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障害者問題の現在
大津留 直
20041208
大阪大学・共通教育機構 連続講義「科学と人間」 講義原稿
1.フランシス・ベーコンFrancis Bacon(1909-1992)による人体のデフォルメと「人間」
死の重さ異なることに慣らされしわれらが耳の赤きデフォルメ
文明に拷問されしししむらの異形を濡らす月光もなし
これは本年度の現代歌人協会主催、毎日新聞社後援の全国短歌大会で佳作に入選した私の歌です。一首目は、たとえば、イラク戦争などについての報道において先進国の死者のほうが途上国の死者よりも重く報道されることに聞き慣れてしまっている恐ろしさを詠ったものだ。二首目は、バグダットのアブグレイブ刑務所におけるあの忌まわしい囚人虐待事件を連想される方が多いと思う。しかし、この歌を作る直接のきっかけになったのは、むしろ、フランシス・ベーコンFrancis Bacon(1909-1992)というダブリン生まれのイギリスの画家の絵であった。
フランシス・ベーコンという画家は皆さんもご存知だと思うが、彼が描く人間像はいつも、何らかの意味で痛々しく変形・デフォルメされ、見るからに虐待や拷問を思わせる絵である。しかも、彼の絵は、必ずしも暗いだけの印象は与えない。むしろ、画家自身が自分自身を含めた、人間の身体の変形を冷静に見つめ、どんな痛々しい変形を受けていても、そこにやはり「人間」を感じさせる何かを描いて見せてくれている、という印象を与える。といっても、それは決して生易しい希望とか幻想とかではなく、むしろ、どうしようもない絶望であるのだが、しかし、そこに描かれている絶望は真実であり、絶望を絶望として照らす光に包まれている。彼が画家として偉大であるのは、その光を鑑賞者に自分自身を照らす光として感じさせるところにあると思われる。
この連続講義のテーマである近代科学は、一方では、たとえば、環境・情報汚染のような形でベーコンが描いたようなわれわれ現代人を懐疑と絶望へと陥れてきた面がある。それと同時に、その近代科学の精神は、またある意味でもしかしたらこの絶望を絶望として照らし出す光でもあるということに彼の絵画はわれわれの注意を向かせてくれているように思われる。これは、近代科学には、この絶望的状況を技術的改善によって修復するという可能性と課題があるという、それ自身正しく把握された側面とは、また一つ違った近代精神の側面であると言えよう。というのは、技術的改善による修復には、将来再び、同じような汚染や問題を引き起こさないとは限らないという危惧が付き纏うからである。
他方、ベーコンは形式的には、しばしば中世キリスト教の三面祭壇画triptychの伝統を受け継いで描いているにもかかわらず、彼の絵から感じられる光は、中世キリスト教絵画に見られるような神から発せられる超越的光ではない。つまり、この光からは、たとえば、来世における救い、あるいは、最後の審判の後の復活というような幻想は全く感じられない。むしろ、この光は、そのような幻想が抱かれたとするなら、それを即座に幻想として暴いてしまうような光である。まさにそれゆえにこの光は、すぐれて近代的、あるいは、現代的である。
ベーコンが描いたのは、終生変わらず、近代文明によって傷つけられ、変形させられた人体であった。しかし、それ自身目をそむけさせるような醜悪なデフォルメの中に、われわれは、その苦しみに光を当てられた一人の「人間」を見る。そして、それを、まさにわれわれ自身であると直観する。彼は、晩年、自分の画業について「あるとき、路上に落ちている犬の糞の中に私自身を見て以来、私は私の絵にもはや迷うということはなかった。」と語っている。
2.超未熟児に対する最新医療の「二義性」
少し強引な言い方を許していただくなら、私はここに現代における「障害」の意味の一側面を見るのだ。すべての「障害」は現代では、どんなに自然発生的に見えても、同時に人為発生的な面を持っているように思われる。つまり、たとえば、一昔前には助けようにも助けようがなかった超未熟児が今日では、医療さえ調っていれば、多くの場合生き延びさせることができる。しかし、そのうちの何パーセントかが確実に重度の障害、たとえば、重い脳障害、あるいは、脳性麻痺を負って一生を過ごさねばならない。(「後遺症は…1000グラム以下の超未熟児で平均15%くらいです。」向井承子『医療最前線の子どもたち』岩波書店1997年 p.119)この現実のうちにまさに近代医学による「治療」のどうしようもない二義性が露呈されているように思われる。この事実における近代医学の善意と努力、そして、驚くべき成果はもちろん疑う余地はない。しかし、そこには、ごくわずかでも一定の確率性を持って、重度の障害児を生み出してしまうという、皮肉であると同時に切実なドラマがある。この状況は、特に、このようにして残った障害がしばしば非常に重度であることを思うとき、いまだにかなり強い差別が残っている日本のような社会においては、あえて「悲惨なドラマ」と言わざるを得ない。
もちろん、医学は、これからもこのマイナスの確率をできるだけ引き下げてゆく努力を重ねていくべきであるし、重ねていくであろうことは疑い得ない。しかし、それでもこのマイナスの確率が完全にゼロになることは考えがたい。つまり、超未熟児を延命させるという医療努力が、今のところは、確実に何パーセントかの重度障害児を生み出してしまっている。
この事実を直視することによってまず要求されるのは、なんと言っても、重度障害を持った子供でも何とか幸せに暮らしてゆける社会的環境を整えることである。この「何とか幸せに」ということの中には、今日では、その子が生まれた地域の環境から隔離するのではなく、できるだけその地域の社会的環境の中で育ててゆくということが含まれると考えられている。そうでなければ、とんでもない不公平が生じてしまうことになってしまうだろうからである。
しかし、まさにそのことが当たり前に可能になるためには、そのような重度障害者が同じ「人間」であることが直接経験されていなければならないのではないか。そして、たとえば、介助され、あるいはまた、介助する日常において、実は、非常にしばしば忘れられているのが、このお互いに同じ「人間」であるということなのではないかと思われる。したがって、われわれ一人ひとりの日常においてこのことが繰り返し学ばれなければならないということが一つの重大な課題になってくるのではないか。
3.支援費制度と介護保険
皆さんもご存知のように、日本では現在、社会の一般的状況の地殻変動とも言うべき変化に伴い、障害者をめぐる状況もめまぐるしく変わりつつある。まず、障害者の介助・介護に対する公的援助の仕組みが著しく変わろうとしていることである。これまで、障害者に対する公的援助は、障害者年金と措置制度との二本立てで行われてきた。障害者年金のほうもいろいろの噂が飛び交ってはいるが、おそらく当分は据え置きということだと思われる。問題は措置制度のほうで、これが2003年度より「支援費制度」と呼ばれるものへと移行したのだが、それも束の間、今年の後半からはこれを介護保険に統合することが検討されている。
措置制度では、障害者による介護費用の申請をそれぞれの地方自治体が審査し、それらの自治体から介護者に給付されるという仕組みであった。これには国からの補助金が特定財源という形で出されていた。これには最初から厳しい上限枠が設けられていたが、青い芝の会をはじめとする障害者諸団体の忍耐強い運動によってその上限枠が徐々に下げられ、また、後に述べる自薦ボランティアを維持するため自治体によっては、介護に対する国からの援助を障害者自身が受け取り、それをボランティアの人々に支給することが可能となってきた。
支援費制度では、まず、それぞれの障害者が自分の受けたい介護をそれぞれの介護事業者と契約し、その契約に基づいて介護事業者から請求された金額の一定の割合を地方自治体が、その事業者に対して支払うという仕組みである。それに伴い、国からの補助は地方交付税として一般財源化された。つまり、この財源をいかに使うかは、それぞれの自治体の首長の裁量に任されるようになった。この制度の特徴は、障害者自身がどの事業者からどのような介護を受けたいかを「自己決定」できる、と同時に、障害者と事業者との契約によって介護がなされるため、事業者間の自由競争という市場原理が支配することになるということにある。
ところが、はじめから危惧されていたとおり、それぞれの自治体によって、介護事業の整備が非常にまちまちで、そこに格差が生じると同時に、たとえば、その自治体に一つか二つの事業者しか存在しない場合、障害者が自分に適した介護を選ぶどころか、事業者によって逆にどの介護を受けるかを強制されるという事態さえ生じてきた、という問題がまずある。
しかし、問題はそれだけではない。措置制度の下では、一部の障害者は、それこそ自らの工夫と創意によって自薦ボランティア(たいていは介護士の資格なしに、自発的に介護ボランティアを行う地域の住民。有償・無償あり)を集め、たとえば、自らの24時間介助を組織して、施設に入ることなく、いわゆる自立生活を送っていた。私の光明養護学校以来の友人であり、映画「えんとこ」の主人公である遠藤滋氏もその一人である(遠藤滋氏と「えんとこ」についてはここ阪大の哲学教授である鷲田清一氏がその著『〈弱さ〉のちから』(講談社2001年)で紹介しておられるので参照されたい)。ところが、支援費制度は、それぞれの事業者から資格のある介護士がホームヘルプという形で障害者の元へ派遣されてくることを前提にしているため、折角組織した自薦ボランティアに対して全く報酬を支払えなくなるという事態がおきてきた。そのうえ、この支援費制度はもともとその美辞麗句とは裏腹に「経費削減」を目指して作られていたため、厚生労働省は、それぞれのタイプの障害者に対して一日に何時間まで(全身性障害者では一日四時間)という支援費支給の上限枠を設けようとした。これでは自分たちの生存権すら保てないというわけで、新聞でも報道されたように2003年1月16日の車椅子四百台の厚生労働省に対する抗議デモに至ったわけである。この行動の後、厚生労働省はこの上限枠を一旦撤回し、障害者団体を含めた検討会において検討が進められることになった。しかし、支援費制度それ自体は、2000年6月すでに法定化されており、2003年4月から施行されている。こうして準備不足のまま実施された支援費制度は、国レベルで100億円を越す大幅な赤字を出す結果となっている。
介護保険は、日本においては、四十歳以上を被保険者とし、主に六十五歳以上の老人をサービス利用者として2000年4月より実施されている。しかし、要介護者の急速な増加によりこれも大幅な赤字を出しており、すでに破綻寸前といわれている。この介護保険を破綻から救う方策として、これを支援費制度と統合させ、被保険者を二十歳以上まで引き下げ、障害者をサービス利用者に引き入れる案が急浮上してきているわけである。
よく知られているように、介護保険では要介護度によって支給される金額が異なってくる。したがって、まず問題になるのは、誰がいかにしてそれぞれの障害者の要介護度を認定するのかということである。
実は、私はドイツですでに介護保険を経験している。まず、医師である要介護度認定者が私の家に来訪し、多くの質問事項について、かなり詳細に質問した。その結果私は、要介護度3と判定され、妻が介護者ということで、毎月私たちの銀行口座に500マルク余りが振り込まれていたと思う。もちろん、私は被保険者として月給から毎月30マルク余りを引かれていたように記憶している。当時、私はチュービンゲン市の障害者協会で学術要員としてかなり高額の月給をもらっていたので、保険料を引かれてもそれほど苦痛を感じなかったわけだが、現在は先ほど述べた障害者年金が主な収入源なので、保険料がかなり響く。
そのドイツでも現在、介護保険が破綻の危機に襲われており、市野川容孝氏によれば(『支援費風雲録』 p.151-155)、抜本的な改革が行われたばかりだという。私がいた当時、すでに障害者側から反対運動が起こっていた。ドイツの障害者が介護保険に反対していた主な理由は、彼ら自身の生活改善努力が介護保険には反映されないどころか、介護保険は逆に、そのような努力を罰するということであった。つまり、本来、高い要介護度を満たしながら、本人の努力によって、低い要介護度があるとしか判定されない場合、その障害者は介護保険によって逆に罰せられているではないかという論理である。極論すれば、努力しないで介護保険をもらうほうがもらい得であり、要介護度が障害者の努力に反比例するならば、介護保険は努力を罰していることになるということである。それはそのとおりで、この論理は、そもそも市場原理を福祉に持ち込むのは、当を得ていないという遠藤氏をはじめ多くの障害者の支援費制度批判と相通じるところがある。なぜなら、われわれが福祉に求めているのは、哀れみではなく、われわれの自立、つまり自発的な生活改善努力を少しでも支援してくれることであるからである。福祉に持ち込まれる市場原理によって、介護の機能性と効率性こそが事業者、つまり、ヘルパー派遣会社の経営者によって求められるとすれば、われわれの自発的生活改善努力は、介護という仕事をむしろ阻害するものとして受け止められ、ことによったら排除されてしまう危険性が付き纏っている。
われわれが自薦ボランティアを組織するのは、彼らに介護・介助して貰おうということだけではく、それによって、われわれの生活が地域の人々との生き生きした連携と連帯を得ることができるからであり、これはわれわれの地域での自立した生活に欠かせないことである。また、そのようなボランティア活動が逆に地域の活性化に繋がることもあると思われる。したがって、市野川容孝氏をはじめ多くの専門家が指摘しているように、支援費制度を存続させるにせよ、それを介護保険に吸収統合するにせよ、自薦ボランティア組織の可能性は是非とも残すべき、あるいはむしろ、奨励されてしかるべきものである。遠藤氏もその趣旨で、窮余の一策として「結・えんとこ」という支援費制度に適合しながら、しかも、これまでの自薦ボランティアを温存・発展させる組織を立ち上げようとしている。つまり、この場合、彼自身が彼自身のためのヘルパー派遣会社の経営者になるという形を取るのであろう。したがって、この試みの目的はあくまでも遠藤氏自身の自立生活であり、遠藤氏自身がそれを求めない限り、利潤追求が究極目的となることはありえない。
しかしながら、一般のヘルパー派遣会社の場合、事業者や経営者によって要求される利潤追求とそれにともなう機能性・効率性への追求と、介助や介護に要求される親密さや人間らしさはそもそも両立するものなのか。はじめに述べたように、介助や介護においてわれわれは、介助者や被介助者である以前にお互いに「人間」であることを繰り返し学ばなければならないのではないか。そこには常にある人間的な修練といったものが必要であり、利潤追求が究極目的ではありえないことが学ばれなければならないように思われる。利潤追求とあの親密さや人間らしさとが両立しうるのは、あくまでも利潤追求が究極目的でない場合のみである。したがって、利潤追求は一概に否定されるべきものではないが、われわれが「人間」であることを学び続けるという条件の下でのみ容認されるべきものなのであろう。
今日、一口で障害者といっても、非常にさまざまなライフスタイルが模索されており、その生きざまは千差万別である。したがって、支援費制度やそれの介護保険への統合についても、その生きざまの違いによって、評価もさまざまである。それについては、花田春兆氏が編集した『支援費風雲録』という本が現代書館からつい最近出版されたので、それを参照されたい。また、遠藤滋氏が小泉首相その他に送った『支援費制度についての公開質問状』と彼の主張については、「えんとこ」のホームページを閲覧されたい。遠藤滋氏の親しい友人である白砂巌氏が最近、『障害者が語る現代人の生きざま』という本を明石書店から出版しているので、そちらのほうも是非参照されたい。
ここで一言、ドイツで暮らした障害者として常々感じていることを言わせていただくと、現在の日本の障害者問題で最も遅れているのは、欠格条項を含めた職業における差別撤廃である。ドイツでは、少しでも働く意思のある障害者は、コーディネーターを介して労働局が、わざわざその人のために職場を作るまでして就職を斡旋する。多くの障害者が、そのようなコーディネーターとして活躍し、実績を積んでいる。私の場合も、ある親しい友人を介して一人のコーディネーターと知り合いになり、働きたい意思を伝えると、何をやりたいのか計画書を作れというので、市民のための「哲学談話室」を作るという案を出したところ、非常に喜んでくれて、チュービンゲン市の障害者協会にわざわざそのための職場を作ってくれたわけである。こうして多くの障害者が、一人前の職業に就き、一人前の報酬を受け、一人前の税金を払っている。そのことは、実は、国にとっても、税収増加と福祉費の削減に繋がるわけであるから一挙両得なのだ。何よりも一人一人が生き生きと生きがいを持って生きることが社会の本当の意味での豊かさにも通じるのではないか。
4.心神喪失者等医療観察法
次に、今日、日本の障害者とその関係者の間で問題になっているのは、2003年「心神喪失者等医療観察法」が成立したことである。これは皆さんもご存知のように、池田小学校のあの陰惨な児童殺傷事件をきっかけとして作られた。触法行為で有罪になり、刑を終えた精神障害者に再犯の可能性がある場合、当人を閉鎖病棟に入院させたり、通院させたりすることができるという法律である。この法律にはいろいろ問題があるといわれているが、中でも問題なのは、触法行為で罪に服した精神障害者は健常者よりも再犯の可能性が高い、という事実に反する差別的前提から作られていることである。犯罪の深刻化に対する社会の自己防衛は、もちろん重要であるが、その防衛自体が少数派に対する差別を助長するようなことがあってはならない。そのような差別はそれ自身が犯罪的であると同時に、新たな犯罪を逆に引き起こすきっかけになってしまうことがあるからである。また、このような法律が将来、政治的に悪用されないよう細心の注意と監視が必要である。
5.「セックスボランティア」
そのほか、障害者をめぐる環境は、今日、難問山積である。たとえば、障害者に対するいわゆる「セックスボランティア」の是非なども、オランダをはじめとする欧米ではすでに長らくオープンに討議され、実践されてきたことであるが、日本ではこれまではあまりオープンには討議されてこなかった。これは実に切実で難しい問題である。どこまでオープンに議論してゆくべきであるかということ自体難問である。たとえば、寝たきりで自分のセックスを自分で「処理」できない障害者にとって、これまでは、あたかもその問題が存在しないかのような態度が介助者側によってとられてきた。しかし、他方、これを「セックスボランティア」として制度化してしまうと、それを金銭の授受によって「処理」してしまい、「感情」や「こころ」の面が無視されてしまうという退廃に陥る危険があまりに大きい。その意味で、ここにも、お互いを「人間」として認め合うという課題が、しかももっとも切実な形で現れてきている。ともかく、障害者に対する「セックスボランティア」の問題には、ある意味で、健常者の側の性生活の問題、特に今日におけるセックスについての情報の氾濫とゆがみという問題が如実に反映されているのであり、まずは、障害者・健常者の区別なく、「人間」の性の問題として考えてゆく必要があることを指摘しておきたい。氾濫する情報によって植えつけられたセックスの幻想が取り払われ、「不様な」セックスが不様なまま行われるところ、あるいは、今日一般にセックスレスと言われているパートナー関係の細やかな日常のなかに、もしかしたら、悲しくも美しいセックスの世界が開けてくるのかもしれない。このことについては、河合香織さんが今年六月新潮社から出版した『セックスボランティア』を参照されたい。
6.おわりに
最後に遠藤滋氏の支援費問題に寄せた歌を三首と、私の最近の歌を四首(はじめの三首は久留米市長賞を受けたもの)揚げてこの講義を締め括らせていただきたい。(遠藤氏と私は、ともに短歌結社「あけび」の同人である。)
麻痺持てる身を壊(こは)すまで関はりし我が運動を無にせむとすや
常臥(とこふせ)のわが暮らしをば如何にせむ誰の決めしや支援費制度
病(いたつき)の身を削りてぞ公に問ひし文をばせめて認(したた)む
舞ふごとくボナール描きしリラの花その紫の螺旋たをやぐ
若き日のわが自画像の澄みし眼に未だに遠き灯火を見る
月光の差し入る塔の枕辺にヘルダーリンは韻を踏みけむ
麻痺進むわれの歩みを支へむと置く妻の手の位置の確かさ
補遣
この拙い、舌足らずの講義で私は何を言いたかったのか、つらつら考えるに、次のようなことだと思う。
現代科学、特に先端医学の長足の進歩によって、一昔前までは救い得なかった超未熟児の救命が可能になった一方、まさにそうして救命された未熟児のうちの何パーセントかが、今のところ、確実に重い障害を負う状況がある。そこに端的に現れているのは、そのような弱者に対するわれわれの「責任」の必然性ということであろう。しかし、この「責任」が抽象的にとどまらないためには、何らかの(時空的な距離にかかわりなく起こりえる)直接的な出会いによってある種の「当事者性」が成り立たなければならない。中岡成文先生が、『応用倫理学講義I 生命』で言われているように、このような「当事者性」に貫かれることによってのみ、「責任」は具体的な行為として結実しえるからである。
このような直接的な出会いという出来事における気付きと、そこにおいて行為しているのは自分であってもはや自分でないという「脱自性」がおそらく、倫理的行為と芸術との共通点であるのだろう。しかし、両者は、それぞれ異なる形で、そのことに対する忘却傾向をも負っている。そこにまた、この両者の間の対話の必然性もあるのではないか。
私が最近書いた別の論文(「言葉への道。芸術の現象学へ向けて」『思想』岩波書店2004年12月号所収)で明らかにしたように、芸術は「出来事への帰依」として常にその出来事への奉仕的位置に立っているにもかかわらず、それは同時に「技巧」であり、「技術」であるため、まさに「出来事への帰依」であることを忘却してしまう傾向を負っている。
また、倫理的行為は、同じ人間同士の出会いという出来事であるにもかかわらず、つねにまた、行為者と被行為者、たとえば、介護者と被介護者との向かい合いと交わりであるために、まさに人間同士の出会いであることを忘却する傾向にある。
ここに、われわれのすべての何かへのかかわりが、常に同時にその中での「人間」、あるいは、「いのち」との出会いであることを学んでゆく必然性があるのであろう。自分とのかかわりも常に同時に、われわれの内なる「人間」、あるいは、「いのち」との出会いである。そこに、倫理的行為と芸術との対話という課題が生まれてくる。これは、私にとっては同時に、現在の、たとえば、障害者をめぐる状況の急激な変化を「深いところから」もう一度問い直してゆく課題である。
UP:20050112
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障害学
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大津留 直
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