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人工呼吸器をつけて生きること

広島市 穏土ちとせ(おんど・ちとせ)
『バクバク』No.44 2000年3月号(一部修正)



  私の末娘は、ウェルドニッヒ・ホフマン病(SMA1型)です。彼女は、生後3ヶ月よりずっと人工呼吸器をつけて生きてきました。現在、その頼りになる人工呼吸器と一緒に、元気に地域の公立保育園の年長クラスに通っています。
  全身麻痺の状態で、声を出しておしゃべりすることはできないけれど、唯一、自由に動かせる目と、体に残されたわずかに動く部分を総動員して意思表示しています。それは、パッと見ただけでは見過ごしてしまうようなごく僅かなサインかもしれませんが、「散歩に連れてって!」「きょうも、保育園、行く!」「わたしは、こうしたいの!」と頑固に主張したり、上の姉・兄とケンカしたり、姉と兄がそうであったように、そこには、ちっとも親の言うことなんか聞きはしない、5歳の『ワルガキ』の姿があります。当たり前のことですが、日々、「ああ、この子は、確かに親とは"別の人格"なんだなあ。」と思い知らされています。障害が重かろうがそうでなかろうが、この子は我が家にとってかけがえのない一人で、ほかの子どもたちと同等に愛しい存在なのです。

  先日、ラジオの医学番組で、SMA(Spinal Muscular Atrophy 脊髄性筋萎縮症 / このうちSMA1型が、ウェルドニッヒ・ホフマン病にあたる。)について取り上げられ、臨床、診断、治療などについて語られていました。医学は日進月歩。SMAについても「原因も治療法も分らない」とされていたものが、ここ数年のうちに研究が進み、原因遺伝子ではないかと考えられる遺伝子が2つ発見されたということでした。さらに、これらの研究の成果として、血液検査などの簡便な方法でSMAかどうかの診断が可能となり、それらの技術は出生前診断をも可能とし既に応用されていることは、皆さんもご存知ではないかと思います。
  この子が赤ちゃんの頃…わずか6年前のこと…は、まだ、この病気の診断法はここまで簡単にはいきませんでした。生後2ヶ月に肺炎で入院し、呼吸状態は悪化の一途。たくさんの検査をしてもなかなか何の病気か分らず、あっという間に人工呼吸器が装着され、その後で、筋電図をとったり、筋肉を採取して東京まで検査に出してもらったりして、やっと確定診断がついたのでした。それが、医学の進歩で、娘と同じ病気の診断が、痛い思いをしなくとも採血ひとつで簡単につくようになったわけです。「医学はこんなにも進歩したんだ!そのうち、治療法が見つかるかも。」と私たちは手放しに喜んでいることができるでしょうか。

  診断の方法が簡単になったことで、生後すぐに、あるいは、出生する前でさえ、怪しいと思えば、この病気であるかどうか検査で確かめることができる…。これは何を意味するのでしょうか。最近、バクバクの会の活動を通して、私たちは残念な話をよく耳にするようになりました。
  ウェルドニッヒ・ホフマンの赤ちゃんを受け持ったそのお医者さんはおっしゃるのです。
  「お父さん、お母さん、じき、この赤ちゃんは、呼吸ができなくなります。治療法はありません。人工呼吸器をつけないと生きることはできません。いったん人工呼吸器を付けたら、一生外すことはできません。今のうちから、人工呼吸器をつけるかつけないか、決めておいて下さい。」そして、『かわいそうだから』という理由で人工呼吸器をつけないことを選択される。そんなエピソードです。(出生前診断の結果が陽性だったケースで、どのような問答がなされるかは、想像に難くないでしょう。)

  確かに、娘に人工呼吸器がついたとき、そしてそれが一生外せないこと、病気があまりに重篤なもので、原因も治療法も確立していないことが分ったとき、親である私たちのショックは、今、思い出しても切なくなるくらいに大きなものでした。「もう、おしまいだ!この子はこんなに可愛いのに、生きて病院から出ることはできないんだ。一生、天井を見つめて暮らすしかないんだ。人工呼吸器をつけたって、先は長くないんだ…。」などと思い込み、泣いて暮らしていた時期もあります。しかし、そのショックの大きさは、あまりにも私たちが病気や人工呼吸器について情報を持っておらず、「人工呼吸器=ターミナル(終末期)の生命維持装置」という暗いマイナスイメージの知識しか持ち合わせていなかったことと深く関係があったと思います。
  しかし、あれほど苦痛にあえいでいたのとは一転して、人工呼吸器をつけてもらって安楽になったわが子は、ほかの赤ちゃんとかわらず笑顔をふりまき、日に日に成長していきました。気管に呼吸器に接続するチューブが入っているために声こそ発せられませんでしたが、全身で「かあさん!かあさん!」と呼びかけてくるのでした。病気の方はみるみる進行していき、全身の運動機能も失われていきましたし、そのうち表情筋も侵されて笑えなくなったけれど、彼女は大きな瞳をパチパチさせて、わたしたちに確かに笑いかけていました。そして、その瞳は笑うだけでなく、自己主張を始めました。そこには、ごく普通の…どこにでもいる…ひとりの幼児の姿がありました。つまり、人工呼吸器をつけてショックを受け、悲劇のヒロインを演じていたのは、娘本人ではなく、親の方だけだったのです。
  このわが子の姿を見て、私たちは、いつの間にか、人工呼吸器が重い足かせのようなものではなく、わが子の可能性を限りなく広げてくれる"わが子のパートナー"なのだと感じられるようになっていました。私は近視のために眼鏡をかけていますが、それと同じように、この子は自力で呼吸ができないから人工呼吸器を"かけて"いるわけです。足が不自由な方が使っている杖や車椅子と同じで、人工呼吸器は補装具のひとつに過ぎないのだというふうに考えが変わってきたのです。人工呼吸器をつけていようがいまいが、生きる主体は、本人にほかならないのです。これは、娘自身が一生懸命"生きること"を通して、私たちに教えてくれたことなのです。

  お医者さんにしてみれば、その赤ちゃんに人工呼吸器をつけることが選択されなかった場合でも、「意思表示ができない赤ちゃんのことだから、両親が決めるしかない。あくまでも家族の価値観や感性で決めることで、自分たちにはどうしようもない。」ということなのかもしれません。私たちだって、無理やり、自分たちの考えを人に押し付けることはできません。
  でも、ほとんどの人たちにとって、その病気や障害のことはもちろん、人工呼吸器がどういうもので、どんな生き方ができるのかなんて、何の情報も持っていないまま、選択を迫られるのです。多くの場合、与えられる情報は、お医者さんから示された情報、おそらく「生命予後不良。治療法がない。人工呼吸器をつけないと生きられない。つけたとしても進行性で悪化の一途。一生寝たきり。…」これらがすべてだろうと思います。これらの説明が決して間違っているというのではありません。ただ、今の世の中のように、難病や障害、人工呼吸器について「かわいそう」「気の毒」「そこまで無理して生きても不幸」といった見方が支配している中で、たったこれだけの情報でひとりの子どもの生死を分かつ選択を両親に強いるということに対して、私はやりきれないのです。
  一刻の猶予も許されない赤ちゃんの容態の厳しいときに、それらの情報だけで選択して、ほんとうにその家族が本来持っている価値観や感性に沿った選択ができるのでしょうか。時間がたっていろいろな情報が見えてきたとき「やっぱり、こっちの選択に変えよう。」ということは不可能です。もし、人工呼吸器をつけない道を選択した場合、後で悔やんでも、かけがえのないたったひとつの命の代わりはもうないのです。せめて一人でもたくさんのお医者さんに、いろいろなバクバクっ子の生き方を知っていただき、『人工呼吸器をつけていたってひとりの子ども』という考え方に共感していただいて、病気の告知の場面で、このような生き方もできるという情報を提示していただければと思うのです。

  たとえ「人工呼吸器がどういうもので、どんな生き方ができるのか」という情報をお医者さんが示したところで、やっぱり結果は同じだという人もいます。効率が優先される今の世の中において、人工呼吸器をつけてまで生きさせることは親のエゴだ、そこまでして生きさせるなんて子ども本人がかわいうそうだと考える方もいるのです。でも、どうしても、私はその考えに賛成する気になれないのです。
  確かに重度の障害を持って生きていこうにも、世の中にはあまりにもバリアが多くて、家族にとって、それをサポートしていくにはたくさんの困難があります。しかし、それは社会との関係で生きにくい状況があるのであって、障害のある子どもが悪いのではありません。にもかかわらず、周りの大人たちが勝手にその子の生きる道をあきらめる選択をしてもいいのだろうかと、そこで私は悩むのです。「かわいそうだと思うなら、この子たちが安心して暮らしていけるような社会になるように、少しずつではあっても、私たち大人が努力していくべきではないのだろうか。でも、世の中、そんなに甘くはない。私はただきれい事を言っているだけなのかしら」と…。
  コスト・ベネフィットの考え方が浸透している欧米では、ウェルドニッヒ・ホフマン病だと分った時点で治療を打ち切り、もちろん人工呼吸器も初めから装着するつもりはない、というか、装着するかしないか議論すること自体がナンセンスであると考えられているという話を聞いたことがあります。それからすると、日本はまだ、親の価値観・感性で選択できるのだからいいじゃないかという意見もあります。でも、その人の価値観・感性で選択する以外ないといっても、自分自身を振り返ってみるのに、自分の価値観・感性というものは、娘の生まれた頃と、彼女とともに生きてきた今では、確実に変わっていると断言できます。同じように『命は大切なもの』だと思ってはいても、その中身がまったく違っていると思うのです。昔は理屈の上だけで分っているつもりだったのかもしれません。価値観が180度ひっくり返ったと言ってもいいでしょう。
  もし、我が家の場合も、生まれて間もない娘の病気が先にはっきりしていて、人工呼吸器をつけるかつけないか選択を迫られていたら、私たち親は、そんなかわいそうなことはできないと、人工呼吸器をつけることを拒否して、うちに連れて帰っていたかもしれない、つまり、今、ここに、この子は存在していなかったかもしれません。でも、今、人工呼吸器をつけていて良かった、こういう生き方があっていい、どういう状態にあろうとひとりのふつうの子ども、この子がいてくれて幸せ、そんなふうに確信をもって言える自分がいます。これは、一朝一夕にこういう考え方になったのではなく、娘がその生き様を通してずっと教えてきてくれたことです。親がこの子を育てたからこの子が成長したんじゃない。この子は生きたかったんだ、そして、精一杯生きることを通して親を育ててくれたんだ。そう思います。(そういう意味では、私たちは、人工呼吸器が装着されてから後に確定診断が出て、幸せだったのかもしれません。)
  私たちの今の価値観が、娘が人工呼吸器をつけてこそ形作られたのだとしたら、人工呼吸器をつける前の価値観だけで命の行く先を決めて、「親の決めたことだから、仕方ない。」で片付けられ、たったひとつの赤ちゃんの命が見捨てられていいのでしょうか。赤ちゃんの命は、周りの大人のものじゃなく、赤ちゃん本人のものなのに、赤ちゃんは意思表示する機会さえ与えられずに、死んでいかなければならないのでしょうか。

  人工呼吸器をつけることは、自然な生き方でないと考える方たちもいらっしゃるでしょう。でも、科学が発達して、私たちはたくさんの便利な機器を利用し、それらがない生活(=自然のままの生活)なんて考えられないのに、難病であるという理由だけで、便利な文明の利器を使ってはいけないなんて、それこそ周りの人間の、周りの社会のエゴじゃないでしょうか。
  現在、ちょっと大きい病院では、人工呼吸器はもはや珍しい機器ではありません。赤ちゃんだって、大人だって、呼吸状態が著しく悪化した場合、お医者さんは、治療として人工呼吸器をつけて救命しています。私の娘に、最初、人工呼吸器がつけられたのも同じ理由からです。それなのに、先に難病だとわかっていたら、人工呼吸器をつけなければ助からないことが分っていて、つけるかつけないか、本人以外の周りの大人たちだけで議論されなければならないのでしょうか。
  最近は、ALSの方(大人)で、人工呼吸器を付けることを選択されて、病気が進行しても自分らしく生活を選ばれ、いろいろな場面で活躍されていらっしゃる方がたくさんいらっしゃいます。赤ちゃん本人はどちらを選びたいでしょうか。
  みなさんは、どのように考えますか?

  科学文明の進歩が加速度的に目覚ましい今だからこそ、私たちは立ち止まって、命の問題について真剣に話し合っていかなければならないのではないでしょうか。日常生活の中で確かにバリアは多く、落ち込むこともしょっちゅうですが、あきらめずに周りのひとたちと一緒に考えていきたいと思っています。地球より重いはずの人の命なのに、いつの間にか、難病や重い障害を持った子どもたちの生きる権利が奪われてれていくような世の中にならないように、バクバクっ子とともに、私たちは、情報発信していかなければならないと強く思います。

  *20040220着


UP:20040221
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