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電子投票システムにおける視覚障害者のアクセシビリティ

ポスター17
発表者:村田拓司
共同研究者:中野泰志・布川清彦・苅田知則・大河内直之・前田晃秀・福島智(以上、東京大学)・福井哲也(日本ライトハウス点字情報技術センター)
『第13回視覚障害リハビリーテーション研究発表大会論文集』(視覚障害リハビリテーション協会) pp.102-105 2004年10月


1.はじめに
 選挙権は、国民が政治的代表者を選ぶ重要な基本的人権の一つである。したがって選挙は、障害者を含め、成年者であるすべての国民が容易に参加できるべきである。
 しかし、視覚障害者に関して言えば、政治参加のアクセシビリティには幾つもの問題が残る(既存の投票方法では点字投票も保障されているものの、厚生労働省の調査では点字ができる人は1割程度であり、投票者が特定されてしまう懸念がある等)。
 そこで、誰もが容易に使えるアクセシブルな投票方法という観点から注目されるのが、電磁的記録式投票機(以下、電子投票機)による投票システム(電子投票システム)である。日本では、電子投票システムに関連する法律として、「地方公共団体の議会の議員及び長の選挙に係る電磁的記録式投票機を用いて行う投票方法等の特例に関する法律(以下、電磁的記録式投票法)」等があるが、アクセシビリティを保障するインタフェースに関しては、具体的な条項や基準は示されていない。したがって、電子投票システム(特に電子投票機)のインタフェースは開発企業によって異なっており、アクセシビリティに関しても統一されていない。
 本研究の目的は、実用化されている電子投票システムが視覚障害者にとってのアクセシビリティを保障しているか否かを検討することであった。具体的には、1)これまでの地方選挙で実運用された全ての電子投票システムのインタフェースを、その機能によって整理し、2)実際の投票行動を模した模擬投票場面において、視覚障害者の投票能否について質問紙調査を通して検討し、3)最後に、アクセシビリティを確保する上で生じうる技術上の問題点について、視覚障害の有識者を含めた電子技術の専門家による討論を通して検討を行った。


2.研究1:電子投票機の機能分析

[目的]電子投票システムは、紙媒体での投票システムにおける「投票案内はがきと投票用紙を交換する→投票用紙に記入する→投票用紙を投票箱に入れる」という一連の行動において、電子投票機を用いる。したがって、電子投票機のインタフェースが視覚障害者に使えるか否かが、政治参加のアクセシビリティを保障できるか否かに係わっている。現時点で、日本においては4機種が地方選挙で実運用されているが、これまで視覚障害者の立場から、これらの電子投票機のインタフェースやアクセシビリティについて整理されてこなかった。そこで、本研究では、全盲者の視点から、電子投票機のインタフェースについて、その機能をもとに分析・整理を行った。

[方法]調査者は、電子投票選挙の実施自治体や投票機開発企業を訪問し、各投票機を操作しつつ、開発企業の技術者に、電子投票機の機能・インタフェースに関する聞き取り調査・資料収集を行った。なお、候補者を選んだ後に訂正する等、実際の投票で起こりうる様々な場面を想定して操作を行った。
 全盲調査者のフィールドワークによる気づきから、「音声表示の分かりやすさ」と「キー操作のしやすさ」に着目し、「音声表示(出力)方式」と「キー操作(入力)方式」を評価軸として分類を行い、機器とアクセシビリティ上の問題点を分析した。

[分析結果]
a)電子投票機のインタフェース:「音声表示方式」と「キー操作方式」の2軸によって、電子投票機のインタフェースを構成する機能の分類を行った(表1参照)。

表1 インタフェースの機能分類
<音声表示(出力)方式>
●A社からD社の製品が採用した方式
A社:個別
B社:併用
C社:併用
D社:連続
●各方式の概略
・個別読み上げ方式:投票者が順次、左右矢印キーを押すことで、候補者名等や政党名が一つずつ読み上げられる方式
・連続読み上げ方式:投票機が番号と候補者名・政党名のセットを連続して読み上げる方式
・併用式(音声表示):上記二つの方法を両方兼ね備え、場面に応じて変更したり投票者が選択する方式

<キー操作(入力)方式>
●AからD社の製品が採用した方式
A社:記号
B社:併用
C社:テンキー
D社:テンキー
●各方式の概略
・記号キー方式:「←(戻る)」「→(進む)」「○(決定)」「×(取消)」キーを専用のキーパッドに配置した方式
・テンキー方式:プッシュホン式のテンキーをキーパッドに配置した方式
・併用式(キー操作):投票機本体に数字キーと左右矢印キー、記号キーを配置した方式

b)インタフェースの問題抽出:調査者が操作を行った際に得られた気づき、聞き取りによって技術者より得られたデータをもとに、視覚障害者にとっての電子投票機のアクセシビリティについて、今後問題となりうる点を、以下に整理した。
(1)操作方法が途中変更不可な問題:投票カードを発券する時点で、画面表示操作か音声表示操作かが決定してしまい、途中で変更できない(途中で止めると白票扱いされてしまう)。
(2)テンキー配置が不統一な問題:テンキーの配置が統一されておらず、横一列式やプッシュホン式等様々で、投票を行う緊張場面では誤入力しやすい。
(3)候補者名の連続読み上げが一方的な問題:現時点では客観的な指標・調査に基づいた読み上げ速度になっているわけではなく、聞き取りにくいユーザがいる可能性が高い。

[考察]本研究では、1)仮説生成的にインタフェースの機能を分類するとともに、2)3つの問題点を明らかにした。しかし、多様な視覚障害者にとって使用可能か否かは確認されていない。そこで、以下の研究では、1)インタフェースの分類をもとに、多様な視覚障害者にとってのアクセシビリティ、2)インタフェースの問題をもとに、技術・運用上の問題を実証的に検討した。


3.研究2:実用機のアクセシビリティ調査

[目的]本研究では、研究1で示した評価軸をもとに、電子投票機を評価軸上に位置づけた上で、その電子投票機のアクセシビリティについて実証的な検討を行った。

[被調査者]電子投票システムに関するシンポジウム会場に電子投票機を2台設置し、シンポジウム参加者(38名)に電子投票機の視覚障害者向けインタフェースの使用感に関する調査への協力を依頼した。その結果、全盲6名、ロービジョン2名、難聴1名、障害なし6名、計15名が研究協力を許諾した。このうち、全盲、ロービジョン(計8名)を「視覚障害あり群」、難聴、障害なし(計7名)を「視覚障害なし群」とした。

[使用機器]本研究を実施するに際して、著者らは開発企業4社に協力を依頼し、1社(以下、A社)より協力許諾を得た。A社の電子投票機の視覚障害者向け(音声表示式)インタフェースは、「個別読み上げ−記号キー入力方式」であった。A社の視覚障害者用キーパッドには、「←:戻る」「→:進む」「○:決定」「×:取消」の4つのキーがあり、候補者名を順次音声読み上げさせる場合は「→」、前の候補者名を読み上げさせる場合は「←」、候補者名を選択する場合は「○」、やり直す場合は「×」を押すシステムであった。

[手続き]被調査者に、架空の市長選挙において、歴史上の著名人8名の中から1名に投票する模擬投票課題(白票投票含む)を課した(図1参照)。

図1 模擬投票課題の流れ
模擬投票課題の流れをフローチャートで示す。
a.「投票カード発券」→(カード挿入)→「投票操作開始」
b.「投票操作開始」→「候補者選択場面」
c.「候補者選択場面」から、1.「確認場面」へ矢印、又は2.「操作終了」へ矢印(矢印の途中に「投票しないで(白票扱い)」という説明がある)。2.の場合は、e.に進む。
d.「確認場面」から、1.「操作終了」へ矢印(矢印の途中に「Yes」という説明がある)、または、2.「候補者選択場面」へ矢印(矢印の途中に「No」という説明がある)。
e.「操作終了」→(カード排出)→「投票カード返却」
f.「投票カード返却」→「質問紙への記入」

調査者は、模擬投票開始前、被調査者に8名の候補者全てを文字と音声(全盲の被調査者には音声のみ)で提示し、市長に投票したい人物を選出するよう求めた。模擬投票課題終了後、調査者は被調査者に質問紙を手渡し、記入するよう求めた。

[結果]模擬投票課題の後に行った質問紙調査への回答を集計し、表2に示した。

表2 研究2の結果
実用機のアクセシビリティ調査の結果を表にまとめた。
インターフェイスの評価項目、視覚障害あり群の人数とパーセント/視覚障害なし群の人数とパーセントという順に記す。
・全体的なつかいやすさ
使いやすい  7人 87.50%/6人 85.71% 
使いにくい  1人 12.50%/1人 14.29%
・音声案内の分かりやすさ
とても分かりやすい  6人 75.00%/1人 16.67%
かなり分かりやすい  1人 12.50%/3人 50.00%
どちらともいえない  1人 12.50%/2人 33.33%
・音声案内の音量
大きすぎる  2人 25.00%/ 2人 28.57%
どちらともいえない  6人 75.00%/5人 71.43%
・音量調節のつまみの判別
わかった  1人 12.50%/0人0.00%
わからなかった  7人 87.50%/7人100.00%
・音声案内の速度
速すぎる  0人 0.00%/2人 28.57%
どちらともいえない 5人 71.43%/5人 71.43%
遅すぎる  2人 28.57%/0人 0.00%
・キーの判別しやすさ
とても分かりやすい  3人 37.50%/1人 14.29%
かなり分かりやすい  3人 37.50%/2人 28.57%
どちらともいえない  0人 0.00%/2人 28.57%
かなり分かりにくい  1人 12.50%/2人 28.57%
とてもわかりにくい  1人 12.50%/0人 0.00%
・キー配置の分かりやすさ
とても分かりやすい  1人 12.50%/1人 14.29%
かなり分かりやすい  5人 62.50%/2人 28.57%
どちらともいえない  1人 12.50%/2人 28.57%
かなり分かりにくい  0人 0.00%/2人 28.57%
とてもわかりにくい  1人 12.50%/0人 0.00%
・キーの押しやすさ
とても押しやすい  3人 37.50%/0人 0.00%
かなり押しやすい  2人 25.00%/4人 57.14%
どちらともいえない  2人 25.00%/2人 28.57%
かなり押しにくい  1人 12.50%/1人 14.29%
・候補者名の聞き取りやすさ
わかった  8人 100.00%/5人 71.43%
わからなかった  0人 0.00%/2人 28.57%
・投票したい候補者への投票の能否
投票できた  8人 100.00%/7人 100.00%

 本研究で使用した電子投票機は「全体的に使いやすかったか」という問いに対して、視覚障害あり・なし群の各1人を除いた全員が「使いやすい」と答えた。また、投票したい候補者への投票の能否(投票できたか)に関する回答として、両群ともに全員「投票できた」と答えた。
 記号キーの判別しやすさ、記号キーの配置のわかりやすさに関しては、視覚障害あり群の75%は「とてもわかりやすい」「かなりわかりやすい」と答えたのに対し、視覚障害なし群は、評価が分散する傾向が見られた。音量調節のつまみは、視覚障害あり群の1人を除いて「わからなかった」と答えた。

[考察]視覚障害の有無に関係なく、ほとんどの人が電子投票機は使いやすいと答えていた。また、投票したい候補者への投票の能否についても、全員が投票できたと答えており、A社の電子投票機は実用レベルで必要なアクセシビリティを確保していると考えて良いだろう。ただし、記号キーの判別しやすさと配置の分かりやすさに関しては、視覚障害の有無で評価が分かれた。これは、日常生活での触覚による情報収集の経験が影響していると考えられる。その点で、音声表示インタフェースの主たるターゲットである視覚障害者は75%が分かりやすいと答えており、十分とは言えないものの、視覚障害者にとってのアクセシビリティは、最低限確保されていると言えよう。今後は、より多数の研究協力者に対して実証的なアクセシビリティ調査を行い、インタフェースを熟成化する必要があろう。


4.研究3:聞き取り調査

[目的]本研究では、電子投票システム全体が、今後クリアすべき技術上・運用上の問題点・課題について、多角的な検討を行った。

[方法]電子投票システムの技術面・運用面について多角的な検討を行うために、電子技術や障害者への支援技術の専門家で構成されるグループ討論を行い、そこで出された意見についてプロトコル分析を行った。
 グループ討論は、電子投票システムに関する全盲の法学研究者1名、支援機器に関する全盲の研究者1名が司会・話題提供を担当した。討論参加者は、全盲のアクセシビリティ推進者1名、全盲のコンピュータ技術者1名、支援技術の専門家3名、投票機開発関係者2名であった。なお、議論が抽象化してしまう危険性を排除するために、研究2で協力が得られたA社の電子投票機を討論会場に設置した。討論の内容は、ICレコーダで録音された。

[結果と考察]討論の結果、多面的な問題・課題についての意見が提出され、多様なニーズ・知見を持った参加者が参加するグループ討論の必要性が参加者全員に再認識された。また、ICレコーダに録音された討論の内容をテキスト化した上で、その内容を重要度・類似度に応じて分類を行った。以下では、アクセシビリティに関して得られた今後の技術上の課題を中心に述べる。
(1)信頼性・アクセシビリティに関する客観的評価:電子投票システムには、アクセシビリティと並んで、紙媒体による投票と同様の投票実感と、改竄防止による信頼性、透明性が必要との意見が出された。開発者もその必要性は開発当初から認識しており、プログラム段階からのオープンソース化を進めているが、それだけでは十分とは言えない。さらに、開発者からは、信頼性とアクセシビリティに関しては、企業が独自開発するだけではなく、客観的な指標、及び公的な第三者機関による信頼性検査や認証がほしいとのニーズも聞かれた。
(2)ロービジョンへの配慮の不足:既存の電子投票機には、画面の拡大といった配慮がない。多様なニーズへの対応を考えるならば、画面の拡大等、ロービジョンへの配慮も必要だという意見が出された。
(3)アクセシビリティの条文化:電磁的記録式投票法にはアクセシビリティに関する条項がなく、我が国初の電子投票による選挙の実施となった岡山県新見市の電子投票条例を、各実施自治体が踏襲しているに過ぎない。そのため、1)条例だけでは地域格差が生じる可能性が高い、2)電子投票機導入時の入札では、アクセシビリティより低価格優先になりやすい、という課題が残る。法律上、アクセシビリティ遵守の条項を明記すべきである、との意見が出された。
(4)多数候補者表示の問題:国政選挙等、多数の候補者が予想される選挙においては、多数候補者をいかにアクセシブルに表示するかが、公平性の点で問題となりうる。音声表示・画面表示双方に関して、この課題は残っていると同時に、今後実証的な検討が必要な分野といえる。


5.総合的考察
 以上の結果を見ると、1)既存の電子投票機(A社)は実用に必要なレベルのアクセシビリティは確保されているが、2)多様なニーズへの対応が十分とは言えず、障害の種別によっては使いやすさに差が出ることが予想され、3)システムの信頼性等に関する客観的評価の手法やそのための第三者機関が、まだ整備されていないこと、が示唆された。視覚障害者はもちろん、多様なニーズを持った障害者にとって、政治参加のアクセシビリティが保障されるためには、法的基盤を確立することは必要だが、より具体的な段階として、1)多様な障害当事者を対象とした機器の使いやすさ(ユーザビリティ)に関する実証的研究、2)第三者機関が、システムの信頼性検査やアクセシビリティの認証を行うための客観的指標の根拠となる基礎研究が、目下の最重要課題といえよう。


〈謝辞〉本研究は、文部科学省科学技術振興調整費、文部科学省科学研究費補助金により実施しました。


参考文献
[1]障害福祉研究会. 2001. わが国の身体障害児・者の現状 中央法規.
[2]村田拓司、中野泰志ら. 2003. 選挙における視覚障害者のアクセシビリティ、ヒューマンインタフェースシンポジウム2003論文集, pp.595-598.
[3]新見市. 2002. 新見市議会の議員及び新見市長の選挙における電磁的記録式投票機による投票に関する条例.


UP: 20060909
村田 拓司  ◇Archive
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