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障害当事者参加と疑似体験による「気づき」のワークショップ その1

――全盲者の誘導によるまち歩きと共感的理解――

村田拓司1)・全英美2)・布川清彦1)・大河内直之1)・古畑英雄1)・中野泰志1)・苅田知則1)・前田晃秀1)・小板橋恵美子2)・福島智1)
『日本福祉のまちづくり学会 第7回全国大会概要集』 pp.289-292 2004年7月



1)会員:東京大学先端科学技術研究センターバリアフリープロジェクト
2)学生会員:東京大学大学院工学系研究科


 第7期先端まちづくり学校のワークショップでは、(1)全盲本人を中心に、その生活に即してまちの問題点を選別整理し、チェックポイント(例:踏切)を抽出してまち歩き計画を立て、(2)全盲本人の誘導示唆(生命に関わる怖さや構造的問題点)と、(3)全盲疑似体験の検証(アイマスクをしたまま踏切そばに立つ)を通して、参加者に、全盲者が抱えるまちの問題点に対し、生活実感を伴った共感的理解(気づき)を得ることを目指した。
 キーワード:障害,全盲,視覚障害,当事者参加,共感的理解


1. はじめに
 本報は、東京大学先端まちづくり学校第7期として行われた、バリアフリーとまちづくりをテーマに行われたワークショップにおいて、全盲に関連したグループに関して、1)既存のまちづくりにおける障害者参加の問題点に関する分析、2)グループワークのプログラム策定、3)プログラムの有効性に関する検証、の3点から検討を加えたものである。
 本ワークショップは、1)多様な障害当事者とその介助者がワークショップのスタッフとして参加し、その当事者及び支援者が準備の討論の中で多様なニーズが存在することに気づくこと、2)受講者には、障害当事者と支援者の疑似体験と、障害当事者や支援者からの適切なフィードバックを通して、生活上の困難さや配慮・支援の適切さ・不適切さに関する共感的理解を促すことを目的として行われた。


2.既存のまちづくりにおける障害者参加の問題点に関する分析(研究1)

2-1.目的と方法
 近年、障害者・高齢者等を含め、「誰もが安心して快適に生活できるまちづくり」として、様々な取り組みがなされている。その中で、障害当事者の参加も意識され、特に全盲者は障害当事者として脚光を浴び、まちづくりの取り組みに参加することも多い。研究1では、これまでのまちづくりにおける障害者参加の問題点を明確にすることを目的とし、過去の全盲者参加によるまちづくりに関するプログラムや先行研究を整理・分析し、ワークショップの基本方針を決定した。

2-2.結果
 分析の結果、以下に示す問題点が示唆された。

2-2-1.参加形態に関する分析
 既存の当事者参加の形態・特徴を大別すると、以下の3点にまとめることができる。
 (1)全盲者を呼んで話を聞く:全盲者に関する知識は得られるが、まちで抱える困難などについて切実感を伴う理解は得られない。
 (2)全盲者とともにまちを歩く:まちを歩くだけ(1)よりは理解を深められるが、ただ一緒に歩くだけでは、切実感を伴って全盲者を理解することはできない。
 (3)アイマスクを着けるなどして全盲疑似体験をする:「見えない」ことは体験できるが、進め方によっては、恐怖や全盲者の大変さといったものだけが強調され、かえって誤解を招きかねない。
 こうした既存の取り組みは、主にどれか一つを選択し、まちづくりの中で位置づけていた。しかし、前述した通り、どの方法も一長一短があり単一の方法を用いるだけでは、障害・バリアフリーへの理解が十分に得られたとは言い難い。また、どの取り組みも、一市民としてまちに住まう「生活者」として理解するという点が含まれていないと、全盲者に関わる適切な知識と、その実感に近い体験が得られない危険性がある。

2-2-2.参加する全盲者の当事者代表性に関する分析
 次に、全盲者の代表者がまちづくりに参加する場合を想定してみると、その代表者は当然のことながら、全盲者のニーズを開示しているはずである。しかし、その代表者が的確かつ客観的に他の全盲者の意見を把握し、ニーズの中に反映していると言えるだろうか。例えばある視覚障害者の要望で敷設した点字ブロックが、後に他の視覚障害者の不評を買い、行政当局が苦慮するといった事例の報告も多い。すなわち、まちづくりという公共的活動においては、全盲者の中での多様なニーズを把握し、客観的手法・指標として他者に提供する必要がある。

2-3.本グループワークの方針の決定
 これらの点を考慮に入れた上で、全盲者に関するグループワークでは、全盲者をまちに住まう生活者として捉え、その生活を行う上で感じる困難さについて、A)全盲者と、支援者として生活を共有する機会の多い支援者が議論し、互いにニーズの多様性に気づくとともに、真に生活する上でバリアとなる事柄を抽出する、B)グループワークの受講者には、前述した議論の中で浮かび上がった事柄について、全盲者や支援者と共に疑似体験して気づくと共に、途中で全盲者や支援者からのフィードバックを受けながら気づきを修正し深める、ことを通して、まちに現存する配慮の適切さ・不適切さに気づき、全盲者・支援者・受講者のバリアフリーのまちづくりに関する意識を促進することを目標とした。したがって、本報では、研究1で整理した問題点をもとに、1)複数の全盲者と支援者が参加し討論を重ねることで、互いが持つニーズの差異や多様さに気づき、そのニーズを受講者に伝える手法を考える研究2と、2)受講者が、全盲者・支援者と一緒に疑似体験を行い、気づきが生まれたその場で全盲者や支援者から自身の体験に根づいた声としてフィードバックを受けるグループワークを通して、策定したプログラムの有効性を検証する研究3を行った。


3.プログラムの策定に関する研究(研究2)

3-1.目的
 全盲者をまちの多様な生活者の一員と位置づけ、全盲者にも住みやすいまちづくりを考えると、道路や建物といったハード面のみならず、人的支援といったソフト面も含めた配慮が必要である。また、全盲当事者が自分自身の不便さや、他の全盲者の困難さを的確に把握しているとは限らない。むしろ、多数の多様な視覚障害者の支援をする支援者の方が、各障害(全盲とロービジョン等)当事者のニーズを把握している場合も多い。バリアのないまちづくりに関するグループワークとしても、このようなニーズの多様性について、まずは当事者・支援者自身が気づくことが重要である。
 そこで、研究2においては、1)全盲者と支援者が複数参加し、各自のニーズを開示するとともにニーズの多様性について気づくこと、2)受講者にも的確にこれらのニーズを気づいてもらうためには、全盲者や支援者とともに、実際にまちに出て、全盲者にとっての困難(バリア)や、支援する際に気づく事柄、そのための配慮の適切さ・不適切さを体験的に理解すること(障害疑似体験のまちあるき)が重要であり、そのためのプログラムを策定することを目的とした。

3-2.方法
 ワークショップの企画に当たっては、複数の全盲当事者、及び視覚障害の専門家(支援者)によるプログラム策定を図った。全盲当事者は3名であり(2名が4歳頃、1名が10歳頃の早期失明者であった。いずれも単独歩行が容易で自立的に生活でき、バリアフリーの研究者か大学院生であった)、自己の行動やまちの課題を客観的に分析する能力を持っていた。視覚障害の専門家は2名で、歩行訓練士や点字ブロックの研究者であった。いずれも、多様な視覚障害当事者と多数関わった経験を有し、客観的視点で視覚障害の特性を言語化することが可能であった。
 約1ヶ月にわたりプログラム策定に関して、全盲当事者は当事者としての各自のニーズ、専門家は支援者としてのニーズや意見を開示し、グループワークに関して、何度もロケーション・ハンティングを行う中でニーズの多様性を浮かび上がらせた。これらを繰り返すことで、ニーズの多様性への気づきを深めながらプログラムを策定していった。

3-3.結果

3-3-1.体験するポイントの決定
 研究の結果、以下の4点がプログラム策定上重要なポイントとして浮かび上がった。
 (a)疑似体験によるまち歩きにおいて突然の全盲状態から来る恐怖や大変さではなく、全盲者の生活実態に対する受講者の適切な体験的理解(気づき)を促進するには、全盲者が障害アドバイザーとして、受講者を案内しつつ、「気づき」を促進するのに必要な示唆や説明を加え、視覚障害の専門家はサブアドバイザーとして、アドバイザーとは異なる観点から、アドバイザーや受講者に助言するなどして、気づきを促す必要がある。また、まちづくりコンサルタントや都市工学の大学院生をファシリテーターとして、まちづくり専門家としての助言を得ることにも留意する。
 (b)全盲者の生活を擬似体験するにしろ、全盲者のどのような生活を、どのような点に注意しながら体験するかを明確にしておく必要がある。これらを曖昧にしたままでは、受講者に的確な気づきを促すことができない。
 (c)そのためには、受講者に気づいてもらいたい生活やまちの中での場所等についてのシナリオ(気づきのシナリオ)を作成した方がよい。
 (d)気づきのシナリオは、ワークショップ後、受講者が各自のまち作りに活かすことができる内容であるべきである。

3-3-2.全盲に関する気づきのシナリオ
 全盲に関する気づきのシナリオとして、重要と考えられたポイントを以下の7点に整理した。
 (a)点字ブロックの適切な敷設:歩道がわき道と接する縁端の警告ブロックが歩道の幅員いっぱいに敷かれないと、気づかずにわき道へ出る恐れがあることに気づく。
 (b)傾斜・縁石・段差:歩道とわき道が接する場所で、わき道の方が高く、縁石や段差がないと、その下り傾斜が車道へのものと錯覚したり、横断歩道に向かう歩道の縁端の切り下げなしに警告ブロックが敷かれると、バス停のそれと錯覚したりすることに気づく。
 (c)広い空間:歩道脇の壁が途切れたような広い空間では、方向が取りづらいことに気づく。
 (d)駅の音サイン:触知案内板や自動改札機などをチャイムで知らせているが、周知不徹底や規格不統一では、何を知らせているか分からないことに気づく。
 (e)駅ホーム:ホームが、全盲者にとって危険性が高い場所であり、誘導チャイムや構内アナウンス、あるいは点字ブロック・階段手すりに設置されている点字表示などさまざまな情報が必要なことに気づく。
 (f)不規則な階段と警告ブロック:駅通路から下りる場合、警告ブロックが踊り場にあると、階段が終わったと錯覚する他、階段の上りと下りとでは、危険性が大きく異なることに気づく。
 (g)踏切:踏切が全盲者にとって生命の危険を伴う恐怖の場にも拘らず、適切な情報提供がほとんどなく、現状では、警報音で踏切と分かるが、遮断棒の有無やその位置、踏切の待ち位置、横断中の道の両端や渡る方向、渡りきったことが分からない不安をもたらすことに気づく。


4.プログラムの有効性に関する検証(研究3)

4-1.目的
 研究3では、策定されたプログラムによって、グループワークの受講者が、全盲者が日々の生活で直面する困難について共感的理解(気づき)が深められたかを検証することを目的とした。

4-2.方法
 全盲に関するグループワークの受講者は11名(職種・事務職1名・技術職1名・企画調査職1名・営業管理職1名・建築土木職2名・福祉職1名・その他2名)で、8名が何らかの形でまち作りに参加した経験を有していた。なお受講者には、全盲2名、ロービジョン1名が含まれていた。
 受講者のうち、障害のない人は2人1組となり、一方がアイマスクを着け、白杖を持って全盲体験者となり、他方が介助者役となった。途中で交代し、当事者・支援者双方の立場を体験することとした。受講者のうち、全盲体験班を選択した全盲者には支援者とともに歩きながら、チェックポイントで当事者としての意見を述べてもらうなどして、困難の感じ方やニーズが多様であることを一般受講者に理解してもらうこととした。障害アドバイザーとサブアドバイザーは、疑似体験でありがちな単なる見えないことの恐怖や深刻さではなく、全盲者がどのような手がかりを活用しながらまちで生活しているか、あるいは、視覚以外の触覚や聴覚への情報提供のどのような点が不適切なために困難に直面しているのかなどについて、体験的理解を深められるよう、受講者の気づきにコメントを返した。

4-3.結果(受講者の気づき・感想)
 研究3で得られた受講者の気づきは、以下の4点に整理された。
 (a)障害のない人と全盲者の視点の違い:「設計する、また企画する側と、ユーザー間の感覚には開きがあるのだということを、身をもって気付くことができました」という感想が示すように、障害当事者ではないまちづくり経験者に見過ごされがちな、全盲者のバリアに関する気づきが得られたといえる。
 (b)全盲者の困難の感じ方やニーズの多様性への気づき:「同じ障害を持つ人でも、バリアに対する感じ方が、まるで違うことも多いという点」の記述に見られるように、受講者にも全盲者のニーズの多様性に関する気づきが生まれたと考えられた。
 (c)障害の客観的理解:「最初は恐怖感、慣れてくると様々な感覚が目を覚まし始めてワクワクして歩いてしまいました。障害を持つ方が、あまり障害にとらわれずに前向きに生きているのが、ちょっとだけわかってきました」「視覚障害者にとってはハードよりもソフト(情報や人の手助け)の方が、意味がある」など、全盲者が視覚以外の触覚や聴覚の情報を手がかりに生活していることや、全盲者にとっての情報や人の手助けといったソフト面の配慮の必要性といった障害特性の理解が得られた。
 (d)融合型まち歩き手法の有用性:「障害アドバイザーが一緒にいるという事が重要な意義がある」「歩きながらその場で話を聞けたのは、実感しながら理解できたのでよかった」など、全盲体験とアドバイザーによる説明や示唆が即時に結び付けられることの有用性が、受講者からも指摘された。


5.まとめ
 本ワークショップの特色である全盲疑似体験と全盲者・支援者によるフィードバックを伴うまち歩きという融合型の手法は、「歩きながらその場で話を聞けたのは、実感しながら理解できたのでよかった」という受講者の感想に代表されるように、その長所を評価するものが随所に見られ、プログラム策定と検証の目的はひとまず達成されたといえる。今後、誰もが安心して快適に住まえるまちづくりに資することを目指し、本研究の問題点を検討しつつ、気づきに関するワークショップの手法について更に改良を加える必要があろう。


謝辞
 本稿をまとめるにあたり、東京大学先端まちづくり学校の場で学びの場を与えてくださった大西隆教授、同学校の運営に携わられた野澤千絵氏、浜田素子氏、吉成雅子氏、ファシリテーターとして貴重なご意見をいただいた寺島薫氏始め、多くの関係者の方々に心から感謝申し上げます。


文献
 1)福島智他:「多様な障害のある人とのまち歩き」と「障害疑似体験」による共感的理解を通した「気づき」のワークショップ,日本福祉のまちづくり学会第7回全国大会概要集、2004


UP: 20060909
村田 拓司  ◇Archive
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