、1万5千円だけになる。そうすると、地域へ移行しようと思っても、どうやっ
て家を借りるときの保証金を準備すればいいのでしょう。
 作業所はどうか。自治体は、これまでは無認可の作業所から、小規模作業所へ
の移行を進めてきました。そうやってつくられてきた小規模授産が、このグラン
ドデザインでは行き先が見えない。一部は生活介護(デイケア)、就労移行支援
事業(2〜3年の有期限付)、就労継続事業所(福祉工場)になるのかなと思い
ます。しかし、それも1割負担がのしかかってくる。ほとんどは、地域支援事業
の中の地域生活支援センター事業になると思われます。国の事業に乗せて行こう
と言っていたのに、結局自治体に戻ってきたという感じがするんです。

 グランドデザインで何が言われなくなったか

 今まではグランドデザインで何が言われているかを見てきました。次に、グラ
ンドデザインで何が言われなくなったかです。厚生労働省がグランドデザインの
議論で言わなくなったことの1つに、ノーマライゼーションがあります。去年の
グランドデザインと自立支援法ではこの言葉が出て来ていない。二つ目は、自己
決定です。自己実現という言葉はありますが、自己決定は言われなくなった。三
つ目は、エンパワメントです。確かにこんな仕組みで、エンパワメントして地域
で生きていきたいと障害者が自己主張し始めると困るのかなと思います。四つ目
は、施設からの地域移行です。

 グランドデザインと介護保険、三位一体との関係

 もう1つ、あとの議論の論点にするために、グランドデザインと介護保険、三
位一体との関係を見ておきたいと思います。去年1月から介護保険との議論が始
まったが、結局見送りになった。しかし、厚労省はあきらめてるわけではなく、
2009年の実施をめざしている。将来、統合の話が出ている。そう考えると、
将来、自立支援法の中の介護給付は介護保険に、地域生活支援は一般財源化にな
ると考えるとどうなるのか?それで、障害施策として残るのが、訓練等給付です。
介護保険の統合議論の際に、介護保険でカバーできないサービスは上乗せ・横出
しの仕組みをつくると言われていました。しかし、明らかに地域生活支援の横出
しサービスが無くなっています。

具体的に、どういう影響が出てくるのか

 残りの時間で、具体的に、どういう影響が出てくるのか、ふれておきたいと思
います。DPIをはじめ、実行委員会をつくって、関係団体からもらったデータで
話します。関西地方都市での自立生活、身体障害1級の方で、移動介護20時間、
最近、この人はショートステイを月に13回。年金8万、その他の2万円の合計
10万円の収入の方です。支出は、食費3万、家賃3万、水光熱費2万円、その他
2万円でかつかつの生活です。このかたがどうなるのか。月の半分がショートス
テイなので、施設に入所したらどうかと審査会でいわれないか?この人、は日常
生活支援の利用者ですが、重度訪問介護の対象になるのかわからない。重度訪問
介護の対象がまだ示されていません。移動介護も利用制限がでかねない。受益者
負担の話ですが、24600円。この生活の中のどこをけずったらいいか。食費
を削ると月6000円です。1日200円で、どうやって生活するのか。闇金融
に行くことになるのかなと思います。
 2つ目の事例は、関東の大都市のグループホームの方です。ここの母体は作業
所です。デイサービスというが、実際には廃品回収の活動等に力を入れておられ
ます。知的障害4度。軽度ですが、月に60時間、ガイドヘルプを使っている。
知的障害者にとっての移動介護は、その人の自己決定の支援も含まれたものだと
思います。収入は、2級年金で6万6千円、その他7千円、廃品回収で頑張って
おられて、その収益が2万円で、合計9万3千円の収入です。支出ですが、都市
部のグループホームなので居室費が3万5千円、食べるのを楽しみにしている方
なので食費が4万円。水光熱費が月に1万2千500円、その他5千500円で
す。この人は行動援護の対象にはならないので、移動介護は市町村の地域生活支
援事業になる。そのため、利用時間が減ったり、外出に制限がつけられたりしか
ねません。そして、この人の場合、2級年金を受けているので受益者負担は1万
5000円になる。一月頑張って働いて得た2万円の中から、1万5000円を
持っていかれることになる。働いた分もっていかれるならば、昼間にデイに行く
のをやめようかということにもなりかねません。
 次は、精神の人の例です。この方は、今症状が安定しているので週に4日働い
ており、家族と同居されています。世帯の収入としては300万円以上になりま
す。今、定期的に精神科にいって、安定剤、睡眠剤をもらっています。今は、精
神外来通院公費で5%負担なので、1月500で済んでいます。これが、5%か
ら1割になる。今年10月から500円から1000円になる。さらに、制度導入後
数年で3割になるとも言われています。数年後には、3000円になる。さらに精神
障害者は医療の負担に加え、福祉サービスも応益負担になります。この人は以前
デイに行っていた。1回300円、応能負担でしたが、これが1割負担になると、
先程の医療費と合わせると1月の負担は8000円になる。
 以上のように、地域生活が大きく後退するという問題があります。応益負担の
導入と、世帯単位の上限額の仕組みは、福祉サービスや医療の利用抑制につなが
る。

 10〜20年たつと、そのほうが金が

 厚生労働省に言いたいのは、10年〜20年後のビジョンを持って制度設計を
すべきだということです。確かに、このグランドデザインで目先の金は減るかも
しれないが、「親なき後の施設」が復活し、施設が再びつくられていく。あるい
は、精神障害の人たちは、通院を我慢して、症状が重くなってから入院する。結
局、地域の金を削って、施設や病院が焼け太りすることになる。10〜20年た
つと、そのほうが金がかかるのではないか。
 支給決定については、審査会と要介護認定に基づく基準の問題は先程言いまし
た。グループホームが障害程度別になる。包括払いなどの問題もある。去年12
月案からさらに悪くなっているのは、重度障害者交付金。自治体で、重度をしっ
かりやっているところは、加算金を出そうと言っていたのが、それすらなくなっ
て、自治体にとって、もっと硬直した財政の仕組みにするので、国の基準を超え
たら、そのまま自治体の持ち出しになりかねないような仕組みを作ろうとしてい
る。移動介護を押しつける時は地方分権と言い、国庫負担金の使い方については、
地方自治体の裁量を制限する。ご都合主義のものだと思います。難病や自閉症、
てんかん等「谷間の障害者」は、引き続き対象外になってしまっています。

 障害者自立支援法で基本的な問題

 障害者自立支援法で基本的な問題と思うところをお話しします。2月10日に国
会に上程されました。目的では「障害者(児)が有する能力、適正に応じて、日
常生活または社会生活を営むこと」とある。一見、読み流していまいそうですが、
私は、教育問題から障害者運動に関わり始めたので、この表現には強いこだわり
があります。その「能力及び適性に応じ」という表現はニュートラルな言葉のよ
うですが、日本の障害者政策に関連しては、必ず分離を正当化する文脈で使われ
る言葉でした。「分に応じた生活に甘んじろ」と言われるように感じる。非常に
センスが悪いと思います。
 障害者自立支援法は、国際障害者年以降のノーマライゼーション、障害者を個
人の問題ではなく、社会との関係でとらえてきたことに反し、障害者個人の努力
だけを求めている。障害を持って生まれた人、病気、事故で障害になった、親が
生んだ、それはあなたたちの自己責任だというのが基調になっていないだろうか。
この点、本来なら、自立支援法ということならは、例えばスウェーデンにはLSS法
というのがあります。岡部さんから後で提起していただきますが、このLSS法で
パーソナル・アシスタント・サービスが定義されました。一人一人に合わせた介
護を、地域での支援を入れることを規定したのです。この法律では、「障害のあ
る人とない人が同等な生活を可能にする」ということを目的にしている。自立支
援法には。この視点がないのです。障害のある人と、ない人の間で、何をもって
同等とするのかが大事なのです。ところが、自立支援法では、サービスを利用し
ている人と、利用していない人の間で、公平でないといけない、だから応益負担
だと言うのです。では、障害のない人との間の公平はどこへいったのか。全然答
えてくれません。福島智さんは、社会保障審議会の障害者部会で、何を提起した
のか。障害のない人だったらあたりまえにできるようにするための支援、条件を
得ることがなぜ「益」なのかと提起された。
 グランドデザインを見て思うのは、20年前の議論の復活です。端的には、世帯
単位の考え方です。「家族からの独立が自立への第一歩であるということ、そう
いったことからも大きくゆがんでいます。改正障害者基本法。2004年にありまし
た。「自立への努力」という言葉がなくなりました。それなのに、自立支援法で
はその趣旨はふまえられていない。
 グループホームの制度化は1989年、移動介護は1993年です。自己決定・利用者
本位を掲げた社会福祉法は2000年。このように1990年代以来、障害者の自立と社
会参加を基本理念にしてきた。それが大きな転換点にあるのは間違いありません。
 「当事者抜きの国会上程に異議あり」ということで、寒い中、全国から2000人
が集まりました。知的障害の当事者団体・ピープルファーストの歌の大合唱の写
真です。夜を徹して座り込みをしました。これは政党懇談会です。今日のプレゼ
ンテーションの内容を話しました。ある議員さんが、「これでは自立阻害法では
ないか」と言いました。この時は2000人が参加した国会請願でした。国会議員と
エールの交換ですね。この方、酸素吸入しているかなり重度の方ですが、命がけ
で参加されました。「私たち抜きに、私たちのことを決めないで」と。拙速で決
めるのはやめてほしい。
 最後に、ひとつだけ、「山場はこれからだ」ということです。法律の上程で終
わりではない。連休明けから審議が始まります。まだ審議されていない。公聴会
の開催も含めて要求してきます。あちこちで地域集会、地元議員への働きかけを
しています。地元自治体から、国への要望が出されています。奈良県議会で、障
害者団体を取り入れているとのこと。けっこう保守的な地盤のところだと思って
いましたが、けっこういい決議があり、びっくりしています。各自治体からそう
いう動きがあります。
 何だかんだと言っても、最後は地域発、当事者発なのかなと思います。別に国
の動きをあきらめるのではないが、たとえどんな決着になっても、決してサービ
スを下げない。実施するのは、市町村。どうするのは自治体なので、そういう自
治体への働きかけ。たとえば、認定審査会がありますが、どういう人に委員になっ
てもらうのか。いちいち審査会にかけるのか、あるいは本人が希望し、そういう
ケアマネジメントなどで移動が確認できるのならそれで決定しようと。それは自
治体です。何をもって、非定型にするか、審査にするかはあくまで市町村が必要
と認めたときだけ。そういう意味で、地域の取り組みが必要だと言っておきたい。
今は国へ障害者運動の動きが向かっていますが、ブーメランで、地域に戻ってき
ますからねと言っています。
 今から30年以上前に重度障害者が自立しようとすると「何を考えているんだ」
といわれ、親子げんかになる時代。施設を出る時に、脱走のような形で自立した
者もいました。周りは寄ってたかって、自立をやめさせようと言う時代。そうい
う時代でもやむにやまれぬ気持ちを持って、自立をしてきた人がいたのです。そ
ういうことに自信を持ち、目先の動きにふりまわされず、どっしりとした構えで
私たちの運動を作っていく必要があると思います。

瀬山/ありがとうございました。
では、引き続き、岡部さんから、30分過ぎをめどに話してもらい、そのあと、10分休憩、それから討議に入ります。

  障害学研究会関東部会 第44回研究会
  後半

岡部/岡部耕典です。与えられた役割は論点整理です。しかし、尾上さんがそれ
もしてくださったので、論点整理の論点整理をしてしまうと、立岩さんが言った
「最初からやりなおすべし」の一言で終わってしまうので(笑)社会福祉という
立場から、角度を変えての検討としたいと思います。
 自己紹介です。社会福祉を専攻しています。障害児の親です。そこからいろい
ろみていくと、今回のことに対して、自立支援法に対して「接近戦」だけでは戦
えないと思っています。基本的には、ある意味、こんなセンセーショナルなこと
は言ってはいけないのかもしれないけども、「福祉と運動の戦い」のような局面
を迎えてるわけですから、接近戦と同時に、「土俵」の確認、闘うための見方を
整理のようなものが中期的に必要になる。それが、障害学のひとつの役割だと思
います。
 法案成立反対運動は、全力を尽くさねばなりませんが、そのあとの政省令への
対応、さらに2009年に言われている介護保険との統合のこと。基本的には2009年
にむけた戦いというパースペクティブが必要ではないでしょうか。

 自立支援法、制度からの整理

 まず、自立支援法というものの枠組みを制度から整理すると、主に3点あります。
1つは、この自立支援法は介護保険制度をモデルとし、整合性を最優先にしている
こと。
2つめとしては、昨年障害者基本法が改正されましたが、改正障害者基本法より
も自立、社会参加のレベルが後退している、もしくは形式的に採用されているに
留まっている。日本の法体系からいうと、障害者基本法は施策方針を示す理念法
ですから、実体法としての福祉法・サービス法はそれに準拠すべきなのですが。
3番目。重要な具体的内容が、ほとんど書かれていない。政省令に委ねられてい
る。制度の骨格を決めたあと、細部はほとんどフリーハンドに、厚生労働省が決
められる方式。

 ポスト基礎構造改革

 レジュメ自体は障害学MLで応募があった、立岩さんのサイトでの障害者自立
支援法反対意見のひとつとして掲載をお願いしたものです。(「障害者自立支援?
法、最初っからやり直すべし!」http://www.arsvi.com/0ds/200502.htm)だか
ら、ちょっとアジテーションぽい(笑)のですけども…
 まず「真のパラダイム転換/ポスト基礎構造改革のために」と書きました。ポ
スト…とあるように、基礎構造改革を脱すべし、脱構築すべし、と。社会福祉学
を専攻していますが、もとは社会学が専攻です。社会福祉を勉強したのは、社会
福祉の院に入ってからのこの5年ぐらい。そうしたら、そのときは「基礎構造改
革が始まり、これから社会福祉は大きく変貌を遂げる」とみんな言っていた。そ
の時はよく知らなかったので、「そんなものか」と思ってしまった。ノーマライ
ゼーションとか、利用者本位とか…そういうことばが並んでいた。これが社会福
祉基礎改革構造との出会い。
 でも、自立支援法の枠組みを問うとき、あるいは介護保険制度との統合問題を
考える時、そもそも支援費制度をもたらした社会福祉基礎構造改革というのはな
んだったのか。歴史を紐解けば、基本的に、社会福祉基礎構造改革は、90年代
の後半にいわれはじめ、制度としての実現は、2000年の介護保険制度開始で
ある。基本的に、95年の社会構造審議会の勧告、隅谷さんとかかが中心になっ
て、その勧告が元になっています。その目的は何だったのか。
 その更に前の80年代に、第二次臨調があり、土光さんなどが、簡単に言えば、
財政再建をするということで、それを前提に、福祉のほうも「改革」、もっとあ
りていに言えば「削減」をしなさいということを言った。当時の大蔵省の代弁で
す。厚生省は、それに「対抗」する必要があった。そこで、何を強調したかとい
うと、少子高齢化対策のために必要な高齢者介護のために、「福祉の自主財源確
保」をする、ということだったんですね。自主財源確保がキーワードです。その
具体化が介護保険制度で、これは、戦前からの日本の社会保障のお家芸である年
金保険制度の土台に、その上に少子高齢化に対応できる制度を作る、そうすれば
大蔵省に四の五の言われないですむ、と。
 その勧告のほとんどが、そういうことを書いています。それで、「障害」につ
いては、このくらい(ほんの少し)なんです。ほとんどが、福祉の削減に対抗す
る、これはいいのですが、「自主財源」つまり自分たちの厚生労働省の財源を確
保する、そして、お金がいる福祉のための財源を確保する、そのサービスモデル
が介護保険だという展開に費やされている。大蔵省にがんがん言われないために
は税金をつかわなければいいので、補助金によらない福祉の制度を作る。でも、
補助金がないと厚生省のコントロールが失われるので、補助金による誘導ではな
く、制度そのものを「自主財源」にしてそのコントロールを握ることをもくろん
だものだと私は思います。
 補助金によるコントロールから制度そのものによるコントロールを目指すのが
この介護保険制度であった。支援費制制度は、介護保険制度の後追いでできたも
のだったが、事情があって、保険制度には乗っからなかった。これについては、
あくまでも厚生省としては暫定で始まったという感覚があったと思います。この
ように基礎構造改革というのは、福祉の世界では「良し」としているこの部分を
問い直していくことが必要だと思います。

 「拙速」、そしてプロセスの問題

 もう一つは「拙速」のあやまりを繰り返すことは許されないということ。支援
費制度は失敗した、欠陥の制度だと、さんざん厚生労働省から言われましたが、
なぜ欠陥になったかというのは、1つは制度を作る過程の問題があるからです。
しかし、今の自立支援法の制度設計も、支援費制度がなぜ欠陥を生んだのかとい
う反省を踏まえて、それをしないようにと行われたかというと、違うと思います。
まず、時間の問題があります。支援費制度は2000年に法改正して、2003年に開始
されています。自立支援法と同じで支援費制度もそういう意味では、最初に骨格
を決めてから政省令で決めていく。それをQ&Aで様子をみながら決めていった。
その結果が2003年に上限問題となった。
 たとえば、”地域生活支援”が裁量的経費にとどまってしまったこと、予算の
費目が、従来のものが踏襲され、予算不足の際に同じ地域生活支援費同士でも費
目間の融通が聞かないことなど、そういった制度の構造が上限問題や、その後の
財源不足を引き起こしたわけなのですが、そのすべてが2000年の法改正の時すで
に決まっていた。われわれはそれを見抜けず、見抜く時間もなかった。これを繰
り返していいのか。まがりなりにも3年をかけて、支援費制度は、政省令の検討
をして決めていった。それが今回は、応益負担について言えば、10月から実施
です。実質的に検討期間なしに、政省令が決められようとしている。支援費制度
の「拙速」を、デフォルメしたやりかたで繰り返してはいけないと思うのです。
政策決定の過程にこそ「基礎構造改革」が必要だということです。
 というわけで、問題はスピードだけではなく、決定のプロセス・手続きの問題
でもあるわけです。当事者が政策決定や制度設計に関与できないということ。今
回の障害者自立支援法も、ご多分に漏れず、いわゆる「タコ部屋式」になってい
ます。制度設計に手慣れた行政官僚を集め、一斉にとりかかる。突貫作業でする
わけです。タコ部屋をつくり、情報は出さない。政策官僚が主体で、それが強力
なコントロールを発揮しながら、制度を設計していく。当事者や社会保障審議会
も基本的には関係ない。今までもそうだったが、今回も完全に踏襲され、バージョ
ンアップされて、強力に行われています。今の障害者自立支援法設計の人たちは、
介護保険制度を作った人たちがスライドしています。その人たちが、横並びで、
介護保険制度をどうすればいいかということを考えて、設計しているのです。こ
の施策決定のありかたこそ、問題であるわけで、基礎構造改革をするなら、制度
を決めることの決定過程にこそ改革が必要なわけです。仮にも利用者本位という
なら、それはまず、自分たちが使う制度は自分たちが関与して決めたい、という
ことは尊重されなくてはなりません。政策制度の決定過程に当時者がビルドイン
されるべき。法案の決定は、当事者、事業者の基本的な合意の上に制定されるべ
き。加えて、政省令も同じです。関連する政省令の骨子は法案の審議の前に公表
されているべき。制度の信頼性、持続性というけど、そのためには決定過程の透
明化が必要。
 それと、お金を出すということは、税であれ保険であれ、国家が、みんながさ
さえることなのだから、出すほうの仕組みは、国民的議論というやつが必要にな
る。介護保険との整合性だけではなく。決定過程に問題があるのだと。「ひとつ
ひとつの問題性をダメだといっているだけではダメ」だと、厚生労働省と関係の
人がネガティブキャンペーンをはっているが、それを脱構築するのは社会福祉の
役割だと思うけど、自立支援法のオルタナティブを、その内容だけでなく、決定
過程も含めて問うていくというのは、社会福祉だけでは荷が重い。それは、やは
り、障害学の出番でしょう。障害学の視座からでないと詰められない議論がそこ
に横たわっている、と思っています。

 オルタナティブの3つの方向

 財政改革が動機で、それを解決できるのは自立支援法という介護保険モデルし
かないと主張されている。そして、サービスの民営化、市場化だと。それだけが
選択肢なのか。たとえば、ダイレクトペイメント。行政が決めるのではなく、利
用者が決まる。直接利用者が現金をもらうかどうかの問題ではない。自分でお金
の使いかたを決められる、自分で自分自身の政策決定ができる、自分のための制
度を作れる、ということがポイントです。自分が福祉のサービスを使いこなす主
人公になるということ。
 そういう意味では、イギリスのコミュニティケア改革、それをぱくったような
ものになっているが、そこでは95年からすでにダイレクトペイメントが採用され
ていて、普通の福祉サービスと選択可能なものとしてある。それが障害者だけで
なく、高齢者、子どももみんな使えるようになっている。そして政府が奨励して
いる。行政もお金ならあげればいいし、役人も少なくてすむ。事業者も、めんど
くさい支援制度の計算はいらなくなる。いろいろな意味でコスト削減できる。必
ずしも、ヘルパーの一人一人に渡るお金が少なくなるのではなくても、コスト削
減ができる。だから、ちゃんと使いこなせば、行政にもメリットがある。財政改
革にも貢献しうる仕組みでもある。
 これはパーソナルアシスタントの設計についてですが、障害学ではおなじみの
介助と中心において、サービス設計のやりなおしをすべしと。支援費制度とか、
介護保険でも、自立支援法もそうだが、地域福祉といっても、結局ハコモノに依
拠した体系になっています。ハコモノも全てなくしていいかというと議論がある
でしょうけど、サービスは人なんだから、人を中心にサービス設計を見なおして
もいいのではないか?支援費以外にも施設整備費にも莫大な金が使われている。
それを削減しようとするなら、人、利用者も支援者も、個人を中心にしたサービ
ス体系とする見なおしが伴っていなくてはならない。パーソナルアシスタンス中
心のサービス体系とするならば、居宅生活支援費にお金がいる、予算が足りなく
なったのは、予算をたてたほうの誤り、ということになるのだけれども。
 それと、お金については、基礎構造改革でも、競争原理のための市場化だけで
はなく、多元化もあったのではないか。供給の主体が今までの国、自治体ではな
く、民間がするべし、というのは競争原理のためだけではなかったはず。だから、
そのとき主として想定した実施主体とは、企業ではなく今でいう福祉NPOだった
わけです。これはもちろん、当事者運動から生まれた事業所やCILも含むわけで
す。単純な市場原理の導入、民営化で解決することなら、最初から社会福祉など
存在し求められることはなかったはず。そして、多元化をめざすならば。自立生
活センターとかにお金がいくこと自体問題ではないはず。当事者運動・活動と福
祉NPOをつなげる、そのことを今一度確認し、強化することで、ダイレクトペイ
メントやパーソナルアシスタンスの受け皿も生まれるわけです。
 この3つを行うことで、財政改革、地域福祉、当事者の権利主体化は実現可能
ではないでしょうか。すくなくとも制度政策側はそういう検討を真剣に行い、そ
の上で介護保険との統合に結論をだす責任があります。高齢者と障害者との介護
が違うのか違わないのか。ちがうといったら差別だというような議論とは違った
論点なのです。というわけで、やはり、ここにも、障害学や、その研究者の責務
は大きいと思います。

 規範的議論が必要

 さらに、この制度論、サービス論の構築以外に、もうちょっと規範的議論が必
要だと思います。社会はなにに基づき、人間とは、私たちの生きるとはなんぞや、
支援とはなんぞやという検討ですが、これも制度論の前提として必要だと。もち
ろんこういった議論は福祉の分野でもされているのですが、いかんせん利用者の
視点は弱い。だからここにも、障害学の寄与しうるところが大きいと思います。
私は基礎構造改革を超える枠組みを仮に「ポスト基礎構造改革」と呼びますが、
今までの基礎構造改革が社会保険の時に使う「互助」、これは共にみんなが生き
てゆくということではなく、貢献原理に基づく再分配を表すことばです。そうで
はなくて、「共生」、つくれる人はつくり、必要な人が使う仕社会。公が支配し、
基本的にはその人自身の福利というよりは社会全体の利益を優先しがちな福祉国
家から、「共生」の原理に基づく福祉社会に転換していくことが求められなくて
はならない。
 基礎構造改革の10年は、ポストバブルの10年だったことが忘れられてはなりま
せん。リストラの嵐が吹き荒れ、フリータ−が問題視されたポストバブルは今ま
での企業中心の考え方が崩壊してゆく過程でもあった。しかし基礎構造改革およ
び社会保険年金制度は基本的にコーポラティズムを前提にしている。コーポレイ
ションの「コーポ」です。職域主義などとも訳しますが、要するに、企業と労働
組合からなる産業社会をもとにし、その枠組における「連帯」に基づいて、社会
保障の制度を構築していこうとすること。これが、日本の公的年金社会保険制度
の基本にあります。全員加入して、基本的に強制加入で、保険料を徴収して、国
が一括管理、運用し分配するという制度。「全員」と言いましたが、そこで想定
しているのは、基本的には勤め人、サラリーマンです。払い手も受け手も、共に
サラリーマンを基本として、社会保障の制度を組みたてている。大事なのは、払
い手も、受け手も、というところです。
 だから、たとえば今回、介護険制度の被保険者の拡大問題で最後に反対にまわっ
たのが、市町村会と経済界で、バッシングにあっていますが、経済界が反対する
のはある意味であたりまえなんです。健康保険と同じく介護保険料は企業が半分
負担します。でも、それは、今勤めている人だけでなく、さらにその企業を退職
した人だけでなく、他の人の原資にも廻るんです。バブルのあとみんなが確認し
ましたが、企業は利益を追求して、株主に還元する。社会貢献は、利益をだして
税金を払って行う。社員には業績への貢献に応じて、給料でむくいるべし、と。
それがいいかどうかは別にして、そういう大合唱があった、少なくとも国はそう
いうことを命じたのは事実でしょう。だから、泣く泣く(かどうかはわかりませ
んが)銀行もリストラした、合併もした、社員に恨まれ、身を切る努力をしてき
たんだと。フリンジ・ベネフィット、いわゆる福利厚生は極力減らしてきたんだ、
と。ところが実際に、介護保険制度の被保険者の範囲を拡大し20歳までにすると
はどういうことなのか、と。給料以外に雇用者に払って、あるいは雇用者以外の
原資にも使われて、それで利益が減って、株主は納得するのか、と。なにが「連
帯」か、と。
 それはずいぶんひどい話ではないかというのもひとつの議論ではありますが、
たしかに国は矛盾することを、実態を踏まえていないことをやっている。だから、
説得できない。そのことをもっと考えるべきだと思うんです。年金制度の問題と
同じです。
 そして、企業社会・産業社会に、社会福祉の基礎を求めてきた日本の社会保障
の歴史。それが揺らいでいる。それなのに、さらに加えて、福祉にまで社会保険
制度を拡大しようとしている。厚生労働省の自主財源欲しさに。そこには利用者
本位も国民の納得性も欠けるのはある意味当然かもしれません。コーポラティズ
ムという仕組みが工業化社会という19〜20世紀の産業化社会を前提にして成
立してきた。脱工業化ならば、それに応じた社会福祉制度の基礎が必要だと思い
ます。
 そしてもう1つはポストモダン。近代の仕組みは同じ仕事をしている同士が助
け合う仕組み。「連帯」の仕組みというのは、産業社会と密接に結びついていま
す。産業社会を超えた社会、地域社会、それもコミュニティというよりは、コミュ
ーンというか、共生社会としての地域社会。我々人間が産業社会の一員というよ
りは、生活者として位置付けられる枠組。生きとし生けるものすべての人間、そ
ういうものの存在に根ざした共生、そして共に生きていくもの同士分かち合って
いく仕組み。どのような社会をわたしたちが目指し、福祉の利用者と社会がそれ
を共有していくか。そういう前提となる議論と確認が必要ではないでしょうか。

瀬山/どうもありがとうございました。


障害学研究会関東部会 第44回研究会
質疑応答


瀬山/今日、話していただいたところから、さらに現実的な、今後どうしていく
かも含めて、いろいろご意見、感想、議論していけたらと思います。

/Aです。
岡部さんに質問、宣伝も兼ねます。ダイレクトペイメントとパーソナルアシスタ
ンスのことですが、この事情に詳しい神奈川工科大学の小川喜道さんに本を準備
していただいて、秋頃にでますので一読してください。ぜひ読んでください。
アセスメントの問題で、当事者がきちんとしたサービスを自分の意思に従って受
けようとしたとき、どうすれば受けられるのか、社会的資源も含め簡単ではない
ということがある。それを地域の自立生活の中でやっていく上で、詰めて考えて
みると、具体的な方向性とかこういう人材育成をというあたりの、アドバイスや
お考えがあったらお聞かせいただきたい。

/精神病のBと申します。
この会議があることを昨日知ったのですが、そのあと、これだけ読んでおくよう
にという資料の中に、pdfで法律の条文があったと思いますが、そこから今の
いろいろな説明を受けましたが、条文からどこが問題点なのか見つけ出すやり方
がつかめません。法律条文のどこが欠陥で、それを直していこうというのを、自
分の考えでなかなか見つけられないというか、今日の話と自分で法律条文を読ん
だ段階とで大きな開きがあるので、自分が反対だと言っているときに、それが誰
かの反対に乗っかっている気もしてしまう。そこで、自分で考える方策や問題を
把握できる情報収集のやり方がどういうものがあるかを聞きたかった。

/Cといいます。
評価の問題を誰がどう、どのような形でするかはなかなか答えが出しづらい問題
だと思います。それについて伺いたい。
介護とかのことはよく出るが、僕は福祉工場で働いているので、施設体系をここ
で大きく変えようとしている問題について、一定、すっきりする部分もある。た
しかに現状の施設体系はぐちゃぐちゃでどうしようもなく現実とそぐわないもの
で、誰が見ても変えなくてはいけないものになっている中で、今度つくられよう
とするものが、初めはもう少しすっきりしていたのに、だんだん手を加えてわか
らないものになっている。すぐには就労ができない人に対して、就労支援という
のは必要だが、しかし、前提として、「出口」、就労先がないのにやりようがな
いということ、そこが抜きにされているということがあります。そこの施設体系
をいじるということ、そこにコメントがあればという2点です。

/Dといいます。
先ほど話を聞いていて、お2人とも説明がどうしても長くなる。今、僕自身は障
害者運動、障害学を中心にしているのではないが、リーフレット、まわりに渡せ
るようなものがあれば便利だなと思っています。今日来ているようなすでに問題
意識がある人を前提にしたような文章では困るということになります。どちらか
というと、岡部さんがまとめてくれたような意味で、「オルタナティブ」にあた
るところを前面に出して、岡部さんは「社会福祉」ということばで整理していま
したが、社会福祉というよりは、お金の使い道も含めたような、介護保険にも関
わってもうちょっとまわりの人に伝わるようなリーフレットをつくってほしいと
いうのが希望です。
尾上さんのお話では正直びっくりしたのですが、この法律ができて、障害者はど
ういう暮らしになるのか。収入10万円とかいう実例が出ていましたが、その事実
にのけぞりそうになりました。食費3万といっても、「どうやって食っているの
か」と思ってしまいます。もう少しその辺を突き出すような、法律の改正でさら
に大変になるという以上に、現在でもそういう中で暮らしているというつつまし
さというのか、その言葉でいいかどうかわからないが、このご時世に、月10万で
暮らしているという事実が見えると、「共感」というより、びっくりする人、こ
れはさすがにだまって見ていられないという人もいるんじゃないかなという気が
しました。その2点。

/Eといいます。尾上さんと岡部さんに、伺います。
社会保障というのは、必要とする人は必要、使っていない人は使っていないが、
いつか使うときに、ちゃんと使えるものというように、みんなが共有の認識を持
てる働きかけが必要ではないかと思っています。
タコ部屋で文書をつくっている官僚の人もそうだし、認定審査会に混じる人もそ
うだが、この人たち、ぶっちゃけ、僕がどういう生活をしているかを知っていて
心が動かないのかなと、個人的には教えてほしい。

瀬山/尾上さん、岡部さんに話していただき、できればもう一巡できればと思い
ます。

尾上/アセスメントについては岡部さんからお願いします。あの法律の条文から
なぜ、今日お話ししたようなことが言えるのかということですが、確かに、条文
だけでは見えてこない。私の場合だと、去年10月以降の厚労省の社会保障審議
会・障害者部会を傍聴したり、その中での情報で、今日のようなデータをつくり
ました。自分で考える方策、情報収集でいうとインターネット等で審議会の資料
も出ているので、そちらを見ていただければよいと思います。ワムネット (http://www.wam.go.jp/)などにも載っています。法律条文ではなく、グランド
デザインが出ています。また、手前味噌ですがDPIのホームページでは、問題
ありという立場での文書や、我々が一緒に行動している全国自立生活センター協
議会(JIL)にリンクしています。そちらも参照してください。
 Cさんの質問で、福祉工場等に関して、去年の7月にはもう少し障害者の就労
支援施策が変わっていくのかとの期待がありましたが、実際にはどんどんしょぼ
くなっている。特に、よく彼らは、一般就労は1%ぐらいの数。だからこういう
仕組みだという。授産施設の期限をきったから就労が進むのか? なぜその状況に
なっているのか、年間1%しか動かないのか。それが「なぜか」がなしで、期限
を切ればいいといっても仕方がないと思います。押し出して、結局、企業の採用
が変わらないと、就労につながらない。とにかく押していくだけでは、企業の受
け入れがどうなのかということが、今回は議論されていない。
 同じように「社会的入院から地域へ」が「医療から福祉へ」という言葉がとら
れて、1割の負担になり、しかもそのお金をとるのが、地域医療。それと同じで
就労支援にかかわっている人は、何とか一般就労へと、働く場を広げたいと思っ
ているのに、福祉就労から雇用へという部分が、言葉だけとられています。
 リーフレットというか、情報戦というご意見をいただき、そのとおりだと思い
ます。ぜひ、私たちもそれをやらないといけないが、接近戦の真っ最中で、なか
なかやりきれていないという自己反省をこめていいます。必要性に気づいた人が
やってほしいと思います。
 私は当事者として、今日の後半の部分をみて、そう思ってもらったのは、あり
がたい。あちこちで僕は講演会をしていますが、3月は地域生活のことを15カ
所ぐらいでやりましたが、具体的な事例でざわざわとしてくるんです。中央の団
体としては賛成をしている家族会とかの系列も含めて「こんなことだったの?」
ということを出していきたい。その意味で、法律の条文のなになにとかマスコミ
向けの部分だけではわからない部分も、私たちは実際の現場で明らかにする、暴
露が大事だと思います。
 出て行くお金を抑えようということですが、社会状況はそうですが、岡部さん
のオルタナティブにも関係するが、当面の2〜3年の財政を抑えたい、設計して
いるのかもしれないが、10年〜20年たち、必要な人に必要なサービスを配分
していくときにどうなのかという視点がないと思っています。

岡部/Aさんのご質問から。ダイレクトペイメントのこと、小川喜道さんを私も
参考にしています。社会保障審議会で小川さんが議論しましたが、その後反応が
ありません。継続した議論を本来お願いしたいところです。私自身は、残念なが
ら現地調査ができておらず、ネットを含めた二次資料のみですので、実態が知り
たいところです。アメリカで、知的・発達障害者がダイレクトペイメントを使う
ための制度である「自己決定運動」について調査をする予定ですが。
以前話したことは、私のホームページにレジメがあるので、それをご覧ください。
パーソナルアシスタンスフォーラムというのがあり、1月8日のレジュメにあり
ます。カナダのオンタリオ州、スウェーデン、もう1つはアメリカのモデルを紹
介し、その3つの検討を踏まえて、日本ではどうだろうか、というようなことを
一応考えました。カナダのモデルについては、障害当事者がアセスメントするが、
そうすると、総額が抑えられがちになるとか。ピア・エバリュエーション(当事
者による評価)ではそういう側面も出てきてしまう、それをどう防ぐか。スウェー
デンのラツカさんたちの方式は、組合が、評価を担保している。これがひとつの
解決かもしれない。ただし、このモデルにせよ、ピア・エバリュエーションの出
来る人、できない人というのがでてくる。少なくとも払う側はそう考える。これ
に対して、アメリカの自己決定モデルは、ひとつの理論的な回答かと思います。
実態は、今度の調査もしてみないと判らないところも多いですが。詳細はまた資
料を読んでほしいですが、「支援」について、介護だけでなく、日常的に必要な
お金の計画をたてて、また実務も支援する、加えて、サービスの仲介や支給決定
の行政交渉支援なども行うという、そういうモデルです。なぜそういう仕組があ
るかというと、アメリカのダイレクトペイメントを、発達障害者も当事者主体で
利用することが当事者から求められたという歴史があるようです。レジュメがな
いと意味がわかりにくいと思いますが。
 また、Cさんのご質問にもからみますが、私は『福祉労働』にも以前に書いた
ことがありますが、介護保険制度と支援費制度との大きな違いのひとつは、支給
決定の仕組みであるわけで。私は、それを、介護保険制度の支給決定の仕組みは
第三者判定モデル、支援費制度は交渉決定モデルというように区別しました。そ
れは異なるもので、制度の結構本質的なところに根ざした違いではないかと思っ
ています。要するに、客観性のある基準を立て、基準を第三者が評価して決めて
いく仕組みと、そういう基準を前提にせず、あるおおまかな話し合い枠組みたい
なものものを立てて、話し合いをして決定するという仕組みと2つある。これは、
たまたまそうなったのではないのではないか、ということ。
 それから、次に施設体系のことですね。また言葉の話になりますが、社会福祉
援助技術は英語のソーシャルワークという言葉の訳ですが、施設での支援は、ソー
シャルワークではなく、レジデンシャルワークというとか。レジデンシャル、住
居、つまりハコを前提したソーシャルワーク。施設においては、生活支援という
ことにおいて、ハコに頼った専門性の枠組があるのではないかということを思う
わけです。そういうとパーソナルアシスタントということの概念の確立がどの程
度のものか、といわれそうですけど、地域で1対1の関係で引き受けていくこと
では、むしろそういうものが「ない」こと、素(す)で引きうけていくことに意
味があるともいえるので、それは別な問題だと思います。
 一方、施設のほうは、「ハコ」があるということで、ある意味ハコによる安心
感が無自覚に前提にされているけども、それは、ハコによるくくり、あるいは「隔
離」といったことにも無自覚になるのではないかと。だから施設でこそ、「そもそ
も論」、「支援とはなんぞや」みたいな議論は、生々しく、もっともっとされな
くてはならないのではないか。それを形にする、見える形にする作業が必要だと
思います。
 グループホームという「支援」が、ホームヘルプと施設介護の「中間」みたい
なところにあるのですが、グループホームも同じことがいえるのではないかと思
います。「グループホームは地域生活支援」と言っているが、本当にそこに安住
していいのか。ではグループホームの世話人は何をするかというと、実は明確で
なかったりしますよね。かといって、1対1につくわけでもないわけです。この
あたりの議論と整理を一定程度踏まえて、パーソナルアシスタントとグループホー
ムと施設の関係を再考していくべきではないか。
 それから、Dさんのおっしゃる、リーフレット。これを聞いて、私の言ってい
ることも書いていることもわかりにくくて本当に申しわけない(笑)と恐縮して
しまいました。書いても言ってもわかりにくくて、どうしましょうか、というと
ころです。でも、これって、私だけでなく、「運動」も同じですよね、と逃げを
うっておきますが、(笑)わかりやすいリーフレットを、という言い方での提起
と理解しています。わかりやすく、しかもある意味、魂にうったえ、理屈として
もわかるということをしないと、学問でもどういう運動でも、広がらないわけで
すから。
 それから、Eさんのおっしゃったのはまさにそのとおりで、戦後の歴史でいう
と、給付抑制がはっきりしていたのは、オイルショックが契機と言われる。それ
までの時代には、高度経済成長があったので、絶対水準は別にしても、それにつ
れて、社会福祉のお金も、なんだかんだいっても伸びていった。オイルショック
で戦後が終わったとして、それで抑制が始まった。これを境目に、しかし、その
ことは一貫して今に至っている。それがオイルショック後に始まったとか、この
ところ97年ぐらいからの不況とか、いわゆる、三位一体改革とかがむしろ契機と
とらえられていますが、そこで始まったというより、連続しているという。その
ほうが本質がみえるようにお思います。
 当事者主体ということと、共生とかが、どう結びつくのか。当事者主体という
ことには、基本に個人主義、自由、リベラリズム、があるわけですが、それと、
いわゆる共生、もしくは共同性という言葉にどこか接点があるはずですが、しか
し、それが今は失われている。しかし、それを安易に結び付けたくない。「連帯」
とか「仲間」とかいってね。
 「タコ部屋」については、あるエピソードがあるのですが、実は、自立支援法
案を設計した厚生労働省の企画官の一人と対談をしたことがあります。その時に、
気を許して、いろいろしゃべってくれたのだけれども。そのときにこんなことを
言っていた。「障害者の団体の人たちは、要求はするが、応益負担も含めて、そ
んなこと世間の理解が得られるわけがないと。」これは、まあ、いいとして。そ
のあとです。「だってね、僕なんて、3人も家族がいて、家にも帰れずに仕事し
てる。誰も面倒を見てくれない」というのです。これ、「世間の理解」とどう関
係があるんですかね。僕はこれがタコ部屋の一番問題のところだと思います。上
級職試験を通って、ある程度のプライドもある、実際はどうかは別にして、主観
的には、高給取りだとは思っていない。民間より、俺もやっているのにと。それ
なのに、福祉の受給者の人が、何でそんなことを言うのかと。別にこれはテクノ
クラートを揶揄しているのではなくて、閉塞感がああいう環境にいて、深夜残業
して、夜明けにタクシーで帰る。その繰り返しの生活のなかで、どこかに福祉で、
今生活に困っている人がいて、それをどうしたらいいか、と考える。そこらへん
がどこか共感的には考えられない。これが僕はタコ部屋という装置のあざとさ、
だと思います。結論から言えば、あの仕組みでは制度は利用者本位には立てられ
ない。動かない。「タコ部屋」に立てこもられてしまうと、結局、こちらが乗り
込んでいっても動かない。

瀬山/微妙な時間になりました。あと5分はありますが、今の議論で、それ以外
でもあれば、どなたか?いないようですので、尾上さんと岡部さん、なにか付け
加えること、あれば。

尾上/リーフレットの話がありましたが、これからの課題の意味で、ぜひ障害学
研究会に属しているひとに協力のお願いをしたい。条文を読み込んだり、一緒に
参加してもらったりしているが、論点整理も付け焼刃でやっている状態です。
「当事者は実践、研究者は研究」と、分業しているわけではないが、これだけ大
きな政策変更で、一方で色々な運動をやりながら、他方で法律を読み込み、論点
を考える。我々の協力の求め方がまずいのかもしれないですが、限られたスタッ
フでやっているのが現状です。だからリーフレットが作れないというのではなく、
そういう意味での障害学の学問が、こういう政策変更に対し、どういう有効性を
持ちうるのか、どういう切り口があるのか、皆さんの実践活動として、そういう
意味での当事者活動と、研究活動が、どうタイアップできるのか1つのリトマス
試験紙になっているのかと思います。

D/尾上さんのおっしゃったこと、よくわかりますが、1つは3月に15回講演
したといわれましたが、それでは尾上さんだけ駆け回ることになります。尾上さ
んが行かなくても、渡せばわかるものが必要だと思いました。それともう一点は、
尾上さんが最後に強調していましたが、当事者を動かす運動はどう作れるのか、
ということを考えたいと思いました。

岡部/最後のDさんの話に、ひとことだけ。おっしゃることその通りだと思いま
すが、もう1つは人が動くこと、人が理解するということは、「おまえなら信じ
る」というところが大きいと思います。それは、リーフレットだけでは解決しな
い問題だとも。そこは強調しておきたいと思います。続いて、最後の制度のとこ
ろで、1つだけ問題提起として。権利という問題を、最終的には今回の法案の中
で考えないといけない。経費というのは、権利として国から給付をもらうのだが、
これを裁量的経費から義務的経費にするというのが今回の法案の良い点とされて
いるが、しかし僕はここに一番の落とし穴があるという気もします。権利は英語
ではライトです。人権はヒューマン・ライトだが、エンタイトルメントの実体は
なにか。エンタイトルメントとは、法律に書かれた権利ということですが、人権
ということがずばり権利として法律に書かれることがどれだけあるでしょうか。
いい例は「ベニスの商人」というシェイクスピアの小説。あれでシャイロックで
したか、ベニスの商人が約束が果たせなかったので、シャイロックがよろこび、
「肉1ポンドを申し受ける」と言いました。それは権利に基づいていっているの
です。書かれた権利には、そういう側面がある。それは、もともと権利が発生す
るのは、歴史的には個人の財産の私有から始まっているから。私有に基づく権利
というのを、人権に落とし込んでいくのが、マイノリティの運動の戦略だったの
だけれども、法律の条文にする、エンタイトルメントするところで落とし穴があ
る場合が多い。今回のことも裁量的経費を義務的経費にするというあたりで、落
とし穴にはまったような気がする。権利を、書かれ、受身でも実行されるものと
して希望していくことの危うさを認識し、自ら求めるもの、常に求め続けるもの
として再構築していく、ということに立ち返ること。それが今必要なのだと思う
のですけど。

瀬山/では、今日の研究会ちょっと駆け足でしたが、ここで終わります。長い間
ありがとうございました


==
長い報告に最後までつきあっていただいた方、ほんとうにごくろうさまでした。
この報告のために報告者の両名、また、瀬山さんにとても協力してもらいました。
みなさんにありがとう。  報告まとめ文責 つるたまさひで


UP:20050501
尾上 浩二  ◇ARCHIVES
TOP HOME (http://www.arsvi.com)